111話:「赤い女性」
彼女は異質だった。
それは勘という曖昧で不確かではあったが確信を持つことができた。 “あの女はヤバい”と。
全身を赤を基調とした服を着ているが服の表面積よりも露出している肌の表面積の方が多く
その服を着るならいっその事全裸の方がいいのではと思ってしまうほど服の生地が足りていない。
大和たちの進行方向に足を止めまるでこちらがやってくるのを待ち構えているようにも見えた。
彼女との距離が縮まっていくにつれその姿の全容が見えてくる。
髪の色、目の色ともに深紅という名が相応しいほどに赤く染まり
着ている服と相まって町の背景から浮いた存在となっていた。
それとは相反して、生地の少ない服に包まれた艶のある褐色の肌は
瑞々しく光沢を放っており、【エロい】の一言に尽きる。
まるで得物を射殺すかのような鋭い目は目が合っただけで身体が硬直しそうだが
その目は鋭さの中にも美しい洗練された雰囲気が漂っていた。
大和から視線を一切離さずに三日月のような形に口の端を吊り上げながら微笑みを浮かべ
こちらが向かってくるのを待っているかのようだった。
あまりの異質さに大和の頭の中で警鐘が鳴り続ける中これ以上踏み込むと
取って食われそうな感覚を覚えたため彼女の3メートルほど手前で踵を返し来た道を引き返す。
彼の咄嗟の行動に共に行動していたマーリンも赤い女性も目を見開き驚愕する。
何が起きたのかわからないままにマーリンは大和の後ろを生まれたてのひよこのように
とてとてと付いて行く。
赤い女性もそれに倣い大和の後を付いてきた。
(くそっ! 何で付いてくるんだ!?)
今起こっていることがまるで信じられないような、非現実の事のような錯覚を覚えつつも
やはり現実だと言うことを突き付けられていた大和にマーリンが話しかける。
「ヤマトさん、あの女の人と知り合いなんですのん?
さっきからマーリンたちの後を付いてくるのですが」
「知らん、マーリンの知り合いじゃないのか?」
肩越しにマーリンに振り返りながら問いかけるがマーリンは首を左右に振って否定した。
ではなぜあの赤い女性は大和たちを追っているのか?
普通の女性ならともかく明らかに普通ではないイレギュラーな存在なのだから
大和たちの恐怖は計り知れない。
そうこうしているうちに大和たちはいつの間にか袋小路の行き止まりに来てしまう。
背後から女性物の靴の音がこつこつと響き渡る。
豊かに膨らんだ臀部の影が左右に妖艶に揺れながら近づいてくる。
そして、大和たちが袋小路で足止めされていると認識すると彼女はニヤリと口を吊り上げる。
「やっヤマトさん、どうするですのんっ?」
「どうするもこうするも退路は断たれた後は対峙するのみだ」
致し方なしとばかりに腰に下げた剣の柄に手を掛け抜刀しようとしたが
それは彼女の取った行動によって寸でのところで止められた。
「うん?」
「ヤマトさん、こっこれは・・・・・・」
二人が驚愕というか困惑の表情を浮かべてどうしたものかと顔を見合わせる。
それは彼女が二人に対して、というよりも大和に対して片膝を付き
まるでクラウチングスタートのように両手を地面に添えながら平伏していたのだ。
彼女の行動の意図が理解できずにいるとここで初めて女性が声を出した。
「ただいま戻りました我が主、ヤマト様」
「はっ?」
見た目通りの水の様に透き通るような声音で話しかけてくる見知らぬ女性の言葉に
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう大和だったが、彼女の態度から敵ではなさそうと
判断して彼女に話を聞いてみることにした。
「あのー、大変申し訳ないのですがどこかでお会いしましたでしょうか?」
「この我をお忘れになったと言われるのか!?」
その声は怒りというよりも焦りと悲しみに満ち溢れており
自分を覚えていない大和に対し唇を噛みしめて悔しがっている様だった。
「すまないが、全く覚えがない。 君みたいな綺麗な女性であれば
覚えているはずなんだがな・・・・・・」
「きっきれ―――」
大和が自分の見た目を美しいと賞賛したからだろう
頬を赤く染め目を潤ませて喜んでいるようだ。
マーリンがどこか不満気な視線を大和に送っていたが
それを無視するように彼女に問いただす。
「とにかく、君が誰なのか教えてくれると助かるんだが」
「確かに、今思えばこの姿であなた様の前に出るのは初めてでございましたね。
我はあなた様と主従の関係を結ばせていただいたフレア・ドラゴン、フレイヤにございます」
かつて名もなき村落において村長ベルガの依頼でモンスターのボス討伐を依頼され
ボスが塒にしているという洞窟にいたボスであった彼女を力でねじ伏せしもべとしたのだ。
大和は彼女にフレイヤという名を与え、ドラゴンの姿のままでは共に行動することが
難しかったため、まだ修得していない人間に変身する術を学ばせるために一度故郷に帰還させていたのだ。
大和はそのことを今の今まで忘れていたため彼女が素性を明かすまで気が付かなかったのだった。
「あっああ、あの時のドラゴンね。 思い出した。
そうかそうか、フレイヤと名付けてたっけ?」
「はい、良き名を付けてくださりありがとうございます」
自分のことを認識してくれたのが嬉しいのか、片膝を付いたままで
深々と頭を垂れるフレイヤ。
今の彼女に尻尾があったら間違いなく犬のように左右に振っていただろう。
そんなどうでもいいことを思いながらどうしたもんかと改めて思案する。
ここに彼女がいると言うことと、目の前にいる人間の姿をした彼女を見て推察するに
どうやら人間に変身する術を修得し終えたため、主である自分の元に馳せ参じたといったところだろうか。
「俺の所に戻って来たということは変身の術はもう覚えたんだな?」
「はい、3か月という長き時がかかってしまいましたが
無事に修得できてございます。 これで心置きなく主のもとでお仕え―――」
「ちょちょっと待ってくれ!」
嬉しそうに話している彼女の言葉を遮って大和が申し訳なさそうに話しかける。
「あのさ、主従の関係ってなかったことにできないかな?」
「えっ?」
その瞬間場の雰囲気が変わりまるで時が止まったかのような感覚に
襲われたかと思った瞬間、フレイヤが声を張り上げた。
「なっなぜですか!! 我に何か不手際があったのなら即座に改めますので
言ってください!!」
それは尋常ではないほどの焦燥と切迫を持ち合わせた話し方で
大和の言葉の意味を理解すると同時に目の端に涙すら溜めて主従の関係を破棄することを
頑なに拒絶する姿勢を見せた。
このとき大和は知らなかったが、ドラゴンにとって主と呼べる存在に会うことができる確率は
数千年の時を生きられる彼らですらままならないものであり、はっきり言って奇跡と呼べるべき確率だった。
大和に出会えたことに神に感謝したほどフレイヤは歓喜していた。
なにせドラゴンが主と出会える確率は数億万頭に1頭いれば良い方だと言われていたからだ。
にもかかわらず主の方から主従関係を解消したいと言われることが彼女にとって
どれだけの絶望を与えることになったのか想像に難くない。
「主を見つけるために旅に出ること500年、我はあなた様と出会えたことに
心の底から神に感謝致しました。 我ら龍族の中にはそれこそ一生涯掛けても主を見つけることなく
そのまま人生に幕を閉じるドラゴンが大半です。 にもかかわらず我はあなた様と、主となるお方を
見つけることができました。 その時に誓ったのです。 我の全てをあなた様に捧げようと―――」
「ああもう、わかったわかった。 わかったからもう泣くな
俺が悪者みたいじゃないか」
大和はフレイヤに歩み寄ると嗚咽混じりに泣き崩れている彼女の頭を撫でてやった。
とりあえずそれで何とか泣き止んでくれたはいいものの事態はまるで変っていないため
再びどうしたもんかと悩む大和だったが、彼の頭ではいい妙案も見つかるはずもなく
仕方なく他の仲間にも相談してこの先どうするかみんなで考えようと結論付けた大和は
フレイヤに言葉を掛ける。
「とりあえずまだ買い物の途中だし、今後のこともあるから
食材を買ってその後仲間と相談しよう。 よし、そうとなったらいくぞ二人とも」
彼の言葉に従った二人はそのあと残りの食材を購入し、アイゼンの屋敷に戻るのだが
その帰りの道中、大和は「これは一悶着あるだろうな」と心の中でため息を付くのだった。




