彼女の笑顔
でも、その笑顔には今まで感じたことのない親近感があった。
生放送のテレビを見ているようだ。録画では感じられない時間を共有しているという臨場感。楽しさや寂しさまでもが伝わってくる。
しかし、テレビの中と外では決して交わることはできない。触ることも話すこともできない。
僕には彼女の記憶はない。なぜならば彼女が死ぬと同時に僕が生まれたからだ。彼女の生まれ変わりと言われれば、神聖で幸せな存在だと思うかもしれないが、彼女は僕のせいで死んだと思われるのが当然のことだと思っている。
僕には父親以外の親が居ない。
それが当たり前だと思ってきた。寂しくないはずはなかったが、父親がそれを超える愛情と優しさ注いでくれていたこともあると思っている。でもそれ以上に事実をはっきり言ってくれたことが大きいと思っている。母親が居ない理由は小学生の上がる頃にははっきりと説明できた。
彼女は昔から体が弱かった。余命が生まれた同時に宣告され一日でも多く生きるのが彼女と彼女の周り願いであり、夢であった。
幸いにもいい意味で予想が裏切られ、言われていた余命の何倍も生きた。
そして、彼女は結婚した。そして僕を授かり、彼女は命を懸けて僕は死んだ。彼女が自分の命を託して僕は生まれた。僕は彼女の生まれ変わりなんだ。
何度もそう言われた。
彼女は悲劇のヒロインであり、僕は残された人たちの最後の希望だ。
しかし、この年になって分かる。確かに彼女は僕を生むことを選んだ。でも、父にはそれを止める責任があった。周りの人たちは反対したに違いない。
僕には言われていない事実がある。
僕の想像だがきっとこうだ。
彼女は僕の父と結婚した。彼は彼女の身体が弱いことを知った上でそれをした。
だから前もって子供は望まないそう決めていたに違いない。それが結婚する条件で、それを了承したから彼女の親から許しを得たのだろう。
でも、妊娠してしまった。すぐに中絶を求められたに違いない。
彼女の命を犠牲にしてまで産ますことは認められない、それは当たり前のことで仕方がないことだった。
しかし、彼女は断った。
それが誰の意志かは分からないし、知っても意味がないし、考えたくもない。
でもはっきりしているのは、僕のせいで彼女が死んだ。身代わりに彼女がなる必要は全くなかった。生まれてこなければよかった。ただそれだけなんだから。
そう思っている人は今もたくさんいるに違いない。
中学生に上がるまで祖母と一緒に暮らしていた。もちろん父方のだ。母方の方は会った記憶すらない。その責任が自分にあることはその当時でも気が付いていたが成長した今は、はっきりと言える。僕は彼らにとって娘を殺した張本人なんだから。
自分が生まれてこなければなんと幸せなことか、数え切れないほど思ったことか。今でも衝動が襲ってくることがある。
しかし、それもひどい話だと考えることが出来た。彼女の命を取って生まれたくせに、その命を取るなんて、残された父が可哀そうすぎる。
何を言われるか想像すらしたくない。後ろ向きに前に歩いているそんな気持ちだ。
どうして、そんなに嬉しそうなの?
鏡の中の彼女に聞いた。
時々瞬きをするものの、明日世界が終わるそんな最悪の状況でさえも、忘れさせてくる最高の笑顔を僕に見せている。
僕のせいで死んだのになぜ笑っていられるの?
もちろん聞いても答えてくれない。
身体の力が抜けていき、彼女の笑顔が僕を赤ん坊のように抱きかかえた。
されたことがないのにとても懐かしく思い、彼女に完全に身を委ねた。
顔が燃えるように熱い。
突然、汗のように涙が顔を沿って、顎から滴り落ちた。それに気が付いたころにはもう止められなかった。何よりも綺麗な水玉が音を立てずにこぼれ落ちた。
彼女は僕を産んだことを後悔していない、むしろ喜んでくれている、そう思うにはまだ時間が必要だった。
でもこれだけは言えた。
とても嬉しかった。心にかかっていた深い霧が晴れたように清々しかった。
なのに、どうして涙が出るの?
いつも後ろに居たはずなのに。
しくしくと音を出して泣いている僕に気がついているのに、彼女は黙ってそっぽを向いていた。その気遣いが胸に突き刺さった。




