失業者凍結法
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頭が痛い。まるで鈍器で殴られたようにガンガンする。
コールドスリープから目覚めるのはこれで3度目だが、まったく最悪な気分だ。この不快感を、開発した技術者全員に味わわせてやりたいといつも思う。
濁っていた意識が徐々に鮮明になっていく。あれから何年過ぎたのだろう……。時間の感覚がまったくない。
「BF36955、お目覚めの時間だ。お呼びがかかってよかったな! うははは!」
オペレーターの不快な笑い声が頭に響く。
「頼む。大きな声をださないでくれ。いまは……今日はいったいいつなんだ?」
「今日か? 今日は2218年の3月1日だよ、スリーパー!」
凍結されたのは2205年だから、10年以上も過ぎている。今回の不況は予想以上に長かったようだ。
私はゆっくりカプセルから起き上がると、足元の籠に入っていた下着を身に着けた。とにかく、凍結解除されたのは幸運だった。これでしばらくは人間として生きることができそうだ。
まったくひどい世界になったもんだ。22世紀に入ってまもなく金融恐慌が世界を襲い、各国は次々と経済破綻した。私が住むこの国も例外ではなかった。大企業の倒産が相次ぎ、メガバンクと呼ばれた巨大銀行も軒並み潰れてしまった。巷には失業者が溢れ、支払われる失業手当が国庫を圧迫するという最悪の状況だった。
そこで制定されたのが「失業者凍結法」だ。景気が悪くて仕事がないのであれば、失業者をコールドスリープさせてしまえばいい。眠らせている間は雇用保険を支払わなくてよいし、失業者が街をうろつく心配もない。必要なのはわずかな電力のみ。景気がよくなったら凍結を解除して、また働かせればいいだろう……というもの。
「カネがかからず治安の悪化も防げる」ということで中流階級以上の圧倒的な指示を受け、たちまち可決→施行となった。
それで何が行われたかって? 3カ月以上無職が続いた者はスリープセンターに送られ、レジュメを登録させられる。年齢、性別、知能レベル、教育レベル、技能レベル、使用可能言語、特技、過去の経歴や犯罪歴などなど。もちろん容姿や体力、健康状態もだ。その後すぐに凍結され、眠ったまま景気の回復を待つ。
雇用が決まれば凍結解除されるが、そうでなければ何年も眠り続けることになる。私は3度のコールドスリープで計30年眠ったが、中には一度も凍結解除されることなく50年以上眠り続けている者もいるらしい。
私は下着のままで運動機能回復室へと移動した。ここで再度健康状態や精神状態を確認された後、職場へと送られる。前回は鉱夫としてプラスチック鉱山へ送られたが、今度はどこだろう? あまりきつい仕事でないことを願うばかりだ。
まったくろくでもない状況だが、スリーパーにも楽しみはある。時間を超えることができるということだ。
目が覚めるたびに周囲の時間が過ぎているから、まるでタイムスリップしたかのような感覚が味わえる。大きく変わる街に新しい機械。私が眠っている間に知り合いはみな30歳も老いた。……まあ、会うことはほとんどないけれど。
ただ不思議なのは、長期コールドスリープし続ける者が増えているにも関わらずスリープセンターが少しも大きくなっていないことだ。稼働から100年も過ぎているのに、規模も外見も変わらない。ここはいったい何名を収容できるのだろう?
まあいい。とにかく働かないと……。解雇されたら、すぐまたここに逆戻りなのだから。