第二話
「あんさんねぇ。自分が嫌われ者って自覚ありやす?そのせいでこっちは後でどうするか悩むことになりやしたぜ?」
店に入ったシュウの目に映ったのは、椅子にではなく地面に座りながら飯を食う巨漢だった。
ザックも中々の巨体だが、この巨漢の前には小さく見えてしまう程だ。
「はんっ、んな事は知ったこっちゃねぇ。俺は俺のしたいようにするだけだ」
「はぁ。あんさんがそういう人だってのは知ってますけどねぇ。まぁいいでさぁ。それで、要件は?」
飯を食い終わり満足そうに腹を擦りながら男は立ち上がる。
「人を探してんだ。ルベルトって奴なんだが知ってるか?」
「んーまぁ、あっしの知ってるルベルトさんは居ますけどねぇ。あんさんの探してる方かは保証しませんぜ?」
「別に構わん。間違ってたら、お前の知り合いが一人消えるだけだ」
男はシュウに対して脅しを掛けるように睨みつける。それに対してシュウはおどけた様子で怖がっていた。
「おぉ怖い怖い。…んー、前回の件もありますしねぇ。今回はその御礼って事で教えまさぁ」
本来ならば対価を貰うのが当然ではあるが、どうやらシュウは借りがあるようだ。
シュウは懐から紙を取り出し、さらさらっと何かを書いて男に渡した。
「普段からこうやって直ぐに渡してくれりゃぁ騒がしいことにならねーんだがな。ま、邪魔したな」
「いやそりゃ報酬をくれねぇってんじゃぁこっちも抵抗するしかありませんぜ、あんさん」
そう言ったシュウに振り返らずに手を振りながら男は店から出ていった。
その後直ぐにザックとライが入ってくる。
ライは変わらず不機嫌そうで、何も言わずに席へ着いた。
シュウがザックへと目を向けるとザックは肩をすくめて、それを見てシュウも苦笑いを浮かべた。
「んんっ。えー、二人は何か希望の物とかあるか?」
咳払いをしながらザックはカウンターへと入っていく。
「あっしは何でも良いですぜ。ライはどうしやす?」
シュウはライの隣へと座りながら答えた。
「…肉類で頼む」
「あいよ」
ザックはシュウから受け取った袋の中身を片付けてから、料理を始める。
「シュウはまだ彼、ゲルニルと付き合いがあるのか?」
ライはシュウへと尋ねる。
「あっしの良いお客さんの一人ですぜ」
「ゲルニルが一体どんな奴か知らないわけでもないだろう?それでもなのか?」
先程は抑えていた怒気が言葉に乗せられてきた。
目を瞑り傍目には静かに見えるライだが、辺りの空気は震えているように見える。
「確かにゲルニルのあんさんは嫌な奴にはちげぇねぇ。ですがね、ああいう奴だからこそ役に立つ場面もありまさぁ」
仕事内容を選り好みするシュウがあえてゲルニルの依頼を受けている。
その事をライだって知っている。
しかし、割り切れない事だってあるものだ。
「立場上、私はあいつを取り締まる必要がある。それを邪魔することはないよな?」
「そりゃ当然でさ。ま、ゲルニルのあんさんが手助けを求めることはないでしょうがね」
シュウの返事を聞きライは目を開け深呼吸をした。
「シュウにも何らかの考えがあるのは理解している。だがらこそ強くは言わないが、相手は選んだほうが良い」
「心配してくれるのは嬉しいですぜ。精々気をつけまさぁ」
シュウは笑顔でライの肩に手をのせる。ライは文句も言わず黙ったままだ。
「兄弟喧嘩は終わりか?なら飯の時間だなっ」
ザックがタイミング良く料理を出してくる。
注文通り肉で出来た物が多いが、ちゃんと野菜も取れるように用意されていた。…それでも肉が多いのは男ゆえか?
「期限がやばいのがあったからついでに上乗せしておいたぞ。まぁ、サービスってやつだ」
違ったらしい。まぁ期限が多少切れた所で気にする者は少ない。
ここでは食えれば御の字、そういうものだ。
「いやぁ相変わらずザックのダンナの料理は美味そうだ。思わずほっぺが落ちそうですぜ」
「ありがとうザック」
「ま、このご時世だ。助け合いが大事なのさ」
「そのお陰でこうして飯にありつけるってわけでさぁね」
「もうその話は終わりでいいだろう。飯の時間だ」
出てきた料理に早速手を付け始めたライ。
先程まで不機嫌だったのは一体誰だったか。
下手に言っては藪蛇だ、とシュウも飯へと手を伸ばした。
「はぁ~。今日はどうしますかねぇ…」
食事が終わり、ライが出掛けた後。
シュウは何処にも行かずアガルタに居座っているが、これが彼の日常だった。
閉店後は流石に住居に帰っているが、頼まれ事をされない限りアガルタにシュウは居るのは周知の事だ。
なので、基本的に彼に依頼をする者はアガルタを訪ねることになる。
その際にアガルタに何かしら貢ぐ事を条件としている為、ザックにも得があるので場所を貸しているのだ。
「暇なら外で客寄せでもしてくるか?」
ザックは暇人に言う。
暇人、シュウはその言葉を受けても机にうつ伏せになりながら手を振るだけだ。
ザックも予想通りの反応だとため息を吐き、他の客の接待に行く。
「あっしが客引きしたら来る客も来なくなりまさぁ」
そういうシュウの見た目は、彼の評判を抜きにしても怪しさ満載だ。
アブロガでも酷い部類に入るボロボロの衣服に、片目が隠れるほどの長い髪に細目。
極めつけにボロい衣服故に見えてしまう身体の傷。
彼には切り傷や火傷、痣が至る所に残っていた。
「少なくとも、あっしだったら入りたくないでさぁ」
自分の身体をチラリと見ると再びシュウは机にうつ伏せになった。
カララーン、カララーン、カララーン
本日二度目の大金鐘が鳴った。
一日に三回鳴る大金鐘と二七回小さく鳴る金鐘がアブロガでの時間の基準になっている。
二度目の大金鐘は中と言われ、一日の真ん中とされている。
「相変わらず五月蝿い鐘でさぁ。ザックのダンナ、あれからどれだけ経ちました?」
机に突っ伏していたシュウが椅子から立ち上がりながら聞いた。
「二鐘程だ。…どこか行くのか?」
珍しい、と言わずとも顔に出ているザック。
「ま、散歩に行きたい気分なんでさぁ」
シュウは愛刀の『サビトウ』を持って店を出る。
「気を付けてな」
ザックは皿を拭きながら顔を向けずに見送る。
「下の鐘ぐらいには帰ってきますんで、料理を二人分用意しておいて下さいな」
シュウは胡散臭い笑顔で振り返り、そう言って店の前から去っていった。