守られているだけで幸せ
彼女に鏡をそっと差し出した。
「もういいの?」
彼女が言った。
下を向いているせいでぽつぽつと床に涙がこぼれている。それを隠すため彼女に背を向けた。彼女には絶対に見られたくなかった。
「うん。」
小さ過ぎてたぶん彼女には届いていなかっただろう。
「後悔している?」
穏やかな口調で言った。その優しさが今は辛かった。
「してないよ。会えてよかったと思う。」
唾を飲んで続けた。
「でも、やっぱり住む世界が違うんだね。もう二度と会えないってさらに強く思うよ。でもこれ以上寂しくはならないから。ただ涙が出るだけ。意味はないよ。」
本当にそうなのかは自分でも分からない。
ただ、これ以上考えると涙が止まらなくなりそうだったから、そう思うことにした。
鼻をすすり、袖で涙を拭いた。
「守られているだけで幸せだよ。」
春のそよ風みたいな彼女の声はそっと僕を包み込む。まだ、出来たてで寒さの残るものの春の気配を連れてき、長い冬が終わったことを知らせ安心させる。
その抱擁に包まれながら彼女を見た。
何も考えていなかった。
たった今、僕から彼女に鏡が移動しそれも持っているのならば、当然のことだった。鏡には彼女の守護霊が写っていた。
そして、それを彼女は見ていた。何を思っていたか分からない。ただ、言えるのは当事者ではない僕が、見なかったことにしてゆっくりと目を逸らすべきだった。




