僕は彼と違う
「ちょっと待って。」
と叫んだ声は電車の音に消された。駅のベンチに倒れるように座った。
「珠理ちゃん何がしたいの?デートの邪魔して。」
席を二つ開けて座った彼女に前を向いたまま言った。どかの大学の文化祭のポスターが目に入った。
「はあ、デート?てっきり悪い幽霊に連れ去れているのかと思ったね。ありがとうございますって泣きながら言ってくれると思った。」
早口で彼女が答える。彼女の言い方にムッとした。
「彼女は悪い幽霊じゃないよ。優しくて良い幽霊。」
気持ちを出さずに、あくもでも友好的に言った。
「やっぱり、幽霊って気がついていたんだ。あんた鈍くさいから知らずに付き合っていると思ったら。死にたいのあんた。」
立ち上がり僕の前に来た。小さな顔をぐっと近づけて毒づいた。ピントが合わないそれぐらい近くに顔がある。思わず彼女の肩を押した。少しよろけて2、3歩後ろに下がった。こちらをじっと睨む。
「また、そうやって脅してくる。いつまでもそんなの通用しないからね。大丈夫だし、彼女は悪い人じゃないから。」
僕も負けじと睨む。
「何言ってるの?バカじゃない。彼女が悪いとか良いとか関係ないの。あんたが幽霊を好きになって好かれるのが問題なのよ。幽霊と一緒に居たいと思って、幽霊みたいになるために自殺するのよ。あいつみたいに。」
「僕は彼と違う。彼と一緒にするな。」
身体が勝手に反応した。尻尾を踏まれた犬みたいに。
自分が一番驚いた。
「どうだか。人にはモテないくせに幽霊にはモテモテなあんたは簡単に、幽霊について行きそうだけどね。彼と一緒で。」
「違う。」
違う。幽霊にモテ、幽霊が好きなことは同じかもしれないけど。
僕と彼では決定的に違う。
彼は珠理ちゃんに好かれている。
「そうね。あんなクズよりはちょっとはマシか。」
その言葉が僕の心の中に刺さった。それは彼に対する同情ではない。
彼女に対する同情だ。
「珠理ちゃんはどうしてそこまで彼をバカにするの?そんなことしたら傷つくよ。」
君自身が。そう言えれば彼女が救うことが出来たかもしれない。でも言えなかった。
すっと目線を逸らした。アスファルトの反射で目がかすむ。
「彼は私を裏切ったのよ。大っ嫌いあんな奴。死んで清々したわ。」
どうしてそんなこと言うんだ。
憐れみを通り越して、呆れた。それと同時にふつふつと怒りが込み上げてきた。
「珠理ちゃんはどうだったの?」
吐き捨てるように言った。そして再び睨みつけた。
「はあ何が?」
声に殺気があった。
しかし、僕は一切、怯まなかった。それどころか一歩前へ出た。
「確かに彼は珠理ちゃんを裏切ったのかもしれない。それは許せられないことかもしれない。でも、それって珠理ちゃんのせいじゃなかったの。」
彼女が黙って下を向いていた。
その様子に取り留めのない怒りが増した。それを彼女にぶつけるように彼女に怒鳴った。
「珠理ちゃんは彼の気持ちを考えたことあるの?わがまま言いまくったんじゃないの。自分の都合が悪くなるとすぐに怒るし、子供みたいに拗ねる。何でも自分が一番じゃないと嫌で、周りに迷惑かけていることすら気がつかないんでしょう。
あの時だってそうじゃん。ひとり勝手に行って、心配させたのに、自分はケロっとして何も反省してないじゃん。僕たちが死ぬほど心配したのに。どうして分からないの。そんなに傷つけて。きっと彼にもそうだったんでしょう。
だったら、珠理ちゃんが悪いじゃん。だって、君は彼のことが……。」
もし、ここで涙で目が曇らなければそのまま言い続けただろう。
何かに憑りつかれたように誰かが話してしまった。本当はここまで言うとは決して思っていなかった。
彼女の顔が怖くて見えない。
「そうね。そうかもしれない。私が悪かったのかもしれないね。」
その声は死んだように感情がなかった。




