声
どのくらい居たのだろうか、彼女と一緒に居るととても時間が早く過ぎる。いつの間にか、辺りには誰も居なく、寂しい風が二人の髪を撫でた。
「もう帰ろうか。」
僕が言った。
彼女が、はいっと目を強く瞑って言った。
来た道を帰るのはいやだった。まだ夕方にもなってないから全然怖くない。
しかし、できることなら、湖を大きく周り来た道と反対側から降り、山の淵を大回りして駅に行きたい。
でも、彼女になんでって言われたら何と答えよう。「あなたと長く居たいから。」っと言えればいいのだが。
そのまま来た遊歩道に入った。今日はちゃんと道が在った。ここで拒むとあの時の恐怖から一生逃げるような気がしたので、彼女の可愛さに乗じて行くことにした。
歩道を歩くだけなので迷うことも、珠理ちゃんみたいに滑り落ちて怪我をすることもない。そう思っていた。
あと半分ってところで、突然彼女が走り出した。
何が起こったか分からず、時間が止まったように一瞬固まったが、気が付くと追いかけていた。
歩道を駆け降り、歩道を外れ山の中に入っていった。距離間はずっと同じでまるで僕のペースに合わせているようだった。この感じは忘れようがない。幽霊というのは優しいらしい。
急に彼女が止まったので、そこまで全速力で追いかけた。
嫌な記憶がよみがえってきた。
「ごめんなさい。」
突然彼女が謝った。汗をかくことなく息切れひとつしていない彼女との差を感じる。僕は冷や汗で脇がべっしょりだ。
「どうして、急に走り出したの。」
恐る恐る聞いてみた。それが怒っていると思われたのかまた謝った。今度はつむじが見えるぐらい深く頭を下げてだ。
「声が聞こえたんです。誰かが私を呼ぶ声が。」
頭を上げると蚊の鳴くような声で言った。ドキッとした。詰まっていた血液が一気に心臓に流れ込んだ。
「チカちゃんを呼ぶ声が?」
ごくんと唾を飲む。
「いいえ。私ではなくて。」
今にも消えそうな声だ。その声に合わせて僕も震える。
「達也さんを呼ぶ声が聞こえたんです。それに、私、走りたくて走ったんじゃないんです。かってに、勝手に体が動いたんです。まるでその声にあなたを導くために。」
木々が風に揺れてかすれている小さな音で、腰が抜けそうになるほど驚いた。とにかく早く帰らないと、嫌な気がする。




