バイトみたいなものよ守護霊は
「守護霊というのは、ずっと後ろに居るものだよ。でも、ひとりに同じ守護霊がずっと居るわけじゃない
の。シフト制だよ。バイトみたいに。」
「バイトみたいにって。」
すっごく軽く言うけどとても恐ろしい。
散々霊の類いというものを見てきたけど、実際に自分に憑いているとなると死ぬほど怖い。例え守ってくれるとしても。彼女の柔らかそうな体に抱きつきたいほどだ。もちろん恐怖のあまり、人の温もりを求めてだ。
「言い方は別にいいとして、大切なことは彼女がずっとあなたのことを守っていることだよ。」
「そんなはずないだろう。だって僕のせいで死んだんだから。」
立ち上がり声を荒らげた。珠理ちゃんの肩がビクッと動き、黒目が大きくなったのが分かった。ほんの少しだけ真冬の早朝みたいに静かになった。
ゆっくりと彼女が立ち上がり、机越しに手を伸ばし僕の右肩に小さな手を置いた。
「大丈夫。座って。」
力が抜けて崩れるように木のイスに座る。机を回り、僕の横の開いているイスに座る。猫のお腹のような匂いが彼女からした。独特だけど僕は好きだ。
「そんなことないよ。」
さっきよりも一オクターブ低く少しゆっくりだ。
斜め下を見、長いまつ毛がぱちぱち動く。
「どうしてそんなこと言えるの。何を知っているの?」
震える声で言った。その声を他人事のように聞いている自分自身も居た。
「何も知らない。何があったなんて知るはずがないじゃん。それに興味ないし。」
ひと呼吸置いて続けた。
「でも、彼女は会いたがっている。それは絶対に言えるよ。」
口をそれほど開けずに、小音だったがそれは山の雪解け水のように透き通っていた。相変わらず美術品のように美しく構図で瞼を除いて動かさなかった。どうしてもこっちを見てくれない。僕はずっと見ているのに。
「だからどうして。」
自分の前髪を引っ張りながら静かに怒鳴る。
「どうして?だって、彼女すごく幸せだもの。」
真夏のひまわりのような笑顔をこちらに向けた。体中が熱くなる。特に顔が熱い。冷たい涙が出てきそうだから慌てて目を逸らす。本当はもっと見ていたけど。
「ねえ、お母さんに会いたい?」
僕は下を向いていた。彼女がどんな顔しているか分からない。でも笑っているのは分かった。
「分からない。」
消えそうな声で言った。
「何それ。ここはお願いします、珠理様でしょう。」
はあはあと声を出して笑う。だんだん顔の右側がさらに熱くなってきた。
「本当に分からないんだよ。」
相変わらず下を向いたままで、机の木目をじっと見つめながら話した。
「もう会うことが出来ない人にいきなり会えるって言われてもそれが良いとか悪いとか分からなし、はっきり言って正しいとは思えないんだ。関わらない方がいいと思うんだ。それに僕には彼女の記憶どころか顔すら覚えていないんだよ。写真はあるけどそこには僕は居ない。だって遺影だもの。僕と彼女は血が繋がっているし、生んでくれて感謝しているよ。でも、ただそれだけ。本当にただそれだけ。毎日、彼女に手を拝むことが日課であるけど。
大切なものをなくして一生懸命になって探して見つからず忘れたころに見つかるみたいな感じ。もうすでに別の大切なものを手に入れたあとに。」
八つ当たりだと分かっていても彼女に不満をぶつけた。そんな僕の心を包み込むように僕の手を両手で握った。温かい。春の訪れを連想させた。




