15話「ポイント振り分けののちに、次の街へ」
「やった……のか?」
そう問いかけてきたのはサトルだった。先ほど熊が起き上がってきたことを警戒しての問いかけだったのだろうが、ポイントと称号を獲得した時点で熊は倒されたと判断していいだろう。
「ああ、なんとかなったな」
「そうか、俺たち勝ったんだな!!」
「やったぁー!」
「うふふ、シズクったら」
難敵を退けたことによる達成感と安堵感が、沸き上がってくる。どんな小さなことであろうとも、何かを達成できた時というものは得てして嬉しいことである。それが一人の力で達成できない困難なことを、複数人の手で協力して成しえた時の思いというのはひとしおである。
俺も他の三人も、熊を倒すことができた喜びを分かち合い、誰一人として死に戻らなかったことに安堵のため息を吐いた。
「そういえば、イールは称号をもらったんだよな?」
「ああ、初めてエリアボスが討伐されたことに対しての功績でもらえたみたいだ。あと、初めて称号を獲得したプレイヤーとしても称号が付いてるな。合計で二つだな」
「これで、イールくんも一躍有名人だね」
「なに言ってるのよシズク、もう彼は【ステーキ料理人】という二つ名を持ってるじゃない」
アンの突っ込みに対して、「そういえばそうだったね」と肩を竦めて微笑むシズクに対して、俺たちは声を出して笑い合った。こうして北の森の攻略は、かなりの窮地に立たされはしたものの何とか死に戻ることなく生き残ることができた。その後、これ以上の探索は肉体的には問題はなかったが、精神的に疲労してしまっている今の状態では困難だと判断し、早々に街へと帰還した。
ちなみに、今回死闘を演じた【フォレストワイルドベアー】こと熊の戦利品は、肉や皮、牙の他に【魔石】というものが手に入った。だが、現状では使用用途がわからないため、新たな情報が出るまで収納領域の肥やしとなるのが決定した。
街へと帰還し、その足で冒険者ギルドに赴き、受注していたクエストで指定された素材を納品し依頼を達成した。その時、冒険者ポイントが一定数溜まったため、ランクが上がった。これでランク6だ。
「なあ、イール。ちょっといいか」
クエスト報告が終わったタイミングで、サトルが声を掛けてきた。少し遠慮するような彼の態度から、おそらくは何かの頼み事なのだろうと当たりを付け、沈黙することで続きを促す。
「もしよかったら、俺らのパーティに入らねぇか?」
「そうね、イールくんそうしなさいよ」
「イール君が入ってくれたら、何かと心強いしそれがいいわね」
サトルが話した内容、それは彼らのパーティに所属しないかということだった。俺個人としての意見を言うのであれば、もし今回の北の森攻略を単独で行った場合、フォレストワイルドベアーの元にたどり着く前に俺は死に戻っていただろう。それだけで、単独とパーティとでは掛かる負担も難易度も違ってくるということがよくわかる。
だが、何事においてもリミットがあれば、それに反してデメリットも存在するのが道理だ。パーティを組めば、一人当たりに掛かる負担は確かに軽減されるが、クエストなどで手に入れた報酬やお金も当然パーティで山分けすることになる。加えて、滅多に手に入れることのできないレア度の高いアイテムを獲得した時、誰がそれを貰うかで揉めることがあると掲示板で書かれていた。
いくら仮想現実の世界で現実の世界の顔を知らない人間であっても、そこには人間関係というものが必ず存在する。人が人と関わっていく上で、絶対に避けては通れないものといっても過言ではない。そして、パーティで活動していく上で最もネックになること、それはお互いの生活時間がバラバラで予定が合わないことだ。
……とまあ、いろいろと言い訳染みたことを宣ったが、とどのつまり誰にも気を使わないで自由にプレイできるが難易度が高い単独と、他人に気を使いながらだがそれなりの難易度で楽しめるパーティというどちらかを選択するということだ。
(別にサトルたちが嫌いなわけじゃないが、それでも一人の気楽さは俺にとって重要なことだからな)
ただでさえ、社会という荒波に揉まれて人間関係に胃を痛めている現実なのに、それを息抜きであるゲームでもやりたくはない。
「すまないが、断る。今回のパーティで北の森を攻略できたことは事実だが、しばらく一人でこの世界を楽しんでみたい」
「そうか、まあ仕方ないな」
「せっかく誘ってくれたのに悪いな。だが、所属は無理でも今回みたいにたまにならパーティを組むことはできるから、その時は協力させてもらおう」
その後、女性陣からは「一緒に冒険しようよー」とごねられた。アンに至っては、豊満な胸を俺の腕に押し付けてきて大変だった。……まあ、ちょっと嬉しかったけど。そんな一幕があったものの、結局のところ単独での行動を優先させたかったため、サトルたちの勧誘は丁重に断った。
それから、三人と別れた俺はギルドを後にしたのだが、ここで一つ予想を立ててみることにした。一体何かといえば、今後のプレイヤーの動きについてだ。
サトルたちと共に、北の森のエリアボスである【フォレストワイルドベアー】を撃破したことで、称号【熊殺し】と【先駆者】を手に入れた。そのことについては予想外ではあったが、俺にとってはプラスとなる要素だ。だがしかし、それはなにも俺だけに限ったことではないのではないかという結論に至ったのだ。
俺が新しく【スフェリカルラビットのステーキ】を作れるようになったことで、美味い料理を俺自身が食べられるようになった。そして、そんな俺に「ステーキを作ってくれ」と頼みさえすれば他のプレイヤーもステーキを食べることができる。つまり、新たに称号を手に入れたことでサトルたちと同じように新戦力としてパーティに勧誘してくるプレイヤーが出てくるかもしれない。
サトルたちのように礼儀正しい勧誘ならまだしも、世の中には礼儀知らずはどこにでもいる。傲岸不遜な態度で「俺らのパーティに入れや」と命令してくる人間もいるということだ。
正直言って、そんな連中を相手にするのは真っ平ごめんだ。だからこそ、“称号を手に入れたプレイヤーが始まりの街にいる”という情報が新しいうちに、次の街に向かうべきではないだろうかと考えたのだ。
この十数日間のゲームプレイにより、インターネットや掲示板などで様々な情報を見聞きしたことで、そういった判断を最低限下せるようになっていた。
(今日ログインしてから二時間経ってるな、あと一時間くらいなら大丈夫だな)
初めてのボス戦を経験したことで、精神的にかなり疲労はしていたがこの後やってくるであろう面倒事を回避するためにも必要なことだと割り切り、さっそく滞在している宿へと向かった。
「とりあえず、称号とポイントの振り分けを済ませてしまうか」
宿へと戻ってきた俺は、宿をチェックアウトする前に部屋へと入った。今回の戦いで得られた各ポイントを振り分けることと新たに手に入れた称号の詳細を確認したかったからだ。
「まず、称号からだな」
そう言いながら、俺は部屋に設置されたベッドに腰を下ろしメニュー画面を開く。ステータス画面の項目を選び、現在の能力と称号を確認する。
【名前】:イール(レベル11)
【職業】:魔法使い(レベル8)
【ステータス】
HP:115(+17) → 132
MP:106
攻撃力:56(+8)《+18》 → 82
防御力:29(+4)《+22》 → 55
素早さ:26(+4)《+8》 → 38
魔力:40《+8》 → 48
精神力:31《+5》 → 36
器用さ:16《+2》 → 18
幸運:8
スキル:【火魔法Lv3】、【阻害魔法Lv1】、【身体能力向上Lv2】、【料理Lv2】、【採取Lv2】、【殴打術Lv1】
称号:【熊殺し】、【先駆者】
次に称号の項目をチェックして、詳細を見てみた。
【熊殺し】:エリアボス【フォレストワイルドベアー】を初討伐した時のMVPに与えられる称号。獣系統のモンスターに与えるダメージが10%アップする。
【先駆者】:初めて称号を入手したプレイヤーに与えられる称号。ポイントの入手率が10%アップする。(小数点以下は1とする)
という具合だ。
熊殺しは、獣系統という限定条件付きではあるが、ダメージ量が増えるのは地味に有難い。そして、先駆者に至ってはポイントを手に入れた際に入手したポイントが一割多く貰えるようになるという絶大な効果を持っていた。ちなみに入手したポイントが10以下の場合は小数点を切り上げ最低値の1が貰えるらしい。
「次はポイントを振り分けておくか」
称号の確認も済んだので、ここから入手したポイントの振り分けを行う。現在の各ポイントの残りはXPが2356ポイント、JPが593ポイント、SPが304ポイントとなっている。それぞれ限界までポイントを振り分けると、キャラレベルと魔法使いのレベルが2ずつ上がった。
SPについてはレベル1だった【阻害魔法】と新しく手に入れた【殴打術】をレベル2に上げた。それぞれにポイントを割り振ることでレベルが上がり、新たにAPを24ポイント獲得した。これでAPが44ポイントとなったので、こちらも振り分ける。
「今回はどうしようかな……」
今までの傾向として、ただひたすらに魔法使いの弱点であるHP・攻撃力・防御力を強化してきた。ここで魔力やMPを強化することも考えたが、今のプレイスタイルが性に合っているのでこのまま弱点を強化し続けることにした。具体的にはHPに五回分、攻撃力に三回分、防御力に六回分の強化を施した。ちなみに一回分の強化で消費するAPは3ポイントでHPとMPは9ポイント上昇し、幸運以外のパラメータは3ポイント上昇する。そして、幸運は一回分の強化で1ポイントしか上昇しない。全てのポイントの振り分けが終わり、改めてステータスを確認した。
【名前】:イール(レベル13)
【職業】:魔法使い(レベル10)
【ステータス】
HP:170(+26) → 196
MP:114
攻撃力:73(+11)《+18》 → 102
防御力:53(+8)《+22》 → 83
素早さ:30(+5)《+8》 → 43
魔力:52《+8》 → 60
精神力:39《+5》 → 44
器用さ:20《+2》 → 22
幸運:9
スキル:【火魔法Lv3】、【阻害魔法Lv2】、【身体能力向上Lv2】、【料理Lv2】、【採取Lv2】、【殴打術Lv2】
称号:【熊殺し】、【先駆者】
『【阻害魔法】がレベル2に上がった。【ディフェンスブレイク】、【オフェンスダウン】を覚えた。【殴打術】がレベル2に上がった。【打撃の心得】を覚えた』
今回のレベルアップで、新たにアーツを獲得したようだ。確認してみたところ、【ディフェンスブレイク】はその名の通り敵の防御力を低下させる魔法で、【オフェンスダウン】は攻撃力を低下させる魔法だった。【打撃の心得】については、打撃系の攻撃をした時に攻撃力が10%アップするという常時発動し続けるアーツだった。
「結構強くなってしまった気がするのは気のせいだろうか?」
そんなことを考えつつも、強くなるに越したことはないと割り切り、メニュー画面をそっと閉じた。その後、宿をチェックアウトしてそのままの足で次の街へと直行する。道中はスフェリカルラビットとゴブリンがちょこちょこ出現したが、数が少なく精々が一匹か二匹程度のものだったので、殴ってアイテムに変わってもらった。
エアストテールから次の街まで何事もなく進んで行き、四十分の道程を経て第二の街まで到着した。
「とりあえず、宿に泊まってログアウトすっか」
それからしばらくして宿を発見したので、そのまま部屋を取ってログアウトした。ちなみに宿の値段は少々上がって30ゴルとなっていた。ログアウトした後は、もうすでに寝る準備を整えていたので、歯磨きをしてトイレを済ませ早々に布団に潜り込んだ。
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