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食欲の王女は、呪われた王太子を救えるか!?  作者: リカールさん
3章 御前試合と、拉致事件
7/31

御前試合の日

『ソレイヤールに伝わる昔ばなし』


 昔々。

 北の大地を追われた人々がおりました。

 国境のやせた土地に流れ着いた彼らは、人との接触を避け、固まって暮らしておりました。昔からそこに住んでいる人たちは、そんな彼らを遠巻きにしてみていました。


 あるときひとりの若者が、好奇心に勝てず彼らの暮らしぶりを探りにきました。

 北から来た人々は、若者に気づかず、集落の真ん中に集まり、そうして地面に手をついて、祈り始めました。

「大地の精よ! 私は土を豊かにし、多くの実りをもたらしたいのです! どうぞ力を与えてください」

 するとどうでしょう。みるみるうちにやせた大地が黒黒とした肥えた農地に変わっていくではありませんか。そしてその土地からは、豊富な作物が採れるようになったのです。


 若者の報告を受けた土地の者は、北の人々を歓迎し、それから皆で豊かに暮らしました。



 ◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆


 大気を震わせるような音に、アルネリアは眠りを破られた。

 カーテン越しの柔らかい朝の光が、白い部屋の中を満たし、壁の四隅に描かれた幾何学模様の装飾画を浮き上がらせている。

「何の音だろう?」

 隣のベッドで眠っているパウラに声をかける。

「花火……とか? 今日は御前試合の日ですからね」

「そうか!」

 アルネリアは、勢いよくベッドから起き上がり、窓辺に近づいた。

 寝間着のままカーテンの隙間から下の通りを覗くと、着飾っていそいそと歩いて行く気が早い人たちの姿が見えた。

 その瞬間、アルネリアの瞳の奥にも、花火が上がった。

「ほらほら起きて。支度するよ」

「えーまだ早いですよ」

 パウラはけだるそうに夜具を鼻の上まで引き上げた。

「そんな、グズグズしてるといい場所なくなっちゃうよ。ほら、早く着替えて」

 アルネリアは素早く寝間着を脱ぎ捨てると、チェストの中から衣類を引っ張り出した。

「自業自得とはいえ謹慎をくらって、丸一日外出禁止を命じられていた、その鬱憤が一気に炸裂したって感じですね」

「今日はこの服で行こうかなーっと」

「……待って、帷子(かたびら)忘れてます」

 パウラはあきらめたように起き上がり、荷物の中から帷子を取り出した。細い皮紐を編み上げて作られている防具で、肌着の上に着用する。軽くて身体の線を隠してくれるので、ほとんどの女騎士が重宝しているものだ。

「今日は特に、人混みの中で、男装してる女の子だってバレたら困るでしょう?」

 帷子は、アルネリアの細い胴体をすっぽりと覆った。

「ありがとう」


 着替えを済ませたふたりが食堂に降りていくと、すでに支度を整えていたビルギッタとガリマーロがテーブルについていた。

「やっぱり。待ちきれなくて早く降りてくると思った」

 ビルギッタに行動をすっかり読まれている。アルネリアは少しバツが悪そうな顔で、黙って着席した。

 目の前に座っているガリマーロは、旅の汚れを落としたせいか、いつもより垢抜けてみえた。

「簡単に説明しておく。試合は宮殿前広場で行われる。宮殿に続く道沿いに、たくさんの防具店の露店が並ぶだろう。各工房から出している店だから、設えは粗末だが、売り物は悪くない。試合が終わってから見るといい。それから御前試合だから、武器は持っていけない。そこは気をつけろ」

「騎士の試合といえば、ノルデスラムトでは騎馬戦ですよね。槍と楯をこう抱えて、ラッパの合図を受けて、馬を走らせるんです。相手が突いてくる槍を楯で防ぎつつ、同時に相手を攻撃する。落馬した者が負け。時には落馬したときの打ち所が悪かったり、槍をまともにくらったりして、落命することもあります。実戦ではないとはいえ、危険はあって……。ソレイヤールもそうなのかな?」

 パウラは珍しく頬を上気させている。

「いや、ソレイヤールは騎馬ではなく剣技でのトーナメントだ。真剣を使うけれども、ただ勝てばいいというものではない。相手の剣を落とすか動きを封じれば勝ちだが、そこに優雅さも加点される世界だ。剣舞のように華やかな動きで、王手をかけたものが優勝する」

「ずいぶん違うんですね、ソレイヤールとノルデスラムトでは」

「そうだな。だが、共通点もあるぞ。騎士と貴婦人との関係だ。心に決めた人に生涯の忠誠を誓い、騎士は命を懸けて守り抜く。ノルデスラムトもそうだろう。お前も騎士になったら、そういう女性を見つけて、一生懸命守るのだ」

「うーん、それって吟遊詩人の歌の中の話でしょう。騎士が忠誠を誓うのは、王様や領主で、愛する人は関係ないんじゃないかなぁ」

「王への忠誠とは別の話だ。いいか、騎士がもっとも強い力を出せるのは、愛する者を守ろうとしたときだ。愛する者をもたない騎士は、王を護ることもできない」

「え? 愛する人がいないと強くなれないの? 本当に?……」

 パウラが目を泳がせながら、ビルギッタに向き直った。

「そうか、母上には父上が……、そういうことか。では私は?」

「そんな先の心配よりも、今は剣の腕を磨きなさい。おまえはまだ踏み込みが甘い」

 パウラの困惑を、ビルギッタが一刀両断した。


 商館から宮殿へと続く道は、なだらかな石畳の坂だった。

 アルネリアは胸に小さな包を抱えて、パウラと並んで歩いた。

「それは?」

「今はヒミツ」

 アルネリアが目に悪戯じみた光を湛えているときは、たいていろくなことを考えてない。

「自覚ないでしょうけど、悪党みたいな顔してますよ……」

 パウラは、空を見上げてため息をついた。

 宮殿に近づくにつれ、道幅も広くなってきた。道沿いに土産物や野菜果物、軽食などを商う露店が並ぶ。落ち着きなく覗きに行こうとするアルネリアの腕を、パウラがガッチリつかんだ。

「それは後にして」

 人々の歓声と、時折上がる花火の音が大きくなる。ガリマーロの言葉通り、露店に並ぶ商品が、武具一色になった。道行く人は、品物を眺めることはあっても、手にとって見ることはしない。

 今度は横目で武具を眺めるパウラの足取りが遅れ気味になっている。

「ほらほら、早くしないと遅れるよ」

 自分は鎧や楯に興味がないものだから、ここぞとばかりにパウラを追い立てるアルネリアである。


◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆


 宮殿前広場には、すでに大勢の人たちが集まっていた。

 広場と宮殿は金色の柵で隔てられ、その向こうの広大な敷地の奥に、森を背にした白い宮殿が見えた。

 あれがベルヴィール宮だ。

 肖像画家ナバラが形容したように、白鳥が羽を広げた姿に似ている。

 アルネリアは無意識にノルデスラムトのシュバスト城を思い浮かべた。宮殿は権力者が暮らす、豪勢な住まいである。しかし城は敵の侵略を想定し、築かれた要塞と言い換えることができる。シュバスト城は堅固だが、優雅さのかけらもない。

 ノルデスラムトも、隣国エステスラムトや北方諸国の驚異がなければ、もっと軍事費を削減できて、こういう王家の威光を誇示するような宮殿も建造できるのだろうか。

 ヴァレリウス王太子と姉フロレーテの結婚話を有利に進められたら……力や経済力をつけることができたら、それもまた夢ではなくなるかもしれない。

 だが、所詮は政治の駒のひとつに過ぎないアルネリアは、いずれ別の国に嫁がされるだろう。ノルデスラムトに宮殿ができたとしても、そこで暮らすことはないだろう。

 

 観客席の対面に、王族たち専用と思われる特別席が設けられている。だが、まだ試合が始まっていない今は、人の姿がない。

 実際に試合が行われる場と、観客席とは二重の柵で隔てられ、アルネリアたちが陣取った場所の前には、すでに分厚い人垣ができていた。


「これじゃ見えませんね」

「いや、私にはこれがある」

 不安げにつぶやくパウラに向かって、アルネリアは勝ち誇った顔で、抱えていた包みを持ち上げた。

「さっきから気になってたんだけど、なんですか、それ?」

 問われて、包んでいた布をハラリとほどくと、中から筒状の物体が現れた。

「じゃじゃじゃーん。遠眼鏡ー」

「そんなもの持ってたんですか?」

「姉上の部屋から失敬してきた。どうせ使ってないんだからわかりはしない」

「私、国に帰ったら他人の振りしますからね」

 震える声でパウラが言った瞬間、前のほうからファンファーレが鳴り響いた。広場に広がる拍手。その拍手を受けて、特別席に人の姿が現れた。

「お、あれは国王陛下だな」

 アルネリアは、右目に当てた遠眼鏡の先を、特別席に向けた。

 王冠と、赤いローブで国王とわかる人物が着席し、次いで王妃が手を振りながら席に着いた。それに続いてヴァレリウス王太子も着席した。だが、王太子の席はあいにく国王夫妻の後ろである。

「国王が邪魔で王太子が見えないぃぃぃ。どいて。そこどいてよぉぉ」

 イライラしながら遠眼鏡で凝視するアルネリア。辛抱強く待っていると、国王が王妃に耳を近づけ、王太子の姿が現れそうになった。

 今だ。

 アルネリアの手に力が入る……と。なにかを落としたらしく、王太子が前のめりになってかがんだ。見えるのは金髪の頭頂部だけ。その後、王太子が頭を持ち上げたタイミングで、王が前に向き直り、王太子は再び死角に入ってしまった。

「ぐぬぬぬ。わざとか? わざとやっているのか?」

 おおおお! 

 人々の歓声がひときわ高まって、アルネリアの声を消した。


 試合の出場者の入場だ。無骨な甲冑姿の騎士たちが、鋼の音も高らかに、行進している。

 鎧の上から、片方が赤、片方が白の布製の軍衣を着ている。もともと戦場で味方を判別するために着用するもので、紋章をつけることが一般的だが、御前試合では単に色分けをするだけである。

「最近は、ずいぶん分厚い鋼の鎧になったようだな。これも時代か」

 ガリマーロが首をひねりながらつぶやく。

 しかしアルネリアだけは、ひとり見当はずれな方向に遠眼鏡を向けている。

「あまりにも露骨だと怪しまれますって!」

 パウラがアルネリアの肩を抱き、強引に向きを変えさせた。それもそうだとアルネリアは剣士たちに注視する……が。

 甲冑に身を固め、向き合う剣士。いや、剣士のはずが、手にしているのは、楯とハンマーである。

 なぜハンマー? それにハンマーは両手で持つものではなかったのか? 

 騎士の事情に明るくないアルネリアがパウラを見ると、彼女も驚きと戸惑いを隠せないような顔つきだ。

「はじめ!」

 審判の掛け声が響いたと同時に、甲冑の騎士が駆け寄る。金属がこすれぶつかる音をたてながら両者が近づくと、右側にいた騎士が片手のハンマーを下から上に振り上げる。と、左側の騎士は、身体を後ろ側に反らせ、攻撃をうまくかわした。

 ぶぅん。風を強く切る音が響く。あの一撃をまともに食らったら、命に係わるレベルだろう。

 ガリマーロの話では、剣舞のような優雅な試合ではなかったのか?

 アルネリアが眉をひそめた瞬間。左側の剣士が振り上げたハンマーが、右側の騎士の脳天を直撃した。

 金属が潰れる音があたりに響いて、アルネリアは思わず顔を背けた。

「貸して!」

 パウラは容赦なくアルネリアの遠眼鏡を奪い、右目に当てる。白いたすきをかけた騎士は、もうひとりの騎士の足元で横たわっていた。

「うわ……、あれはもう……」

 しーん……と静まり返る観客席。パウラは思わず目を閉じる。だが。

 その次の瞬間。

「勝者、赤。甲冑、ハンマーともにバンドール工房提供」

 高らかに宣言する声が響き、一斉に観客からのどよめきが起こった。

「これは、どういうことなんですか?」

 パウラが隣にいたガリマーロに尋ねた。しかし彼は首を左右に振る。

「俺が知っている試合ではない……。ルールも何もあったものじゃない。しかも、名乗りを上げるのは勝者の名ではなくて、武具の工房だと? これは、これではまるで武器や装備の宣伝興行のようなものではないか」


 パウラはしばらく考えこんでいたが、不意に顔をあげて、アルネリアの手に遠眼鏡を握らせた。

「予想外のことはありましたが、当初の目的を忘れてはいけません」

「そ、そうだね。今なら……」

 倒れた甲冑の騎士を、別の甲冑の騎士が引き摺って運んでいく。その場面を見ないように、アルネリアは特別席にレンズを向けた。

 王が深く頭を下げていた。そして、その後ろにいる王太子は、昂然と顔を持ち上げた。

「やった!」

 アルネリアは強く遠眼鏡を右目に押し付けた。……が。

「う……うそ」

 一度眼鏡をはずし、目をこすってから再び見直した。しかし結果は同じだった。

 特別席にいた王太子は、顔の上半分を、黒い仮面で隠していた。鼻の部分は、不吉な夜の鳥がもつクチバシのように伸びている。その姿は2日前、食堂にいた金髪の男と同じだった。いや、少なくとも、同じ仮面をかぶっていた。

「パ、パ……」

 アルネリアはパウラの手に遠眼鏡を渡して、特別席を指さした。遠眼鏡を受け取り覗いてみたパウラは、しきりに首をひねっている。

 どこかから甲冑がぶつかるような音が聞こえていた。

「あの仮面だよ。同じだよ。この間の店にいた。ねえ、どういうことだと思う? 仮面が流行してるのかな。それとも同一人物なのかな?」

 必死な面持ちのアルネリアに、パウラが静かに遠眼鏡を返した。

「仮面って、なんのことですか」

 え? 虚を突かれてアルネリアは、言葉を失った。


 そのときだ。

「見ぃ〜つけた」

 耳元で声が聞こえたと同時にアルネリアは手首を掴まれていた。いつの間に現れたのだろう。明るい栗色の髪で長身、裾が長い黒衣の男が、アルネリアの目の前にいた。年は20代前半くらいで、艶めかしい笑顔を浮かべている。

 突然のことにアルネリアは身体を硬直させた。そんな彼女をパウラが守ろうとしたが、その腕は、突如現れた鎧の兵士たちに両脇から抑え込まれ、見動き取れなくなっていた。

 栗色の髪の男は、悠然とアルネリアの顔をのぞき込む。

「ずいぶん探したんだよ、少年。でも、きっと御前試合には来るだろうと思ってた僕の勘は当たったようだ。さあ僕と一緒に来てくれるよね?」

「放せ。あやしいヤツめ」

 パウラが叫ぶと、男はわざとらしくため息をついた。

「あーもうイヤだなぁ。そんなに怖い目で見られたら僕だって傷つくんだよ。それよりも僕の言うことを聞いたほうがいいんじゃないかなあ」

 この男をどこかで見た。アルネリアは記憶を探ろうとしたが、動揺しているので集中できない。

「無礼者!」

 ビルギッタの手が腰に伸びた。だが、今日は御前試合のため剣を携帯していない!

「なんだかなあ、もう。君たち全く話にならないじゃない。こうなったらしょうがないなあ。……連れて行け」

 栗色の髪の男が鎧の兵に合図をする。と、兵士はアルネリアとパウラを軽々と抱えあげ、群衆をかき分けて宮殿の方に向かった。

「やめろ、放せ!」

 ふたりを救い出そうとするビルギッタとガリマーロだが、わらわらと湧いてでてきた別の鎧兵に、がっちりと抑え込まれた。

「ははうえー!」

「ガリマーロさん‼」 

 もがくアルネリアとパウラの姿は見る間に人の波の間に飲み込まれ、見えなくなってしまった。


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