守護霊
「知ってる。」
思わず顔を上げた。トトロのように口を大きく開けて笑っていた。
「まさか知らないと思ったの。私ってそんなに鈍感じゃないって知ってた?」
知っていた。けど意味が分かんない。自分の話を全くと言っていいほど何も言ってない。ましてや、親の話なんて。絶対にしたはずがない。
気絶した時にうなされて言ったか、いやそれはない。だって記憶がないんだから言えるはずがない。だったら、そうだ。彼女たちは保険会社だ。契約する人の家族構成ぐらい簡単に調べられるはずだ。それに幽霊というたくさんの工作員が居るんだから、そんなことはおちゃのこさいさいだ。そうだきっとそうだ。
「何困った顔しているの?別に変なこと言ってないじゃん。ただ、見えるだけだから。」
「見える?幽霊が?」
恐怖で顔が引きつった。セロテープを貼られたみたいに変に口角が上がり戻らない。
「記憶喪失?名前言う前にそういったと思うけど。」
少し間が開いて、
「ああ、お母さんの幽霊が見えるかってことね。それは分かんないよ。だって、お母さんの顔知らないもの。」
じゃあどうして。声には出さなかったが、そんな顔をしていたと思う。
「ねえ、守護霊って知っている?」
「なんとなくだけど。」
頭を掻きながら答えた。宿題は半分も終わってない。だが、どうでもいい。
「なんとなく?勉強もできないくせに、せめて守護霊の知識ぐらい完璧にしておこうと思わないの。」
何でそんなに生き生きして嫌味を言えるんだ。その魅力にもう呪われてしまっているんだが。
「普通思わないでしょう。教えて下さい。」
そう言って両手を顔の前で合わせた。彼女からプライドは水たまりに張った氷より脆く、座高測定よりも意味がないもんだと気が付かされた。
「しょあない。」
とても嬉しそうな彼女を見ている自分自身の口が緩んでいるのに気が付いて体がじんわり温まる。
彼女は一度立ちスカートをパンパンと払い正してから、お尻、太ももと触りスカートを体に密着させて座る。両手を固く冷たい机の上につき顔を前に出した。なぜか推理を始める探偵みたいな空気が出ている。
「まず、幽霊と守護霊の違いを教えてあげる。守護霊は死んだ人たちだから全く違います。分かります。」
なぜか先生口調で言う。適当にうなずいた。
「守護霊はその名の通り、守ってくれる霊のこと。もちろん何でもかんでも守ってくれるわけじゃないわよ。縁もゆかりもない人たちを守りたいと思わないし、守られるこっちとしても、いや大丈夫です、お気遣いなくみたいになっちゃうから。その人と血が繋がっていたり、生前親しかったりするわ。だいたいが先祖だけど、中には恋人だったり、子供だったり、ペットだったりするの。」
「ペット?犬が守護霊ってありえるの。」
「そうよ。犬でも猫でも、インコでも金魚でも、生前繋がりがあれば何でもOK。」
右手でOKマーク。いきなりギャルになった。少し話がズレたけどつまりあれだね。
「僕の後ろに母親が居るってこと。」
震える声で言った。じっと彼女を見つめた。大きな黒目が優しく包み込む。目を細め首を傾ける。
「たぶんね。私、あなたのお母さん見たことないから分からないけど、絶対とは言えないけど、99%以上間違えないと思う。」
「どうして。」
彼女から目を離せない。彼女が唇を前歯で少し噛んだ。唾が音を立てて喉を通った。
「だってずっと居るんだもの。あなたの後ろに。」
新品の羽毛布団みたいな笑顔で言った。震えているのに温かい。




