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世界輪廻のアシリレラ  作者: 道峰ユヤ
14/16

十三滴『残り火の爆心地』

 フィーアの足元が爆ぜた。

 隆起する地面を引き裂いて、石槍が突き出る。槍はフィーアの脇を掠め、傷んだローブの端を切り裂いた。

「おやおや、相当ご立腹のようですね」

 槍は二本、三本と続け様にフィーア目掛けて打ち出された。

 フィーアは表情一つ変えず、身体を捻る最小限の動きでいなす。

「あなたも一応処置の対象なのですがね……その前に、少々ばかり……」

 フィーアはミネットの間合いを一気に縮める。

 迎撃の槍が捻じ込まれるも、フィーアはそれすら潜り抜けた。

「痛め付けてから、連れて行くことにしましょう」

 フィーアは腰に構えた掌底を、ミネット目掛けて打ち込んだ。

 避けられない。

 ミネットにはホムンクルスのような身体能力もなければ、反射神経もない。

 不思議な能力を持っていること以外、ただの人間と変わりないのだ。

 人間にとってフィーアの一撃は、即致命に値する。

「まだ痛め付け足りない?」

 だが、フィーアの一撃がミネットを穿つことはなかった。

「なっ……!」

 フィーアの視界が翻る。地面に強く叩き付けられ、視界が一瞬明滅する。

 ミネットが手を加えたわけではなかった。状況を把握したフィーアを、見知った顔が見下ろしていた。

「どこまでも邪魔をするつもりのようですね……!」

 エインの拳が、仰向けのフィーアの腹に突き立てられていた。

「そうだよ」

 仰向けのフィーアに馬乗りになったエインを中心に、地面が陥没する。

 砂煙が舞い上がり、白い暗幕が辺り一面に曇り立った。

「機関が二人を狙うなら……どこまでも、どうなろうとも」

 守るべきものが二つに増えた。だから、エインはこれ以上力を行使することを躊躇えない。

 これから起こることで生じるであろうアシリレラの躊躇いすらも、今は考慮してなどいられない。

 暗幕が晴れる。

 視界が開く。

 フィーアが叩き付けられた衝撃によって体勢を崩していたミネットとアシリレラが、エインを視認する。

「エイン!」

「ごめん、遅くなった」

 エインの表情は涼しげだった。

 眉一つ動かさず、眼下で呻くフィーアを、ただただ瞳孔の奥で捉えていた。

「頼もしいことで」

「ありがとうは?」

「そうね、考えておくわ」

「ミネットさん」

「分かったわよ。……ありがとう」

 エインは、拳の下で横たわるフィーアの胸倉を掴んで、眼前まで持ち上げた。

「もう関わらないでくれる?」

 ぐったりとしたままのフィーアに問い掛ける。

 まだ息があると、エインは分かっていた。

「それは……」

 そして、それが意味のない問いであることも、薄らと理解しながら、エインはあえて聞いた。

「出来ねえ相談だなあ!」

 フィーアの瞼が、縦に見開いた。

 獣の瞳孔を剥き出しにして、眼前のエインを視線で貫いた。

「あばよ黒お! 後は俺様に任せておねんねしてなあ!」

 フィーアの右手が、刃物のように振われた。

「爪か」

 だが接触はない。

 予兆のない、閃かんばかりの斬撃を、エインはその場で見切り、看破する。

「離せおらあ!」

 フィーアは足を突き出し、エインを蹴り出す反動で拘束から逃れた。

 空を舞う身体を二転させて正し、着地する。

「あの距離で見切る奴があるかよ……!?」

 フィーアが再びエインを目にした瞬間、その身体は球のように蹴り上げられていた。

「お、っぐ……!」

 反応すら許さないエインの追撃が、浮いたままの無防備なフィーアに叩き込まれる。

 ひたすらに。一心不乱に。

 豪雨のような打撃が、フィーアを徹底的に打ちのめした。

 打ち出され、壁に叩き込まれ、崩落する瓦礫の中フィーアはぐったりと空を仰いだ。

「馬鹿かよ」

 力の差は歴然だった。

 闘を司るは白。

 そう定められ、器の中に生み出されたのが自分だった。

 決して頑強とは言い難いこの器を強者たらしめ、外敵を討ち果たす、捕食者の姿。

「汚ねえ……汚ねえぞ、世界種」

 完膚なきまでに打倒され、瓦礫の上で脱力している。

 それが自分だ。

 強者の足音に立ち向かうことも出来ない、無様な存在。

「デメリットなら沢山受けたよ。尤も、そのお陰でアシリレラに出会えたんだけどね」

「いけすかねえ。惚気てんじゃねえぞ」

 吐き付けて、遠のいていく意識に微睡む。

 自分を最後まで見届けるのは、青い空だけだった。

 エインはゆっくりフィーアに歩み寄る。

 もう今のフィーアからは、抵抗の意思を感じない。

 無抵抗の相手を殺めるのは気が引けるが、機関に情報が漏れる可能性がある以上、生かしておくことは出来ない。

 ぐったりとしたままのフィーア。その目前まで迫ったその時、エインの足が止まる。

 第三勢力か。否、フンフが近くにいる様子はない。そもそもフンフが出すには、あまりにも強過ぎる殺気だ。

 息が詰まる。鼓動が昂まり、鼻先を焼くような熱さにエインは動けなくなった。

 フィーアの様子に、一見して変化は見られない。だが、言いようのないプレッシャーのような昂りを感じるのは、今や死んだようにぐったりと静まり返ったフィーアからに他ならない。

 違う。目の前で動かないフィーアは、フィーアであってフィーアではない。

 正確には、今のフィーアではなくなるのだ。

 ぴたりと、風のように殺気が失せた。

「っつー……」

 それと同時に、今までぴくりとも動かなかったフィーアが目覚め、上体を起こした。

「うおお、いてえ……! 随分と派手にやってくれたみてぇじゃねぇか」

 頭を摩りながら、瓦礫の山に立った。あっけらかんとしたその表情に、先程までの獰猛さは伺えない。

「今度は……何だ?」

 対峙する。

「俺か? 俺は青ってんだ。よろしくな」

 視線が交差して、打ち合いが始まる。

 どこまでも澄んだ瞳が、喜と楽を抱えたまま、突如としてエインの目の前に現れた。

「良い目だな」

 フィーアはにやりと口角を上げ、対峙するエインを見据えた。

 目の前にいる者は獲物か好敵手か、それとも敵か。見定めるように、フィーアの眼差しがエインを捉える。

「じゃ、やるか」

 フィーアの爪先が、エインの顎を捉えた。

「なっ……!」

 視界が明滅する。

 鞭のようにしなやかな右足が、エインの視界より速く、頭上まで跳ね上がっていた。

 速い。そして重い。今までとはまるで比較にならない一撃。

 それはツヴァイのスピードすら遥かに上回っている。

「はっ」

 フィーアの拳が打ち込まれる。

 それを受けたエインは、吹き飛ばされた。

 直撃を右手一本で防ぐ。

 背中に衝撃が走る。カルモーの石壁を貫き、隣接する家々の壁を何枚も纏めて打ち抜いた。

「このっ……!」

 エインが着地したのは、カルモーの外縁部。薪を獲りに訪れた森林が、すぐ後ろまで迫っていた。

 エインは体勢を立て直し、カルモーの端からフィーアの元まで一気に飛んだ。

 距離にして数キロに及ぶ大横断。それを目の当たりにしたフィーアは目を見開いた。

「うおっ!」

 エインの拳が、フィーアの無防備な顔面を捉えた。

 フィーアはエイン同様、カルモーの果てまで飛んだ。地面に鋭角に着弾し、大波のような砂塵が巻き上がる。

「はあぁ〜。やるじゃねぇか」

 だが、フィーアはむくりと起き上がると、表情一つ変えず、一瞬にしてエインの目の前に舞い戻ってみせた。

 待ち受けていたエインの拳に、フィーアはあえて飛び込む。

 拳の防ぎ合いで発生した衝撃波が波紋のように伝播して、カルモーの街全体を振動させた。

 互いに額を突き合わせ、睨み合う。

「お前……! 白とかいう奴はどうした……!」

「あいつはもう暫く戦えねぇよ。心が参っちまってるからな」

 動いたのは同時。

 互いに拳を解放して、大きく間合いを取る。

「それとなく気付いてるみたいだな」

 間合いを維持したまま、フィーアは語り出した。

「俺達は一つの身体に、四つの精神を宿しているんだ」

「精神を?」

「普段活動してる、生真面目なのが黒。アインスのことが好き過ぎる奴だ。で、さっきまで戦ってたのが、白。黒とは仲が悪くてしょうがない。でも黒より結構強いから、強敵とやり合う時はよく出て来るんだ」

「なら白やらあんたやらが、最初から出て来れば良かったじゃないか」

「残念ながらそうはいかないんだな。白はそこまででもないんだが、俺がいつまでも表にいると、精神温泉? だかなんだかで、黒が消えちまうらしい」

「温……?」

「精神汚染だろウ。低脳め」

 第三の声。フィーアでもエインでもない声が、二人の間に介入した。

 どこからともなく表れた小さな人影。樽のような体躯に、顔中に深く刻まれた皺。

 フンフだ。

 フンフは立ち並ぶ屋根に胡座をかいて、二人を見下ろしていた。

「お、フンフ」

「久しぶりに姿ヲ見たが、その猿のよウな頭脳は相変わらずらしイな? 黒ヲ少しは見習ウべきだ」

「あいつは弱っちいからなぁ。勉強しないで特訓すりゃ良いのに」

「戦ウことしか頭になイ愚か者め。少しは理ヲ持って制することヲ知れ」

 フンフは、その小さな身体から生えた枝のような腕を水平に伸ばした。

「何を……」

 エインには不可解な動きだった。だが、その行動は以前も見ている。

 フンフがゴーレムを動かす時の号令。

 そして、フンフの腕が伸びた先には。

「まさか……!」

 振り向くと同時に駆け出す。

 目指した先で轟音が響く。破砕音を纏って、家屋を見下ろす大型のゴーレムが出現する。

 立ち並ぶ家はゴーレムの腰にも届かない。ゴーレムが腕を動かす度に生まれる風圧と音圧に煽られ、風化の進んだ民家は悉く倒壊した。

「あ! フンフ、テメー余計なことすんな!」

「貴様がモタモタしてイるからだ」

 少なくともフィーアは勝負を望んでいた。

 だが、それは成果主義のフンフとは正反対の指針であった。

 そしてフィーアの方法は長引いた。結果、業を煮やしたフンフは効率化を目指した。

 ゴーレムによる、アシリレラの奪還とミネットの捕縛、もしくは排除。

「くそっ!」

 エインは駆けた。

 二人の元まで、そう距離はない。

 だが、焦燥感に駆られた足は、走り出してすぐに止められる。

 目前の街路が楕円に隆起する。

 一つ、続け様に二つ、三つ。

 人間大にまで盛り上がった地面は、計九つの半円の卵になった。

 それを破って孵化したのは、フンフが放った人型のゴーレムだった。ゴーレムは群れをなし、エインの行手を遮った。

「大人しくしてイろ、世界種」

「邪魔だ!」

 アシリレラも渡さない。ミネットも傷付けない。どちらかを失うことは、どちらも失うことに等しいから。

 群れで揺れるように動くゴーレムの動きは緩慢だった。

 一足で接近し、頭部を真横から殴り倒す。

 頭部が一部破砕し、大きくゴーレムは大きくよろめいた。

 エインは頭上で結んだ手を、残った頭部に叩き付ける。

 それでゴーレムの頭部は完全に粉砕された。残された体が地面に叩きつけられ、機能を停止する。

 残りのゴーレム達が反応したのはその後だった。

 石の擦れる音を鳴らし、同胞を破壊したエインに狙いを定める。

 だが、エインは既にそこにはいない。

 エインは跳んだ。民家の屋根に舞い上がり、アシリレラとミネットの元へ駆ける。

 今は雑魚に掛けている時間などない。

 それを見たゴーレムの反応は、エインの予想を遥かに上回る程早かった。

 すぐさまエインを追うように飛び上がり、屋根を伝い、追走する。

「意外と速い……!」

 思わず舌を打つ。だが追い付かれる程のスピードではない。エインは屋根を飛び、更に隣家へと移る。

「っと、そこまでだ!」

 着地点で待ち構えていたのはフィーアだった。

 フィーアの足刀が、空中で無防備になったエインに打ち込まれる。

「お前っ……!」

 フィーアの蹴込みを、エインは両手を交差して受けた。

 だが、威力が衰えることは全くなかった。エインは打ち返され、矢のように飛んで向かいの民家の外壁に叩き付けられた。外壁が崩れ、室内へと雪崩れ込む。

「お前は正々堂々戦ってくれると思ったんだけどな……!」

 崩れた瓦礫に仰向けに倒れながら、エインはフィーアを睨み付けた。

「これも作戦なんだわ。悪く思うなよ?」

 今のフィーアは強い。

 蓄積するダメージの桁が文字通り違った。

 正面からの戦いであっても、エインに遅れをとることはない。

 エインは起き上がり、真下を見た。民家の周囲に小型のゴーレム達が集結していた。

 大型のゴーレムをあえてアシリレラとミネットに差し向けたのは、このゴーレムとフィーアの連携でエインを足止めするためだった。

 尤も、エインにとってゴーレムなどなんの障害にもならない。

 民家に空いた大穴から、エインの身体がふらりと落ちる。

「雑魚は消えろ……!」

 着弾。ゴーレム達の中心に。エインは落下した。同時に、地面を殴り付ける。

 拳は周辺に衝撃波を発生させ、ゴーレム達を打ち据える。

 バランスを崩したゴーレム目掛けて、エインは突進するかの如く接近する。

 一つ、二つ。

 緩慢なゴーレムでは、エインを捕捉することすら出来なかった。

 四肢を振るう度に、ゴーレムが破壊される。

 雪像のように砕かれたゴーレム達は、ものの数秒も持たず、エインによって全て処理された。

「あら〜」

 それを見ていたフィーアは感嘆とも呆れとも付かない顔で、遠巻きに眺めるフンフに苦情を向ける。

「おいフンフ。お前の用意したゴーレム全部やられちまったぞ。オモチャなんか用意すんな」

「馬鹿め。こイつらは国王軍の師団とやり合った戦力だ。世界種の足を止められるゴーレムなどアるものか」

 フンフは表情こそ変えないものの、物を知らないフィーアの物言いに憮然と申し立てた。

 そのやり取りは、エインにとっては隙でしかない。

「通してもらう」

 進路を塞ぐフィーアを蹴り退けて、一気に加速する。

「うお!? おいフンフ! お前のせいだぞ!」

「バカタレめ」

 最高速に達したエインは、家屋より高く飛び上がり、二人までの直線距離を見定める。

「……え?」

 飛び石のように屋根を伝おうと、一歩蹴り出した瞬間だった。

 身を震わせる程の轟音が、一帯に響き渡る。

 家々が揺れ、空中にいるエインでさえ、振動する空間に全身を揉まれる。

 全身を揺さぶる衝撃波を、エインは身を竦めてやり過ごした。

「な……に……!?」

 その最中、巨大なゴーレムが腕部を崩壊させながら後方へと倒れていく姿を、エインははっきりと捉えた。

「舐められたものね」

 ゴーレムの足元にいるのは、アシリレラと、ミネットだけ。

「岩、砂、なんなら金属だろうと、同じことよ。アンタ達、私が何者か知ってるんでしょう?」

 アシリレラを背に隠したミネットが、顔色一つ変えず、傾ぐゴーレム目掛けて右手を突き出し、立ち塞がっていた。

「オオ……!」

 フンフの声色が、著しく昂る。

「深海鯨に匹敵する前腕を、こウも容易く分解するとは……!」

 かつて深海を支配した大鯨。

 ミネットはその巨大な質量を、触れただけで支配下に置いたのだ。

「砂地の魔女……まさかこれ程とは……!」

 驚愕と共に、畏怖の念を抱かざるを得ない。

 フンフは目を血走らせ、地中からゴーレムを引き摺り出した。

 その戦闘能力のない走鳥類型のゴーレムに、フンフはふわりと飛び乗った。

「アシリレラ!」

 二人の側に着地するや否や、エインはアシリレラに駆け寄った。

「怪我はない?」

「大丈夫です。ミネットさんが庇ってくれましたから」

 自分より遥かに大きなゴーレムをひっくり返しておきながら、ミネットは表情一つ変えずにいた。

 転倒したゴーレムの風に煽られる髪を抑えながら、どこか冷ややかにエインを一瞥する。

「あら、私の心配は?」

「ナイス」

「は?」

 別に礼を言われたかったわけではないが、雑な賞賛に仄かな不服を訴える。

「素晴らしイ……素晴らしイぞ砂地の魔女……!」

 そんな小さな不服は、フンフによって遮られた。

「この世界で最も強く、強大なゴーレムヲイとも容易く破壊してみせるとは……!」

 球状の胴体に長い脚。フンフの駆る走鳥類型のゴーレムには首がない。バランスは全て胴体に内蔵された機構が維持する。視界は、搭乗者自身が確保すれば良い。

 徹底的に無駄を省き、実用性に焦点を当てる。それが、フンフが操るゴーレム達の特徴だ。

「岩も粘土も、私からすればみんな同じよ。何度でも教えて上げましょうか?」

「それはイイ! 是非オ願イしよウ!」

 興奮気味に捲し立てるフンフの乾いた瞳に光はなく、声だけが上ずるように走っていた。

「気味が悪いわね」

「なるべく関わりたくないタイプだよね」

「フンフさんは、もう少し周りの目を気にした方が良いかもしれません」

「フン、今更知ったことか。世界樹さエ回収してしまエば、世界は復元される」

 鼻息荒く跳ね除ける。

 そんなフンフの隣に、大きな音を立て、フィーアが降り立った。

「勢揃い、ってやつかな?」

 エイン。アシリレラ。ミネット。

 フィーア、そしてフンフ。

「アシリレラ」

 エインがアシリレラの前に出る。ミネットもその隣に立つ。

「ミネットはアシリレラを連れて、なるべく遠くに逃げて」

「で、また私の庭に落ちて来るつもり?」

 前回エインは、二人相手に遅れこそ取らないものの、アシリレラを守り切れたとは言い難い結果を迎えてしまった。

 そして今回、フィーアは白ではなく、より強力な青となっている。

 如何にエインの戦闘力が高いと言えども、今回ばかりは分が悪いと言わざるを得ない。

 エインは口を噤んだ。勝算を計算しても、勝ち筋は見えて来なかった。

「別にアンタが死ぬのはどうでも良いんだけどね」

「良くないです! エインもミネットさんも、死んではいけません!」

「ほらね」

 つまり、この後の展開は初めから決まっていたということだ。

「っし! 作戦会議は終わりかな」

 静かにストレッチをしていたフィーアが、居直って、エインに焦点を合わせる。

「猿、オ前は世界樹ヲ回収しろ」

「は?」

 後方で倒れていたゴーレムが再起動する。

 全身を軋ませ、大岩が転がるような轟音を響かせながら、立ち上がる。

「魔女よ、講義はまた今度だ」

 ゴーレムの腕が迫る。

 咄嗟に動いたのはエインだった。

 大木のように太い腕を真上に蹴り上げる。その衝撃に、ゴーレムは姿勢を崩し、後退した。

 下げたその足をミネットが救い上げる。地面に傾斜を作り出し、踵の逃げ道を塞いでバランスを奪う。

 バランスを失い、大きく揺らいだゴーレムの胴体に、エインの一撃が突き刺さった。

 ゴーレムは再度背中から倒れ、今度はミネットによって完全に無力化された。

 見上げる程の質量を誇る岩の巨人は、分解され、全て砂塵となってカルモーの風に搔き消されていった。

「時間稼ぎくらイにはなったか」

 フンフの狙いは、フィーアがアシリレラを連れ去る隙を作るというものだった。

 フィーアの能力であれば、一分も掛からず、アシリレラを連れてカルモーの外まで逃げることが出来るだろう。

「オイ」

 だがその目論見は悉く無に帰すことになる。

「悪いな、フンフ。俺はまだこいつとの決着を付けてねえんだ」

 フィーアもアシリレラも、一歩も動かず、そこにいた。

 ただじっと、エインを見つめる。

 にらみ返すは、エイン。

 視界の端で砂粒に泳ぐ髪の先が、ゆっくりと揺れ靡いて見える。

「バカめ! 世界種相手に確実な勝算など……!」

 フンフは噛み締めるように言って、ふと気付き、それ以上は口にしなかった。

「そウか。『アレ』か」

「ああ。たぶんな」

「イイ覚悟だ」

 端的に投げ掛け合って、落としどころとする。

 エインにも、ミネットにも、アシリレラにもその意図は分からなかったが、不敵に笑むフィーアの自信だけははっきりと感じられる。

「では、こちらも最後のゴーレムを出すとしよウ」

 フンフが指を鳴らす。地面が隆起し、フンフの乗るゴーレムへと集結していく。

 細い鳥脚は恐竜のように太く、頑強に。フンフを乗せることのみに特化した球状の胴体はそれそのものが股関節となり、腰部を覆うスカート型のアーマーを纏った。

 その上に、新たなボディと両腕。鋭角の頭部に、甲冑のような装甲と、流線形の兜が形成される。

「最終ゴーレム『ナイトハイドロ』我が最終兵装だ、魔女よ」

 これまでとは打って変わって、華美な装飾に、関節の可動に干渉する過剰な増加装甲。

 ナイトの名の通り、騎士らしさが見て取れる反面、フンフらしさとは無縁のデティールにミネットは鼻を鳴らした。

「悪趣味な鎧。趣味なの?」

「戯言はここまでだ。世界樹は頂イてゆく」

 エインと、フィーアが地面を踏み締めた。

「アシリレラ!」

 瞬間、ミネットが叫ぶ。

「ポータルまで走って!」

 今、アシリレラはここにいるべきではない。破壊の波が及ぼす影響は計り知れないものになるだろう。

 そこになんの力もないアシリレラがいては足手纏いになる。それは本人も分かっていた。

 迷いはない。ミネットの声を受けて、アシリレラは駆け出した。

「エイン、ミネットさん……私、待ってますから! 絶対に死んでは駄目です!」

 だがその背中を、フィーアが逃す筈はなかった。

「逃がすか!」

「お前の相手は……!」

 対峙する二人にとって、それはよそ見に他ならない。

 エインの蹴りが、フィーアを捉える。声を上げるより早く、フィーアは真横に吹き飛ばされた。

 連なる家々を幾重にも貫いて、地面に二度、三度接触し、止まる。

「こっちだ」

 エインが背後を取る。

 水平に振られた手刀が空を切る。

 反応ではない。本能的にフィーアは身を屈めた。

 故に、フィーアの次手が数舜遅れた。

 エインがフィーアを蹴り上げる。しゃがんだままの不安定な姿勢では、回避行動は生み出せない。

 足の裏で擦り上げるようなエインの蹴りに、フィーアの身体は空中へと舞い上がる。

 その先で、エインは既に待ち構えていた。

 手首を返し、弓のように、拳を引き込む。

 エインはエネルギーを拳の一転に集中した。

 腕に回転を掛けて、フィーアの正中線目掛けて叩き込んだ。

「ぐがっ!?」

 フィーアはそれを交差した両腕で防いだ。

 だが、免れたのは直撃だけ。エインが渾身の力を込めた錐揉みの一撃はフィーアをコマのように回転させ、地面に叩き付けた。

 巨大な砂塵が立ち上がり、竜巻のように渦を巻く。

 エインは砂塵の中にひらりと舞い降りると、砂の雨の中、着弾点のフィーアを睨み付けた。

「大したダメージじゃないでしょ。伸びたふりしなくて良いから」

 それに呼応するかのように、砂煙の中から、フィーアがその姿を見せる。

「やってくれるじゃねえか」

 フィーアは口角を上げ、口元の血を拭う。

「アシリレラの元へは行かせない」

「おう。もうよそ見はしねえよ」

 それ以上の言葉はいらなかった。

 どちらともなく、眼前の敵目掛け、突貫した。


「うるさいイ猿はイなくなったな」

 ナイトゴーレムの胴体部分に収まったフンフが、過ぎ去った風の跡を一瞥し、吐き捨てる。

「さア、講義の続きだ、魔女よ」

 珍しく嬉々とした様子でミネットを注視する。瞳孔は暗いまま、今にも駆け出しそうな子供のように、前のめりになっていた。

「あの子を追うんじゃなかったの?」

 彼らにはポータルの場所は教えていない。仮にここを突破されても一度逃げ切ってしまえば、フンフがアシリレラを追跡するのは困難だろう。

「問題なイ」

 ナイトゴーレムが深く膝を落とし、突撃の姿勢を取る。

「もウ勝負は付イたも同然だ。こちらも、奴らもな」

 奴らとは、エインとフィーアのことだろう。

 ミネットは二人の実力差を知らない。だが、エインの正体を薄々察してはいた。

 故に楽観視するフンフの様子は腑に落ちない。思わず怪訝な顔を見せる。

 それと同時に。

「そう、それは残念ね」

 ナイトゴーレムの両足には、既に大蛇のような岩石が絡み付いていた。

「なんにせよ助かるわ。話が早くて」

 想定外の拘束に、フンフは思考を奪われた。

「じゃあね」

 幾多もの岩石の槍が地面から突出し、身動きを封じられたナイトゴーレムを包囲し、襲い掛かる。

 槍は強度、速度、角度、全てが理想的だった。例え相手が超高度合金であろうと、問答無用で貫く威力がある。それはミネットが一番よく分かっていた。

「魔女よ」

 その筈だった。

「へえ」

 ミネットは目を疑った。

 ナイトゴーレムは無傷だった。

 それどころか、両足の拘束すらいとも容易く引き千切り、崩れ落ちる槍をタンブルウィードのように掻き分けてミネット目指して進軍を始めたのだ。

 動揺を隠すのに時間は掛からなかったが、最大の一撃を無力化されたことへの驚愕だけは捨てきれない。

「次の講義ヲ」

 ナイトゴーレムが、音もなく跳ねた。

 上だ。ミネットはすぐに反応し、上空を見上げる。

「人一人潰すのに、落下の勢いなんていらないわよ」

 ミネットの足元が隆起する。

 槍のような鋭さはない。柱のように太い岩石の槌が生え、大きく跳ねたナイトゴーレム目掛け一直線に伸びる。

 単純な質量のぶつかり合い。ナイトゴーレムの重量は、既に概算済みだ。

 対し、ミネットの用いる質量は、カルモーの大地そのもの。それは実質無限に等しい。

 槌は竜のように伸び続けた。ナイトゴーレムを攫って尚その全長を伸ばし続ける。

「素晴らしイ……まさに芸術だ」

 だがナイトゴーレムは、ミネットの目の前まで潜り込んでいた。

 槌を逆走したのだ。

 攻撃の有効圏内まで踏み入ったフンフは、ミネットをしげしげと観察していた。

 槌を爆散させる。その勢いでミネットは大きく後退した。

 間合いは取った。次手を講じる。

「このゴーレムヲ動かす手間」

 間合いが潰れる。

「設計に、二年」

 ナイトゴーレムが、初めて腕を振るった。

 咄嗟に山を作り出し、傾斜で受け流す。

「資材の準備に、一年」

 剛腕が生み出す風は、カルモーで見てきたあらゆる台風をも凌駕していた。

「材料の調達に、五年と半年」

 堪らず、ミネットは退避する。咄嗟にやり過ごしたものの、もし、あれに少しでも触れようものなら。

「調合に、三年」

 背筋が凍る。

 体勢を立て直す必要がある。

 ミネットはナイトゴーレムと自身の間に壁を作り、フンフの視線を切った。

「術式の構成に、更に三年」

 簡易的な壁は、まるで硝子のように簡単に砕かれた。

「そして、全てを構築するのに二百三十七年だ」

 フンフの視界から、ミネットは消えていた。

「魔女よ」

 だが、フンフはなに一つ迷うことなく、一軒の民家目掛けて、ナイトゴーレムの剛腕を振り上げた。

「それ程の才覚……能力……! イかにして得たのか!!」

 来る。

 ミネットの本能が、死の前兆を告げる。

 退避を……否。

「何でこんな……!」

 ミネットは、ナイトゴーレムの眼前にその身を晒した。

 魔力を可能な限り引き上げる。

 竜の槌。硬度、速度、それらを最大まで練り上げて、ナイトゴーレムの剛腕目掛けて打ち出した。

 槌と剛腕が、正面から激突した。

「くっ……!」

 鼓膜を破らんばかりの破砕音が、ミネットの三半規管を掻き混ぜる。

「オオ、素晴らしイ……! どこまでも楽しませてくれる……!」

 砕け散った槌の残骸は、一つとしてミネットに当たることはなかった。

 残骸はまるで一つ一つが意思を持っているかのように、ミネットだけを避け、その周辺へと落着していた。

 ぐらつく視界と、急上昇させた魔力の圧力に、ミネットの呼吸が大きく乱れる。

「まるで……化け物ね」

 傷一つないナイトゴーレムの腕に、ミネットは悪態を吐き、フンフを睨み上げた。

「……ふン、オリーヴ・ノア、か」

 フンフは、ミネットが背にした民家を一瞥し、忌々しく嘆息する。

「なぜ、それを……!」

 その場から逃げずに受ける択を選んだミネットに、フンフは思うことがあったのだろう。

 推測は的中していた。

 民家の窓から僅かに伺える彫刻は、魔女であることを偽り、オリーヴ・ノアとなった者が作り上げた。

「下らぬ幻想だ……。何ヲしよウと、貴様は魔女でアることから逃れることなど出来ン……!」

 ナイトゴーレムの腕が、水平に伸びる。

「何を……!」

 丸太のような前腕囲から、六門の穴が出現する。

「捨て去るが良イ」

 それは、砲門だった。

 ミネットの頭上を、幾百もの連なる爆発音が埋め尽くした。

 ミネットは、それを黙って見ていることしか出来なかった。

 民家が、まるで枯れ木細工のように砕け散る。

 無慈悲に執行される破壊は、その一軒だけでは済まない。

 隣り合う家屋も、小屋も、屋上菜園ごと、次から次へと壊し尽くしていった。

「……化け物」

 更地になった住宅街の真ん中で、ミネットは吐き付ける。

「魔女にそウ言われるとは……光栄だ」

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