13話「ある日、森の中……」
「シズク、そっちに行ったぞ!」
「了解。はあっ!」
「くらいなさい、【アクアアロー】!!」
森の中で偶然見つけた開けた場所での休憩後、俺たちはさらに森の奥へと進んでいた。道中、定期的にゴブリンの群れに襲われることがしばしばあるも、難なく対応できている。
改めて今回パーティを組んだ三人に視線を巡らせる。パーティのリーダーであり三人の中で唯一の男性であるサトル。十代後半の見た目に赤い短髪という男らしい髪型をしており、少し目つきが鋭いがどことなく頼りがいのありそうな雰囲気を持っている男だ。職業は戦士で、身の丈ほどの大きな剣を扱って敵を薙ぎ払う純粋な前衛職だ。筋骨隆々なゴリゴリの体つきではないがそれなりに筋肉の付いた体をしており、所謂細マッチョというやつだ。
次に、桃色の長髪を左右で結えた俗に言うツインテールな髪型をしたシズク。職業はシーフで、二つの短剣を駆使して今もゴブリンを翻弄している。彼女も十代後半くらいの見た目をしており、少女と女性の中間の雰囲気を持った人物だ。サトルが最初に紹介してくれた通り、スリムな体型をしている。しかしながら、決してペチャなパイというわけではなく、胸部はほどよく膨らんでいる。Cだろうか?
最後にウェーブの掛かった薄紫色のセミロングな髪型のアン。職業は俺と同じ魔法使いだが、【水魔法】をメインに後方から援護をしている後衛職だ。先の二人と同世代ではあるものの、それを感じさせない落ち着いた雰囲気を持ち、異性も同性も虜にしてしまうような均整の取れたプロポーションは感嘆の一言に尽きる。魔法使いらしくゆったりとした紺のローブが体を包み隠してはいるものの、自己をこれでもかと主張する胸部は今にもはち切れんばかりにローブを押し上げていた。Hは確実だろう。
それぞれ、前衛・サポート・後衛とバランスの取れたパーティで、前衛のサトルが敵の攻撃を引き付けている間にシズクが遊撃で敵の数を減らし、後衛のアンが魔法で支援という連携の取れた戦い方をしていた。彼らの戦い方を見て邪魔にならないタイミングで攻撃するのが大変だったが、今ではなんとか彼らの動きについていけるレベルにまでなっていた。
「ふぅー、戦闘終了っと」
「なかなかいい感じに戦えてるな、俺たち」
「これもイール君が加わってくれたお陰だわ」
「いえいえ、皆さんの素晴らしい連携についていくのがやっとですよ」
俺が正直な感想を言うと、三人とも照れているのかぎこちない笑みを浮かべる。そして、シズクがこちらに近づいてきた。
「あのさ、イールくん。もうそろそろその敬語なんとかならないかな?」
「と、いいますと?」
「ほら、こうやってパーティを組んだのも何かの縁だし、あんまり馴れ馴れしいのは嫌だけどいつまでも他人行儀なのもね?」
「シズクの言う通りね。せめてゲームの中くらい、堅苦しい人間関係を持ち込みたくないし」
「そうだそうだ。てか、最初から俺らはイールに対して敬語なんて使ってなかっただろ? だから、お前も敬語は必要ないぞ」
俺が敬語なのは、社会人としてのマナーで長年染みついている癖のようなものなのでほとんど意識せずに言葉遣いが敬語になってしまうのだ。だからといって、「いや、これは俺のポリシーだから!」と言えるほどそれほど強いこだわりもないため彼らの厚意を有難く受けることにした。
「じゃあ遠慮なく、改めてよろしく」
「こちらこそ」
「よろしくね」
「おう」
そんなやり取りがあったあとすぐにそれは起こった。いきなり茂みからゴブリンの群れ数匹が飛び出して来たのだ。それだけであれば、この森にやってきてから何度も体験しているので、もはや見慣れた光景といえたかもしれなかったが、今回に限っては明らかにゴブリンたちの様子がおかしかった。その醜い顔には焦りの感情が浮かんでおり、本来標的となる俺たちに目もくれず、まるで何かから逃走するような勢いで走り去っていったのだ。俺たちを標的にしてきたと思い先頭の何匹かをサトルたちが倒したが、取りこぼしたゴブリンの姿が消えていることに怪訝な表情を浮かべていた。
「なあ、さっきのゴブリンなんかおかしくなかったか?」
「そうね、まるで逃げるような動きだったわね」
「熊でも出たのかな?」
「ちょっとイール君。そういうのはフラグになるからやめ――」
“GAAAAAAAAAAAAAAA!!”
アンの言葉を遮るように突如として大音量の咆哮が響き渡る。その声の方向に視線を向けると、そこにいたのは巨大な体躯をした熊型のモンスターだった。
「「「……」」」
「いやいや、たまたまだから。そんな俺が呼び込んだみたいな視線を向けないで!」
こちらを非難する六つのジト目が俺を貫く。……だって、そう思ったんだからしょうがないじゃないか。兎にも角にも、あちらさんはすでに臨戦態勢に入っており、こちらを窺うように観察している。そして、こちらを見て与しやすいと判断したのか後ろ脚だけで立ち上がると、両腕を天高く上げ力を誇示するようなポーズを取ると再び咆哮を上げた。
「どうする? 何か知らんが、向こうさんはやる気まんまんだぞ」
「どうするって、相手は熊だぞ熊! 戦って勝てる相手じゃないだろう」
「サトルの言う通りよ。どうにかして逃げなきゃ!」
「でもどうやって逃げるのかが問題なのよね。逃がしてくれそうにないし……」
俺が今後の方針を問うために投げかけた言葉にサトル、シズク、アンの順にそれぞれが口にする。もしこれが現実で起きたことであれば、脱兎の如く逃げ惑っていたことだろう。だが、今起きていることはあくまでもゲームの世界での出来事でしかないのだ。それ故に――。
「なあ、これは俺の我が儘なんだが、戦ってみてもいいか?」
「「「はいぃぃぃ!?」」」
突拍子もない俺の言葉に、三人とも素っ頓狂な声を上げる。考えてもみてほしい、突然森の中で熊に遭遇し「戦ってみたい」と言うような人間を目の当たりにした時に抱く感想としては、彼らのようなリアクションを取ってしまうのは仕方のないことだろう。だが、それは現実世界における人間の非力さや、熊という獰猛な獣の脅威を知っているからこそ感じてしまうものでしかない。ここは生身の体ではなくアバターという仮初の肉体によって活動している仮想現実であり、その肉体も非力な人間のそれとは隔たりがあるのだ。
「そういう訳で、俺は戦ってみるつもりだが、三人はどうする?」
「ったくしょうがねぇな、付き合ってやるよ」
「それに、どうせ逃げたところであいつからは逃げ切る自信ないしね」
「当たって砕けろってやつかしら?」
いきなり現れた強敵であろうモンスターに対する方針が固まったところで、熊がこちらに向かって疾走してきた。それがきっかけで戦闘の火蓋が切って落とされる。
「やらせん、【フレイムアロー】!」
「グォォ……」
突撃してくる熊に対し、俺は牽制の意味も込めフレイムアローをお見舞いする。森を棲み処にしているだけあって、火というものに慣れていないのか思いのほか効果があった。いきなり出現した火に怯んだ熊にサトルとシズクが接近戦を仕掛ける。大剣と短剣の斬撃が熊に襲い掛かり、鮮血を滴らせる。だが、相手も野生の獣だけあってそれだけでは致命傷には至らない。一番近くにいたサトルに攻撃を仕掛けようと前脚を振り上げそれを叩きつけた。
「ぐっ」
「サトル!」
熊の一撃を大剣で受け止めたサトルが小さな呻き声を上げる。それを気遣うシズクが彼の名前を叫んだ。
「よくも、サトルをやってくれたわね。そういうオイタをする子はお仕置きよ。【アクアアロー】!」
アンの杖から放たれたアクアアローが、熊の両肩に突き刺さる。熊から呻るような声が上がるものの、効いているようには見えない。そのことにアンが顔を歪めながら舌打ちをする。
「サトル、シズク一旦下がれ!」
「わかった」
「了解」
二人が下がったのを確認した俺は、杖を熊に向けると呪文を口にする。
「これでもくらえ、【ファイヤーボール】!」
杖から顕現した直径四十センチほどの火の玉が熊目掛け飛んでいく。圧倒的熱量を持ったそれは、一直線に目標へと飛来しやがて直撃する。
「グアアアアアア!!」
「今だ。一気に畳み掛けるぞ!」
俺の号令と共にサトルとシズクが反応し、熊へと襲い掛かる。斬撃と杖による打撃のコンビネーションによってHPが確実に削られていく。だが、分厚い毛皮と脂肪に覆われた体は耐久力に優れているのか、なかなかダメージを与えられずにいた。それに苛立ちを覚えたのか、いきなり立ち上がると両の腕を縦横無尽に振り回してきた。
「うお」
「きゃあ」
「ぐはっ」
何とかそれを回避することに成功した俺だったが、突然の不意打ちにサトルとシズクの二人はクリーンヒットを許してしまう。それを見たアンが二人に駆け寄ると、杖を掲げ魔法を唱える。
「【アクアヒール】!」
どうやら水魔法の回復魔法らしく、二人が受けた傷はみるみる癒されていく。だが、熊の攻撃によって残りHPが二割だったのが八割程度までしか回復していないことを考えると、熊が繰り出した攻撃の凄まじさが窺える。
「くそ、あの熊かなり強ぇぞ」
「そんなこと見れば分かるわよ!」
「二人とも落ち着いて! イール君、どうするの?」
詳細情報から得られる熊の残りHPは、まだまだ多く残り六割といったところだ。あれだけタコ殴りにしてもその程度のダメージしかないとなれば、全員で掛かっても奴のHPを0にする前にこちらが全滅してしまうのは想像に難くない。
(残された選択肢はあれしかないな……一か八かのギャンブルだが、やってみる価値はある)
残された勝利への可能性を見出すべく、俺はメニュー画面を開いてある項目を操作し始めた。
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