十四滴『うねり狂う潮流達』
ナイトゴーレムの苛烈な波状攻撃は、ミネットに一切の反撃を許さなかった。
「しつこい……!」
目で追うことの出来ない速度の攻撃を術式構造から予測し、後退しながら捌く。
水直下の一撃に、柱のような土煙が立つ。柱は二本、三本と続き、その度に路地が潰れ、砕け散った破片は家々を石に変えた。
石工と彫刻で栄花を誇った文明都市。その名残は、亡骸へと変わりつつあった。
「いい加減にしなさい……!」
竜の槌。
大木のような石柱の質量弾が、鈍い音を立て、ナイトゴーレムを遥か上空へ打ち上げる。
「流石に空は飛べないでしょう」
石柱の全長は凡そ二百メートル。これだけの高度から自由落下すれば、超硬度を誇るナイトゴーレムといえどもただでは済まない筈だ。
天高く起立した石柱を、大地へ還元する。石柱は帯を垂らすように静かに、その姿を戻した。
「飛ぶ必要などアるのかね?」
開けた石柱の向こう。崩壊した街を背に、無傷のナイトゴーレムが直立していた。
呼吸が止まる。
反応も、行動も、完全に遅れた。
ナイトゴーレムの剛腕が唸り、眼前に迫る。
「ぐっ……!」
足元から石壁を生やすのが精一杯だった。
だが急造の石壁ではなんの抵抗にもならない。一枚の岩が砕ける。直進する剛腕は止まらない。だがほんの僅か、石壁に遮られたミネットの姿が一瞬、フンフの視界から消えた。
「む?」
石壁が粉々に砕け散る。その向こうに、ミネットの姿はなかった。
肉体を打ち抜いた感触はない。フンフは注意深く周辺を見渡す。
足跡、熱の残留、足音。ミネットの手掛かりとなる筈の痕跡が一切消えていた。
「どこへ消エた」
今一度探る。
視界。良好。痕跡なし。
熱。生き物の放つ低い体温の痕跡は、風に乗ってすぐに消える。
音声。足音はない。息遣いさえ消えている。
否、まだ消えていない音があった。
「心音が……」
発生源を探る。音は大きい。すぐ近くにいる。
音量を拡大。半径二メートル以内に反応。
右か。左か。
「後ろか?」
振り向く。
「ご名答」
その瞬間、最大まで強化していたナイトゴーレムの収音装置が、フンフの鼓膜を切り裂いた。
「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
音源は、ナイトゴーレムの足元。
ほんの一瞬の隙。戦闘に特化したホムンクルスであれば絶対に晒さない無防備な背面を目掛けて、ミネットは、ありったけの岩石をクラッカーのように打ち合わせながら叩き付けた。
瓦解した石壁の下。幾重にも積み重なった岩石の下に、ミネットは身を潜め、その瞬間を待っていた。
「魔女ッ……貴様ァ!!!」
フンフはいきり立ち、振り向きざまに剛腕を叩き付ける。
その下を、ミネットは潜り抜けた。地面が爆砕し、飛び散る破片を背中に受けながら、ナイトゴーレムの脚部に食らい付く。
「まずは一本……!」
岩であろうと、金属であろうと、触れてしまえば、ミネットに分解出来ない物はない。能力に如何なる差があろうと、脚部を破壊してしまえばいくらでも勝機はある。
このまま破壊する……筈だった。
砕ける筈のナイトゴーレムの脚部は、なんの変化も起こさなかった。
間違いがあったか。否、ミネットの魔法に不備はない。
「あぐっ……!」
辛うじて届いたミネットの左腕を、ナイトゴーレムが掴み、持ち上げた。
「やってくれたな、魔女よ……!!!」
フンフは眼前までミネットを吊るし上げた。
やられた。
たった一つの読み違いがあった。
大型ゴーレムに、走鳥類型のゴーレム。それらは全て、岩石で構成された単純な作りのゴーレムであった。目の前のナイトゴーレムも、外見こそ華美であるものの、一見した質感は同じに見える。
だがそれは、上辺だけのこと。
長い長い年月を掛けて熟成されたこの最終兵器は、岩石と変わらない外見を持ちながら、全く違う素材で作られていたのだ。
「岩と鉄の複合素材……!」
「そウだ!! それも飛びっきり精密で、文字通り一体化に近イ新たなマテリアル……フェールゼンメタル……!! 例エ魔女でアろウと、破壊することは叶わン!!」
ミネットの腕に掛かる圧力が、一気に上昇する。
「ぐ……あ……!!」
軋む骨が、一本、二本。
ミネットの尺骨と橈骨が、鈍い音を立てながら、飴細工のように砕けた。
「ああああああああああああああ!!!!」
骨の砕ける音が、フンフの鼓膜にびりびりと響く。
物が壊れる。その瞬間は、フンフにとって恍惚そのものだった。
「人間は簡単だ……!! ゴーレムで圧力を掛けてやれば、すぐに壊れる……!!」
握り潰されたミネットの前腕が、ぬいぐるみのように拉げる。
フンフは更なる圧力を加えた。ナイトゴーレムの指を擦り合わせ、ミネットの、赤黒く変色した腕を丁寧に咀嚼する。
「ククク……!! 何か言ったかね、魔女!?」
ミネットは、ただ叫んでいた。言葉にすらならない声を、最大の声量で喉奥から放流する。
そこに意思はなかった。ただ一方的に味わわされる激痛に、身体がそう反応しているに過ぎなかった。
無様に喘ぐ旧世代の遺物に、フンフはかつてない程の愉悦を抱いた。
「どウだ、分かったか魔女よ!! 引き籠り続けた貴様の技術などとウにカビ生エ、時代遅れとなった過去の産物に過ぎン!!」
それでも尚、フンフはミネットの腕を擦り潰し続けた。
この腕が、動かなくなるまで止めるつもりはない。
彼女が処置対象であろうと、知ったことではない。
自分より優れた者などいる筈がない。目の前の魔女が、どう評価されていようと、それで復元された世界から廃絶されるのなら。
これで、全てが思い通り。そう、なにもかも全てが。
「解析完了……!」
瞬間、フンフの視界が傾く。
崩れている。それは感覚で分かった。
バランサー、機能停止。
術式アンプ、機能停止。
各部魔力配線デバイス、損壊。
外部フェールゼンメタル装甲、中破。
フレーム基部、中破。
コアユニット、大破。
「魔女……!!」
ナイトゴーレムが崩壊する。
「魔女オオオオオオオオオオオッッ……!!」
岩盤のようだった腕が崩壊し、ミネットは拘束から解放された。
「馬鹿ね」
崩れ落ちるゴーレムの残骸の向こう。残された球状のゴーレムにしがみ付くフンフを一瞥して、ミネットは吐き捨てた。
「私に時間を与えたアンタのミス……。岩だろうと、鉄だろうと、合金だろうと、私に壊せない物は……」
瓦礫となりゆくゴーレムの破片と共に解放され、舞うように落ちる。
握り潰された左腕が、思い出したかのように激痛を訴えた。ミネットは右腕を患部へと動かす。
その付け根に、潜り込む物があった。
それは風を切る音と同時にミネットの脇を掠め、後方へと抜けて行く。
着弾点を見る。そこには、円盤状の鋸が墓標のように突き立っていた。
血液の付着した鋸。
右腕の感覚が消失している。動かそうとしても、反応がない。
ミネットは地面に叩き付けられると、首だけを動かして、無造作に打ち捨てられた右腕を発見した。
それは紛れもない、自分自身の腕であった。
突き立った鋸の刃は鮮血を巻き込み、それを切っ先から一滴ずつ、大地へと還元する。
引き裂かれた乱雑な切り口。ごっそりと失った部分からは、血液がとめどなく溢れ出す。
接合はもう不可能だろう。失神する前に血中の金属を制御して、これ以上の流血を阻止するのがやっとだった。
「無様だな、魔女よ……!!」
「まさか……アンタ……!」
砂を踏む音が聞こえる。
フンフを見上げる。
等身こそそのままに、枝のように細かった腕を片方喪失したフンフが、横たわるミネットを見下ろしていた。
「自分の身体もゴーレムにするなんて……!」
痛みと出血の影響で、意識が朦朧とし始めた。
胸倉を掴まれる。暗幕が掛かり始めた視界に、フンフの輪郭だけが映り込む。
「最早動くことすらままならンだろウ」
フンフは、焦点の定まらないミネットの瞳を覗くと、再びその場に打ち捨てた。
そして、改造した自身の腰部のハッチを開き、枯れた手を入れ、一本の注射器を取り出した。
フンフは逆手で握り締めたそれを迷うことなく、ミネットの白い首筋に突き立てた。
「あ……」
内部を満たす薬液は赤く、針は繊維よりも細い。
痛みはなかった。薬液はゆっくりと、フンフの震える手で、ミネットの中へ注ぎ込まれてゆく。
「なに……を……」
途切れそうな意識を必死にかき集めて、言葉を吐き出す。
「簡易的だが……これが我々の行ってきた『処置』だよ、魔女……!!」
処置。そう、これが、彼らの目的であり、与えられた任務。
「この臭い……知ってるわよ……!」
「ほウ……?」
鼻に纏わり付くような、甘ったるい、アルコールのような臭い。
「それに、この色は……ムラサキトリカブトの実……!」
「流石に博識だな。ご名答。民衆には伝説の霊薬エリクサーなどと伝えたが、それは計画のための方便に過ぎン」
彼らは騙し続けたのだ。
世界樹の元、眠りに付くために必要だと伝えて、世界中の人々に投与して物は、致死性の毒薬。
「こんなことをしても……人間は死ぬだけよ……! これが……アンタ達の言う、魂の保管処置……だって……!?」
「魂の保管……」
フンフは、ふんと息を吐いた。
「我々はなにも知らン」
そこには、計画に対する忠誠心も、無知を嘲笑う様子もない。
それどころか。
「ただ……」
一息置いて、続ける。
「長い年月ヲ掛け、アらゆる文献を蒐集したが……『観測してイなイ物質ヲ保管する方法』ヲ記した書物など存在しなかったぞ」
それが、彼の答えだった。
「元々不可能だったのかもしれンな」
注射器の中身が、全て注ぎ込まれる。
「ムラサキトリカブトとはイエ、仮にも民間用だ。残り半日……精々余生ヲ過ごすと良イ」
意識が途絶えてゆく。
伝えなくては。
二人は、今どこに。
世界再配置委員会。彼らの計画の顛末と、そして。
ミネットとフンフ、エインとフィーア。この二つでは戦いの様相が大きく異なる。
大味に技を打ち合うミネットとフンフに対し、エインとフィーアは、閃光のような接近戦で一撃必殺の応酬を繰り返す。
幾度目かの仕掛け合いが起こった。
先も後もない。互いに手の打ちを見せ合い、交錯させ、カルモーの街を端から端まで旋風のように横断する。
「だッ!」
技の差し合いに於いて、どちらか一方が明確に勝ることはなかった。
手数、豊富な仕掛け、技の品揃えで、フィーアは攻める。
だがエインはそれら全てを、純然たる戦闘能力そのもので圧倒する。
フィーアの拳がエインの頭上を通り過ぎる。
がら空きとなったフィーアの腹部に、エインの肘が突き刺さる。
「かッ……!」
血が混じった胃酸が口腔内を逆流し、飛散する。
エインの重い一撃に飛び掛けた意識を繋ぎ止める。フィーアは直ぐに両腕を盾のように構え、守りの体勢を取った。
丹田に力を込める。並べた盾に構うことなく、その上に打撃が打ち込まれる。
「ぐ、ぎ……!! ぬおおおおおおお!!!!」
一度なら踏み止まれた。だが、それが二度、三度、四度と重なり、やがて豪雨のように苛烈になる。両足を杭のように踏ん張るも、フィーアは徐々に押し込まれていく。
それでもエインの手は収まらない。脇を穿つことも両足を折ることも、腹を貫くこともしなかった。
ひたすらに、執拗に、フィーアが構えた盾を両拳で打ち破りに掛かる。
岩石のように握り込んだ拳は止まらない。立ち塞がる障壁を、執拗なまでの応酬が完全に破壊する。
「はっ!」
短く、呼気と共に、エインの掌が打ち出された。
エインとフィーアの間で空気の壁が弾けた。
掌打が音を追い抜く。衝撃波が発生し、周囲の民家を悉く倒壊させた。
その一撃は、盾を貫きフィーアもろとも弾き飛ばした。
声すら掻き消しながら、石壁を幾度も打ち破り、カルモーを半分程渡ったところで地面に足が着いた。
「参ったな、まるで通用しねえや」
自らが通過した幾重ものトンネル越しに、エインを探る。
「来るっ……!」
遥か遠くに、一直線に追い縋るエインの気配があった。
打ち返す。それしかない。
徐々に開きつつある戦力差。この状態との戦いにエインが慣れ始めている。
だがここで引くことは出来ない。黒は死を以てでもエインを凌ぎ、アシリレラを取り戻すことを求めている。
それはフィーアそのものの意思でもあった。
それがアインスの望み……即ち、全てのフィーアの至上命題。
「舐めんなよ!」
フィーアは、右手を腰まで引き絞り、半身になり、腰を深く落とした。
「はあぁ……!」
呼気が徐々に熱を帯び出す。抱えた右手を中心に大気が渦を巻き始め、周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら回転数を高めていく。
「叩き潰してやる」
荒ぶる大気は抑えを失い、その渦の回転を何千、何万の領域まで加速させる。
「ストーム!!」
轟音、そしてひと突き。
腰を切って打ち出された拳から、枷を外された竜巻がエイン目掛けて伸びる。
その轟音は直ぐにエインの耳に届いた。
「っ!!」
それは、大戦ですら使われることのなかった技。
それは術の類か。拳を中心に渦を描く、直径十メートルを越える超低気圧の竜巻。
竜巻は擦り削いだ大気に金属音のような悲鳴を上げさせながら、一直線にエインに襲い掛かった。
直撃の寸前、エインは竜巻の姿をはっきりと目視した。
竜巻の速度は音速を優に越えている。
そしてエインも、それに近い速度でフィーア目掛けて直進している。
かわすなら上か、それとも左右か。
エインは真上への退避を選んだ。風圧に巻き込まれるのは避けられない。左右に避けては巻き上げられた瓦礫や岩石の流れ弾で余計なダメージを受ける可能性がある。
だが前方への跳躍は即ち竜巻への投身。ならば。
大地を叩き、自身の速度を瞬時にゼロに。垂直に跳ねる。宙を舞うエインは竜巻の気流を受け、大きく体勢を崩した。
「っ……! でたらめなパワー……!」
だがその気流はエインの足場になる。
エインは風速を足裏に受けて、空中を跳ねた。そして木の葉のように宙を舞い、民家の屋根に軟着陸する。
竜巻が去る。音速を越えていた故、過ぎ去るのは一瞬だった。
「ファントム!!」
エインが姿勢を整えるより早く、上空を取ったフィーアが躍り掛かる。
フィーアの姿は、五つに増えていた。
エインは自分の目を疑った。
「分身!?」
それは術の一種。
幻覚ではない。実体を持った正真正銘の分身術。それぞれの動きに合わせて風が動いている事がその証だ。
四方からと、正面の一人。力の減衰すらない完璧な複製術。それらが一斉に、エインの着地に襲い掛かった。
五つの中のどれかが本物。或いは偽物。
囲い込むようなフィーアの攻撃を、エインは足で一つ、両手で一つずつ防ぐ。
「貰った!」
無防備となったエインの正中線を一直線に突き抜く貫き手。だがその一撃はシャットアウトされた。
エインは攻撃を受け止めた手で、分身の胸倉を掴み、振り下ろして盾にしたのだ。
貫き手に貫かれた分身が、消える。一つ目。
空いた片手で対の分身を打ち据える。
顎を砕かれた分身が、消える。二つ目。
「シャッ!」
軸足を狙った分身と、足で防いだままの分身を目掛け、肘を雷のように落とした。
屋根に叩き込まれた分身が消える。三つ目、そして四つ目。
「最後っ」
貫き手を防がれ、怯んだ目の前の分身目掛け、拳を打ち返す。
これで、五つ目の分身が消えた。
「こっちだ!」
背後。今の五体は全て陽動。本命は。
「気付いてないと思った?」
六つ目。
腰を落とす。その頭上をフィーアの手刀が擦り抜ける。エインは真上に掌を伸ばした。
「うおっ!?」
再びフィーアの胸倉を掴む。即座に振り下ろし、足元の屋根に叩き付ける。
屋根が砕け、槌のように建造物を貫いた最後の分身が、屋内に身を潜めていたフィーア本体目掛けて叩き付けられた。
「がっ……!?」
折り重なるように倒れていた、最後の分身が消える。
大穴を開けた屋根から見下ろすと、仰向けに倒れたフィーアがエインを仰いでいた。
「呆れた。騙し討ちするつもりだったなんてね」
吐き捨てる。
青と呼ばれるフィーアは、最後の最後で小手先の手段に出た。
「しょうがねえだろ……お前に勝つにはこれしかないと思ったんだ……」
その結果はあまりに呆気ないものだった。
尤も、この戦いに心躍るものを感じていた不謹慎な自分に嫌気が差していたのも事実だ。
快く決着が付くより、後味の悪さがあった方が、エインとしては後腐れなく終われる。
「ま、良いや……最期に面白い戦いが出来た……満足さ」
だからフィーアが抱いた想いなど、最早どうでも良い。
「そう」
故意に素っ気なく吐き捨てる。
「じゃあな」
そう言うと、フィーアは目を閉じた。
深く息を吐き、そして、再び呼吸を取り戻す。
「そうですか……青ですら、この様とは……」
今度は聞き覚えのあるフィーアの声が、その口から聞こえて来た。
「……フィーア?」
エインは問う。
フィーアの声自体は変わらない。だが息遣いや口調は、間違いなく、聞き知ったものだった。
「ええ、そうですよ」
フィーア自身もそれを理解した上で応じた。
「僕は黒のフィーア……あなたの知るフィーアです。と言っても、元の人格とは能力も役割も違う、予備の精神ですが」
「予備?」
「エイン」
身動きの取れなくなった四肢を投げ出して、一言ずつ、絞り出すように語る。
全身を激痛に苛まれているにも関わらず、フィーアは問い掛ける。一貫して、その口調はそよ風のように穏やかだった。
「あなたが求めているものは……何ですか?」
フィーアの問いに、エインは答えることが出来なかった。
「この世界ですか? それとも、アシリレラ様ですか?」
答えは、ない。
それはエインが一番よく分かっていた。
「あなたに選ぶことなど出来ますか?」
故に、立ち尽くして、聞いた。
立ち止まってはならない。これは、そういう旅だというのに。
「今一度よく考えて下さい。今のあなたと、あなた方の未来の姿、行く末。そして、僕達の使命が、どういう意味を持っているのかを」
「そんなこと……」
今更考えるまでもなかった。それが分からない程、エインは愚かでもなければ馬鹿でもない。
「ああ……アインス様……」
機械的に伸ばした手で、天を目指す。
エインより遥か彼方、自身を包む至極の光球よの光に、フィーアは苦悶と恍惚の涙を浮かべながらたった一つの願いを語った。
「出来ることなら、僕自身の心で、あなたと共に……」
藻掻くように吐き出して、こと切れる。
散々の破壊と崩落を齎し続けたホムンクルスは、嵐のように晴れ晴れとした空の下で、とうとう動かなくなった。
「……はぁ」
深く息を吸って、音と共に吐き出す。
正面からの戦いでここまで苦戦させられたのは久しぶりだった。
純度の高い力と力のぶつかり合い。
機関の切り札であるゼクスを除けば、自分と打ち合える者など、この世界にはもういないと思っていた。
そうだ。この世界に自分を脅かす者など、もう存在しない。
独りなのだ。これ以上進む先はない。あるのはただ広くて、ただただ広いだけの世界。
まるで箱だ。その中に、アシリレラと自分だけがいる。
「行こう」
踵を返す。アシリレラは逃げおおせたか。ミネットはどうなったか。
自問自答と共に、フィーアの亡骸から目を背けて、足早にその場を立ち去ろうとした。
その足が、釘を打ったように止まる。
「ッ!?」
怖気走る背筋が、エインを振り返らせた。
そこに、フィーアが立っていた。
受けた傷も埃もそのままに、エインが分身を叩き付けて出来た大穴に踵を合わせ、腕を組み、エインをじっと見つめていた。
「何……!」
フィーアはなにも言わない。
ただそこに立って、エインを捉え続けていた。
それで充分だった。それだけで、一つ、決していたのだ。
「終わりにするぞ」
変わらない声。少しだけ低いトーンで。それがどういう意味を持っているのか分からない程、エインは愚鈍ではなかった。




