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仮面の夜

4章は長いので、3話に分かれます。

今回は1回目です。

ブックマークありがとうございました。励みになります。

 時を遡ること10年と少し。

 太陽と海と温暖な気候に恵まれたソレイヤールが、未曽有の厄災に見舞われた。

 夏に雨が続いて作物は腐り、秋には隣国のミッテルスラムトが領土の割譲を求めて来た。ソレイヤールの辺境伯が土地の譲渡をミッテルスラムトの貴族に約束したという古い古文書が見つかったと主張するが、ソレイヤール側は捏造だと突っぱねた。その結果、ミッテルスラムトは宣戦を布告。これに対し国王レルニリウスもソレイヤール軍を出兵させるが、兵力の差に押されて、国境付近の村は占領され、略奪の限りを尽くされた。

 しかし、戦いが冬に突入した頃。ソレイヤールは、王室・兵士・神官・国民が一丸となって、ミッテルスラムトに応戦。戦局は奇跡的に好転し、ソレイヤールは領土を守り抜いた。

 その戦勝祝いの喜びも覚めやらぬ折り……。


 ベルヴィール宮で祝賀会が開かれたその日の深夜。

 騒いでいた人々も疲れて帰り始める頃だった。

 国王夫妻と、数人の神官が大広間で談笑をしているそのときに。

 王宮の中に、甲高い悲鳴が響き渡った。

 悲鳴は王の一人息子、ヴァレリウス王太子の部屋のあたりから聞こえてきた。

「顔が! 僕の、顔が!」

 駆けつけた王妃は、ベッドの上で泣きじゃくる王太子の顔を見て悲鳴をあげた。愛くるしい顔が醜く腫れていたからだ。

 だが、それ以上に信じられなかったのは、王太子の言葉だった。

「誰か、この仮面を取って!」  

「落ち着きなさい、仮面なんかついていませんよ」

 だがヴァレリウスを抱き寄せ、額にキスをしたとたん。王妃の顔色が変わった。

「どうして!?」

 短く叫んだ王妃はそのまま気を失い、遅れて入ってきた王が急いで抱き留めた。

 相次いで駆けつけた王宮付きの神官が、王太子の額に手を当ててから、顔をあげた。

「目には見えませんが、手触りからいうとなにかが、顔を覆っていて、……そう、ちょうど仮面のようです。殿下の顔にぴったり張り付いていて、とれません」

「見えないって、どういうことだ。不気味な仮面がついているじゃないか! なぜとれないのか!?」

 王の声は、震えていた。

「考えられることは一つでございます。王様。これは魔法から生まれたもの。仮面に生命を与え、殿下の顔に取り憑くように命じたのだと思われます。人目に触れぬようにする術式も書かれておるようです」

「それは……それはどういう意味だ」

 王の言葉に神官が苦しげに声を漏らした。

「神官の誰かが、王と王国に逆らい、殿下に呪いをかけたのでしょう……」


◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆


「……まあ、このようなことがありまして、それ以来陛下たちは、殿下に魔法をかけた神官を探しながら、その呪いを解く方法を10年探し続けてきたのです。しかしどんなに努力をしても、殿下の顔から仮面は外れませんでした。どうやらその魔法を打ち消せるのはかけた本人だけのようです……」

 ティリアーノの長い話が終わったとき、アルネリアは首を傾げた。

「王太子殿下が命を狙われたというのなら、次の王位継承者が怪しいと相場が決まっていますけど。陛下の弟さんとか、従兄弟とか」

「それはないですね。王太子以外に王位継承者はいませんから」

「えっ! そんな。王位継承権が持つ者が数名いなかったら、万が一……」

 そこでアルネリアは言葉を飲み込んだ。王や王子、王女の死を匂わせる発言は、ノルデスラムト王宮内では禁忌である。幸いヴァレリウスたちは、その先を察しなかったらしい。

「まあ、これから弟でも生まれたら、私以外の王位継承者もできるでしょうけどね」

 のどかな声で王太子が答えた。

 のんきすぎる……。頭に浮かぶ思いを振り切り、アルネリアは重ねて尋ねた。

「では、呪いをかけられる理由は何でしょう。それがわかれば、犯人も自ずと浮上してくるはずですが」

「うーん……見当もつきませんね」

 王太子もティリアーノも首をかしげている。

「では、狙いは王を苦しめることでしょうか。王が神官の誰かか、そのゆかりの者に嫌がらせをしたり、誰かを追い落としたことは?」

 ヴァレリウス王太子とティリアーノが、顔を見合わせた。

「寛大な王は、誰かに嫌がらせをするような人物ではありません。ああ、いわれてみればひとりだけ、神官の資格を剥奪された者がいたという話を聞いたかな。なんでも規約を破ったとかで。そのとき僕はまだ、いたいけな少年だったから知らないんだけど」

「では、その者が逆恨みをして、ということは考えられませんか?」 

「いや、それは不可能なのです。その人が神官を剥奪されたのは、対ミッテルスラムト戦の前らしいです」

「資格がなくても勝手にやる人いますよ。アーレンにも商業許可がないのに道端で物売る人いるし」

 口を尖らせたアルネリアを見て王太子は少しだけ微笑んだ。

「それはない。神官は、資格を剥奪されると、魔法使いではいられなくなるのだから」

 語る王太子の横顔を、ティリアーノが物言いたげに見つめる。

「へえ、よくわかりませんが、魔法使いというのは、資格や職業に付随しているものなんですか。その人の才能とか血筋とかではなく」

「まあそのあたりは、国家機密ということで」

「それなら、話は簡単でしょう。神官全員をクビにして、魔法を奪ってしまえばいいじゃないですか」

 しかし、ヴァレリウスとティリアーノは、ゆっくりと首を左右に振る。

「それはできない。すでに国民はみな魔法に頼った生活をしているからね。神官とその魔法がなくなったら、国民が飢えて、国は滅びる」

「それでしたら、ひとりずつ神官の任を解いていけばよいではないですか。無実だとわかったらまた採用すればいいでしょう」

「それも無理です。残念ながら、一度任を解かれたら、神官どころか、魔法使いとしての能力もなくなるので。しかも神官は最高位のものから平神官まで合わせて2万人もいるのですよ。これでも数が足りないんですけどね。要するに犯人がわかれば、その人だけ資格を剥奪でき、呪いも消滅します。罪なき魔法使いの魔法を取り上げるようことをしなくて済む。あなたたちはそれだけ考えてくれればいい」

 十分に情報を与えないで、協力だけしろというのか。アルネリアは一瞬眉を寄せたが、すぐに作り笑いでごまかした。無理もない。大きな産業もなく、軍事力もないソレイヤールが豊かな暮らしをしているのは、魔法の力によるものだったということになる。その詳細を、簡単によそ者に伝えられるわけがない。

「この王太子の呪いのことを知っている人は?」

「限られています。国王陛下ご夫妻、王太子殿下ご本人、そのとき居合わせた王宮付き神官である私の父。その息子の私。それから大神官。あとは犯人ですね。その他の人たちには知らせていないし、話したところで信じてもくれないでしょう」

それほど重大なことを、一介の旅行者に打ち明けたと言うことは、よほど追い詰められているのだろう。

「それからもうひとついいですか? ミッテルスラムトとの戦いに勝ったのも、魔法の力の功績が大きいのでしょうか? たとえばあの鎧の兵士をたくさん作って」

「まあ、……それもないとはいわないかな~」

 ティリアーノの目が冷たく光ったので、アルネリアは質問を打ち切ることにした。なんといっても捕囚同然なのだ。ここで下手な質問をして怒らせるわけにはいかない。

「とにかく、僕たちはとても焦っているんだよ。呪いを解くために、真実が見えるあなたに力をお貸し願いたいというわけ。滞在中はこの部屋を使ってもらうからね。いいね!?」

城から出すつもりがない。その事実を知ったアルネリアは、思わずティリアーノに食い下がった。

「僕が呪いを解決するまで帰さないつもりですか? そこまで期待されても困ります。応えられる自信がない。それに、王太子殿下の仮面が見えているのは、僕だけではないかもしれないでしょう。だって王太子殿下ですよ。こういってはなんだけど、仮面だとわかっていても、権力を恐れて何も言わないだけかもしれません。僕だって、最初からわかっていたらそうしていました!」

 王太子は静かに手をあげ、アルネリアを制した。

「でも、あなたは王太子とわからなかった。そうでしょう。あなたと私がどこで出会ったのか、お忘れではないですよね? 私とティリアーノは、ときどき市井の者に変装して、町の中に出かけていたのです。でも、あなたのような反応をした者はいません」

 アルネリアとヴァレリウス王太子が、しっかりと視線を合わせる。先に目をそらしたのは、アルネリアの方だった。

 ここで王太子に逆らったら、二度とノルデスラムトに帰れなくなるかもしれない。察したアルネリアは小さく息を吐いた。

「わかりました。でもその前に、母に手紙を書かせてください」

 ユシドーラなら……今の自分に何を求めるだろう。アルネリアはうつむきながら考えた。

 ここで呪いを解くことに成功すれば、ソレイヤールはノルデスラムト国民に大きな借りができる。そうなるとフロレーテとの結婚を有利に勧めることができる。万が一、エステスラムトが攻めてきたとしても、ノルデスラムトはソレイヤールの財力を頼ることができるだろう。いや、ミッテルスラムトを退けたという正体不明の軍事力もだ……。

「わかりました。つまり僕は、王太子に呪いの魔法をかけた神官"だけ"探し出せばいいということなんですね?」

 きっぱりとアルネリアが答えると、ヴァレリウスの緑の目が、意外そうに見開かれた。

「真実の愛は?」

「勝手に探してくださいっ!」

 もう限界だ。アルネリアは恭しく王太子の前で一礼し、話を打ち切った。


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