絶望
「着いたよ。」
さきほど行った場所とちょうど反対の場所だった。太陽の姿はもう見えず、蛍光灯を消した後みたいな余韻が辛うじて残っているだけだった。きらきらと輝いていた湖はぐったりと重たそうな濃い青色をしていた。
「ありがとう。」
しゃがんで彼女を降ろした。息切れがひどくそのまま倒れるように腰を下ろした。
「大丈夫?」
はあはあ言いながら言った。彼女からしたらこっちのセリフだろうが。
「大丈夫よ。ちょっと離れて。湖に近づかないでね。」
彼女はゆっくりと湖に向かった。右手を見えない何かに載せ体を支え、右足を浮かし歩いた。棚まで近づくと右手を金属製の柵に置いた。左手で持っていた花束を体をひねりながら投げた。
恐らくそんなに遠くは飛んでいないだろう。音もなく闇に消えていった。
振り返ることなくこちらへ戻って来た。今度はたぶんおんぶされているのだろう。体が前かがみになって浮いている。
「行くよ。」
とても満足そうだ。
「もういいの。手を合わせるとかしないの。」
「したければあんたがすればいいわ。裏切り者にはこれで十分よ。早くしなさい。日が暮れる。」
少し彼女の言動に違和感を持った。
しかし今はここから逃げるのが先だ。
立ち上がり、一応湖の方に手を合わせた。
「おんぶしなくてよかったんだね。」
少しムッとした。ほんの少しだ。先に言えよと思ったが、とても幸せだったと思った。こんな時だからだろうか、欲が素直に出る。
「本当は幽霊にしてもらうこともできたんだけど、達也君がどうしてもしたいって言うから。それにあの時慌てていたからね。」
いつもみたいに笑って言った。僕もつられる。
何故だか彼女と一緒に居た今まで一番楽しい。
「いや、わざとでしょう。」
「いいじゃん。早くしないとあと、2、3分で真っ暗や。」
後ろを振り返った。その光景に夢から覚め一気に現実に戻された。
世界の果てのような恐怖が覆いかぶさる。
「ねえ、どこから来たっけ。」
「どこってすぐそこでしょう。」
「ないよ。歩道が。」
絶望と言う名の暗闇に包まれていた




