16話「とあるパーティの動向とアップデートの告知」
時は少し遡り、イールが北の森のエリアボス【フォレストワイルドベアー】を撃破した直後のことだった。
『お知らせいたします。エリアボス【フォレストワイルドベアー】が初討伐された記念として、MVPプレイヤーに【熊殺し】の称号が与えられます。それに加え、初めて称号を獲得したプレイヤーに与えらえる称号【先駆者】も与えられます。尚、このアナウンスは全てのプレイヤーに通知されるものですのであしからず』
「……俺たちより先に、称号を獲得した奴がいるだと」
そう口にしたのは、とあるパーティを仕切っているリーダー格の男だった。彼の名はイヴァン、最前線攻略組パーティ【黒の流星】のリーダーであり【アーベントイアー・フライハイト・オンライン】の中で五本の指に入る実力を持つトッププレイヤーだ。銀色の短髪に鷹のように鋭い目を持ち、精悍な顔立ちをしている。上背が高く百九十一センチという高身長の体格に、鍛え上げられた肉体には適度な筋肉がバランスよく付いている。
「何処のどいつだそりゃ?」
「知らねぇよ。ただ確実に言えるのは、先を越されちまったってことさ」
イヴァンの言葉に苦虫を噛みつぶした表情を浮かべる男が、柔和な雰囲気を持つ男に問いかけた。それぞれ名をザギとリュウマといい、イヴァンと同じ【黒の流星】のパーティメンバーだ。
「まさか【白の騎士団】の誰かかしら?」
「だったら最悪なんだけど~」
さらに声を上げたのは二人の女性で、黒髪に鋭い目つきの麗人エリカとおっとりとした見た目の金髪で巨乳な美人マリアだ。
男三人女二人、それが【黒の流星】の編成で職業もそれぞれが重要な役割を担っている。リーダーのイヴァンは戦士で前衛職、ザギも同じく戦士だが、敵の攻撃を一手に引き受けるタンク役を買って出ている。リュウマはシーフで主に索敵やダンジョン攻略時の罠の解除役を担当し、エリカとマリアは後衛職でそれぞれ魔法使いと僧侶という構成だ。
現在五人は、第二の街である【ツヴァイトオルト】の先にあるフィールドを抜けた所にある第三の街と第四の街の間にあるフィールドでポイント稼ぎを行っていたのだが、それを中断しなければならない事態が発生した。突如として、頭に響いてきたアナウンスに初めのうちは何事かと驚きはしたものの、事態を飲み込んだ五人は一旦戦闘を中断して急遽話し合いの場を設けたのだ。
「それでこれからどうするのよ?」
「称号を手に入れたプレイヤーが誰なのか確かめるんじゃないんですか~」
「……いや、放っておこう」
女性陣二人の言葉に、イヴァンは首を横に振った。イヴァン本人の思いとしては、このゲームで初めての称号持ちのプレイヤーが誰なのか確認しておきたかったが、パーティとしてはこちら側からの接触は避けたかったからだ。【黒の流星】として接触すれば、称号持ちのプレイヤーの方が立場が上だという印象を与えてしまいかねない。
「じゃあこのまま放置ってわけかい?」
「せめてどんな奴か確認くらいはしておいた方がいいんじゃねぇか? あわよくば称号の入手法とかも分かるかもしれないぜ?」
「いいや、やめておく。それに称号を手に入れられるだけの実力があるなら、向こうの方から接触してくることになるだろうからな。俺らが“最前線攻略組”だということを忘れるな」
トッププレイヤーとしてのプライドがそうさせるのか、はたまた称号持ちなど取るに足らないものだと切り捨てているのかそのどちらかはわからないが、少なくとも自分たちのやっていることを無下にするような行為は慎めとイヴァンは言外に語っていた。他のメンバーもそんな彼だからこそリーダーとして相応しいと考えていた。
(だがしかし、初称号は我々の手で手に入れたかった)
そんな彼の内心など誰も知る由もなく、再び次の街に向かうためのポイント稼ぎを再開するのであった。そんな彼らとイールが接触するのは、もうしばらく経ってからのことになる。
「さて、本日もお務めといきますか」
そんなことを独りごちりながら俺はログインした。今日から第二の街での活動となるため、少しわくわくしている。まずは状況確認のため、メニュー画面を開こうとした瞬間それは起こった。
『ぱんぱかぱーん、ぱんぱんぱんぱん、ぱんぱかぱーん! アーベントイアー・フライハイト・オンラインことAFOをプレイしているみんなー! こんにちわー! AFOのマスコット的存在ミュールでぇーす!!』
「……」
突如としてウインドウが現れ、そこに映し出されたもの。それはピエロの衣装に身を包んだ少女だった。ピンク色の髪をサイドで結んでいて、年の頃は十代半ばほどの見た目をしている。顔立ちは端正で愛らしく、男性が見れば十人中八人は“かわいい”と間違いなく答える容姿をしていた。ただ不可解なのは、赤・青・橙・黄の様々な色の水玉模様のついた派手な衣装を身に着け、自身の顔にも星や水滴の形をしたペイントを施していることだ。……さすがに顔を白塗りにはしていない。
とりあえず、何かのバグかもしれないと思い、ウインドウの右上にあるバッテンマークを押してウインドウを消すために、人差し指を持って行こうとした。だが、それを予想していたのだろうか、画面の中にいる彼女が慌てて止めに入った。
『待って待って待って待って! 消さないでぇー! これから大事な発表があるから聞いてぇー!!』
「……」
その言葉に一旦人差し指を止め、彼女の言う重要な発表とやらに耳を傾ける。ややあって、こちらが聞く体勢に入ったタイミングを見計らってから彼女が続きを話し始めた。ちなみに彼女の映像は前もって録画していたものらしく、こちらで問いかけてみたが反応がなかったことを付け加えておく。
『あたしの趣味はぬいぐるみ集めをすることです! ちなみに彼氏募集ちゅ――』
――プツッ。
やけに耳に響く音と共に、ウインドウが閉じられた。お察しの通り、彼女の言葉を聞き終わる前に俺はバッテンマークを押したのだ。だがしかし、こういうのはどうやら回避不可避の強制的なもののようで、数秒後には再びウインドウが表示され、頬を膨らませた彼女のどアップの顔が現れた。
『ちょっとぉー、なんで消すの!? 人の話は最後まで聞きなさいよ!』
……だってしょうがないじゃないか、ウザかったんだもの。俺の正直な感想を口に出さずに心の中で吐露する。一方の彼女といえば、「まったくもう、これだからせっかちさんは困りものですねぇー」というこれ以上ないほどのしたり顔を浮かべていた。再びウインドウを閉じたい衝動に駆られるも、ここで閉じてしまえば奴の思うつぼだと自分に言い聞かせ、彼女が伝えたいという重大な発表とやらを聞くことにした。
『じゃあ今から真面目なお話でーす。えぇっと、このAFOが始まって大体二週間くらいが経ってるんですけどー。今回なんと、初めてのアップデートのお知らせでぇーす。ぱちぱちぱちぱちぱち』
言い方が若干ムカつくという俺の個人的な感情を心の片隅へと追いやり、彼女の話の内容を精査する。アップデートとは、パソコンのデータを古いバージョンから新しいバージョンに書き換えるという意味のIT用語なのだが、オンラインゲームにおいてのアップデートとは、“新要素の追加”という意味で使われる場合が多い。
『それでぇー、今からその新しい要素についての説明をするから、ちゃんといい子いい子して聞いてねー』
「……(ピキッ)」
人を小馬鹿にしたような態度と物言いに、人差し指が再びバッテンマークに向かいかけたが、なんとか心を静めて彼女の言葉を待った。それから彼女の説明を全て聞き終えたので、改めて自分の中で噛み砕いて理解するために、彼女の口から語られた内容を整理することにする。決して、説明の合間合間に入る自分語りがウザかったからという理由ではないと宣言しておく。
まず初めに、今回のアップデートの内容は以下の三つだ。
1、【無人販売機】の実装
2、キャラレベル&職業レベルの上限を50から75に引き上げ
3、NPCクエストの追加
まず【無人販売機】だが、これは簡単に言えば現実世界でいう所の自動販売機のようなものだ。任意の場所に販売所を設置して売りたい商品を販売するというシンプルなものだ。今まではプレイヤーが直接販売する必要があったが、これで場所を確保するだけで自分が作った商品や不必要なものを売ることができるようになった。
設置できる限界数は、街ごとに一つで最大で三つまで設置することができるらしい。商品の補充や売り上げの確認などはいつでもどこでもメニュー画面から行うことができ、販売主や買い手に対してちょっとしたメッセージを残すこともできるようだ。
次にキャラレベルと職業レベルの上限引き上げだが、これはそのまま言葉の通りだ。もともとこのAFOのレベルの上限は50が限界だったらしいのだが、そこまで到達したプレイヤーは現状ではいない。だが、レベル50まで到達するプレイヤーが現れるのも時間の問題ということで、だったら先に限界レベルを引き上げておこうという考えから今回のアップデート内容に選ばれたらしい。
最後にNPCクエストだが、これはNPCから直接出されるクエストで“実装”ではなく“追加”ということなのだが、実はこのNPCクエストというのは最初から存在していたらしい。彼女の口からもそういう説明があり、なんでも「そういうクエストが最初からあったんですけどー、誰もそこまでたどり着けなかったんですよねー」ということらしい。そんなわけで、誰も見つけてくれないならこちらから発表すればいいということと、どうせだったら追加で新しいクエストを作っちゃえというノリで、今回のアップデート内容に組み込まれたようだ。
『というのが今回のアップデートの内容ですー。アップデートの日程は、今週の日曜0時から月曜0時の二十四時間を予定してますのでよろしくですー』
なるほど、ということは実質アップデート後のログインは火曜日ということになるみたいだな。それまでの時間、新しい街を見て回ることができそうだ。
『それでは最後に、ミュールちゃんから大事なことを一つ言わせてもらいます』
正直もう聞きたくはないのだが、最後ということなので付き合ってやることにした。
『あたしの好きな食べ物は、イチゴのショートケーキでーす。ちなみに彼氏募集ちゅ――』
――プツッ。
「……ふぅ、さて本日のお務めをやりましょうかね」
彼女の話した内容を、アップデートの情報のみを残して全て記憶から抹消した。そして、今日のAFOでの活動を開始する。余談だが、彼女とのやり取りを終えた俺が彼女の態度や言動についてGMコールと運営へのメールをしたのは言うまでもないことだと付け加えておく。ちなみにGMと運営の返答は同じで「仕様です」だった。
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