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ガリマーロの救出

11章の前編です。

今日はまた、後ほど後編を更新します。

 旅装のままのアルネリアとヴァレリウス。武装しているパウラとビルギッタ。そして木偶の兵士を10体従えた法衣姿のティリアーノ。5人は川沿いの道に立って、森を見つめている。

 本来なら兄であるレオーニスと共に行動すべきかもしれない。だが、ティリアーノも、アルネリアも、それをためらっている。

 またこの国には警吏も存在するが、どこから情報がもれるか、また誰と誰がつながっているのか見当もつかないこともあり、少人数で行動することに決めた。

「もう兵士は襲ってきませんよね?」

 アルネリアが心細そうな声で、ヴァレリウスを見上げた。

「心配ないよ。私たちの命令をちゃんと聞いてくれるように、ティリアーノが魔法の設定を変えてくれたから。」

「ガリマーロさんは無事でしょうか?」

 ビルギッタに声をかけると、彼女は鋭い眼光をアルネリアに向けた。

「今殺してしまったら、身代金が取れなくなります。賊もそこまで間抜けじゃないはず。だけど、お金が渡ったあとは……」

 アルネリアは唇を引き締めた。その後のことは考えるまでもない。それまでに助け出すからだ。

「では、作戦をもう一度……どうした?」

 ビルギッタが語り始めたと同時に、ティリアーノがその場に座り込んだ。

「今まで、生き物の目を借りて森の中を探っていたんですけど、目が回っちゃって……」

「場所がわかったのか?」

「はい。はじめは鳥の目を借りて飛んで、森の中の少し開けた場所に、大きめの家があることを確認しました。鳥のままだと中には入れないので、そのあと中にいた蜘蛛の目を借りたんですけど、なんか蜘蛛の目ってぼやけてて、あと移動が思ったより早くて、目が回って……」

「おいおい、大丈夫か?」

「でも、確認はできました。だいたい全部で11人。そのうちひとりはガリマーロさんでしょうから敵の数は10人、ですね」

 ティリアーノは落ちていた枝を拾うと、地面に図を書き始めた。

「家に入ると入ると大きな部屋があり、その奥に小部屋があります。ガリマーロさんはこの小部屋にいました」

「10人か。思ったよりも多いな……」

 考え込むビルギッタに、ヴァレリウスが答える。

「なんとかするしかないです」

 ティリアーノが驚いたような目で王太子を見た。

「心配しなくてもいい。君が危惧するようなことはない」

 ビルギッタは手を叩いて人々の注意を向け、作戦を述べた。

「とにかく、まずは敵の陣地に向かう。その後に私とパウラ、そして木偶兵1体が10人を引きつける。ティリアーノさんは、隠れて木偶兵を操ってください。殿下たちは、物陰に隠れ、隙を見てガリマーロさんの救出を」

 ビルギッタの言葉に全員が頷いた。


 ◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆


走ると木偶の兵士が着ている鎧の音が木々の間に(こだま)する。そのため、一行はゆっくりと足を進めた。強い緑の香りの中で見上げると、豊かな葉をつけた枝の合間から、青い空がのぞいていた。

 低い枝をくぐり、なおも歩くと、前方の木々の間から明るい光がこぼれている。森が開けて、家がある場所である。ガリマーロが捕まっているのは、そこだと思われる。

 木々の間に隠れるように一同は足を止めた。そして作戦通り、5人は散会することになった。が……。

「待って。これを」

 パウラはアルネリアを呼び、その手に短剣を渡した。

「なにかあったら、これで戦って」

「わかった」

 アルネリアは短剣を手に、そっと森を回って家の裏手に回る。その後に、ヴァレリウスと2体の木偶兵が静かについてきた。

アルネリアは、壁にぴったりと身を寄せた。そして借りたナイフの刃を、目の高さの壁の木目の隙間にいれ、なん度か上下させたあとで歯の角度を変え、斜めに切り取りこみをいれる。最後に木片を取り除くと、ちょうどのぞき穴ができた。

「うまいもんですね」

「子供の頃よくやったんです。叱られましたけど」

 アルネリアは、そこよりも少し高い位置に、同じように穴を開ける。背の高いヴァレリウスは、それでも少し腰をかがめるしかなかった。

穴からのぞき込んだ部屋の中は薄暗く、最初のうちは目が慣れない。だが、なじんでくると、中に人らしい影が認められた。

 男がふたり、せわしなく動いている。ひとりは髪を短く切った男、もうひとりは、長い髪を布で縛っていた。ふたりはしきりに高く足を上げて、床を蹴ろうとしている。その動きを目で追い、床に目を落としたアルネリアが見たものは……。

 後ろ手に手を縛られ、両足も縛られながら、のたうち回る芋虫のように暴れているガリマーロの姿だった。その姿勢で敵の攻撃をかわしているのだ。

「すごい身体能力だ」

 アルネリアは驚き、ヴァレリウスも低くうなった。

 どうやって助ければいいのだろう。アルネリアが考え込んだその直後。

 ぶちん。

 何かがはじける音が聞こえ、ガリマーロの手足が突然解き放たれたように動いた。ガリマーロは一瞬、自由になった両手を確認するように眺め、その後弾みをつけて立ち上がった。

「うおおおおおおお!」

 ガリマーロはやにわに周りにいた男ふたりに素手で殴りかかった。短い髪の男は、手にした棍棒でガリマーロに襲いかかる。が、ガリマーロが身をかわしたため、大きく空振りし、バランスを崩した。

 その機会を捉えたガリマーロは、男の手からひょいと棍棒を取り上げると、ぶん、と振り回した。男が逃げると、その動きを追い詰めながら続けざまに腕を振る。2度空を切ったガリマーロの棍棒は、3発目に男の頭に命中した。

 男がぐふっ、という声を漏らして倒れる。ガリマーロがもうひとりを探すが、そこに男の姿はなかった。仲間を呼びに、別の部屋に駆け込んだ後だった。

 ヴァレリウスが木偶兵に「壊せ」と命じる。と、木偶兵は大きく手を振って壁を殴りつけた。大きな音と共に壁が裂け、そこから家の中に入れるようになった。

 そのあと、落ちていた縄で念のため倒れている男の手足を協力して縛ると、もうほかにすることがなくなってしまった。

「私たちの出る幕、なかったですね」

 アルネリアが振り返ると、ヴァレリウスはうん、とただ頷いた。


 隣の部屋では、ビルギッタとパウラが暴れていた。

 まず男たちは、その前に部屋に押し入った木偶兵に度肝を抜かれた。

「うわ、なんだなんだ」

ならず者であっても国民を殺してはいけない。そんな掟が、ソレイヤールにはある。そのため、木偶兵はならず者を襲わずただ捕らえようとする。だが、すばしっこい男たちはその手をうまくすり抜ける。だが、彼らは木偶兵の背中にぴったりと身を寄せていたビルギッタ、パウラの親子に気づかなかった。そして、突然現れたように見えたふたりの一太刀を腿に食らった。

 ぐわああ、と悲鳴を上げて倒れる男に、家の戸口からティリアーノが遠隔魔法を送った。

「大地の精よ。倒れた者にしばしの休息を与えたまえ」

 すると、倒れた男は意識を失い、床の上に力なく伸びた。 

そのティリアーノに、別の男が近づいていく。

「なにやってんだ、貴様」

 ティリアーノは慌てて掌をその男にも向けた。

「この者にも!」

 男の頭はふらりと円を描き、そのまま地面に倒れた。

ビルギッタとパウラは、部屋の真ん中まで進むと、かかってくる男たちの腕や足に切りつける。ふたりの男が目配せをして、同時にパウラに襲いかかる。と、パウラは強く床を蹴って、飛び込むように前方に飛び、そこで前転してから体勢を立て直す。その間に男たちはぶつかって頭を強く打ち、床の上で頭を押さえている。そんなふうに男たちが倒れたり膝をついたりすると、ティリアーノの魔法がかかった。

7人、8人、9人。……ついに10人を倒したところで、部屋の奥からガリマーロが入ってきた。

「無事だったんですか、ガリマーロさん」

 パウラが駆け寄ったその瞬間。

「ああっ」

 ティリアーノが叫び声をあげた。それまでどこかに隠れていたらしい11人目の男が、ティリアーノを後ろから羽交い締めにしている。さらに右手で布状のものを、彼の口の中に押し込んでいた。

「こうすりゃ、魔法の詠唱もできねえだろ」

 男の声と顔を見るなり、ガリマーロが叫んだ。

「ジェロード!」

 ガリマーロは駆け寄ろうとしたが、ジェロードの手がティリアーノの喉にかかっていることを確認し、足を止めた。

「彼を離せ」

「手下をこんな目に遭わしておいて、それは聞けねえなあ」

 ジェロードは笑っていたが、その目は瞬きもせずガリマーロをにらみつけている。

「おまえがやったことの報いだ」

 ジェロードはやにわにティリアーノを突き放すと、ガリマーロを指さした。

「ほざくのは、俺を倒してからだ」

 そして壁際まで歩くと、長持ちの蓋を開け、中から剣を取り出す。

 ガリマーロにはも見覚えがある騎士時代のジェロードの剣だ。剣を抜き取って鞘を投げ捨てると、ジェロードは切っ先をガリマーロに向けた。

 だが、ガリマーロは剣を持っていない。連中に取り上げられていたからだ。しかたなくガリマーロがビルギッタを見た。

「剣を貸してくれないか」

 ビルギッタが自分の腰に手をかけたとき、すばやくパウラがガリマーロに近づいて、持っていた剣を差し出した。

「これを使ってください。亡き父のものです」

 ガリマーロは一瞬目を大きく見開いたが、静かにそれを受け取り、外した鞘をパウラに返し、剣を顔の前で捧げた。

「拝借します」

 ガリマーロとジェロードが向き合ったところで、ビルギッタが言った。

「みんな部屋から出ろ。木偶兵は、気を失っている男たちを外に出してくれ」

 それまで隣の部屋で様子をうかがっていたアルネリアとヴァレリウスも、パウラと一緒に外に出た。ティリアーノは、ビルギッタの肩を借りて、表に出た。

「邪魔者がいなくなったな。来い」

 ジェロードが切っ先をガリマーロに向けた。広い部屋の中には、剣を構えた男ふたりだけが残っている。

「行くぞ」

 ガリマーロが走り込み、右から打ち込んだ一太刀を、ジェロードの剣が受け止める。

「おまえは俺には勝てねえ!」

 ジェロードにはじき返されたガリマーロは、4、5歩後ろにさがったが、右足のかかとに力を込めて踏みとどまった。

 次の瞬間に走り込ったガリマーロが剣を突きつけると、ジェロードがそれを()ね付ける。またジェロードの一太刀は、ガリマーロの振り下ろす一撃で阻止される。

 しんと静まりかえった室内に、ふたりが剣を打ち合う音だけが聞こえる。

「やあ!」

 かけ声と共に、左下から右上に向かって振り上げる剣で、ジェロードの右手は剣を持ったまま弾かれる。が同時に出た彼の左足が、ガリマーロの足を思い切り踏みつけた。

「うっ! 卑怯だぞ」

「俺たちはもう騎士じゃねえ。卑怯もなにもあるか!」

 ジェロードが罵ったその次の瞬間。ガリマーロは突然床の上に、仰向けになって身体を投げ出すと、両足でジェロードの腹を蹴った。さらに倒れたジェロードの身体の上に乗って顔にパンチを食らわせる。

「起きろ」

 ジェロードが立って、口から血まみれのつばを吐いた。そこを見計らって、ガリマーロは再び剣を打ち込んだ。それから逃れたジェロードは、両手で剣を打ち下ろす。

 その一撃を剣で受け止めたガリマーロの右手から、脳天まで突き抜けるように痺れが走った。

 一瞬目を閉じ、再び目を見開いたガリマーロの視野の片隅に、アルネリアとパウラ、ビルギッタの姿が映った。

 そこから目の前のジェロードに視線を移す。

 勝てないと思っていたジェロード。何をしてもかなわなかったジェロード。

 だが今は、その動きが止まって見える。

 ジェロードの剣がうなる。

 ガリマーロは翻ってその一撃を避け、相手の背中に回る。そのまま切っ先を放った刃は、ジェロードの右袖を裂いた。

 カラン……。

 ジェロードの手から剣が床の上に落ちた。

「……おまえに負けるなんて」

肩で息をしながら、ガリマーロが答えた。

「守りたい者の差だ。愛する人がいれば、自然に身体が動く。そう団長が教えただろう」

「……そんなやつはいねえよ」

「だからおまえの負けなんだよ」

 勝負があったと見極めたビルギッタは、まだふらふらしているティリアーノに目配せした。部屋の中になだれ込んだ木偶兵によって、ジェロードは捕縛された。さらにティリアーノは、けがをしたジェロードの腕に止血をしようとするが、ジェロードはその手を払いのける。

「いっそ殺してくれりゃいいのに」

「俺にはおまえを殺す理由がない」

 ガリマーロの声は穏やかだった。だが、ジェロードは憎悪を込めた目でガリマーロをにらみつけている。

「そういうところなんだよ。傭兵になってまで、まだそんなきれいごとを言っていられる、生まれや育ちの違いに絶望させられるんだよ。こんな泥沼から抜け出そうと思ったところで、気がついたら逆戻り。俺の人生はそういう人生なんだよ」

「でもこの国は豊かだから、その気になれば、普通の暮らしができるんじゃないですか?」

 ヴァレリウスが、ティリアーノの背後から話しかけた。その顔を下から見上げたジェロードは大きく舌打ちをした。

「さすがフィラーロ様の愉快なお友達だな。頭の中がバラ色だ。普通に生きられねえから、ここでこんなことしてるんじゃねえか、タコ野郎」

「わかりました。これから肝に銘じます」

 ヴァレリウスは優雅に一礼する。

「くそったれが、イライラするぜ」

 歩き出した木偶兵に腕を押さえられながらジェロードは、渋々と歩き始めた。

「なあ、ジェロードもうひとつだけ教えてくれないか」

 ガリマーロがその隣を歩きながら問いかけた。

「なんだ、さっさと言え」

「以前、沼のことで神官を脅して森の番人になった、といっていたな。その神官とは誰なんだ?」

 ジェロードはそこで顔を上げ、投げやりな目でガリマーロを見つめた。

「ああ、もうどうでもいいから言ってやるよ。そいつの名前は……」

 ジェロードが名を告げた名を聞いて、ティリアーノが目を大きく見開いたのだった。

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