魔法使いの家系
引き続き4章の2話目を投稿します。
商館の一室で、ビルギッタは信じられないとつぶやきながらガリマーロを見据えた。
「魔法……だと?……」
「ああ。この国を動かしているのは、魔法と魔法使いだ。魔法使いである神官は、強大な権力を握っている。収入もよく、暮らし向きも豪勢だ。大神官などは、王家よりも羽振りがいいだろう。普通の人間とは比べものにならないような金額の収入を、若造の神官が手に入れられることも可能だ」
「伝承で聞いたことはあるが……。そんなもの本当にあるとは。彼らは同じ人間なのか? それとも人とは違った生き物なのか?」
「人間だ。だがその中でも、かなり特殊な部類だろう」
「どうやったら魔法が使えるようになるのか?」
「大地から常に力が沸き起こり、立ち昇っている。その力を感じ、捉えて、凝縮し、思念と組み合わせると、魔法が生まれているというわけだ」
「誰にでもできるのか?」
「いや、血筋がないと難しい。魔法使いは、たいてい魔法使いの親から生まれる。魔法の素養があれば、親が才能を伸ばしてやる。それから神官のところに弟子入りだ」
「親が魔法使いなら、女でもなれるのか?」
「いや、女の子は神官になれない。魔法を使えるのは神官だけの特権だ。だから女子の場合は魔法の素養があったとしても伸ばすことはなく使えない。また男だとしても、その子が必ずしも魔法が使えるようになるとは限らない。中には親の期待に背く子も大勢いる。……俺がそうだ」
「ガリマーロ……」
憐れむようなビルギッタの視線から逃れるように、ガリマーロは目を伏せた。
「俺には兄がいた。昔からできがよく、魔法の才能もあった。それに比べると俺は、ろくに魔法も使えず、親に愛想を尽かされて、いたたまれなくて家を出た。その後は、騎士たちのもとで下働きをして生きていた。騎士見習いになり、17歳で叙任を受け、騎士になれた。それは父親が身元を証明してくれたからだ。初めて親らしいことをしてくれたと思ったよ」
ガリマーロの顔に、苦々しい微笑みが浮かんだ。
「つらいな……それは」
「そうでもないさ。俺みたいな育ちのやつはゴロゴロいる。俺などはいい方だろう。親に身元証明もしてもらえなかった魔法使いの子供は、農家の下働きになって、毎日を生き延びるだけでやっとという暮らしをさせられることもあったんだ」
「騎士といったな。所属していた騎士団は?」
ビルギッタはやや強引に話題を変える。ガリマーロは不意に過去を懐かしむかのような遠い目をした。
「銀狼騎士団。この町の民衆を守護することを目的として、国王が庶民のために設立した騎士団だ。戒律は厳しかったが、騎士団長は格式張らない人だった。この人をこっそり親父さんと呼んでいる人も多かった」
「今、その団長はどうなさっている? 会いに行かなくても良いのか」
「……戦いで、落命なされた……」
歯の間からふりしぼるように、ガリマーロが答えた。
重苦しい沈黙がふたりの間に落ちる。やがて室内に響いたノックの音に、気まずさがかき消された。
「失礼します。トロヤ夫人に書状が届いております」
ドアを開けると、商館の用人が筒状になった紙を手にして立っていた。
「どこからですか?」
「王宮からです」
ビルギッタは、礼を述べて書状を受け取り、窓のそばの明るいところで、紙を伸ばした。
かあさま
わたしたちはあれから王宮に招かれ、王太子様
の友達として、しばらく滞在することになりました。
けんかもしないでなかよくやってます。げ
んきだし、お城の人もよくしてくれるので
しんぱいしないでください。
たぶん近いうちに帰れるでしょう。あと
べッドの周りを散らかしたままきてしまっ
たから、かたづけておいてください。
いつでもかあさまを愛しています
パウハルト・アルベルト
「なんだこれは……ベッドの周りとか意味がわからん」
目を通したビルギッタは何度も首をひねった。
「ふたりからの手紙なのか? 筆跡は?」
言われてみればアルネリアの字に似ている。だが文面と改行がおかしい。
しばらく手紙をにらんでいたビルギッタは、憤慨したような声をあげた。
「これは、行の頭の文字をつなげる暗号じゃないか。だが待て、なんだ『川の剣士』って。魚の名前じゃなかったか? たべたい? なにをいっているんだ」
カリカリしながら歩き回るビルギッタの前方を、ガリマーロが遮った。
「落ち着け。たぶんこれは言外に伝えているんだ」
「なにを」
ビルギッタの声は荒々しくなっていた。
「書いた者が本物だということをだ」
「そんなのは当たり前だろう、手紙なのだから」
「考えてもみろ。ここで『無事ですから心配しないでください』という手紙が着いたとする。それを素直にそうですかと信じられるか?」
「まず無理だな」
「拉致した誰かに書かされたか、ほかの者が書いた可能性を疑うだろう。この手紙の書き手は、それを想定して、我々にしかわからない文言を入れたとは思えないか? つまり、本当に心配しなくてもいいという意味を込めているのだ。これを書いたのは、おそらくアルベルトのほうだろう」
「ああ、そうか。そうだな。こんな状況でも食べ物のことを考えられるのは、あの子くらいしかいないだろう。わかった。ひとまず安心していい、ということだな。だが。なんとか子供たちに会えないものだろうか?」
「努力はする」
力強くうなずいたガリマーロは、ビルギッタの部屋を出て行こうとした。が。途中で思いなおし、振り返った。
「トロヤ夫人。俺からも質問があるんだが」
「ああ、堅苦しいのはやめてくれ。ビルギッタでいい」
「わかった。ではビルギッタ」
いきなり呼び捨てはないだろう。さん付けでもいいじゃないか、と思ったが、ビルギッタはそこには触れず、先を促した。
「いってみろ」
「あんたが隠し持っていた剣だが、あれは、ノルデスラムトの女騎士のものではないのか?」
ビルギッタの表情が固まった。
「な、なぜそれを」
「一度、ボレムで女騎士に見せてもらったことがある。握りが独特の意匠だったので印象に残っている」
「…………」
「元女騎士という線も考えられたが、引退するときには返納することが決まりだ。そして、
ノルデスラムトで女騎士が守る相手といえば、王家だけ、それも王族の女性だけだと聞いている。決して商人の息子などではないだろう」
ビルギッタはゴクリとつばを飲み込んだ。
「あんたが息子だと言っているうちのどちらかは、とてつもなく身分が高く、お前たち親子に守られているということになるが、どうだ?」
「どちらだと思う?」
「無論、弟のほうだ。そもそも男にしては歩き方がフワフワしていて、線が細すぎる。筋肉もなさすぎる。それに、兄のはずのパウハルトがときどき敬語で話している」
ここまできたら、隠しようがない。ビルギッタは腹を括った。
「その通りだ。あの方はあえて危険を冒して乗り込んできたのだ。ひたすらノルデスラムトのために……」
言いながらビルギッタの頭に浮かぶのは、ミッテルスラムトやボレムの食堂、商館の一室で、幸せそうに料理を口に運ぶアルネリアの表情ばかりである。ノルデスラムトのためだけでなく、多少の邪念が入っていそうだ……。
「心配するな。口外はしない。俺は約束を守る。しかし、たいした姫さんだな」
「もう、なにをしでかすかわからないから、小さい頃から目が離せなかったぞ」
「パウハルトがそばにいるから安心しているのだろう。あいつは小さいのに、しっかり騎士の心を持っている。騎士は大切な女性を守ると決まっているんだ」
力強く言い切られ、ビルギッタは複雑な表情になった。
「……ガリマーロ……」
「なんだ?」
「申し訳ないが、あれは息子じゃない。娘なんだ」
ビルギッタが言いにくそうに告げると、ガリマーロの表情がそのまま硬直した。




