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黒い法衣の男

ブックマークと評価ありがとうございます。とてもうれしいです!

まだまだ続きますが、引き続きよろしくお願いいたします。

 同じ午後。ビルギッタとガリマーロは商館を出て、王宮前広場に向かった。御前試合は終わっていたが、武具を扱う店はまだ出店中である。名目上はパウラの装備の下見が目的だが、やはりそこは現騎士と元騎士。今までになく足取りが軽い。

「それにしても御前試合が、技を競う場ではなく、武具の強度を競う場になっていたとは思わなかった」

「優勝したところ、バンドール工房といったか。あそこの出店は、すでに売り物がなくなっているようだな」

「ああ。バンドール工房は昔から武器より、防具が良い。そもそも攻勢より守勢を重んじる伝統が我が国にはあるんだ。とりわけ楯は昔から品質が良い」

 ガリマーロもいつになく饒舌になっている。

「最近の戦争は、陣形と防具が戦の勝敗を決める。だからあの子には、質のいいものを誂えてやりたい。ところで、この国では武器や防具の強化に……その……例のアレを使うのか?」

 魔法、という言葉をなんとか避けようとビルギッタが腐心している様子を、ガリマーロも察した。

「いや、あれは、金属や石などの生命がない物には使えない。生物の源は、すべて大地から生まれた。その大地の力を得る”アレ”も革や木や紙など、生物由来の物にかけられる。つまり、木製の楯は強化されているぞ」 

「いや、楯はノルデスラムトで誂えようと思っている。紋章を描くとき、知らない人が描くと違うものになるんだ。外国の工房に任せるのは気が進まない」

「似た話を聞いたことがあるな。実物を見たことがない紋章描きが、サソリの絵を頼まれたが、出来上がったのはザリガニだったという話……」

「ああ、痛えじゃねえか!」

 ガリマーロの言葉は、近くにいた男性の大声にかき消された。

 声がする方向を見ると、汚れ、襟の部分が伸びきった、しわだらけのシャツを着た市民と思われる男と、足元まで隠す黒い法衣に身を包んだ、黒髪で長身の男が向き合っていた。市民のほうは顔が赤く、言葉も明瞭でないところから、酔っ払いではないかと思われた。

「寄るな」

 法衣の男は、虫でも見るような眼で、酔った市民を見下ろした。整った顔立ちだが、引き締めた口元からは、酷薄そうな印象が漂う。

「てめえ、神官だからって偉そうに」

 唾を飛ばしながら、神官に食って掛かろうとする市民を、周りの市民たちがとどめた。

「やめときな。相手が悪いよ」

 大勢の手に抑え込まれた酔っ払いの男は、そのままバランスを崩し、地面にしりもちをついた。

「いい気なものだな、働きもせず、昼間から酒。それで私に悪態をつくと。誰のおかげで命を保っていられるのか考える頭もないようだ」

 神官は酔っ払いに冷酷な一言を放つと、裾を翻して立ち去った。

「あれが、お前が話していた神官なんだな」

 ビルギッタはガリマーロをそっと見上げた。だが、ガリマーロはそれに答えず、立ち去った神官の背中をじっと見つめるだけだった。

「どうかしたのか?」

「いや、相変わらずいやな光景だと思ってな。悪いが武器を見るのは明日にして、いったん館に戻ろう」

 ガリマーロは、ビルギッタの肩をつかんで無理やり方向転換をした。

「お、おい、ガリマーロ」

 ガリマーロは、ビルギッタにかまわず、足早に商館への道をたどり返した。

 

 しかしガリマーロの足は、そのまま商館には向かわなかった。足を運んだのはボレムの町の小さな店。扉を押し開けて中に入ると、そこは酒樽をテーブル代わりにしている酒場であった。追いついたビルギッタがガリマーロの腕をつかんだ。

「酒は、身体能力を下げるのではなかったのか? 昼間だぞ」

「その代わり、心を軽くしてくれるんだ」

 ガリマーロは右手を挙げて、店の女性に合図をした。

「辛口のネクタル酒を」

「私も付き合おうか」

 ビルギッタもスカートをさばきながら椅子に腰をかけ、テーブル代わりの酒樽に肘をついた。

 まもなく、ガラスの杯になみなみと注がれた、白いネクタル酒が運ばれてきた。

 ビルギッタとガリマーロは軽く杯を持ち上げ、口元に運んだ。沈黙の後、ビルギッタが口を開いた。

「知り合いか?」

「なぜそう思う?」

「相変わらず……といっていたからな。初めて見る人物ならそうはいわないはずだ」

 ガリマーロはふ、と笑うように唇をゆがめた。

「ま、そんなところだ」

 だが、答えた瞬間、全身の筋肉を硬直させ、振り返った。

 いつの間に近づいていたのか。そこに、先ほど街の中で見た黒法衣の男が立っていた。

「明るいうちから酒とは、ずいぶんいい身分になったようだな、フィラーロ」

 男が頭を振ると、肩のあたりで切りそろえた黒髪がサラサラと流れる。

 捨てた名で呼ばれたガリマーロは、否定もせず、苦い顔で答えた。

「気がついていたのか」

「おまえらしい男をボレムで見かけたという者が知らせてくれたから。それから気をつけて探っていたら、今日網にかかったというわけだ」

 ガリマーロは大きく目を見開いた。

「人を獣のように言うな」

「人なら人らしく、館に戻ってくることもできただろうに。風の便りにおまえが傭兵になったと聞いて、父上が亡くなった知らせを送ったはずだが……」

「いや、それは……知らなかった。そうか……父上が……」

ガリマーロは呆然としながら答えた。

「手紙なら紛失することもあるだろう。だが、国に戻っていながら無視はどうしたことだ。母上が嘆いていたぞ。おまえのような息子でも、そばにいて欲しいと思うのが母心のようだからな。少しは顔を見せたらどうなんだ?」

「断る。俺には仕事がある」

 ガリマーロの隣ではビルギッタが居心地悪そうに座っていた。それを察知したのか、男はビルギッタの前で右肘を身体の前で曲げ、一礼をした。

「ようこそいらっしゃいました。異国のご婦人。私はレオーニス・メイラル。そのフィラーロの兄です」

 ビルギッタが視線を走らせると、ガリマーロは目を背けた。なるほどそういうことか……。ビルギッタは、ガリマーロの不審な行動の理由を察した。魔法使いの素養があり、期待を背負って神官になっていた兄。比べられて育ち、国を出た弟が、街角で顔を合わせたなら、引き返したくなる心情は理解できる。

 ビルギッタは立ち上がると艶然と微笑み、胸に両手を当て挨拶をした。ノルデスラムトの作法である。

「ビルギッタ・トロヤです。ノルデスラムトから参りました」

レオーニスの片方の眉が、ぴくりと動いた。

「ノルデスラムト……そういえば、今朝がた、話題になっていましたよ。王太子をお慰めするために雇われたという、美しい道化の兄弟が確かノルデスラムト出身だとか。ゆかりの方でしょうか」

 道化だと?

 大声で怒鳴りそうになったビルギッタだが、それを抑えて、固く拳を握りしめた。

「適当なことを言うな、レオーニス」

 声がとげとげしくなるガリマーロを制して、ビルギッタが平然と答えた。

「確かに息子たちが宮廷に招かれております。しかし王太子の道化とは、それはどういう意味でしょう?」

「ああ、暇を持て余している物好きな宮廷人たちの噂です。あれでいて王太子は堅物で意気地なしですから。ただなぜか人に嫌われていましてね。そこに美しい少年が現れたものですから、好きなことを言われてしまうのです」

「それで安心いたしました。レオーニス様は、どうやら宮廷にもお出入りのご様子。もし、息子たちに会いましたら、館に忘れ物があるとご伝言願えないでしょうか」

「承りましょう。ではトロヤ夫人、いずれまた。機会がございましたら」

 レオーニスは優雅に一礼すると、では失礼、と法衣の裾を翻した。

「ビルギッタ」

 ガリマーロが心配そうに顔をのぞき込んだとき。

「ふぅん……」

 酒場を出て行きかけたレオーニスが、ガリマーロに顔だけを向けてつぶやいた。

「そういうことか、フィラーロ。生涯かけて守る人はひとりだとか、ずいぶんとご清潔なことを言っていたような気がするのだがな」

「貴様!」

 立ち上がりかけたガリマーロの腕を、ビルギッタは強い力で押さえた。

「……ガリマーロ」

 射かけるようなビルギッタの目を見て、ガリマーロは肩に込めていた力を抜いた。

「すまなかった」

 レオーニスが店を出たことを確かめ、ビルギッタは低くつぶやいた。

「ふたりにつながる糸になるかもしれないのだ。堪えてくれ。これから我々にできることは、商館であの子たちの帰りを待つことだけだ」

 ガリマーロはビルギッタを見つめ、静かに頷いた。


◆◆◆‡◆◆◆‡◆◆◆


 扉を開けた瞬間、内側から、光が押し寄せてきた。

 それは光ではなく、金を施し、植物を模したきらびやかな装飾だと気づいたとき、アルネリアの薄く開いた唇から、感嘆の息が流れた。

居室の奥で座っていたヴァレリウス王太子が立ち上がり、弾むような足取りで3人に近づいてくる。

「どうでした? 見つかりましたか?」

 ヴァレリウスのまなざしから、期待の色があふれそうになっている。その思いを砕くように、アルネリアは冷淡な声で答えた。

「目的語が抜けていますが、それは呪いをかけた神官という認識でよろしいですか?」

「呪いを解いてくれる真実の愛の相手ならうれしいけど、もちろん神官でもいいよ」

 わかるわけがない。そもそもよそ者が一目見ただけで謎が解けるくらいなら、魔法使いたちが魔法や占いで探し当てているはずではないか……そう言いたい気持ちをこらえ、アルネリアは静かに首を横に振った。

「そうか。もっと探索対象を広げた方がいいかもしれないね。では、近いうちに機会を設けて大神殿のほうに……」

「待ってください」

 ヴァレリウスの言葉を遮った声の強さに、そばにいたパウラやティリアーノだけではなく、アルネリア自身も驚いていた。

「失礼しました。僕らに話せない秘密があることも承知の上です。でもこれだけは教えてください。王太子はなぜ焦って呪いを解こうとしているのですか? たとえば、22歳までに呪いが解けないと命にかかわるとか?」

「王太子殿下には呪いがかかっているのですよ。そこから逃れたいと願うこと、それはごく自然な心情とは思いませんか?」

「そりゃそうですけど、むりやり兵に拉致させるとか、強引すぎですよ」

 ティリアーノを前に一歩も引かないアルネリア。すると王太子がティリアーノを手で制した。

「いいじゃないか、きちんと伝えようティリアーノ。……ねえ賢者のアルベルト君。現実的な君ならおわかりだと思うが、王家には義務があるのだよ。まずは王国の統治。そのほかにもうひとつ……」

「王家の継承……」

 うわごとのような言葉が、アルネリアの唇から漏れた。

 次々と妙なことに巻き込まれるせいで薄れがちになっていたが、そもそもこの国に潜り込んだのは、姉の結婚相手として王太子を品定めする目的があったからだ。そのことを改めて思い出す。

「そういうことです。もう私も20歳。妃を迎えてもいい時期だ。むしろ、今の時点でなんにも決まっていないなんて遅いくらいといっていい」

 確かにヴァレリウス以外に王位継承者がいないことを、以前聞かされていたが……。

「呪い持ちの王太子殿下となると、結婚を渋るか、それを盾に物事を有利に勧めようと画策してくる人がいるかもしれませんね。よっぽど切羽詰まった事情がある国の姫なら別でしょうが」

 アルネリアは、花のような姉フロレーテの笑顔を思い浮かべる。もしノルデスラムトのために呪いの仮面をつけたままの王太子と結婚しろといわれたなら、はいそうですか、と申し出を呑んでくれるものだろうか……。

「それもありますが、少し考えてみてください。私の仮面が外れないまま、花嫁が決まったとしましょう。それでめでたく結婚の儀の日を迎えたとします。さあ、ここから想像してごらん。ソレイヤール大神殿の中にある光あふれる水晶宮で、私と花嫁は向かい合い、大神官の大地の精に捧げる祈りの言葉を聞く。そしてその儀式の最後に行われるのが、誓いのキスで」

 王太子はそこまで話すと、突然アルネリアの肩を両手でがっちりとつかんだ。

「で、でで殿下なにを……」

 しかし王太子は無言のまま、顔をアルネリアに近づけていった。アルネリアは身動きもできない。パウラは突然のことに声もなく、固唾をのんで様子を見守っているばかりだ。

「痛っ!」

 頬に仮面の尖った鼻先が刺さり、アルネリアは振り切るように後退った。心臓の鼓動が、恐ろしいほどの速さでリズムを刻み、熱く紅潮する頬を両手で押さえた。パウラが背中からしっかりとそんなアルネリアを支える。

「あ……アル……大丈夫?」

「おわかりになりましたか? 大勢の神官や賓客の前で、何も知らない花嫁が『痛い』と叫んで逃げ出す、そんな結婚を見たら……」

 アルネリアは何度か深呼吸を繰り返し、自分を取り戻した。落ち着け。相手は、将来義兄にしなければならない人物だ。女の子丸出しの反応をしてる場合ではない!

「ふ……不吉だとか、その結婚は無効だとか言い出す人が出るでしょうね」

「そう! そうなんだ! わかってくれてありがとう。だから早くしたいんだよ。そうだ今度ソレイヤール大神殿にいくときには、賢者君とその兄君も連れて行くぞ。水晶宮を見てもらうんだ。いいなティリアーノ」

 王太子の声は弾んでいた。おそらく仮面の下の表情も希望にあふれているのだろう。

「仰せのままに」

 そう言いながらティリアーノは、すばやく顔をドアに向け、急いで跪いた。

 キィー……。長く余韻を残しながら、ゆっくりとドアが開く。

「ああかまわない、ティリアーノ、そのままで」

 のっそりと姿を現したのは、重そうな金色のヒゲと、この季節にしては厚ぼったい生地の上着をまとった中年の男性だった。

 どこかでみたことたある……と記憶を探ったアルネリアは、ティリアーノに続いて跪いた。

「陛下」

 天覧試合のときに望遠鏡でしっかり見た国王レルニリウスの顔がそこにあった。

「ご用でしたら、陛下自らお運びにならなくても、参上いたしましたものを」

「いや、よいのだヴァレリウス。それより、明日の魔法会議も、余の代わりに出てくれぬか? 明日は腹痛になる予定だから」

「かしこまりました。仰せの通りに」

 なんだこの会話は。明日の会議も? 腹痛になる予定? 本当にやる気がないのかこの国王は。頭の中でぐるぐる駆け巡る思いを、アルネリアは無理矢理に止めた。国王の前でこんなことを考えてはいけない。察しが良ければ気取られてしまうからだ。

「……して、この者は誰か?」

 アルネリアは息を止めた。

「ノルデスラムトからの客人で、私の年若い友でございます」

「面を上げよ」

 アルネリアが、おずおずと頭をあげると、王と目が合った。

 一瞬その目に光が宿ったように見えたが、すぐにどろんとした目つきになり、先に顔をそらされた。

「ヴァレリウスをよろしく頼む」

 王は力なくつぶやくと、ふらりと向きを変え、入ってきた扉から出て行った。

登場人物が増えてきたので、次回から冒頭部分に人物紹介を入れます。

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