黒の魔法使い
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さて。クライマックスの章です。
話の展開上、3回に分けさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
北の国を追われた白の魔法使いと黒の魔法使いたちは、助け合いながら南に下っていきました。
途中、大きな獣に襲われそうになり、白の魔法使いが食べられそうになりました。
しかしそこで黒の魔法使いたちが人の前に立ちはだかり、獣を倒しました。それ以降、黒の魔法使いは白の魔法使いたちにあがめられ、同時に恐れられるようになりました。白の魔法使いは、黒の魔法使いの言うことをなんでも聞いたのです。
黒の魔法使いたちは、田畑も耕さず、魔法も使わず、白の魔法使いに食べさせてもらい、遊んでいるばかりでした。そのことに不満を持った白の魔法使いたちは、あるときついに黒の魔法使いたちを相手に戦いを挑みました。
するとどうでしょう。黒の魔法使いのひとりが、白の魔法使いの側について、ほかの黒の魔法使い相手に戦ったのです。
結果、白の側についた魔法使いが勝利し、負けた魔法使いは北に逃げていきました。
残った魔法使いたちは、さらに豊かな土地を目指し、南に向かっていったそうです。
『ミッテルスラムトの伝承』
◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆
失敗した。完全に失敗した。
ヴァレリウスの後について図書室に向かうアルネリアは、自分を責め続けた。
うっかり差し伸べられた手に自然に手を重ねてしまったが、あれはまるっきり姫様のしぐさだ。自分から正体をバラしているのと同じである。しかし、ヴァレリウスはおそらく感づいているはずだ。鈍いと思って油断していた自分が悪いのだ。アルネリアはため息をつきながら、ヴァレリウスについて、図書室の中に入っていった。
「それで賢者君。話とは?」
高い天井まで覆い尽くした図書室の中。ずらりと並んだ背表紙を前に、ヴァレリウスがこちらを向いた。
「以前ソレイヤールの魔法使いの伝承を教えていただきましたが、ミッテルスラムトの伝承が書かれている本を見せていただけますか?」
「いいよ。確かこのあたりにあったはずだ」
ヴァレリウスは数歩部屋の奥に歩んでいくと、はしごに登り、一冊の本を手に取った。
「ずいぶん、書物に親しんでいるんですね」
「私には友達も少ないし、仕事もないからね。書物が友達だった。もちろんティリアーノは別だけど。ほら、ここだよ。ノルデスラムト、ミッテルスラムト、ソレイヤール。みんな伝承が載っている」
ヴァレリウスの細い指が、開いた本のページの上をなぞる。
「ああほんとだ。これによると、ノルデスラムトの魔法使いたちは、みんな南に下っていったのですね」
「その子孫がソレイヤールの魔法使いだ」
「殿下。前から不思議だなと思っていました。ノルデスラムトの魔法使い伝説には、黒の魔法使いと、白の魔法使いがいたのに、この国では白の魔法使い――命を司る魔法しかないということが」
ヴァレリウスは、ただ透き通った目でアルネリアを見ている。
「伝承は荒唐無稽な物語。ですが、その中に事実が隠されていることもあります。死を操れる黒の魔法使いは、白の魔法使いだけでなく、周囲のひとたちにとっても脅威だったのでしょう。だから魔法使いたちにとって、安住の地はなかなか見つからず、南下をつづけたと考えられます。そして脅威の存在である魔法使いがソレイヤールにいることを、ミッテルスラムトの人たちは後世の人たちに伝えていたのでしょう。そのためソレイヤールは長い間、ミッテルスラムトの人々に恐れられ、両国の間に戦いは起こらなかったのです。この前の戦までは」
「そうなのだろうね」
「そして殿下。あなたがその伝承の中にある、白の側についた黒の魔法使いの末裔。黒の魔法使いなのですね」
王太子はしばらくの間アルネリアを見つめてから、頷いた。
「そうだよ、賢者君」
「陛下もあなたも、人の命を奪う魔法、人が病に抗う力を弱める魔法が使えるのですね」
「そうだよ」
「今、黒の魔法を使える直系はあなたの一族だけ。おそらく、王族シャテーニエ家は、神官たち――白の魔法使いたちから、魔法の力をとりあげることもできるのでしょう」
魔法使いの中の力関係は、圧倒的に生命の力を奪うほうが当然強い。だから、黒の魔法使いを王座に据えてちやほやご機嫌をとれば、白の魔法使いは自分たちの保身を図ることができる。一方で王の魔法は、強烈だが行使しすぎると便利な白の魔法使いを失うことになってしまう。
強い力を持っていながら、人をあやめたり傷つけてはいけない法律に縛られ、魔法の使いどころがない王はただ緊張感をなくしていくだけの存在になっていったのだ。
そして必然的にこの国の王は、強大な力を持ってはいるが、なにもしないボンクラになっていく。歴代王のあだ名が「怠慢王」や「豚王」になっているのも、そんな事情だったに違いない。
「そうだよ」
「森の中で、監禁されていたガリマーロさんが後ろ手に縛られていたとき。はじめ、彼が自力で切ったのだと思っていました。でもあのときあなたは、なにか低い声でうなっていた。その後で、縄が切れたのです。あれは、殿下が魔法で縄の力を切ったのですね。また、危険な森に入ろうとするあなたを、ティリアーノさんが止めなかったのも謎でした。あれはあなたに強大な力があると知っていたからなのですね。むしろ、殿下がならず者を傷つける方が心配だったのかもしれません」
「その通りだよ。よくわかったね。さすが賢者君だ」
聞き慣れたヴァレリウスの言葉だったが、いつものような明るさはなく、ただ悲しそうな響きだけがあった。
「黒の魔法使いの件は、国家機密でしょう。だから僕らには言えなかったんですね。でも安心してください。絶対にほかに漏らしませんから」
「それは違うよ」
仮面の奥で、緑色の美しい目が辛そうに閉じられた。
「私は呪われている。命を簡単に奪える力を持っている人間なんだよ。仮面をつけられる前に、すでに生まれたときから呪われているのだ。神官たちからも、事実を知っている人たちからも、距離を置かれることが多い、そんな力だ。その中で、唯一の希望だったあなたに、逃げられたくなかった。血の呪いは変えられないけれど、仮面の呪いは変えられる。私は、そこに賭けたかった」
不自然なほど明るくのんきでとぼけた王太子が、初めて覗かせた心の奥。その先には、絶望的なほどの孤独が続いていた。
しかし、アルネリアは努めて明るい声で答える。
「逃げる? そんなはずはありません。なぜなら……」
そこで気合いを入れるように背筋を伸ばし、言葉を続けた。
「先日のあなたの疑問にお答えします。私は、ノルデスラムトの王家、アーレンゲルト家の第3王女。アルネリアだからです」
その瞬間、彼女の表情から腕白な少年の面影が消え、凜とした王女の風格が戻った。
「やっぱりそうだったのですね……」
だが、王太子の反応は、極めて穏やかなものだった。
「気づいていたんですか?」
「最初は少年だと思いましたが、途中からときどき女の子っぽいなぁ……と」
「これまで、性別と身分を偽っていたことをお詫びいたします。すべては姉のため、国のためにしたことなのです。元はといえば……」
アルネリアは、ノルデスラムトに送られてきた3枚の肖像画のことを王太子に伝えた。さらに両国の結びつきを深めたいこと、姉との結婚が望ましいこと、そして姉のフロレーテの美しさと、魅力を力説した。
だが……ヴァレリウスの口からでたのは、意外な言葉だった。
「ノルデスラムトの姫との結婚話ですか? それは初耳です」
「ええっ!?」
「誰が送ったのでしょうね。呪いも解けていないというのに解せない話です。確かに肖像画のモデルになったことはあります。私の顔が他人にどんなふうに見えるのか、興味があったからで、ほかに目的はなかったのですが。誰かが倉庫から出して、勝手に送ったということになりますね」
そんなことができるのは、かなりの実力者ということになる。
「それを解明するためにも、そろそろみんなのところに行きましょうか」
「そうですね。あ、ちょっと待って」
図書室から外に出ようとしたアルネリアを、ヴァレリウスが止めた。
「その前にティリアーノに頑張ってもらいましょう」
なんだろう、という顔つきのアルネリアに、ヴァレリウスが珍しくもいたずらっぽい顔で、計画を打ち明けた。




