僕たちの相性
電車に乗ると彼女が座っていた。帰宅ラッシュで人が多いのにたまたま座れた席の隣に彼女が居た。
「お、ストーカー。」
と珠理ちゃんは無邪気に笑いながら言った。そのストーカーという単語にドキッとしたがいつものからかいと分かりホッとした。
彼女は制服姿ではなくくるぶしが見える青のジーパンに大きな英文字が書かれた白の手シャツととてもラフな格好だった。決しておしゃれとは言えないが、その気どらない恰好が彼女らしいと思った。
「帰るだけだし。それより珠理ちゃんどこに行くの?」
ムッとしながらも、少し嬉しかった。
「別にどこでもいいいでしょう。あんたと違って私は暇人じゃないの。いろいろと用があるのよ。」
全くかわいくないやつだ。チカちゃんとは全然違う。当たり前だが。
ちょうどよかった。幽霊が信号待ちをするのか、車にぶつかることがあるのか。家はあるのか。寝ることはあるのか。聞きたいことがいろいろあった。しかし、これを突然彼女に聞いたらどうだろうか。理由を聞くに違いない。彼女にウソは通じない。ごまかしたら、追及してくるに決まっている。
それに珠理ちゃんと初めて会ったのは、信号待ちしている彼女を見たからだ。勘が良いから絶対に彼女にたどり着くに違いない。邪魔するに決まっている。だって珠理ちゃんだもの。
ここは当たり障りないことを言うことに決めた。そして、だんだん目的地に目指そう。
「ねえ、珠理ちゃんっていつから幽霊が見えているの?」
「さあ、生まれた時からじゃないの。そんな昔の記憶ないからはっきり分からないけど。」
彼女が答えた。周りの人からしたらこの会話の内容はどう思われているのだろうか、ちょっと彼女に近づいた。
「そうか。幽霊が怖いと思ったことない?」
小声で言っても聞こえるような距離だ。彼女の太ももが当たっているがそんなことは気にならないほど混んでいる。それを思うと満員電車も素敵だ。
「ないよ。だってそれが当たり前だもの。よっぽど人間の方が怖いよ。」
彼女も僕に合わせて囁くように言った。確かにそう思った。僕の周りに居る幽霊は優しいし、一緒に居て安心感がある。人はその幽霊を利用して人を騙すのだ。人は幽霊の何倍も恐ろしいものなに、あまりにも当たり前にそこにたくさんいるから麻痺してしまっているのかもしれない。
彼女みたいに比較できる人からしたら、幽霊の方を選ぶに違いない。
彼女が友達を多くつくらない理由が分かった気がする。首だけを動かし彼女を見た。目が合うと、怪訝そうな顔で「何?」と言ってきたが、それを微笑ましく思っている自分が居た。
何だかとてもいい感じだ。やっぱり珠理ちゃんとはとても話しやすい。相性がいいのだと実感できた。この勢いで彼女に聞いた。
「珠理ちゃんって幽霊好きになったことないの。」
冗談ぽく笑いながら言った。
すると彼女の眉が上がり、丸い目を細めぎろっと睨みつけてきた。何度かそれに似た表情を向けられたがそれとは全く違った。縄張り争いを始めたライオンのように僕に敵意向きだしだ。
「はあ、あるわけないでしょう。何言っているのバカじゃないの。」
彼女が怒鳴った。彼女の隣に座っていた女子高生が手に持っていたスマホから目を外し、パチクチ瞬きしているのが視界に入った。
「そんなに怒らなくても。でも、かっこいい幽霊とかいるだろう。」
彼女をなだめる為に囁くように言った。
「バカじゃないの。いくらカッコ良くても幽霊は幽霊よ。それとも、あんたかわいい猫が居たらその猫と身を焦がすような恋でもするの。そこまで終わっているとは思わなかったわ。キモ。マジできもいわ。引く。」
さきほどよりは音量は小さいが、それでも隣の女子高生を怖がらせていた。もちろん僕も怖い。
「そこまで言わなくても。」
泣きそうだ。彼女の言い方だけでなく、恥ずかしくて。
「そこまで言いたくなることを聞いたのよ。反省しなさい。まあ、あんたみたいに終わった人間は幽霊の方が合っている気がするけどね。あんたは幽霊にモテモテだしね。バイバイ。」
彼女に言い返そうとそうとしたとき、運よく駅に着いてくれた。彼女はいつも毒舌だが、これは悪口だ。愛がないっていうかとにかく怒っていた。
確かに霊媒師である彼女にあんな事を言うなんて、教師に生徒好きになったことある?って聞くみたいなのかもしれない。
でも、あんなに怒らなくても、彼女らしくない。せっかく楽しい気分が台無しだ。胸のあたりに石が詰まったみたいに重い。僕はやっぱりバカだ。もう考えるのは止めよう。
そんなことよりもチカちゃん綺麗だったなあ。南西の空でクリーム色の太陽が甘く輝いている。滲み出る額の汗を拭い家と向かった。




