大好きな彼
写真に写った彼は白い歯を見せ子供みたいに無邪気に笑っている。彼はいつもクールでほとんど笑わないのにこの日は終始楽しそうだった。それがおかしくて、嬉しくて私も隣でバカみたいに笑った。
この日は別にデートだと思っていなかったけど、客観的に今こうやって見るととても仲のいい恋人にみえる。
私が彼に好きと言ったことはない。私も言われことはない。それでも私たちの関係は恋人同士だと疑うことはなかった。彼もそう思っていると気にすることもなかった。私の隣に彼が居るのが当たり前だった。
それは運命じゃなくて、絶対的なことだと信じていた。
でも、彼は違ったらしい。そりゃそうかこんな子供相手に、恋愛感情なんてある方がおかしいよね。友達かもしくは血の繋がっていない妹としか考えていなかったんだよね。私に満足できずに、幽霊に走った。
そして、見捨てられた。当然か、はあはあん。
この写真は彼のスマホを使って私が自撮り棒で撮った。プリントアウトして、私と彼の二枚あったけど、彼と別れた日に彼からプレゼントされたスティッチの抱き枕や他の写真共々どんど焼きみたいに、天高く上がった煙とともに燃やした。
つまりこの写真は彼のものだ。
ずっと持っていてくれたんだ。死んでからも。これをチーちゃんが持ってきたのはなんとなく分かる。たぶん、あのときだなあ。だから、余計に嬉しい。
私はずっと、彼が好きだ。
だから、探し続けた。確かに、あの日は彼が居なくなった日が死んだ日だ。遺体は見つかってないけど彼が死んだことは知っていた。彼の家も同じく霊媒師一家なのだから、霊になった彼を見つけるなんて造作ない。
もちろん私も。彼は自殺した、それは間違えなかった。その理由なんて考えたくもなかった。
それでも、探し続けた。
彼に会える。そう信じて。あの日以外にも週一ぐらいであそこに行っていた。彼の死んだ二年前から。たまたま、あの日は怪我をして、ヤバくなっただけ。次の週にも探しに行ったし。
でも、一度も彼に会ったことはなかった。それでも、探し続けた。会えると信じて。
死んだ彼に会いたい、そう思ってことはない。まくまでも、彼は生きている。生きていてあそこに居る。
今、だからそう思える。達也君や真美ちゃんにいろいろ言われ、今チーちゃんが来てくれたこの瞬間にそう気がついた。当たり前だと思ってあそこに行った。お腹すいたから冷蔵庫を物色する、寂しいから友達に電話すると同じように。これこそ、憑りつかれていたそう表現するのが正しいだろうね。
世界で一番素敵な彼に会いに行っている。そう思って、疑うことはなかった。
でも現実見ないとね。
あの日、彼は成仏した。達也君が彼女とデートした日に、写真を達也君が彼から受け取った日に。
彼は死んだの。ねえ、知ってたあ。死んだ人には恋ができないよ。だって、今彼に対する気持ちってこの写真に写っている彼なんだもの。完全なる完璧なる笑顔を一瞬切り取っただけ。私が妄想しているにすぎないの。だって、もう居ないんだから。一番素敵な私の想像の彼が居るだけ。
生きている人は死んで人に勝てないよ。だって良いことも、悪いことも素敵な思い出になってしまうもの。彼とただ川辺を散歩しただけのことも、髪がぐちゃぐちゃになるまで頭を撫でられたことも、彼がこぼしたコーヒーで白の大好きなブラウスがゴミ箱入りになったことも、ほっぺにキスしたことも、幽霊との浮気したのを突き止めたことも。
それ全てが命よりも大切な宝物になっている。
達也君が入り込む隙間なんて全くないよ。
死んだ人に囚われちゃだめだよね。幽霊は怖くない、怖いのは人間。
でも、それは人間が恨んで、憎んで、羨んで、怒って、喜んで、労わって、愛するから。私の思い通りにならないよね。複雑だよね。だから、素敵よね。
今頃、気が付いた自分が恥ずかしい。
現実を見られてよかったよ。だって、私の後ろに彼が居るんだもの。もう探さなくていいんだもの。
忘れないよ、もちろん。
でも、こうやって写真として記憶に残すだけ。もう追いかけない。
チーちゃんをギュウと抱きしめた。達也君の匂いするかなあ。
「チーちゃん、達也君に伝えといてね。早く写真よこせ、バカ。」
彼女は分かったかどうか分からないけど、匂いを嗅ぐように私の胸に鼻を押し付けてきた。また、強く抱きしめた。今度は泣いていない。
でも、やっぱり怖いよね、人間と恋するのって。
かけ走る心臓の音を心配そうにチーちゃんがこっちを見つめていた。




