師匠! 私、婚約破棄されたみたいです!
「リンシア・フォルムダ。お前との婚約を破棄する!!」
────かしゃん。
学園の二階の食堂で私は持っていたフォークを地面へと落としかけた。
師匠、どうしましょう。
*****
私はリンシア・フォルムダ。公爵家に生まれて、次期騎士団長のクラウス様と婚約した。
ちなみに、前世の記憶は持っている。前世は、『秘密の学園生活〜貴方の隣で〜』という乙女ゲームのBGMを作っていたりしていた。
前世の記憶を持って生まれた私は、数年後に絶望感に襲われることになる。音楽が、そう屋敷の広間にかかっている音楽が私の作った音楽なのである。
幼い私は、そりゃあもう驚いた。驚き過ぎて熱が出た。五歳の頃である。
その頃には、もうクラウス様と婚約してしまっていた。
────クラウス様、深緑の短い髪を持った綺麗なお顔をしている方である。
正直、前世の記憶を持っている私にとっては若すぎる。五歳(+二十九)な私にとってはクラウス様は子供のようであったし。だから恋愛対象としては見れないけど、仲良く家族としての形を築ければいいなぁくらいには思っていた。
話は変わるが『秘密の学園生活〜貴方の隣で〜』での私の役目は悪役令嬢である。
ヒロインとクラウス様が親しくなっていく様子を見てリンシアは叫ぶのだ。「平民の癖に!」と。
だけどそれは、残念ながらクラウス様の地雷でもあった。
クラウス様の母親は平民出身で悪く言われる母親を見てきたクラウス様にとってはリンシアの言葉は相当に腹が立ったのである。
常々ヒロインに対し嫌がらせをしていたリンシアはその一言によって婚約者からの少ない情さえ失い、婚約破棄をされ、家から追い出されたのである。
リンシアと家族の仲は最悪であったから……。ちなみに、今は仲がいい。攻略対象である弟との仲も良好であるし、父は立派な子煩悩となった。母とはちょくちょくガールズトークをして盛り上がっている。
そして、私は第一関わりたくなかったのでヒロインに対しなにもしていない。それなのにこれはどういうことだろうか。
***
「あら……どういうことでしょうか?」
私はテーブルの端まで行ったフォークをお皿の上へと戻した。
「……しらばっくれるつもりなのか」
そんなに怒ったら深緑色の髪の毛が抜けるんじゃないか? あ、てかなんかマリモっぽいかもしれない……。
あ、やばい。マリモにしか見えなくなってきた。
私がだからなんのことかと聞き返そうとしたときにマリ……クラウス様の後ろにいた桃色の髪の毛を持った少女が出てきた。ヒロインである。
「酷いですぅ! そうやって、知らない顔をして……。私、本当に怖くて……」
なんと、これはもしかして嫌がらせされてましたパターンではないか。
正直面倒臭い。なんか後ろに金ピカピンの王子もいる気がする。あれ……なんか取り巻きっぽいのみんないない?宰相の息子とか最近儲かっていると噂の商人の息子とか。
これだけ目立つ人種が集まると必然的に人も集まってくる。
「リンシア、お前がしたことは……」
クラウス様が何か私の罪らしきものを叫んでいるが私にとっては「は? なにそれ?」という感じである。
断罪されている間私は、お地蔵様のように固まり思考を外へと飛ばしていた。今の私の顔はきっとチベットスナギツネのようであろう。
はあ……。早く終わらないかな……と空を眺めてやり過ごす。内容は、階段から落としたとか、ヒロインの形見のブローチを壊しただとかそういう感じだった。
丁度、私の断罪は終わったようでクラウス様が「どうなんだ!」と聞いてきた時だった。
あの方の声が聞こえたような気がした。
ガタンッッッ
私は淑女にあるまじき音を出して立ち上がってしまった。
クラウス様もヒロインも取り巻きも野次馬に来た人達もみんな驚いたような顔をしている。
それはそうだろう、今まで公爵令嬢の手本のような振る舞いをしていた奴が、今までチベットスナギツネのような顔をしていた奴がいきなり立ち上がったのだ。
「きゃっ……」
数泊遅れてヒロインは怖がった様子を見せる。
そのあと、何か取り巻きが言っていたが私にとってはどうでもいい。
「私はそのようなことやっておりません」
それだけ言うと私は食堂を出た。
そう──先程師匠の声が聞こえたのだ。確実に聞こえた。私が師匠の声を間違えるはずが無い。
私は、カツカツカツと靴を鳴らして早足で一階へと続く階段を下りた。
「なっ……リンシア!?」
マリモがなんか言ってた。
私の師匠──ジーク・ウォンツは二百年ほど前の戦争にて異常な程の活躍をして英雄と呼ばれたけれど、その際に呪いを受けて今もまだ若い体を持ったまま生きている魔法使い。
森の奥深い場所に住んでおりなかなか外へ出ないことで有名だ。
たまに出るのも弟子である私を迎えに来るときくらい。
そんな師匠が何故学園にいるのか。その疑問は階段を降りていく中で膨れ上がるばかり。てかこの階段長過ぎなんだけど。
師匠と私の出会いは私の我儘からだった。
六歳のころ、クラウス様との関係を早々に諦めた私は自分を守るため魔術や体術を学ぶことにした。
……クラウス様は、もう私のことなんて見ようとしてくれなかった。ヒロインは私と同じ転生者だったようで幼い頃には最早攻略対象と接触をしていたのだ。
それで、魔術や体術を教えてくれる先生として父がどちらも最高峰の技術を誇る師匠にお願いしてくれたのだ。ちなみに、娘に甘い父にお願いするのは簡単であった。
最初の一年目──魔術や体術は遊びじゃねえ、と断られ続けそれでも通いつめた。ちなみに森の奥深い場所までは自分の足で行った。ここで家に頼るのは何か違う気もしたからである。公爵令嬢としては駄目だがこの頃の私は必死だった。
二年目──師匠が折れて、簡単な自衛に使える体術を教えてくれた。私は毎日家でも練習した。そして気付いたのだ。師匠といるとあのBGMが流れないことに。
三年目──師匠が魔術を教えてくれるようになった。体術はもう少し強いものとなった。この頃から少しずつ師匠の態度が優しくなってきた気がする。
四年目──家族に止められた。もうこれ以上は止めなさい、女の子なんだからと。
でも私は師匠のことをもう尊敬してたしもっと強くなりたいと思っていた。だから一年かけて説得した。
最終的に母親が折れてくれて行けるようになった。
五年目──やっとの事で師匠がいる屋敷まで行くことが出来た。一年ぶりに見た師匠の顔は変わってなくて泣きながら抱きついた。少し師匠が嬉しそうにして頭を撫でてくれたのは自惚れでないと思いたい。
そして、私は師匠に思い切って前世の記憶を持っていると打ち明けることにした。
家族にもしなかった話を師匠にする気になったのは自分でもよくわからないけれど師匠は黙って聞いてくれた。
気持ち悪いと言われてしまうだろうか、そう思ってたけれど師匠が発した言葉は「そうか」のただ一言だけで凄く安心した。
そこからだと思う、私が師匠のことを『師匠』と呼び始めて異常なくらいに慕い始めたのは。
異常と言ってもそんな犯罪的なことはしていないので許してほしい。
嬉しかった、そう言ってもらえた事が。少しくすぐったそうに師匠はしてたけど。
六年目──もう私は十二歳になった。いつも通り師匠へ会いに行こうと教えて貰おうとした時に何人かの男に拐われた。
私のことをねっとり見つめる顔は凄く怖かった。
怖くて、気持ち悪くて、師匠に教えてもらった体術とか魔術とかを実践出来なかった。
もう駄目かもしれない、そう思ったときに師匠が助けに来てくれた時は泣くかと思った。
泣いた、びゃんびゃん泣いた。前世の記憶があるとはいえ、体は十二歳。意識がそっちに傾いてしまう時だってある。
そんな忌々しい出来事から、私が一人で屋敷まで来ていることを知った師匠は私の家まで迎えに来てくれるようになった。
ちなみに、母とは良く談笑している。父はちょっと敵対心を出してる。なんでだろうか。
弟は、姉をよろしくお願いします。と頭を下げていた。
また、師匠の指導が厳しくなっていくのも感じた。
それからも私と師匠との訓練は続き、私が社交界に出るような年になってもずっと通い続けた。最近は放っておくとご飯を食べない師匠にご飯を作ったりすることもある。
つまり、私の中で師匠という存在は5割以上を占める存在なのだ。ちなみに残り5割は家族だ。
こうやって言うと私が公爵令嬢としてのマナーや勉学をおろそかにしているように聞こえるけどそんなことはしなかった。そのような事をして母の怒りを買って師匠に会いに行けなくなるのは嫌だったからである。
ちゃんと、(めんどうくさいけど)クラウス様とのお茶会だってした。夜会にも出たりした。
長い長い階段を淑女らしく、それでいて迅速に下りていく。
一階のロビーには、やっぱり師匠がいて私は駆け寄った。隣には学園長もいる。
一瞬でわかるくらいに師匠は美形だ。もう、クラウス様なんか比べものにならないくらいに。白銀の長い髪の毛とお顔は黒いフードによってほんの一部しか見えないけれど。ちなみに髪の色とは反対に瞳の色は黒だ。
……師匠のことだったらあと2日はずっと喋っていられる。
「師匠! どうされたんですか?」
「リンシア、お前なんでここにいる……?お前今飯食ってたんじゃないのか」
「そんな! 師匠と昼食、どちらが大切かなんてわかりきってるじゃないですか」
師匠は大きく溜息を吐いた。はあああああ……師匠、溜息長いですよ。幸せ逃げていきますよ。そう言うとうるさい……お前のせいだよって怒られた。何故だ。
「あー……。こいつに、魔法授業の特別講師をお願いされたんだよ」
こいつ、というのは学園長だ。学園長と師匠は知り合いだと記憶している。
「そうなんですね………師匠が特別講師!? 本当ですか!?」
ずいずいと師匠に詰め寄る。本当だったらなんて嬉しい事なのだろうか。学園でも師匠に教えて頂けるだなんて。
「まあまあ、リンシア。ここは学園なんだから」
学園長に言われ、はっ……と私は我に戻った。学園では私は公爵令嬢の手本として通ってるのだ。友人には王子の婚約者アメリアもいる。私こんな振る舞いをしたら友人の顔に泥を塗ってしまうだろう。
「申し訳ありません……。つい、師匠がいる事に驚いてしまって」
「うん、でもジークが外に出るって珍しいもんね。わかるよ。どういう心境の変化なのかな?」
「さぁな」
するとすすすっと学園長は師匠の傍へと寄ると何か話し始めた。
何を話してるのか知らないけれど、大切な内緒話だったら困るからあまり近づかないようにしておく。それにしては師匠が怒ってるなあ。
ぼやーっと空を眺めながら話が終わるのを待つ。あの雲、犬みたいな形してるなあ。かわいいなあ。あっちには猫型っぽいのも。ちなみに私は犬派だ。
そうこうしていると、二人の話は終わったようだった。
私が師匠に話しかけようとした瞬間。
「っリンシア!! 逃げるのか!!!!」
と大きな声が。
「あら、クラウス様」
今、師匠に話しかけようとしたのに! なんてタイミングで話しかけてくるんだ。しかもまた自分の作ったBGMが流れてる!
「あら、じゃない。逃げたということは、先ほどの罪を認めたと言ってもいいんだな?」
「先程、私やっていないと言ってばかりなのですけど」
てか、クラウス様体力無いね。階段降りただけでそんな息が乱れるだなんて。あらあら、王子もゼハゼハ言ってらっしゃる。もしかして、他の取り巻き達も? ……この国の未来が心配だわ。
「わ、わたし、本当怖くて………」
ちょっと遅れて来たヒロインが泣き(真似)をしながら私を見る。
「大丈夫か? ……リンシアお前の行った罪は重いぞ」
「そんなことを言われましても……」
だんだんと野次馬っぽいのがまた増えて来た。
クラウス様はこうやって言うが、正直私には出来ない理由があるのだ。出来ない理由というか、しない理由が。それを言ったところでクラウス様や取り巻きが納得するとは思えないけど。
「そもそも証拠はございますの?」
「彼女がそう言ってるのだ!」
王子はさも当然のようにそう言った。被害者だけの証言ですか、そうですか。
「被害者だけの証言が証拠では不十分ですわ。……そもそも」
「そもそも、なんですか」
宰相の息子が私を睨みながら低い声で言う。
「そもそも、私彼女のお名前を知りませんの」
「「「「は?」」」」
そうなのだ。私はあろうことかヒロインの名前を覚えてないのだ。勿論、作曲をしていた時には覚えていたけどそりゃあ十何年も経てば忘れる。名前も覚えていない人間に嫌がらせをしようとは流石に思わないだろう。
「なにをっ……!」
クラウス様は顔を真っ赤にして私のことを睨んでくる。マリモが赤い。
「まず、私が彼女を責める利点ってなんですの? 」
「それは、お前が彼女に嫉妬して……!」
嫉妬! 何てことを言うんだ。私が嫉妬するのは師匠関連のことだけだ。
「嫉妬? 誰が誰に? 私がその彼女にってことですの?」
「ああ、そうだ。それでお前は彼女を階段から突き落としたり、母親の形見のブローチを捨てたりしたんだろう!」
目眩がする。どうやらクラウス様は私がクラウス様の事を想っていると考えているらしい。取り巻き達も同様でヒロインを守るように囲みながら頷いている。
「……私、クラウス様の事を何とも想っていないのですけれど」
「は?」
呆気顔再び。
「──この婚約はそちらのご両親からお願いされたものなのです。どうしても、とお願いされて。」
「嘘をつくな!」
いや、嘘じゃ無いんだけどなあ……。そう思って困っていると学園長が口を開いた。
「クラウス、それは本当のことだよ」
「なっ……学園長」
クラウス様の顔は赤くなりすぎて最早緑っぽくなってる気もする。気のせいか。
「で、でもぉわたしこの人に嫌がらせされました!」
学園長に擦り寄るヒロイン。目元にはうるうると涙が浮かんでいる。
「証拠は? あと、男爵令嬢の君が公爵令嬢のリンシアを"この人"というのはおかしいんじゃないかい?」
「そ、それは……。メルシィちゃん、ルルーシュちゃん、そうだよね? 私が突き飛ばされたのとか、見たよね?」
ヒロインは野次馬の中にいる二人の令嬢に問いかけたようだけどその二人の令嬢はぶんぶんと首をふっている。
うんうん、学園長怖いよね。
「そんなぁ!」
「学園長、貴方はこんな奴の肩を持つのですか!? 嫌がらせをするような女ですよ」
クラウス様がヒロインちゃんを背中に庇うようにして吠えるように言う。クラウス様ってこんなにお馬鹿さんだったのかな。これが乙女ゲームの強制力と考えると少し悲しい気もする。
「うーん。誰が見てもリンシアの言い分が合ってると思うんだけど。……ちなみに、階段から突き落とされたのは何時?」
「3日前です! わたし怖くて怖くて……。」
これ見よがしに学園長に右腕の痣を見せるヒロイン。……3日前? 3日前は確か
「3日前ならリンシアは学園を休んでいるよ。」
そうなのだ。3日前は少し体調を崩してしまっていて休んでいたのだ。
と、いうかクラウス様わたしに興味無さすぎじゃない? 別にいいんだけどさぁ……。
「っ…………」
学園長に否定された取り巻き達は悔しそうな顔をしながら私を睨む。ヒロインも目から何かビームのようなものが出るんじゃ無いかと思うほどの目力で睨んでくる。
「という事なので犯人は私ではありませんわ」
自分が劣勢だと言うことに今更ながら気付いたのかクラウス様はくそっ……と大きな声で言った。
そして、剣を抜くと私に向かって振りかぶってきた。
驚きだ。此処まで頭がおかしくなっているとは思ってもいなかった。野次馬も学園長もいる中でこんな事をするとは。愛の力(笑)とは恐ろしいものだ。
クラウス様程度の剣術普通にかわせるのでいいか、と思っていると野次馬から悲鳴が上がる。それはまあ人が斬られそうだったら上げるだろう。
はぁ……。と魔術を発動させようかと思った時。
どぉぉんと大きな音が聞こえた。人が吹き飛ぶ音だ。
私はまだ何もしていない。使おうかな、と悩んでいる時だった。
と言うことは使ったのは……。
「師匠……」
「黙って聞いてれば、俺の弟子を罪人扱いか? 」
師匠はそう言うと五メートルくらい飛ばされて座り込むクラウス様に近寄る。え、師匠私のために怒ってくれてるんですか。私嬉しすぎて泣きそうです。師匠かっこいい。
「弟子……? そもそもお前は誰なんだ」
「ああ? めんどくせえな。これでわかるだろ?」
師匠はクラウス様の前でしゃがむと黒い黒いフードを取った。
「ジーク・ウォン、ツ…………!?」
師匠を呼び捨てるとは何事だ。
英雄であり、二百年以上生きる師匠はこの国では知らない人はいないとも言っていい。世界だとしても知っている人は多いだろう。
遅れて野次馬から悲鳴が上がる。桃色の悲鳴も若干混じっているし、嬉しそうな悲鳴も沢山聞こえる。師匠美形だからなあ。
「な、何故」
「何故、だぁ? だから俺がリンシアの師匠だからだってさっきから言ってるだろ? ……リンシアこんな奴とはもう婚約破棄しちまえ」
「もう言われました」
「あ? お前、俺の可愛い可愛い弟子に婚約破棄するっつったのか?」
師匠、クラウス様とか取り巻きの顔色が真っ青です。あと可愛い弟子って照れます。
そんな中、空気を読まないのがヒロイン。
「わぁぁ! ジーク様だぁ!」
此処にいる全員が思っただろう。お前は黙れ、と。英雄である師匠が喋っている間に男爵令嬢が喋るだなんて失礼にも程がある。
「フィリィ」
宰相の息子が焦った声を出してヒロインを止める。そうだ、ヒロインの名前はフィリィだった。
「ジーク様、リンシア様のこと弟子にしてるんですかぁ? 騙されてますよぉ! リンシア様、わたしのことを……」
猫撫で声を出しながらヒロインは師匠に近付く。師匠は顔を歪めたあと、指をパチンっと鳴らした。
すると、ヒロインは石のように固まった。石化の術だ。
「リンシア、大丈夫か?」
「はい、師匠が守ってくださいましたし!」
そうやってにこにこと笑うと師匠は私の頭をぐりぐりと撫でた。
痛いです、師匠の力半端ないんですから、照れ隠しだとしてももうちょっと優しくしてください。
ざわざわと野次馬が困惑の声を出し始める。
「静かに! リンシア、今日は災難だったね。家に帰って休みなさい。あとは私がやっておくから」
学園長が私に優しく語りかけてくれる。やっておくからが不穏な言葉に聞こえたのは気のせいか。
それでも今日疲れたのは本当なのでありがたく帰らせて頂く。
「ありがとうございます」
どうやら師匠が送ってくれるらしく、手を差し出してきた。その手に引かれながら私は帰った。
──その後、クラウス様含めた取り巻き及び石化の術を解かれたヒロインには相当な罰が下されたらしい。怒った私の家族や使用人にも色々されたらしい。
そして、私はと言うと
「あ、あの師匠……。この体勢は」
師匠の婚約者となっていた。私も吃驚である。なんでこうなった。
あの後クラウス様と婚約破棄した私は、また婚約者を探さないといけないハメになった。その時学園長が何を血迷ったのか「いっそ、ジークと婚約すれば?」と言い出したのだ。
確かに、私は師匠のことが好きだけどそれは親愛のものだ。だけど、何故か乗り気な師匠のせいもあって私は英雄ジーク様の婚約者となったのだ。
「お前がいつまで経っても名前で呼ばないから実力行使に出た」
サラッと言わないで。師匠の膝に乗せられているせいで顔が近い。
「なぁ、リンシア。お前俺に親愛以上の想いは抱いていないって言ったよな」
そうだ。私は婚約する時そう言った。
「は、い」
「じゃあ、なんでこんなに心拍数が上がってるんだ?」
「それは師匠が近いから……!」
美形に迫られたらそれはドキドキするでしょう!?
「ふぅん………」
そうつまらなそうに師匠は言うと思い付いたように私の手を取るとキスをした。
私の顔は真っ赤だろう。口を金魚のようにパクパク開けている。
「まぁ、これからか。待つのは慣れてるしな」
何がこれからなんですか、師匠ーーーーー!!!
ここまで読んで下さってありがとうございます。
リハビリ作品として悪役令嬢もの(?)書かせていただきました。久しぶりに投稿してみたのでドキドキです。
ちなみに、リンシアちゃんは気付いてないだけで師匠のことを恋愛対象として見てたりします。
師匠とリンシアちゃんのやり取りをもっと書きたかったのですが、無念。長くなってしまいそうだったので削りました。また機会があれば書きたいです。師匠の出番少なくて申し訳ない……。
師匠の呪いのこともしっかり書きたかった……。