生死
グチャグチャと泥の上を歩く足音とポチャポチャと水が地面に落ちる音がする。至る所から、だんだん増えてきている。
冷たい視線が骨の髄まで突き刺さる。
終わりが足音を立てて近づいていた。
「後ろ見ないで、湖に引きずり込まれるから。」
親のように威厳たっぷりに言う。
彼女がこんなにも頼りになるとは思わなかった。
しかし、正面には歩道どころか森がなくなっている。森があったであろうところは暗闇だ。全てを消してしまいそうな目に見えないほどの暗闇だ。
「私の言うことを聞いて。まず私をおんぶして。」
「無理だって。だって、もういっぱい見えているし。」
泣きながら言った。彼女は幽霊から降りて僕のすぐ後ろに立った。
「いいから早くして、目を瞑っていいから。早くしないと死ぬよ。」
彼女の切羽詰まった様子に恐怖が増す。振るえる足を無理やり曲げた。彼女が背中に乗り、僕は彼女の腰のあたりに両手を後ろに持っていき支えた。足を痙攣のように大きく振る合わせ何とか立った。
彼女は僕の目を両手で覆い隠した。その温かさに少し震えが収まる。全身をぎゅっと包み込まれた。
「これで、大丈夫よ。私があなたの目になってあげる。私の言う通り歩いて、ゆっくりでいいから。絶対に止まらないでね。そのまま真っ直ぐ。」
声が聞こえる。彼女が耳元で指示している声よりも近く、まるで直接、脳の中で話しているようだ。
足が震えバランスを崩しそうになるものの彼女に言われる通りまっすぐ歩いた。カタツムリにも負けそうなぐらいのスピードだが止まることはしなかった。
「大丈夫よ。あとちょっとだから。」
辛うじて彼女の声が聞こえた。気が遠くなりそうだ。彼女の声だけが命を繋いでいる。
いきなり闇が襲ってきた。溺れ口の中に水が入ってくるように、どんどん負のエネルギーが入ってくのが分かる。
もう終わったそう確信してしまった。
誰かがテレビの電源を切ったみたいに僕の意識がぽつんと飛んだ。
なんて自分はダメなんだ。
彼女を守ることができない。珠理ちゃんに何度も助けられたはずなのに。
僕のせいで。僕なんかのせいで。あの時もそうだ。みんな僕のことを人殺しだと思っている。僕が生まれてこなければ、彼女は生きていた。
僕が生まれこなければ。
そうだ、生まれない方がよかったんだ。
みんな死んでほしいと思っているに違いない。
自分みたいな無能で役立たずでクズで、絶対死んだ方がいい。
まだ間に合う。よし決めた。
「よし。死のう。」




