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第四理科室の電気はついていなかった。ドアを開けるとやっぱり誰も居なかった。呼んどいて何それと思ったけどもしかしたら、教室に迎えに来ているのかもと思った。少し待ったら、教室に戻ってみるかと思い、電気のスイッチを押した。パチンと乾いた音とともに大きな窓から太陽が差し込んだように急に明るくなった。けれども、雲が太陽を覆い隠したようにすぐに暗くなった。電気はついているのにそうなった。
そっと部屋を出た。早歩きでその場を去った。
教室に向かう途中に彼女たちに会った。珠理は目が合うとにこっと目を細め、やっぱりヤッホーと言って肩を突っついてきた。
「帰ったっと思ったね。」
綾香ちゃんが珠理ちゃんの方を向いて言った。
「理科室に何か居たからね。」
「はあはん、たくさんいるよね。怖くて逃げかえったんだねえ。弱虫ちゃん。」
相変わらず僕をバカにしてきた。
珠理ちゃんと綾香ちゃんと僕の3人で理科室に戻った。やっぱりそこには居た。珠理ちゃんがドア開けて、何かに向かって叫んだ。
「えーと、彼が新しく入った佐藤達也君です。仲良くしてね。」
誰も居ないところに目をひとりひとり合わせるように顔を動かした。
「良い子たち。」
彼女が先に入り後に続いた。真ん中の前の席に座って、理科室特有の蛇口をひねり手を洗った。
「まあ、座って。本当は部活じゃないから何人来るか分からないけど。」
彼女の前に綾香ちゃんが座った。
「いつもは、週2で火曜日と木曜日ね。あと3人居るけどいつか会えるんじゃない。」
綾香ちゃんがえくぼ見せながら言った。
「どんな人たちなの?」
僕は座らず教卓に寄りかかっていた。
「詳しくは会ってからがいいと思うけど、2年生が2人と1年生が1人ね。あと、全員女子ね。何かうれしそうね。」
気持ち悪いと珠理ちゃんがはっきり言ったとき、ドアが開いた。まさかと思ったが、綾香ちゃんがまみちゃんと言ったから人間のようだ。
背の高くて、体のラインが細いとても美人だ。ミドルヘヤ―の髪を後ろでひとつにまとめている。清楚で大人ぽく珠理ちゃんと正反対。目が大きく瞳が真っ黒だ。その目に吸い付けられていると彼女は白い歯を見せた。八重歯っていいなあと彼女を見て初めて思った。
「佐藤さんですよね。珠理先輩から話を聞いています。石之神真美です。1年です。よろしくお願いします。」
はきはきと話してリーダーシップがありそうな子だ。
頭を下げて、右手を伸ばしてきた。生クリームのように白くておいしそうと思った。
「握手はしないほうがいいですよね。」
ぼそっとつぶやいて手を慌てて下げた。すればいいじゃんと珠理ちゃんが笑いながら言った。いつものいたずらっ子の笑顔だ。
「もしかして、珠理ちゃんと同じ感じなんですか。」
「同じとおっしゃいますと、霊感が強いことですか?それとも、あなた様を放っておいておけないということですか?」
「え。」
情けない声を出してしまった。同じような冗談をほんの少し前にやられたことも忘れて、また恥ずかしがってしまった。
「冗談です。あなたを守るのは先輩の仕事ですから私は何も口出しできません。」
ですよね先輩と言って、珠理ちゃんに笑いかけた。僕もつられて見たが、彼女に可愛いく睨まれた。
「あんまり余計なこと言わないの。この人バカみたいに勘違いするから。」
バカとは言われてない。ほっとしている自分がいてなんだか悲しい。
「それより、先輩、眼鏡どうしたんですか?先輩の為に作ったんですよ。」
怒った口調で珠理ちゃんに言った。先輩って言っているけどどうみても彼女の方が年上に思える。
「あんなの要らないよ。幽霊が見なくなっちゃうじゃないの。」
「それが目的です。」
欲しいと思った。そんな便利な眼鏡があるなんて。それに、その眼鏡を持っている真美ちゃんとは何者なんだ。たぶん、ていうか絶対に珠理ちゃん側の人なんだろう。
真美ちゃんが僕の前を横切り通り過ぎた時鈍い音がした直後に倒れた。僕には何も見えないが躓いたらしい。まるで僕が足をかけたみたいだ。
「痛い。」
彼女が短く叫んだ。
「達也君何しているの。手を貸してあげなさいよ。」
珠理ちゃんは声を荒げて言った。その顔は真剣そのものであり、後輩を助けない僕を怒っていると感じた。
慌てて真美ちゃんの手を握った。
「あ」
とふたり同時に短く言った。彼女の「あ」がどの「あ」とは分からないが、僕の「あ」は忘れていたの「あ」だ。彼女の足元には知らない誰かが倒れていた。それ以外にも椅子の上に机の上にドアの前にとにかくたくさんいる。
しかし、ここで手を離すわけにはいかないので、見えないふりを自分自身にして彼女を立たせた。目の前に彼女がいてドキッとし、手を離し少し後ろに下がった。
「ありがとうございます。やっぱり見えますよね。」
桃みたいな濃いピンク色に顔色を変えて言った。
「少しはね。でも、そんなに気にしていないから、大丈夫。」
心の中はおどおどしているが、平然を保ちカッコつけた。
珠理ちゃんは腹を抱えながら笑っている。ラブストーリーみたいな空気がコメディになった。
「お姉ちゃん、あんまりからかわないで。」
珠理ちゃんに近づいて行った。そのときゴンゴンと何かに当たる音がしていた。
「お姉ちゃん?」
似ていないけど、全く。百歩譲って愛美ちゃんがお姉ちゃんでしょう。
「本当の姉妹ではないんです。昔から仲がいいからお姉ちゃんって呼んでいるだけなんです。」
真美ちゃんがこちらを向き照れくさそうに言った。
「人前では呼ばないでって言っているでしょう。あの人絶対、私が妹でしょうって思っているから。」
慌てて首を振った。さすが霊媒師と思ったが、きっと散々言われてきたのだろう。
真美ちゃんがしゃがみ、床に手を付き動かしている。何かを探しているらしい。
「あの、コンタクトレンズ探してくれませんか?」
こちらを見て言った。彼女の黒目が左右で大きさと色が違う。左目が少し茶色い。さらに左目が小さいがそれでも十分すぎるほど大きい瞳だ。僕もしゃがみ彼女が転んだ周辺を慎重に探した。
「別にいいじゃないの。あんなのしているから転ぶのよ。目隠しして歩いているようなものじゃないの。」
「だってそんなこと言っても珠理ちゃんみたいに幽霊だけが友達みたいな生活したくないの。普通の女子高生として生活したいの。ねえ、先輩。」
甘えた口調で言った。真美ちゃんがこっちを見た。
「幽霊見たくないですよね。」
強い同意を求めてきた。目力がすごい。肯定を脅迫している。
「そうだね。」
完全に言わされていると誰が聞いても分かるほど感情が含まれていなかった。
「彼とあなたは違うでしょう。自分の立場を考えなさいよっていつも言っているじゃない。」
僕の声を消すように食い気味に喋ってきた。僕は完全に居ないものとされてふたりで口論を始めた。
「はい、はい。でも仕事とこれは別の話ですよ。もう何回も言っているじゃないですか、お姉ちゃん。」
一触即発と思われてビリビリしたが、珠理ちゃんが呆れたと言って引いたのでそこで冷めた。いつものことなんだろうと仲の良さが伝わってきてちょっと嬉しく思った。
「もう、大丈夫です。先輩ありがとうございます。」
彼女はもう片方のコンタクトを外した。少し黒目が小さくなり真っ黒じゃなくなった。少し印象が薄れたものの、綺麗であることには変わりなかった。
「たくさん居ますよね。」
そう言って僕の肩に手を置いた。いつも珠理ちゃんにやられていることだが優しさがあった。ふわっと柔らかく温かい手を置いた。
結果は同じことなのだが。
「幽霊に好かれていますよね。あなたの後ろにたくさん並んでいますよ。面白いですね。」
ふふふと上品に笑った。
やっぱり彼女は珠理ちゃん側の人間だ。どうしてこんなに可愛いのに怖いの。勿体無いと思ってしまった。
「ねえ、行くよ。」
綾香ちゃんが言った。珠理ちゃんとふたりいつの間にか立ち上がり肩にはバックが掛かっていた。
「行くってどこに?」
「幽霊カフェ。」
なんて不穏な響き。寒気しかしない。




