83話:「夢と現実の境界線」
大和は夢を見ていた。
自分が夢を見ているという自覚はあった。
それはテレビのニュースなどで取り上げられていた明晰夢というもので
簡単に言えば自分が夢を見ているということを理解した上で夢を見ているという状態を指す。
そこはかつて俺が一人暮らしをしていた家賃7万5千円の中堅マンションの一室。
部屋の様相は至ってシンプルでベッドに本棚、テレビやPCなどといった
必要最低限の家具以外はほとんど何もない色味がない部屋だ。
時計を見ると時刻は朝の6時半、この時間帯なら仕事に行く準備をしている時間だ。
乱雑に脱ぎ捨てられた仕事着から察するに昨日は遅くまで残業をして
そのままベッドに倒れ込んだといった感じだろうか。
(なんだか懐かしい風景だな・・・・)
そう思っていると突如目の前が眩い光に包まれ夢のシーンが変化する。
今度の舞台は学校の廊下だった。
この校舎は見覚えがある、そうだ俺が高校の時に通っていた学校だ。
廊下をそのまま直進し、かつて通っていた学校の教室に向かう。
そこには懐かしい高校時代の級友が椅子に座り談笑していた。
当時好きだった森岡さんも友達と話していた。
「・・・・・・っ!?」
今彼女と目が合った気がする。
実は数年前の同窓会で彼女と再会した時実は森岡さんも俺のことが好きだったらしい。
そういうことは後でじゃなくこの時に言って欲しかったな。
そして再び光に包まれシーンが入れ替わる。
次は俺の両親が今も暮らす実家の玄関の扉の前にいた。
だが扉から出てきたのは今年高校二年生になった妹の麗奈ではなく幼い頃の彼女だった。
どうやらまた過去に遡ったらしい。
すると彼女が俺の手を取り家の中に連れていく。
二階の階段を登り子供の頃よく二人で遊んでいた部屋に連れていかれる。
部屋に入ると、麗奈は真剣な表情で問い詰めてきた。
「お兄ちゃん、あたしの事好き?」
「うん、好きだよ」
子供の時の微かな記憶を辿りながらそう答える。
「じゃあ大きくなったら麗奈と・・・・してくれる?」
「え? なんだって? よく聞こえなかったよ」
「麗奈と・・・・してくれっ・・・・・・」
結局彼女が何を言いたかったのかわからないまま俺は夢から引き戻された。
目が覚めるとそこはテントの中だった。
そうだ俺は今異世界に飛ばされ勇者として魔王討伐の旅に出たんだった。
懐かしい過去の夢を見たことにより今のこの状況こそ夢ではないかと錯覚させられる。
頭がはっきりしだしたところでここで俺のお腹に柔らかな感触があることに気付く。
そして視界がはっきりしてきたところでその感触が何なのか理解してしまった。
それはリナが俺の腹の上に馬乗りになっていた感触だった。
さらに不可解なのがなぜかこいつは服を着ていないのだ。
一糸纏わぬ姿という表現があるがコイツの場合はすっぽんぽんと言った方が正しい表現だろう。
裸の状態で俺の腹で佇む少女は頬を赤く染め蠱惑的な表情を浮かべこちらを見据えている。
腹に伝わる彼女の柔らかな感触と温もりが男の本能を刺激する。
「おっお前何やって・・・・」
俺が反論する前に発情した雌の顔をさらけ出しながら顔を近づけてくる。
間違いないこいつ俺の純潔を奪うつもりだ。
全くこいつは、人がやれと言ったことはなかなかやらんくせに
やるなと言ったことはとことんまでやりやがる。
これで一体何度目のツッコミだと俺は過去の記憶を照らし合わせてみるが
30回以上数えたところで数えるのを諦める、というかありすぎて数えるのが面倒臭い。
「うへへ、ヤマトさまぁ~」
瞳の中にハートマークを浮かべながら先ほどの蠱惑的な表情から一転して
今はいつもコイツがする【だらしのない顔】を向けてくる。
(いつもいつもいつもいつも、いらんことばっかりしやがって・・・・)
俺の中に溜まった怒りのボルテージが最高潮になりつつある中
リナが止めの一言を口にする。
「あなたの子供をわたしにくださいっ!」
その言葉を口にした瞬間俺の中で我慢していたリミッターが外れた。
今まで貯めた怒りのボルテージが右の拳に溜まっていく。
拳一点に集中する怒りのオーラが全て溜まった刹那、それをこの愚か者の右頬めがけ全力で打ち抜いた。
「なああああにやっとんじゃあああああああああああああ!!!!」という叫び声と共に
右頬に食い込んだ俺の拳から火花が飛び散りたまらず宙に投げ出される愚か者。
テントを突き破り弧を描くように弾道を描くと頭から地面にずさっ、と突き刺さった。
地面に突き刺さって息ができないのだろう首から下の体が上下左右に暴れ狂う。
その騒ぎを聞きつけてエルノアとマーリンがもう一つのテントから顔を出す。
「リナさんまた夜這いですのん? いい加減あきらめたらどうですのん?」
「そんなことより何をやっているんですかあなたは!!」
呆れてこれ以上付き合ってられないというマーリンとは対照的に
愚か者を叱責するエルノアとのコントラストが印象的だった。
そのあとリナが地面から抜け出すと抗議の声を上げたが服を着てない状況だったため
俺がそれを指摘すると顔を真っ赤にして女性陣が使うテントに逃げ込んでいった。
そしてエルノアとマーリンが食事の支度をしているといつもの神官服に身を包んだ彼女が出てきた。
「・・・・・・」
着替えている最中に自分が愚かなことをしたと気付いたのだろう、俯きながら用意されたテーブルにおとなしく着席する。
そのまま一言もしゃべらずに食事を取る一同だったがそれはちと気まずいので俺から話題を振ることにした。
「なあ、あとどれくらいで目的地に着くんだ?」
現在、大和一行はアース大陸最西部にある港町ドグロブニクに向かって進行中だ。
その港町からさらに西にあるビルド大陸に上陸するためには船での航海が必須となってくる。
そこでドグロブニクに赴きビルド大陸行きの船に乗船するというのが現在の大和たちの目標だった。
「そうですね、このままの速度で行けば遅くても2日後には到着しているはずです」
「2日かまだそんなにあんのかよ・・・・」
旧王都フランプールからここまで来るのにほぼ2か月を要している。
これは予定していた日にちより半月ほど早いのだがそれでも2か月の旅というのは長いものだった。
各拠点に赴き物資の調達と補充、道中襲い掛かってくるモンスターを蹴散らし―――これはリナたちに全部やらせた―――さらに
三人の雌の狼どもと己の貞操を守る攻防戦を繰り広げながらのらりくらりとやっとの思いでここまでやってきたのだった。
「思ったよりも早く着けてよ方じゃないですかっ!」
先ほどの失態をなかったことにしようとリナが大和に話しかけるが
「お前が俺にちょっかいを出してこなかったらもっと有意義な旅だったけどな!!」
という具合に一蹴されてしまった。
目にわざとらしくうるうると涙を溜めながら泣き崩れるリナ。
そして、大和に聞こえるように何事かを呟く。
「いいじゃないですかちょっとチューするくらいけちんぼ!
代わりにおっぱいでもなんでも触らせてあげるじゃないですか。
どうしてヤマト様はもっと積極的に来てくれないのですかっ」
などという戯言が聞こえてきたが反論すると面倒なことになりそうだったので
無視を決め込むことにする。 触らぬ神に祟りなしというやつだ。
「2か月か、長い旅だったけどやっと次の大陸にいけそうだな!」
「あたしはこのアース大陸以外は行ったことがないので今から行くのが楽しみです」
とまるで本当に旅行を楽しむかのようにエルノアが答える。
それに同調してマーリンもニコリと笑いながら答えた。
「なんでもビルド大陸の中央部には闘技場があるらしいですのん」
「へえーそれは一度見てみたいな」
「というよりヤマト様! 私を無視しないでくださいよ~!!」
リナの情けない姿に他の三人が声を出して笑う。
彼女たちのキラキラした笑顔を見てこんな旅も悪くはないなと思う大和だった。
この2日後予定通り大和たちはドグロブニクに到着することになるのだが
彼ら待っていたのは予想だにしない事態だった。




