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44話:「大和、惚れられる」

「おのれ~、コバシヤマト!!」



それはどこか恨めしい怒気が込められた口調でありながらも

本当は相手を憎んではいないような

寧ろどこか「も~しょうがないんだから」というような

恋慕れんぼを含んだ言葉遣いの様だった。



ここはジェスタの町の北東に位置する

今はもう使われていない廃墟になった教会跡地の教会内

石の壁や天井には所々に穴が開いており

そこから日の光がスポットライトのように差し込んでくる。


照らす光の中に一人の女性が太ももを内側にふくらはぎを外に向けた

通称【女の子座り】で佇んでいた。


何をするでなくただ時折見せるうれいを帯びた眼差しを空中に向けると

大きな大きなため息を吐き出す。


「私は・・・・一体何をやっているのだ・・・・・・」



先ほどからただため息を繰り返しているこの女性こそ

昨晩、神託の勇者である小橋大和を襲撃したが失敗に終わり

辛くもこの教会跡地を発見し、隠れるように逃げてきたリリス・ライラーその人だ。



「まさかこんなことになるとはな・・・・」



昨日の威勢はどこにいったのやら

今は借りてきた猫のように縮こまって肩を落としている。



彼女はとある密命を受けてこのジェスタの町にやって来ていた。

その内容は【勇者の監視】である。


だが、勇者を監視するよりもいっその事殺してしまった方が

安易で良いという結論になり、任務外の内容ではあったが独断で奇襲を掛けたのだ。

それが蓋を開けてみれば、勇者を殺すどころかご覧のあり様となっているのだ。


そのあり様とはすなわち・・・・彼女は勇者に恋をしてしまったのだ。


「っ!? ないっないっないっないっ、そんなはずあるものか!!!!」



自分の今抱いているこの感情が勇者に対する恋心ではないと

頑なに認めようとしないリリスだったが、今の彼女の頭の中はピンク色一色だった。



(「かわいい名前だね」


「君のような可愛くて美人な女の子の名前がどんな名前をしているのか

ただ単純に知りたかっただけなんだけど・・・・」


「いい香りがするね、思わず抱きしめたくなってしまうよ」)



「~~~~~~~~~~っ!」



昨夜の勇者の言葉が繰り返し脳内再生される

その言葉の一つ一つが彼女にとって女性として初めて褒められた言葉だった。


「だめだだめだ! 相手は我ら魔族の宿敵勇者だぞ!!」



言葉ではそう言ったものの頭の中には勇者の顔ばかり浮かんで

時間が経つのも忘れただただ物思いに更けるリリスもとい迷える子羊(恋する乙女)。


彼女が魔族でなければその場で神に懺悔ざんげ

「我が進むべき道をお示しください」と懇願していただろう。

だがそれは魔族の意地に賭けてもやるわけにはいかない行為だ

もしそれをすれば自らの命を以って償わなければならないほどの屈辱的なものなのだ。


その後思案を巡らせたが、これだという妙案が浮かぶことはなく

結局彼女が思案した時間は徒労とろうに終わってしまった。



「ここでずっとこうしているわけにもいくまい・・・・・・」



自分に喝を入れるため頭を左右に振るとその場から立ち上がり

大きく穴の開いた教会の天井部分から魔力で出現させた翼を羽ばたかせ

自分をこんな状態にした張本人の元へと飛び立っていった。



「中級魔法 (セカンド・マジック) インビジブル・クラリティー!」



彼女が呪文を唱えると、彼女の身体から数センチの距離に

透明な液体状の薄い膜が張り巡らされた。


この魔法は対象を液状の薄い膜で覆うことで

肉眼では見えないようにする魔法だ。

今回は対象を自分自身にすることで自らの姿を見えないようにしているのだ。


(これで普通の人間には私の姿は見えまい・・・・)



そう・・・・普通の人間には・・・・だ。



しばらくジェスタ上空を旋回しながら昨日襲撃した勇者の家に向かった。

勇者の家上空部に到着すると家の屋根に音を立てずに降り立つ。


屋根からゆっくりと地面に飛び降り、窓から勇者の家の中を覗き込む。


(ああ・・・・いたっ・・・・)


そこには昨日自分の初めて(頭ポンポン)を奪った男が椅子に腰かけ

朝食を食べているのが目に映った。

傍から見れば、男がスープを口に運び朝の食事を食べているだけなのだが

いま彼女は恋という名の圧倒的視覚補正 (美化)がかかっており

彼女の目には煌びやかなオーラを身に纏った貴公子が

しなやかな指運びで黄金に輝く液体を口に運ぶ様子に見えていた。



(なんて素敵な人なのかしら・・・・・・)



彼女の胸が何かに締め付けられたような感覚を覚えた。

ただそれは心地の良い息苦しさと高揚感や幸福感と言った類のもので

満たされていた。



(ああ・・・・)



ガラス窓一枚隔てた先に麗しの彼がいるというのに

触れることもできなければ、話しかけることもできないこのもどかしさ。


近くにいるのにすごく遠い、数メートル先にいる彼が

リリスには何万光年先にもいるような錯覚を引き起こす。


(これが・・・・・・恋なのね・・・・・・)



かつて感じたことがないこの異常な感覚が恋の病だと彼女はようやく理解する。

頭が少し冷静さを取り戻したところで、彼女はやっと大和の向かいにいる人物を視認する。


(っ!? なんなのあの小娘共は?)



よく見ると彼の向かいに年若い女性が二人して

彼と同じ食卓を囲んでいる。


先ほどまで感じていた高揚感や幸福感が消え失せ

チクリとした痛みが彼女の胸を襲う。



(この痛みはなに!?)



胸を抑え込み必死でその痛みが引くのをじっと堪える。

痛みが引くと同時にそれが嫉妬の感情だということを彼女は理解した。


魔法で透明になっているがリリスはそんなこともお構いなしに

窓に顔を押し付ける勢いで三人の動向を睨みつける。



(ヤマトとあのメス共はどんな関係なのかしら?)



視覚によるありとあらゆる情報を得ようと

目を皿のようにして見ていると。



突然勇者が立ち上がり、リリスのいる窓に接近する。


(っ!? こっちに来る!)


一歩また一歩と彼の姿が大きくなる

そして、自分がいる窓の前に立つと窓に手を掛け開け放つ。

リリスが外の空気を入れ替えているのかと思ったその時

勇者が突然口を開く。



「リリス、なにやってるんだ?」



「えっ?」



彼の顔を見ると明らかに自分と目が合っていることに気付く

突然の出来事にごくごくシンプルな質問が投げかけられる。



「なんで見えるの?」



当然の質問だ今彼女は【インビジブル・クラリティー】という魔法で

透明人間と化しているはずなのだ。普通の人間には見ることはおろか

話しかけることすらできないはずだ。


彼女の質問にやさしい口調で答える大和


「ん? ああ見た感じ、中級クラスの透明化魔法を使ってるみたいだけど

俺くらいの使い手をあざむこうと思ったら、最低でも最上級クラスの魔法じゃないと

すぐ見つかっちゃうよ?」



何ということだ、彼の口からとんでもない答えが返ってくる。

彼と話ができている喜びもあるが突然話しかけられたことで

さっきからうるさいほど心臓が鼓動音を上げこのままでは

爆発するんじゃないかと思うほどに脈打っていた。


何を言っていいのかわからない私に向かって

男前の顔が近づいてくる。

心臓の鼓動がさらに早くなり彼にもその音が聞こえるんじゃないかと思っていると

彼が耳元で小さく囁いてきた。



「最も今君の姿が見えているのは俺だけなんだけどね・・・・・・・・」



そう言い終わると私の耳元から顔を離し、部屋の中にいる女に気付かれないように

女の方を指さして二人が私に気付いていないことを教えてくれる。


そして、視線を私に向けると改めて質問してくる

もちろん部屋にいる彼女たちにはバレないように


「それで何しに来たの?

見たところ戦う気はなさそうだけど・・・・・・偵察とかかな?」


問いかける彼の顔が見れず俯く私のことを怪しく思ったのか

また顔を近くに向けてくる。



(~~~~~~~~っ!)



これ以上この場にいたらどうにかなってしまうと感じた彼女は

彼の質問に答えることなく上空に逃げるように飛び去って行った。


「覚えてなさいよ~~~!!!!」という捨て台詞と共に。


一人残された大和は頭をぽりぽりと掻いた後

彼女がいた場所に目を向けながらぽつりとつぶやく


「ホントに何しに来たんだ・・・・・・」



ホント、恋する乙女は大変だ。

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