マニッシュ・フェティッシュ
私には恋人がいる。
カレシ、という表現は、浮ついているようで嫌いだ。
それにどこかフワフワして、自分には似合わないように感じる。
私には恋人がいる。
だが、それを友人に話したことは、一度もない。
友人とお茶をすると、大抵『ミツルギには彼氏できそうにないよね』と言われる。
反論したくなることはあるが、ずっと黙っている。
私は背丈が175センチほどあり、目つきが、あまり良くない。やせ型でもないが、スポーツをやっているので、引き締まり筋張った身体だ。なもので、スカートのような可愛らしい服は、あまり似合わない。
髪は昔は長かったが、切った。
これは恋人の提案ではあるが、要望ではない。私の意志だ。
そんな私の対外的な評価は、当然、『男らしい』だ。
全然嬉しくはない。
好きで男らしくなったわけではない。人並みに、女子力を高めたいと思う感情はある。
料理は得意だ。掃除もする。裁縫だって。カバンの中にはソーイングセットが入っている。
だがここで『バッグ』と言えないのが私の限界であるらしい。
私の所作に、女らしさはにじまない。これがなかなか、悩みの種だ。
私には恋人がいる。
友人たちにこの話をすれば、彼を見せろとせがむだろう。
が、到底、そんな気にはなれない。
私の恋人は見世物ではないから? まあ、確かに、そうだ。
だがきっと、それだけが理由なのではない。
単純に、私が、世間体を気にする見栄っ張りなのだ。
だから私は、彼に苦労をかけているし、自分でも、髪を切らなければならなくなったのだ。
「やっほーう、ミツルギー!!」
駅の噴水前で待っていた私のところに、サヤがやってきた。
手を振って、改札から降りて走ってくるサヤの姿を、何人もの男が振り返る。
当然だろう。あいつは可愛らしい。
振りまく所作のひとつひとつが、私とは比べ物にならないくらいの美少女だ。
決してヒラヒラした服装を好むわけではないのだが、白と青を基調にした清潔感のあるデザインだ。ネクタイつきのシャツと、チェックの入ったフリルティアードスカート。
私も知識では知っている。こういう服を着たくても、私は着れないのだ。だから代わりに、サヤが着てくるのである。
私の服装は簡素なものだ。
黒のジャケットにスラックス。申し訳程度のおしゃれに、耳にピアスなんかつけているが。
「えへへ、待った?」
「いや、いま、来たところだ」
これは傍からは、どう見たって、男と女の、デートにしか見えない。
その証拠に、それまでサヤに見とれていた男たちが、舌打ちをして視線を逸らしていく。
サヤは、私の腕を取り、思いっきりぎゅーっと抱きついてくる。
「……あまり、くっつくな」
「ええ、どうしてー?」
「暑いし、歩きにくいからだ」
甘えるような上目遣いのサヤに、私は思わず視線を逸らしてしまう。
これだ。こういう態度だ。
こういう態度が、ナチュラルにできるかどうか。それが私には足りないのだ。
彼はそのままで良いと言ってくれているが、私にも女のプライドがある。
それを学ぶため、今日も、サヤには付き合ってもらうことになった。
これは誰にも言えない、2人だけの秘密である。
「ミツルギ、相変わらずかっこいいね」
「私はそう言われるのが好きじゃない。知っているだろう」
「でも、髪を切ったでしょ? 長いほうが、もっと女の子らしく見えたよ」
「それは、」
と、私は言いかけて、口をつぐんだ。
私が髪を切った理由なんて、サヤは知っている。知ってて意地悪を言っているのだ。
そして、意地悪を言う資格は、サヤにはある。
私が髪を切ったのは世間体のためだ。
サヤと腕を組んで、デートコースを歩いて、それが、不自然に見えないようにするため。
私がなりたいものと真逆を行くことだとわかっているのに。
こういうのを、ダブルスタンダードというのだ。
「元気ないなぁ。笑おうよ、ミツルギ」
「緊張しているんだ。笑えるわけないだろう」
「これで何度目のデートかな。まだ緊張しているようじゃ、先は長いね」
こいつにそんなことを言われるようでは、我慢できない。
私は、なるべく自分の緊張を押さえ込むようにしながら、口角を釣り上げた。
満面の笑みを浮かべ、白い歯を、サヤに見せてやる。
サヤは思いっきり吹き出した。
頭を殴ってやった。
私とサヤは、いつものようにデートコースを回った。カフェに行って、ショッピングして、映画を見て。
そのゆく先々で、私はサヤの振る舞いをつぶさに観察する。
観察すればするほど、どうにも、ああした女の子らしい振る舞いを、ナチュラルにこなす自信がなくなっていく。
「楽しかったねー、ミツルギー」
映画を見終わったあと、腕にぎゅうっと抱きついて、サヤはそう言った。
「ん、ああ……」
「楽しくなかった?」
「いや、楽しかったは……楽しかった」
私がそう言うと、サヤはにっこり笑って、もう一度腕に抱きついてくる。
「そうだよねー。デートだもんねー」
「いや、デートでは、ない……」
私が、サヤの顔を見ることができずに視線を外す。
すると、サヤは怒ったように顔を膨らませた。
繁華街を抜け、人通りの少ない住宅街。私とサヤは公園に入る。
「サヤ、デートというのは、その、男と女でするもので……」
「男と女じゃん」
サヤはブランコに腰を下ろすと、身も蓋もないことを言った。
「ミツルギの、その考え方が古いとは思うけどさ」
私も、サヤに倣うようにして、隣のブランコに座った。
サヤはゆっくりとブランコを漕ぎ出す。ふわりふわりと、スカートがカーテンのように波をうった。
「男と女じゃん。それだけじゃないでしょ。ミツルギ、僕は、ミツルギの何?」
その質問には、私はかなりの後暗さがあったので、すぐには答えることはできなかった。
ブランコをこぎながら、サヤの視線が私に突き刺さる。
「サヤは私の……恋人だよ」
「でしょう? じゃあ、これはデートでいいじゃない」
サヤはブランコを止めると、今度は私の前に立った。
「それとも、世間体を気にするミツルギとしては、僕がきちんと男の格好をして、ミツルギがきちんと女の格好してやるデートを、最初の1カウントにしたいわけ?」
「うっ……」
図星だ。
「わ、私はその……。私の思いつきで、おまえにそんな格好をさせるのが……!」
「僕は結構楽しんでるけど。これ」
サヤはみずからの両腕を突き出し、その袖を引っ張った。
ネクタイ付きシャツとは言っても、袖の先にあしらわれた花柄は、どう見たって男のものではない。
「納得してないのはミツルギだけだねー。それとも、僕、明日からもっと男らしくいこうか?」
「それはそれで……男同士が付き合っているように、見えないか?」
「見えるかもしんないけど、別に問題ないんじゃない?」
サヤはあっさりとそう言った。
わかっている。サヤはそういう男なのだ。世間体など気にしない。自由に生きている。
そんなところに私も惹かれたのだ。
ただ、
自分勝手だとは思いつつ、私は自分の本音を言った。
「あんまり男らしい態度は、サヤには似合わない」
サヤは一瞬きょとんとしたが、すぐにいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて、こう言い返してきた。
「うん。ミツルギにも、あんまり女の子らしい感じは似合わないかも」
私には恋人がいる。
カレシ、という表現は、浮ついているようで嫌いだ。
それにどこかフワフワして、自分には似合わないように感じる。
だが、ひとつ付け加えるなら、
こいつにも、カレシという表現は似合わないような気がした。