砂の町の中心で斬撃が降り注ぐ
「これ、菓子折りです。妹と姉が本当にいつもいつもすみません。マスター」
『砂の町の中心で斬撃が降り注ぐ』
*・・・
クリスタル・メゾソプラノ[女]
メゾ家次女[双子の姉の方]
齢十四歳[疑問]
とても真面目[やりにくい]
*・・・
「マスターにいつもお世話になっていること感謝しています、しかし、同時に姉の身勝手な行動がマスターに迷惑をかけていると思うと心苦しくて…」
真面目・実直・優しい、三拍子揃っているクリスタルに言われると私の方が申し訳なくなる。本当に彼奴の妹なのだろうか、いつも疑ってしまうのは悲しきかな…彼奴に迷惑を掛け続けられた由縁の可哀想な性ともいえる。
同時にクリスタルはトルマリンの双子の姉でもある。この双子を間違えることは無いが純粋なところはとても似ている。惜しくもラズライトと似ているところは少ない。
手渡された菓子折り、もとい十二個入り、一ダースのチョコレートは明らかに高価な物だ。今年の売り上げ何ヵ月分だろうか…。
「あの、実はもらってほしいものがあるんです…」
「これは?」
「クッキーです」
「は?」
「クッキーです」
「あー、言っちゃ何だが…この黒くて焦げてるのは…」
「クッキーです」
何度言っても諦めそうにないのでとうとう私が折れてしまった。この前、ラズライトが来たときに食べさせた…いや、盗まれた。そのレシピはトルマリンが貰っていき、彼女へ、クリスタルへと渡ったのだろう。
「黒焦げになっていても、ドブに浸かっていても、病に蝕まれていたとしても…お菓子はお菓子なんですよ?甘かったら何でもアリです。オールオーケーです」
「良くないな、うん、良くない」
そうだ…彼女もメゾ家の一員だった…。今更だが思い出してしまう。彼女は比較的常識人へと傾いているが結局のところ姉妹の一人なのだ。
目の前の全く以てクッキーにかすりもしていない黒焦げの物体はバチバチとおかしな音を立てて電撃を放っている。もう訳が分からないよ…とでも言いたい気分だ。言っていいのか。いや、言わせてもらいたい。
「何かバチバチ言ってるんだか、この物体は食べることが出来るのかな?クリスタルよ」
「ええ、当たり前じゃないですか。因みにこれは端から見れば電撃ですが、静電気の一種でもあるんですよ!ラズ姉が刺激が足りない、と仰っていたので何個か回路を混ぜてみました。思いの外上手くいって良かったです。」
「君の目には穴が空いているのかな?」
「え?空いていませんよ?」
「嗚呼、ツッコミが通らない!!」
マスターにお裾分けです、とバスケットを差し出すクリスタル。純粋無垢な悪意無き笑顔を向けられる。そう、彼女に悪意はない。善意で行っているのだ。
「味見はトルマリンがしてくれました。ラズ姉が丁度出掛けていていなかったので……。トルマリンはなんか痺れる、って言ってましたけど全部美味しく食べてくれたんですよ!」
「嘘だろ、トルマリン!!」
ひとつ、言っておくが彼女は決して料理が下手な訳ではない。嗚呼、もしかしたら…本を間違えたかもしれない。あの時、徹夜をした私が間違っていたのか…。だとしても、どうやったらこれになるのか私には検討もつかない。
「では、私はこれで、バスケットは明日に私か、他の誰かが回収に伺いますね」
「ああ、わかった。それまでにこれを食べておくよ。是非ラズライトにも食べさせてやってくれ」
「ええ、勿論です」
クリスタルはバスケットをカウンターに置くと、軽い挨拶をし出ていこうとした。
パァンと銃声が一つ。
「っ!?」
銃弾が頬を掠める。当たらなかったのが幸いだった。クリスタルは軽く伏せていた顔を上げ、扉から距離をとっている。
「御機嫌は如何だ?店主野郎」
「マスターと呼べ」
「…御機嫌は如何だ?店主さんよぉ」
「マスターと呼べ」
「……御機嫌は如何だ?マスターさんよぉ」
銃声の主は、以前ラズライトが成敗したろくでなし達の一人だった。前より数が少なくなっている。ぼっちだ。ぼっちの襲撃だ。どうやら身内でいざこざが発生したらしい。可哀想に…。何があったんだろうか。
「今、何か失礼なことを考えただろっ!!」
「ああ。可哀想な奴だなって」
「ふざけやがって!……金を出せ、さもなくばそこにいるお嬢ちゃんごと殺させてもらうぜ、肉の塊に変わりたくなきゃ急ぐんだな」
まさに悪人。THE悪人。悪人の鏡だ。素晴らしい、と称賛の声を挙げたい。正直に言えばここで蹴り倒してやりたい。だが、そんなことはできない。何故なら…。
お前が言うお嬢ちゃんがお前を見て目を輝かせているのだから。
「お嬢ちゃんと呼ばれたのは今日が初めてです。マスター。しかもそんな日にこんなに素晴らしい悪人に出会うことが出来るなんて今日はなんて心地の良い日なのでしょうか」
彼女の言葉は、ろくでなし野郎に届くことはない。運の悪い悪人は床にバタリと倒れる。鋭い刃が腰の鞘に仕舞われ、私はフッ、と息をついた。
「安心してください、峰打ちです…恐らく死なない…とは思いますが、いつもとは勝手が違ったので…」
「すまないな、成敗してもらって」
「いえ、お安い御用です」
悪人には護身用かと思われていたのだろうか?残念ながらそれは彼女のメインウェポンだ。
彼女の腰にある鞘に仕舞われたそれは『刀』と呼ばれる刃物だ。詳しくは知らないのだが『斬る』に特化した長い刃を操るのは至難の技であり、ラズライトでさえ「あれを使うのは勘弁」と言っていた。
クリスタルは幼い時から、刀に親しみ、触れ、そして使ってきた。現在は潰れかけた道場で一人、剣を振るっている。
『斬る』に特化したその刀で峰打ちするのはかなり難儀なことだろう。しかし、彼女にとっては造作もない。
「マスターも刀使ってみます?一度慣れれば簡単なんですけど…」
「有難い申し出だが断らせてもらうよ」
「そうですね、マスターは珈琲を入れている方がマスターらしいです。では、私はこれで」
クリスタルは上品な笑みとクッキー(とは思えない何か)を残して店を去っていった。
「さて、開店するか」
小さく伸びをする。珍しく晴れやかな気分だ。これもクリスタルのお陰である(と思いたい)。
「うっ…ううっ…」
あ、悪人のこと忘れてた。
戦闘シーンが書けないです