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商館にて

今日は少し短め(自分比)です。

 商館に戻ってきたアルネリアは、駆け寄ってビルギッタにしがみついた。わずか数日顔を見ていなかっただけなのに、懐かしさがこみ上げてくる。

「ごめんなさい、心配かけて」

「よかった、ご無事で本当に良かった」

 ビルギッタは、アルネリアを抱き寄せて、髪を優しく撫でたあとで……

「でも、きちんと説明してもらいますからね。何があったんですか」

 アルネリアの肩をつかんで剥がし、突然表情をキリリと引き締めた。

 壁際では、ガリマーロがそんなふたりの様子を静かに眺めていた。アルネリアはそんな彼とビルギッタを交互に見つめた。

「俺がいると話もしにくいでしょう、姫。この国のことで何か聞きたいことがあれば、後で聞いてください。俺は、ソレイヤール人なのですから」

「えええ、バラしちゃったの?」

 アルネリアに二の腕をつかまれたビルギッタは、ぶんぶんと首を振りながら答えた。

「バレてたんです。だから無理があるって言ったでしょう」

「まあまあ、旅先でドレスは狙われる。知らない人には気がつかれないから大丈夫です」

「ありがとう、ガリマーロさん」

 ガリマーロは恭しく頭を下げると、静かに部屋を出て行った。

 そしてアルネリアたちは、ここ数日の間にあった出来事を、手短に伝え合った。

「姫様だけが見破る呪い……にわかには信じられぬが……ただ言えることはひとつ。今がいい機会です。このままノルデスラムトに帰りましょう。ユシドーラ様には、そのまま『呪われた王太子』と報告すればよいではないですか。フロレーテ様との結婚どころではありません」

「うーん……それはそうなんだけどね」

 アルネリアは考え込んだ。ビルギッタの言う通りかもしれない。しかし、このまま逃げ出すことも、ためらわれる。

「ねえビルギッタ。もう少し時間が欲しいの。もしかしたら、私たちは試されたのかもしれない。これは単なる勘なのだけど、このまま逃げ出すと、我が国のためにならない気がして」

「私もわかる気がします、姫様。あの王子様は、我々に相当期待していましたもの。もし逃げ出したと知ったら、ノルデスラムトまで追いかけてきそうですね」

 ビルギッタはふたりの話を聞いて頷いた。

「とにかく、今日はもう休んだらどうですか? 顔色が悪いようですから、少し休むと頭も冴えるはずです」

 勧められてアルネリアは久しぶりに与えられた部屋に行き、ベッドに身体を投げ出した。まだ日は高い。眠れないかもしれないと思ったものの、数日王宮で緊張しながら過ごした疲れがでたらしく、目を閉じて数分もたたないうちに、夢の中に落ちていった。


 ◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆


次の朝。薄いカーテンを通して、室内に柔らかい光が差していた。

「うー、いい気持ちー」

 アルネリアは湯を張った磁器の浴槽に身体を浸し、思わず声を漏らした。たっぷりとかいた寝汗が流れていく心地よさもあるが、湯に数滴垂らしたソレイヤールの紫花の精油が、張り詰めた神経を解きほぐしてくれるからでもある。

「もう、おっさんみたいな声を出さないでくださいよ」

 背中を柔らかい海綿で流しながら、パウラが静かにたしなめた。

「宮殿だと、安心してお風呂に入れなかったもん」

「確かに、入ってる間は、常に誰か来そうでヒヤヒヤしてましたね。特にあの……」

「王太子殿下が『遠慮するな、男同士じゃないか』とか、お気楽なことを言いながら」

「私、そこまでは言ってませんよ」

「あーあ。ここで寝て、毎日王宮に通えないかな。王太子殿下に頼んでみようかな?」

「じゃあ夕食もここで?」

「それは王宮で」

「最低ですね」

そんなふたりの会話が、階下から聞こえる男の声で中断された。

「お帰りくださいっ!」

アルネリアとパウラは顔を見合わせた。

「今のはガリマーロさんの声?」

「珍しいね、あんな大きな声を出すなんて」

 アルネリアは浴槽の中で立ち上がり、両腕を広げた。その細い肢体をパウラが大きな浴布で包む。

「行ってみよう」

 少年の衣服を身につけたふたりは、そっと階段を降りた。角を曲がり、廊下を歩いて商館の玄関のそばまで進む。声は玄関脇の接待の間から聞こえてくるようだ。

「ガリマーロ、そんな邪険にするものではありません」

 穏やかになだめようとしているのは、ビルギッタだ。

「違います、フィラーロです。そのような名前ではありません!」

 女性の声が聞こえ、アルネリアとパウラは、接待の間の扉にはりついて耳を寄せた。

 誰かな? さあ? 見つめ合い、唇だけで会話を交わす。

「ですから! 俺にはこの方々を守るという使命があるのです。命に代えても、お守りすると決めたのです!」

 ガリマーロだ。そんな熱い決意だったんだねとアルネリアが言えば、パウラは知らなかった、と返す。

「それはレオーニスから聞きました。けれど、このご婦人は子持ちだというではありませぬか」

「あなたが思うような関係ではありません」

「では、なぜ?」

「人を守るのに理由はいりません」

「いつまでもそんな騎士道にしがみついてどうするの。もうこの国に騎士はいないのですよ、フィラーロ。皆、魔法で動かす木偶の兵士になってしまったの。すべてレオーニスが改良したのだよ。あの子は神官の中でも狭き門の立法祭司に出世して、とても忙しいの。いずれはお父様のようになるに違いないわ。だからおまえも、家に帰って妻をめとって、レオーニスの右腕になっておくれ」

「お断りします!」

 ガリマーロの声は力強く響き、扉をかすかに振動させた。

「もちろんおまえがメリーサのことで深く傷ついていたのは知っていますよ。でもあの娘は最初からおまえではなくレオーニスばかり見ていたじゃないですか。でもレオーニスはメリーサを選ばなかったから、おまえが逆恨みすることは……」

 うわ、修羅場だ。大人の会話だ。アルネリアたちが目配せをした瞬間、拳で机を叩く音が響いた。

「違います! 騎士団長を、父上たちが見殺しにしたからです」

 重い沈黙が降りた。

 どういうこと? アルネリアが耳を扉に押しつけると、中から苦渋に満ちたガリマーロの声が聞こえてきた。

「母上。あなたの愛に報いることができない不肖の息子を許してください」

 全く抑揚のない声で告げたあと、がたん、と立ち上がった音が聞こえた。そして扉に大股で近づいてくる足音。

 アルネリアとパウラは、つま先立ちで廊下を走り、曲がり角に隠れた。そのまま様子をうかがっていると、扉が鈍い音と共に開き、中から滑らかなドレスを纏った初老の女性が現れた。あれがガリマーロの母親なのだろう。

「フィラーロ……」

「お元気で」

 何度も振り返る母親を見送ったガリマーロの声は、少し湿っていた。

木馬車が石畳を走る音が遠ざかり、ガリマーロが商館の中に一歩足を踏み入れたとたん。6つの目にじっと見つめられ、一瞬たじろいだ。口を開いたのは、ビルギッタだった。

「ガリマーロ……」

「わかっている。すまない、言っていなかったことがまだある」

「それはかまわない。言いにくいこともあることは理解している」

ビルギッタの言葉に、ガリマーロが肩の力を抜いたことがわかった。だが、

「だが、そこを伏して頼みたい。おまえが体験してきたことを話してくれないか。この子たちには、どうしても解決しなくてはならないことがあるのだ」

一歩も譲らない力を込めた声で、ビルギッタが言う。

「みんなで知恵を出し合い、問題を解いていくことが一番いいと思んです」

 そこで、階段の下に隠れていたアルネリアが姿を見せた。

 ガリマーロがあわてて跪く。

「しかし姫君、とてもあなたの耳に入れられるような話では……」

「ちょっと、それ、やめてくださいよ。私のことは今まで通り、アル、もしくはアルベルトと呼んで、今までみたいに普通にしゃべってください。そうでないと、周りの人に変に思われます!」

 アルネリアたちに促されたガリマーロは、ゆっくりと立ち上がって接待の間に入った

「それでガリマーロさん。お父上が団長を見殺しにしたという話ですが。聞いてもいいでしょうか」

 着席するなり、アルネリアはまっすぐにガリマーロを見据えた。

「わかりました。できれば言わずに済ませたいことでしたが」

 そう前置きをして、覚悟を決めたようにガリマーロは語り始めた。

次回6章は、ガリマーロの過去です。

よろしくお願いします。

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