1話「ゲーム起動から初期設定まで」
マイペースに更新していきます。
20XX年、世界は核の炎に……包まれてはいない。
俺の名前は、鰻重太郎 (ばんじゅうたろう)。とある機械系製造工場に務めている今年でちょうど三十歳になる会社員である。
……今俺の名前を聞いて“うな重”と思った奴は、何の面白味もないつまらん奴だ。
ガキの頃から俺の名前を聞いた奴のほとんどが“うな重”と連呼しやがる。まったく、馬鹿の一つ覚えもいいところだ。
俺の名前についてこれ以上深く掘り下げる必要はないので話を進めさせてもらうが、そんな俺の元にある話が舞い込んできた。それは、とあるゲーム会社が次世代型のゲーム機を開発したとかで、試運転を兼ねたテストプレイヤーを大々的に募集していた。
自宅と職場を往復するだけの半ば社畜になりつつあった俺は、この話に飛びつきダメもとでテストプレイヤーとして応募してみたのだが、これが見事抽選に選ばれたのだ。
具体的にどんな内容のゲームかというと、どうやら仮想現実を使用したVRMMOというジャンルのゲームらしい。VRMMOとは(ヴァーチャルリアリティマッシブリーマルチプレイヤーオンライン)の略称で、アバターと呼ばれる自分自身の分身ともいうべきキャラクターを操作しながらオンライン上にいる他のプレイヤーと協力して攻略していくゲームらしい。
らしいというのは、俺こと鰻重太郎三十歳は生まれてこの方この手の物に触れてこなかったので、先に説明した内容は全て送られてきた取説の受け売りだったりする。
兎にも角にもまずは実際に体験してみないと始まらないので、さっそくプレイするための準備を開始する。
そういえば言っていなかったが、今回プレイしていくゲームのタイトルは【アーベントイアー・フライハイト・オンライン】という名前だ。
アーベントイアーはドイツ語で“冒険”という言葉を指し、フライハイトも同じ言語で“自由”という意味らしい。最後のオンラインだけなぜ英語にしたのかという考えが一瞬頭を過ったが、そんなことはどうでもいいことだと頭を左右に振り考えを破棄する。
宅配便で送られてきたのは、縦五十センチ、横八十センチ程度の段ボールで、中にはゲームをプレイするために必要なヘッドギアと取説それに契約に関する内容が記載された書類数枚が同梱されていた。
具体的な契約の内容はそれほど難しくなく、書類には以下の五つが記載されている。
1、契約期間は14日で、最低でもその期間はテストプレイヤーとしてゲームをプレイする。(契約期間満了後もプレイを続けて構わない)
2、契約の報酬はテストプレイをしてもらうゲーム機の無料進呈とする。
3、ゲームプレイ中に発生した内容は、すべて我が社に所有権がある。
4、同封された規約書に従わずに発生した問題は自己責任とし、我が社に責任を負う義務はないものとする。
5、同封された規約書をよく読みその内容を理解した上で、ゲームをプレイすること。
とまぁこんな感じの契約書の内容なわけだが、要は「なんかあった時はそっちの責任で、こっちは責任取りませんよ」というスタンスのようだ。一見身勝手な契約内容に思えるが、自分の人生の責任は自分で負うべきだということなのだろう。
一通り同封されていた規約書とやらを流し読みし大体の内容を把握すると、さっそくゲームをプレイしてみることにした。幸い今日は金曜日ということもあり、仕事が休みの明日と明後日も時間が取れる。俺の務めている会社はブラックではないので、きっちり週休二日制が行き届いているのは有難い。これといった趣味も持っていないので、時間を掛ける暇は十分にあるのだ。
極めて簡単なセッティングを行うと、早速ゲームを起動する。ヘッドギアを被り、起動スイッチを入れてすぐに意識が遠のいていく感覚に襲われる。
「うん? ここは一体どこだ。始まったのか?」
視界に映ったのは、何もない真っ白な空間だった。これといった建物も部屋もなく、ただただ何もない真っ白い空間。
しばらくそこを眺めていると、突如として声が響き渡る。
「ようこそ、【アーベントイアー・フライハイト・オンライン】の世界へ。わたしはこのゲームのシステムを管理しております超AIの【IRIS】と申します。まず初めにあなた様の“PID”をご入力いだだけますでしょうか?」
彼女がそう言い終わると、目の前にウインドウが表示され入力を促してくる。ちなみにIRIS……ちょっと分かりづらいのでこれからはイリスと認識するようにしよう。で、そのイリスが言った【PID】というものについてだが、簡単に言えば個人を識別するための個体番号のことである。
“PID”通称【パーソナル・アイデンティフィケーション】は、増大する人口に伴い、大量の情報を紙で作られた書類で管理するのは大変だということで、全世界共通のIDを一人一人に割り当てることで個人情報を管理しやすくするために近年導入された制度だ。
詳しい話は俺も知らないのでこれ以上言及しないが、昔日本で導入していた【マイナンバー制度】の世界版のようなものだと考えてくれて構わない。ウインドウの指示に従い、PIDを入力すると承認の文字が表示される。
「入力確認しました。鰻重太郎様、これより契約の確認に移りたいと思います」
その後、彼女の口から契約書の内容が説明され、契約に同意するかの意思確認が行われた。その問いに俺はYESと答える。
「それでは、一週間以内に同封されている契約書に必要事項をご記入いただき、郵送していただきますようお願いします。では次に鰻重太郎様がご使用されるキャラクターの設定に移らせていただきます」
イリスがそう宣言すると、再びウインドウが表示されキャラクターの編集画面が映し出される。ちなみに設定できる項目は名前と容姿と体型だけで性別は現実世界と同じにしかできないらしい。それについて聞いてみたところ、現実世界と性別が異なるといろいろと齟齬が生じてしまい、頭が混乱するとのことだった。
……確かに性別が違ってるといろいろ問題があるよな? 付いてるものが付いてなかったり、膨らんでないものが膨らんでたりするからな……。
おっと、話が逸れたみたいなので、元に戻そう。容姿については現実世界との違和感を無くすため、背格好はそのままにして見た目を少し若返らせることにした。具体的には十八歳くらいの俺に若返らせて、髪の色を茶髪に変えたくらいだ。俺の身長は百七十五センチくらいあって体型は太り過ぎでもやせ過ぎでもないので、そのままの体型でも問題なかった。
「キャラクターの名前は【イール】にして……これでよしと」
ウインドウの“このキャラクターを登録しますか?”の選択肢にYESのボタンをタップすると、次に職業とスキルの選択をすることになった。
取説でも記載されていたが、基本となる最初に選択可能な職業は七つあり、戦士・武術家・魔法使い・僧侶・シーフ・ダンサー・アーチャーだ。
戦士・武術家は接近系の職業で武器を使った戦いに向いているらしい。次に魔法使い・僧侶は魔法系の職業で、その名の通り魔法を駆使して戦うのだが、魔法使いは攻撃魔法と妨害魔法、僧侶は回復魔法と支援魔法を主体としているようだ。残りのシーフ・ダンサー・アーチャーはサポート系の職業で、他の仲間の支援や援護に適した職業だ。
「うーん、どれにしようか」
あれこれと悩んでみたが、現実世界でできないことというシンプルな理由から【魔法使い】を選択することにした。ちなみに僧侶でない理由は、俺が守ることよりも攻めることの方がいいと思ったからだ。……言っておくが、俺にそういう趣味はないからな!?
職業選択も終わり、最後にスキルの選択をする。スキルは先で選んだ職業に関連するものが選択可能で、三つ選択するらしい。様々なスキルが表示されたので、分からないものはイリスに質問しながらなんとか三つを選び出した。
一つは、火炎系の魔法を使用することができる【火魔法】、二つ目が妨害系の魔法が使える【阻害魔法】、最後が“パッシブスキル”と呼ばれる常に効果を発動し続ける【身体能力向上】というスキルを取得した。
「鰻重太郎様、最後の三つ目のスキルは【魔力強化】でなくともいいのですか? 魔法使いであるのなら魔力が強ければ強いほど強力な魔法が放てます。他の方もそのように選択されていますが」
「そのままでいいですよ。イリスさんの説明によれば、魔法使いは他の職業と比べると体力や防御力が低いとのことですから、それを補うという意味で選択しましたんで。それに、なにをするにもやっぱり体が資本ですからね!」
「……そうですか、あなた様がご納得しているのであれば、こちらとしてもこれ以上は何も言いません」
そして、最終的な確認の意味を込めて今まで選択した内容が表示される。
【名前】:イール
【職業】:魔法使い
【スキル】火魔法Lv1、阻害魔法Lv1、身体能力向上Lv1
ちなみに【イール】という名前の由来は、ウナギを英語にすると“eel”なのでそれを片仮名表記で使用することにした。
今一度設定した内容に不備がないことを確認した俺は、設定完了のボタンをタップし内容を確定させた。
「それでは次に簡単な戦闘チュートリアルへと移行します。準備はよろしいですか?」
「ああ、やってくれ」
イリスにそう告げた途端、突如として風景がどこかの草原に切り替わった。どうやらここで戦闘チュートリアルというのをやるらしい。
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