プロローグ:召喚されよう!
自我が目覚めたと言えば伝わるだろうか。
唐突に、自分というものが生まれるのを感知した。自分という認識を起点に、周囲を、世界を認識する。
“わたし”は「人型または人型になれる、雌、中級以上の種族、ヒトの感覚で美しい容姿」という珍妙で強すぎる力に引っ張られて自分の意識が外の世界へと放り出されるのを感じ取った。
「おめでとうございます!上級種の召喚ですよ!!」
「う、うおお!?猫!!猫だ!!!」
――うるさい。深い微睡から叩き起こされたと思ったら甲高い子供の声と、男の叫び声が聞こえてきた。
生まれたばかりだが早速の食事も悪くない。目の前のうるさいやつらを食ってやろう。そう思い、ゆるりと声のする方を見ると、そこには宙に浮いた本と黒髪黒目の珍しい男がいた。
……どこにでもいる?
獲物に伸ばしかけた爪をピタリと止める。きゃいきゃいと騒ぐ一人と一冊を注意深く観察するといくつかの知識が頭の中に流れ込んできた。
目の前の男はひょろりと痩せた男で、一見わたしの爪でちょいといたぶってやればすぐに死んでしまうようだが、なぜだかどうしても“逆らえない”と本能で感じていた。
それもそのはず。彼こそが私を呼び出した、所謂ご主人というやつなのだから。
「ええっと、あれ?てか俺メイドさんみたいなやつを召喚したつもりなんだけど……猫?」
まあ好きなんだけどさと呑気に話す男は主人じゃなかったら食い殺しているところだ。
主人の疑問に答えるように宙に浮いた本がバサバサと自身を閉じたり開いたりした。
「このモンスターはネコマタといって、知能が高く、鋭い爪と牙を使った素早い攻撃が得意なんですよ!また、魔法にも長けていて人の姿に化けることも容易なんです」
「物理も魔法もオッケーなんて結構チートだな。あ、じゃあ今がデフォルトの姿でスキルかなんかで人になるってことか」
わたしの生態に納得した男は物は試しにとわたしに人になるように命令してきた。頭の中に無視できない命令が流れ込んでくる。なに、人型になれ、でも猫としてのアイデンティティである耳と尻尾はつけたままのまるで猫獣人族とヒト族のハーフのような姿を所望と……面倒で珍妙だ。
しかし、主人の命令だ。わたしは仕方なしに全身に魔力を巡らせ、どろんという煙と共に主人の望む人型をとった。
「ほああ……美人…!ダンジョンポイントつぎ込んだだけはある……はじめて召喚するモンスターが強くて美人なんて最高だ…!!」
「検索条件の一つでしたからねえ。さ、マスター次はダンジョンクリエイトといきましょう!」
キラキラと目を輝かせる主人は子供のようだ。本の方はわたしの容姿に特にこれといった感想を抱いていないようで、主人にダンジョンクリエイトとやらを勧めている。
主人の反応、ダンジョンポイントという単語から、わたしの頭は一つの結論を出した。
あ、これ異世界転生ダンジョン経営ものね……と。
いや、いやいやいや。なんだこの知識。さっきから黒髪黒目がどこにでもいるだの異世界転生ダンジョン経営だのこの世界の生物として生まれるはずのない判断がなぜわたしはできているのだ。
主人と宙に浮いた本はわたしの焦りなどに一切気づかず修学旅行ではしゃぐ男子学生のようにわいのわいのとダンジョンクリエイトとやらで盛り上がっている。
主人が気付かないことを幸いに自分の置かれた状況を冷静に考えることにした。
なぜわたしは普通ではありえない認識を持っているのか
――それは、わたしもかつては日本という異世界の国で生まれ育っていたからだ。
なぜ黒髪黒目がどこにでもいると判断できたのか
――それは、日本では黒髪黒目が当たり前だったからだ。
なぜ異世界転生ダンジョン経営なんて単語が出てきた
――おそらく、そういった娯楽小説が好きだったからだ。
わたしはなぜネコマタになっているのか
――わからない。むしろ元はただのネコマタで何かのはずみで変な知識が付いたのではないか。
日本で死んで異世界に転生したが、前世の知識が今回の召喚でよみがえったのか
――わからない。
段々とわからないことが増えていく。なぜ、なぜ、なぜ……疑問を繰り返し繰り返し問うているうちにわたしは――飽きた。
「ふわ……」
主人はダンジョンクリエイトに夢中になって、先ほど召喚したわたしにはすでに興味を失っているようだ。ちょうど、部屋の隅にふかふかとした上等そうな寝床がある。再び何かの命令があるまで気ままに眠っているとしよう。
主人に命じられた人型はどうしようかと考えたが、魔力を使い続けるのも面倒だ。気付かれないようにそっと人型の姿を解き、ネコマタとしての本来の姿で寝床にごろりと寝ころんだ。
恐らく主人の寝床だろうが構うものか。これは今からわたしの寝床になるのだから。
ネコマタ特有の高慢な考えでわたしは寝床を独占し、深い微睡に落ちるのであった。
あー……羽毛布団ってサイコー……。
わたしはネコマタである。名前はまだない。