優しい幽霊
脱衣所に彼女は現れた。
湯気がまだ体にまとわりついている。
ベチョベチョの足に彼女は抱きついてきた。
「ちょっと待って、チーちゃん。濡れるから。」
まあ、彼女はたぶん濡れてもどうとも思わないとかもしれないけど、その体で家を歩かれたら困る。
チーちゃんを足から引っ張り離し、体を拭いてあげて脱衣所のドアの外にちょこんと座らせた。
「ちょっと待ってね。」
と言うと口をタバコを咥えたような形にしてぐわぐわ言っていた。
ドアを閉めると急いで体を拭いた。本当は火照った身体から汗が引くのを待って服を着たいのだけど、素っ裸でチーちゃんを抱くのは何だか絵面的に危ないと思い、下着を付けずに寝巻きを身に着けた。身体が冷めずに下着を着けるのはどうしても嫌だ。ベタベタの髪をタオルで包むと、ドアを開けてチーちゃんを抱き上げた。
「ごめんね。」
と言って頬っぺたにキスをしたら、もうと言って鼻にキスを返された。
「何でここに居るの?もしかして、達也君に追い出されたのかなあ。まあ、それはないと思うけどね。」
もう一回ギュウッと抱きしめた。こんなに可愛い幽霊は滅多にいない。娘ができた気分で自分にも母性があるんだなと実感する。
「そうか、そうか、私に会いに来たんだねえ。」
そう言ってまた顔を近づけようとすると、彼女に押さえられた。ほっぺにつるんと感覚があった。顔を離してそれを見ると写真だった。
手が震えている。手だけじゃなく体中が震えている。立てなくなり冷たい床に膝をついた。
「あれ、泣いているの。」
チーちゃんが私のほっぺに小さな手を当てた。
この世で最後の一滴の聖水を救うように大切に涙を止めた。とても一生懸命にそれをするので、涙が全然止まらない。こんなにも優しい幽霊に会ったことはない。




