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ガリマーロの追想 前編

護衛の傭兵ガリマーロの過去話です。

前後編の前編です。

 ガリマーロが、まだフィラーロという名で生きていた、夏の日のことだ。

 17歳で叙任されて約2年。フィラーロは同じときに銀狼(ぎんろう)騎士団員になったジェロードと一緒に川沿いの道を歩いていた。川と森との間を通るその道は、修練が終わったときの、お気に入りの散歩道だった。

「森の中には入るなよ。ならず者たちが潜んでいるからな」

「何度もいうな。心配性だな、ジェロードは」

「苦労してきたから」

 ソレイヤールでは、同じときに叙任された者同士を”同刀の絆”と称し、終生変わらぬ友情を保つという。ジェロードはフィラーロよりも身長が高く、剣の筋も美しかった。修行の手合わせでも、ジェロードを破ることはできなかった。だが、妬みの感情は持ち得ない。なぜなら人柄も清廉で人望も厚く、なにより団長パルトスを父親のように慕っている点が好ましくもあり、誇らしくもあったためだ。

「だろうな。いつか、ジェロードが騎士団長になればいい。俺はその下で働きたい」

 風にもてあそばれるジェロードの髪を眺めながら、不意にフェラーロがつぶやく。

「なぜ。おまえが団長になる可能性だってあるだろう」

「太刀筋といい、人望といい、おまえに勝る人間はいない。おまえ以上の人材はないだろう」

 するとジェロードは足下の石をひょいと拾った。道の上には木漏れ日とその陰が綾なる文様を描いている。

「次期団長になるのは、メリーサが選んだ男になると思うぞ」

 フェラーロは、団長の娘である金髪のメリーサの笑顔を思い浮かべた。卵型の清楚な顔立ち。編んで流した髪。控えめで気品がある彼女を思うたびに、胸の奥ががうずく。

「だったら、よけいにジェロード以外いないじゃないか」

 フィラーロは前年の御前試合を思い出していた。この国の騎士団の中でより選られた騎士が、強さと技を競う場である。ただ強いだけではいけない。戦いぶりが正々堂々としていて、身のこなしが優雅で美しくなければならないのだ。その場で惜しくも優勝は逃したとはいえ、最年少のジェラードの勇姿と名前は多くの人の目と心に焼き付けられたはずだ。

 どんなに努力してもジェロードには勝てない。剣技も、男ぶりも、人柄も。メリーサだって、口には出さないが団長だって、ジェロードが彼女を妻に迎えることを望んでいるはずだとフェラーロは信じている。

ジェロードは指で石を弄んでから、軽く川に向かって投げた。

「俺には両親がいない。団長に拾われるまで、いろいろな農家を回って仕事をもらっているだけだった。しかも、神官たちが作り出した木偶の農夫が増えてからは、人手が余るようになってきた。そんなときにパルトス団長と知り合えたのは、幸運だった。そんな俺に比べれば、おまえはメイラル家の人間だ。なにもかもが違う」

 今度はフィラーロが足下の石を拾い、川に向かって強く投げた。

「俺は、メイラル家に必要とされなかった人間だ。拾ってもらったのは俺も同じだ」

 家柄について指摘されるたびに、フィラーロの鳩尾(みぞおち)が重苦しくなる。不愉快な思いがその声にもにじみ出ていた。

「おまえの気持ちはわかるが、だが後ろ盾も力のひとつであることから目を背けるな。その力で間違いなく救える人間もいるのだからな」

「ジェロード……」

フィラーロが掛ける言葉を探していると、向こうから馬の蹄のリズミカルな音が響いてきた。弧を描いて曲がる道の上に現れたのは、ふたりよりも年上の騎士団員だった。

「こんな所にいたのか、探したぞ。緊急招集だ。今すぐ騎士団の詰所に来い」

「何が起こったんですか」

 彼のただならぬ様子にジェロードが思わず質問を投げかける。

「それは詰め所で話すが……宣戦布告された。戦が始まる」

ジェロードとフィラーロは顔を見合わせた。

ミッテルスラムトから、不当な要求があったことは知らされている。だが外交によりその火種は消し去られるものだと皆信じていた。ソレイヤールは大地の精の守護を受けた国。これまで戦うことなく、平和な時代を過ごしてこられたからだ。


銀狼騎士団は、王立ではあったが、守護対象は市民であった。そのため詰め所および兵舎はベルヴィール宮ではなく、ボレムの町はずれにあった。石造りの門を抜け、詰め所に入ると、すでに待機していた団長パルトスが振り向いた。

「これで全員揃ったな」

「遅れて申し訳ありません」

フィラーロとジェロードは胸に手を置いて敬礼をし、整列している騎士たちの列の後ろに回り込んだ。

「では国王陛下の宣下を申し伝える」

 パルトスが左手に持っていた巻き紙を捧げると、ざわついていた詰め所の中が静まりかえった。

「『ソレイヤール臣民に申し伝える。余は、ここにミッテルスラムトとの戦いを宣言する。各騎士団ならびに兵士たちよ。余は国土を守り、国民を守護し、ソレイヤールを未来につなぐために力を尽くそう。諸君たちも余と共に、敵を打ち破り、ソレイヤールに平和を確立することを望む。ソレイヤール国王・レルニリウス』」

沈黙の室内に、息をのむ音が重なる。

 不戦の地、ソレイヤールが発した事実上初の開戦宣言である。動揺が広がるのも無理はなかった。戦いのための訓練は積んできたが、実戦経験がない騎士たちである。専任の兵士は存在しない。これから農民や町民から徴兵されることになるだろう。

「以上が陛下の宣下だ。これからは私の思いを伝えよう。私は団員をすべて息子だと思っている。諸君たちが私を親と思わなくてもいい。だが、それでも私は息子だと思う。だから皆、生きて帰れ。それが私の望みだ」

 団長の言葉で、当惑していた空気はなぎ払われた。祖国を守り、愛する者を守り続けるためにも、生き抜こう。フィラーロの胸中で炎が燃えた。

「婦人には、心底惚れろ。守りたい婦人がいないようなやつに、国は守れない。命がけで守りたい相手ができたとき、人は強くなれる。窮地に陥ったときでも、自然に身体が動くものだからな」

フィラーロは、団長の口癖を改めてかみしめる。

 団長パルトスは厳しくも愛情深い男だ。新しい鎧に身を固め、国王の名代である団長が捧げる剣身を肩に受けた叙任の儀のときから、父親のように、いや本当の父親以上に慕ってきた人物である。

 愛する者を守るための戦い。フィラーロの目はごく自然に、いるはずのないメリーサの姿を探し求めていた。そしてジェロードを見つけたところで視線を止めた。

 ジェロードのほおは紅潮していた。

「きっと、守る」

 誰を、という言葉が省かれていたが、ジェロードの思いは理解したつもりだった。生きて帰ったら、きっとメリーサはジェロードを選ぶだろう。自分の胸はかきむしられるように痛むだろうが、それでいい。それがいいのだ、と思っていた。


◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆


 銀狼騎士団は、王都ボレムの民衆を守護するために設立された騎士団である。目下のところ、国境付近で戦いがあったという報告は受けているが、応援要請はまだ確認できていない。そのため、開戦の宣下を受け取ってからも銀狼騎士団は王都で待機をすることになっていた。

 そんなある日。初めての戦いに備えるフィラーロは、自分に与えられた兵舎の部屋で、武具を整えていた。ソレイヤールは特に防具が優れていると、フィラーロは思う。楯は魔法で強化された木製なので、軽くて強い。紋章には銀狼騎士団を表す鎧と狼が描かれている。これならどんな弓でも防ぐことができるだろう。問題は鎧である。ソレイヤールの騎士は、華麗な身のこなしを求められる。そのため、鎧の板金は高度な技術力で薄く引き延ばされており、軽量ではあるが、耐久性には疑問があった。

 武運を祈るような気持ちでフィラーロは鎧を布で無心に磨く。と、不意に扉が開いた。

 顔を上げると同時に、神官の法衣姿のレオーニスが大股で部屋に入ってきた。

「兄上、なぜここに」

「父上からの伝言だ。おまえは戦に出るな」

 いつも通り、一方的に伝えただけで部屋を出ようとする兄に、フィラーロは背後から断言した。

「そういうわけにはいきません。私の任務は銀狼騎士団の命を受けてのこと。神官とは関係ないはずです。それに父上だって、私の騎士団入りは反対しなかったはずですが」

「戦争が起こるとは思っていなかった。単なる誤算だ」

 抑揚のないレオーニスの言葉は、フィラーロを余計にいらだたせた。

「神官になれなかった不名誉な息子のままでいるより、武勲を立てた騎士のほうが、いやいっそ国のために戦って戦死したほうが、父上にとってまだ体面が保てるのではないでしょうか」

「私は忙しい。おまえとくだらん話をする暇はない。母上の願いだ。それだけ言っておく」

 レオーニスは靴音を響かせ、ドアを閉めもしないで出て行った。

「あなたの言うことは聞きません。私には守りたい人がいる。ひとりの人を生涯かけて守る。それができなければ、ほかの人も守れません。それが騎士の務めです」

 フィラーロは叫んだが、誰もいない廊下の向こうからの返事はなかった。

 それからしばし時が流れ、今度は静かに扉を叩く音が聞こえた。

 細めに扉を開けると、外にジェロードが立っていた。脇に書物を抱えている。

「どうした?」

「気になることがあってな。本を持ってきた。おまえに読んでもらって、どう思うか聞かせてもらいたい」

 さりげなく差し出された本を、フィラーロは両手で受け取った。

「かまわんが、なにが気になるんだ?」

「我が国の戦の歴史だ。聞いたことがあるか?」

「そういえば……ないな。とにかくそれを読んでみるよ。また明日話そう。消灯の時間までに少しでも読んでおきたいからな」

ジェロードはなにかを言いたそうだったが、とにかく議論をするにはその書物を読まなければならない。フィラーロは軽く右手を挙げ、パラパラと書物をめくった。

「ん……?」

 ベッドに腰をかけたフィラーロは、明かりを引き寄せて文字を追った。戦いの歴史とジェロードは言っていたが、書物のタイトルは『諸国歴訪記』であり、内容はソレイヤールの商人が口伝えで書かせた、ミッテルスラムトやノルデスラムト、エステスラムトなど北方の国々の話である。

「間違えたのかな?」

 だが、読んで欲しいと言われた以上、本のページをめくり続けるしかない。これまで国名しか知らなかった、ミッテルスラムトやノルデスラムトの国々の人々の暮らしが、楯商人の目を通して語られている。

『ノルデスラムトの騎士階級の者たちは、理由あって自国の楯に拘泥する。しかし、北方諸国との国境を警護する兵士、特に傭兵の間では、軽く丈夫なソレイヤールの楯は値打ち物として取引が行われる。ノルデスラムトの長く厳しい冬、警護や戦闘の折には、鉄の盾による自損事故が散見されるためである』

「ノルデスラムトには、傭兵という生き方があるのだな……」

 さらに先を読もうとしたとき、消灯の鐘の音が流れてきた。フィラーロはそっと灯を消し、眠りについた。


 次の朝、ジェロードはフィラーロの姿を見つけると、走り寄ってきた。

「本はどうだった」

「なかなか面白かったが、戦というより楯の商人の話だったぞ」

 ジェロードは驚いた顔で、フィラーロから本を受け取った。

「そうか、すまん、間違えたようだ。今度はちゃんと正しい本を渡す」

 ジェラードははにかんだ笑顔を向けた。

「ああ。待ってる」

 フィラーロは軽く答えたが、その本が届けられることはなかった。

その日のうちに、国境付近の村、カイヤンスに敵軍が攻め入り、占拠されたことが、神官を通して伝えられたためである。

その通知は、王都ボレムに大きな衝撃をもたらした。

「なぜ?」

「ソレイヤールは大地の精に守られた国ではなかったのか?」

「カイヤンスの騎士たちはなにをしていたのだ?」

「大地の精よ、我らをお守りください!」

 人々の叫びが町にあふれた。未来永劫守られると信じていたソレイヤールへの侵攻と国境の町カイヤンスの陥落は、空が落ちてきたと同じ程度の衝撃であった。

もう一回、ガリマーロ(フィラーロ)の回想が続きます。

主人公たち出てきませんが、おつきあいくださいませ。

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