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第八十六話・『また逸れたよ』

 ルージュたちと合流したその晩、焚き火を炊いた簡易テントの中で俺たちは互いに情報交換を行っていた。

 俺からは彼らと対話を試み、結果的に『獣王』を叩けば全てとは言わないが獣人の方は大方の問題が片付くこと。RMクリスタルの情報。『轟嵐の塔』の存在等々、細かい情報を覗いたおおよその情報を伝えることができた。

 こちらが収穫が少ない反面、ルージュから与えられた情報は絶大なる衝撃を伴った。

 まずセリアの現状。洗脳状態で地脈から魔力を無理矢理引きづり出らせているポンプの役割を押し付けられているという事。そして『アリア』の王女の死亡が獣人達の仕業だとでっち上げられたこと。リザの手により雑種竜を清算し続けている『生体複製上位術式バイオ・デュプリケイト・スペリオルスペル』の破壊は成功したが、それは予備の物で本命の代物は『アリア』の地下最深部にあるという事。過激派と穏健派の対立による小規模の内乱が収束してしまったこと。

 そしてそれらすべてがたった一匹の竜種により企てられたという事実を。


「…………あぁ、本当に、愚かな……っ」


 本心では今すぐに竜種どもを血祭りにあげたい気分であった。それでも踏ん張れたのはルージュら仲間たちがそれを望んでいないことを理解しているのと、セリアを受け入れてくれる者たちがこの世から消えてしまうという事実を望んでいないため。

 それが無ければ今すぐ竜どもを殺戮している。

 血が出るほど拳を握りながら話を進めようとするが、ルージュが横に首を振った。


「もうこれで全部よ。これ以上の情報は手に入れられなかった」

「十分だ。むしろこちらより良く働いてくれた。感謝する」

「良いわよ別に。それより早く獣人達の方を説得しないといけなくなった。このままじゃ確実に」

「わかっている。わかっているよ……」


 双方の説得が失敗に終わった場合、待っているのは最悪の泥沼の様な戦争。

 互いが滅ぶまで終わらないだろうその不毛な争いだけは必ず回避せねばならない。個人の欲望で戦争が起こるなど愚の骨頂を通り越している。しかもただの妬み恨みから来る最低最悪の理由だ。そんな理由で種を滅ぶなど、互いに滅んでも滅びきれない気持ちになるだろう。

 ちなみにこの情報はルージュと俺、そしてリザしか知らない。余計に除法を広めて混乱を招きたくはないのだ。むしろ広まってしまったら今度こそ説得の余地がなくなる。


「……ルージュ、脱出するときに幾らか首都にダメージを与えたと言ったが、どのぐらいで態勢を整えてくると予測できる」

「そう言うのやったことないけど……。そうね、宮殿の四割は消し飛ばしたからかなりの混乱は起こっているでしょうね。内部からの大爆発、その原因は捕まえた捕虜。少なくとも民衆の不審は溜まっているでしょうから、状態の整理には最短でも四日かかる。攻めてくるなら五日後ね」

「時間は五日……短いな」

「…………」


 弱音も吐きたくなる。

 何せまだ一歩しか踏み出せていないというのに道のりは長い。早めに解決しようとは思ったが、全面戦争まで五日。諦めはせずとも苦い顔は浮かべてしまう。


「結城、逃げるっていうのは」

「駄目だ。それだけは、絶対に。……いざとなれば、力づくでどうにかする」


 力づく――――力による弾圧。

 イリュジオンとルキナ、そしてこの身に取り込んだニーズヘッグの力ならばどうにか可能範囲だ。

 しかしそれは本当に最終手段だ。

 自分を「全種族の敵」として見せることで、全ての憎しみをこの身に受け、散る。

 できれば避けたい手段だ。


「……なんで、ここまで来ちゃったのかしらね」

「さぁな。不幸……なのは、いつもの事だろ」

「結城、アンタと一緒だと、本当に飽きないわね……いい意味でも、悪い意味でも」

「褒め言葉ありがとう。言ってても仕方ないんだ、事態を改善するためにはレオニードを打倒する必要がある。獣人を束ねたとして竜種に対抗するための時間は最低でも二日は用意したい」

「三日でどうやってあの化け物を倒すのよ」


 かつて魔人と呼ばれ『守護者ガーディアン』として恐れられたルージュでさえアレは『化け物』らしい。勝算は限りなく低い。例えルージュであろうと俺とそう変わらないだろう。たった一パーセントと二パーセントの違いだ。

 本気で考えよう。

 あの男は本当に強い。搦め手など愚策その物。巨大な岩石を数本の蜘蛛の糸で受け止められるかと問われて「はい」と答えるほど俺は楽観的な馬鹿ではないし理想主義者でもなんでもない。

 何か、何か手は――――!!!


「ある……」

「え?」


 そうだ。身近にあったではないか。

 手っ取り早く自身を強化できる方法が――――ッ!!


「『轟嵐の塔』を攻略する」

「っ…………確かにそれも方法の一つだろうけど、三日で?」

「おいおい。俺は『焔火の塔』と『大地の塔』を実質数日以内で攻略したんだぞ。何を今更常識の尺度で語ってんだ」

「……そうね、そういう無茶する男だったわよね。貴方」


 俺の無茶苦茶っぷりに呆れたのかルージュは苦笑を浮かべる。

 だが決して反対しているわけでもないらしい。むしろノリノリに近い。


「どうせ物資の補充もままならないんだ。明日の朝直ぐに向かうぞ」

「わかった。皆にそう伝えておく」

「頼りになるパートナーだよ。お前は」

「どうも」


 ルージュは早速その情報を伝えに立ち上がり、テントの天幕をかき分けて外に出る。

 しかし入り口で急に止まり、天幕の隙間からこちらを見る。


「……無茶して、死んだら何もかも終わりなんだから。自分の身ぐらい大切にしなさいな」

「無茶しないで、何もかも終わったら本末転倒だ。それと……俺は他人曰く『お人よし』らしいんでな。こういう性分なんだ、許してくれ」

「許さないわよ。全く……こういう人だからこそ、惚れちゃったんでしょうけど」

「ん……?」

「好きよ、あなたの事。たぶん、世界で一番」


 そう言い残し、ルージュは去る。

 ……えっと、何この空気。なんでアイツ去り際に告白したんだ。

 いや、告白じゃなくて家族愛の表現か? そうだな。流石にアウローラと長期的に離れていて寂しかったのだろう。何ともかわいい奴だ。

 確かに娘が居るならば、あんな頼りになる娘がいい。さぞ背中を任せられるだろう。将来性も抜群だ。


「――――ダーリンって、本当に鈍感ですよねぇ~」

「お前の露骨なアピールならばとっくに気付いているが」

「そこまでしないと人の好意に気付けないっていうのが……ああ、もういいです」


 スライム状になっているリザが地面に敷いていた動物の皮の裏側から滲むように現れる。

 流石『守護者ガーディアン』。何でもありだ。


「それで、三人の様子は」

「骨折は粗方治りました。意識は明日にでも回復しますでしょうから、特に心配はいりませんね」

「そうか。ありがとう」

「ふふ~ん♪ ダーリンにありがとうって言われちゃった♪」


 何というか、あざとい。わざとらしい私カワイイアピールに対してどう対応すればいいのか。

 無視するか。……いや、エスカレートしそうだかたやめておこう。


「そ・れ・よ・りぃ~、約束、覚えてますよね♪」

「ああ。添い寝だろ。そのぐらいならいつでもいいが」

「えー、それじゃご褒美じゃなぁい」

「…………はぁぁあ。難儀だな、お前」


 嫌いってわけでは無いが、どうもこういったタイプの女は苦手だ。

 やっぱり俺は清楚で謙虚な女性を好むらしい。

 優理とか優理とか優理とか。


「じゃあ接吻キスぐらいはしてやるよ」

「え!? い、いいんですか?」

「したくないなら俺はもう寝る。明日は早いんだ」

「ま、待てくださいぃ~!」


 そのまま動物の皮の敷物に横になる。焚き火の温かみで寒くはない物の、やはりしっかりとした宿に泊まりたいものだ。これはこれで味があるが。

 そして隣でリザが横になり、俺にくっ付いてくる。


「……暖かいな」

「冷たいと思いましたか?」

「ああ。今のお前、まだモンスターなんだろ?」


 そう、リザは元でもなんでもなく現在進行形で『守護者ガーディアン』なのだ。

 曰く『清水の塔』が瓦解したから出てきているらしいのだが。誰かに倒されたわけでもない。つまり未だモンスター。本来ならば倒すべき存在だ。


「……でも、暖かいな」


 ついついモンスターだという事を忘れそうになる。


「ダーリン……」

「……結城」

「へ?」

「俺の本名だ。ダーリンは流石にやめてくれ。呼ばれるたびに背筋が冷たくなる」

「ユウキ、ユウキ……因みに私以外の人は」

「ルージュとアウローラ、ソフィにリベルテとブランネージュだけだ。あとは全員俺の偽名しか知らない」

「そうですか。私一人だけなら面白かったのになぁ……ふふ、でも、ありがとう」

「何がだ」


 そう言ってリザは俺に覆いかぶさる。

 上着越しに俺の肌を撫で、首筋に柔らかい息をかけながら耳元にそっと囁いてきた。


「その名前を教えてくれたのは、私を信頼してくれたから。違いますか?」

「……そうだな。じゃあお前、俺を信頼しているか?」

「当然です」

「……なら俺もお前を信頼している。お前が俺をそう思っている限り、俺はお前を裏切らない」


 リザの言葉に偽りがないと確信し、柔らかい笑みを浮かべてそっとリザの背中に手を回す。


「ユウキ――――ん」

「ん…………」


 ゆっくりと俺はリザと唇を合わせた。

 その行為に愛情が存在していたのかはわからない。しかしその一瞬は――――好きになっていたのかもしれない。


「体が、熱くなってきました…………」

「……これ以上は流石に褒美には含まれていないぞ?」

「そんなぁ、いぢわる…………」


 苦笑し、もう一回唇を合わせた。

 熱い。まるで人間の様だ。


「下の方……大きくなってますよ?」

「ああ、くそ。しまった」


 つい興奮してしまった。可能な限り冷静でいようとは思ったのだが、無理だったらしい。

 数か月前まではこんな事無かったはずなのに、と自身に呆れながら自分とリザの位置を入れ替え、今度は俺がリザに覆いかぶさるような形になる。


「……いいですよ。今夜は、良い夜です」

「ポエムか。…………はぁ……悪い奴だよ。お前も……俺も」


 獣が女に貪り付いた。

 見た目は紫色の毒林檎。だが中身はとろける蜂蜜のように甘い果実。

 男を堕落させる魔性の果実は、堕ちる。

 一人の男に魅了され。



――――――



 強烈な頭痛にうなされる。

 目を開くと、予想していた防水加工を施した皮のテントの天井ではない。

 まるで酔ったように意識を朦朧とさせながら上体を起こして周りを見渡す。

 これでもかというほど真っ白な空間であった。

 見覚えがあるような、無いような。


【やぁ、やっと目覚めたか】

「……ぁ?」


 数秒してようやく自分が話しかけられたのに気づく。

 不味い。本当に意識がどうにかなりそうだ。


【そりゃそうだ。神のみが居ることを許される神域。それも概念神体の固有結界だ。並の生物なら酔うどころか廃人の仲間入り。むしろ大して鍛えてもいないのによく耐えている。流石僕の触覚・・・・・・

「しょ、っかく?」

【ありゃりゃ。本格的に参ってるね。折角話をしようと思って呼びかけたのに。……まぁいいか。ちょっと時期が早かっただけなのは理解してるし】

「何、言っぇ……?」


 舌がよく回らない。意識が途切れ途切れになっていく。正常なのは聴覚だけ。他の五感は全てぐちゃぐちゃにされたようにまともな感覚が捉えられない。


【ちょっと面白いことになりそうだからさ。でもちょっと計画に支障が出そうなのは勘弁願いたいから、さっさと解決してくれると嬉しい。今竜種に姿を消してもらうと、その霊核をわざわざ手の届きにくい魔界にまで取りに行く羽目になるからね。それと、仮にも触覚、最低限の助力程度はできるだろうさ】

「だ、から…………さっきから、何言ってんだっ……!?」

【そろそろ時間だ七死悠姫くん。では、話をもっともっと面白い方向に転がしていってくれよ? それと、今君に死なれちゃ困るんだよ。……今は死なないでよ? これ、命令だから】


 ノイズの塊・・・・・は俺の額に触れると、そのまま奈落に突き落とす。

 白い空間に唯一存在した、真っ黒い孔へと。


悪神ヴァイス・・・・・・直々の命令――――ちゃんと遂行しろよな? アハハハハハッ!!!】


 俺の意識はそこで完全に途切れた。



 跳ねる様に飛び起きる。

 体にかかった薄い毛布を取り払い、汗を大量ににじませたその顔は歪んで恐怖の物に変わっていると自分でもわかるほど醜悪なものになっていた。荒げた息を落ち着かせながら、一度周りを見渡して状況整理を行う。

 夢か。夢だ。しかし余りにも生々しい感覚。

 夢じゃない? だが――――なんだ。


「悪神……ヴァイス……!?」


 ヴァイス教の崇め奉る『善神』。その名前がヴァイスのはずだ。

 なのにアレは自分を『悪神』と名乗っていた。全く逆の名を宣言したのだ。

 性質の悪い布教映像か何かを小一時間たっぷり見せられたような気分になりながら、その場で力が抜けたように尻餅をつく。

 その拍子に、左手に何か柔らかい物が触れた。


「へ……?」


 むにゅん。そんな擬音がしそうなほど柔らかく張りの良い美尻。

 目測で確実に上から90・57・88という黄金とも例えてもいいだろう体つき。万人が見れば万人とも振り向くであろうその美貌が今、全裸の状態で俺の前にさらけ出されていた。


「う、ぅん……」

「あぁ……あぁ、ぁぁ、ははは」


 昨日の来迷ったと言って酔うほど愚かな行為を思い出して泣きそうになる。

 身体は最高。性格は最悪。そんな女に手を出した男の末路はいつも破滅。そんな自分の将来を直感し、軽く死にたくなってきた。


「ユウ、キ……だぁいすき…………」

「…………子供かよ、ったく」


 寝言でも愛情表現か、と半ば呆れながらその頭を軽く撫でる。

 こうしてみると、本当に恋人同士の様だ。

 まるで美影の様な――――青い髪と――――性格―――――――――――――――ぁ。


「――――――――――――――――――――――ッッ!?!?!」


 これまでに感じたことのない恐怖が全身を駆け巡る。

 駄目だ、と本能が全力で叫んでいた。

 そうだ。

 俺は幸せであっ・・・・・・・てはならない・・・・・・

 その幸せは何時か不幸・・・・・・・・・へとなり替わるのだか・・・・・・・・・・

 それは俺が一番よく知っていることではないか。


「ぅっ、ぁが……………っつ」


 幸福。裏を返せば破滅。

 表と裏は皮一枚挟んでいるだけ。きっかけさえあれば直ぐに裏返ってしまう。

 怖い。

 今を失ってしまうのが。

 だからと言って幸福を無くせばいいなどというのは本末転倒。

 どうすればいい。

 不幸なままで居ろというのか。


「は、ははっ…………頭、冷やすか」


 何も言えなかった。

 ただ無言で、静かに服を着てふらふらと無気力に外をふらつく。


「…………疲れたな」


 上手く行くかもどうかもわからない戦争調停を請け負い、今こうやって東奔西走している身としてはそうとしか言えなかった。未だ一種族も束ねられていないのに、時間は最低でも五日のみ。時間切れ=戦争開始という現実は俺の胸に深く突き刺さる。

 俺にできるのか。そんな考えで頭がいっぱいだった。

 破壊しかできないこの身に介在など可能だろうか。

 いっそ、壊してしまえばよいのではないだろうか。


「――――リースさん?」

「…………あ、えと」


 呼びかけられて、軽く振り返る。

 そこには修道女の様な恰好をしたフェーアが静かに佇んでいる。

 どうやら付けて来たわけでは無いらしい。


「ど、どうかしたのか? 何だその恰好」

「一応これでも神を信じる者ですよ、私も。よかったら、一緒に来ますか?」

「…………」


 答えに迷う。

 しかし『轟嵐の塔』突入まではまだ余裕はある。物資の補給ができない以上その分時間が大幅に空くのだ。ならば、せっかくの誘いに断りを入れる必要もないだろう。

 無言で頷くとフェーアは微笑を浮かべて俺の手をそっと引く。抵抗もせず、それに導かれる形で俺は集落でぽつんと置かれていた礼拝堂だった。

 中に入ると、年老いたしわのある顔を乙獣人達が何人か無言で祈りをささげている。

 彼らの前にあるのは大理石の様な材質で彫られた女神像らしき物。頭に羊の様な角が生えている、子供の様な姿は、確かに幼さあれど母性を感じる物であった。


羊女神ようじょしんハーヴメル。かつてこの南極大陸に豊かな緑をもたらしたとされる地母神です」

「…………豊穣の女神か」


 礼拝堂に置かれた長いベンチに腰掛ける。

 フェーアはその後、静かに祈りをささげるため両手を合わせ頭を下げる。

 この姿、今はとても滑稽に思えてしまった。


「貴方は、祈らないのですか?」


 ふとそうフェーアに問われた。

 そして、自然と俺の本音は抵抗もなく口から出てしまう。


「……神は信じていない」

「どうして?」

「昔はそりゃもう一心不乱に祈っていた時期もあった。……だが救済は無かった。それから信じるのをやめた」


 この身を救ってくれ。そう何度も願ったこともあった。

 十数年も前の話だ。今ではすっかりそんな気迷いはなくなっており、ひねくれた奴になってしまったが。

 もし言い伝え通りに、神は可哀想な者を救ってくれるというなら――――それは嘘だ。何故なら。


「人間一人救えない神様、信じてどうする」


 毒を吐く様に、当たり前の事を言うように、フェーアにだけ聞こえる様に呟く。


「……ごめん、少し鬱気味でね。だが神を信じていないっていうのは、本音だよ」

「神はいますよ。そうでなければ、今私たちがここに居る理由が無い」

「神は生物を創った。自然を創った。――――で、その後神が何かをしたか? してないさ。創るだけ創って置いて後は自分たちの作品眺めて談笑。俺たちのしていることは無責任なクソヤロウ共に話のタネを用意しているだけに過ぎないんだよ。……変に干渉されても、困るっちゃ困るがな」


 光の映らない虚ろな目で女神像を見つめる。

 その瞳に希望はなく、ただ虚無が広がっていた。よくある話だ。無茶で理不尽な出来事を前にしたとき、無言で空を見上げたりするのは、普通の事だろう。

 諦めたくなる。

 だが、それでも――――


「往生際が悪いっていうのかね。はははっ…………全く、俺もおかしくなっているな」


 諦めない。諦めたくない。

 俺が諦めたら、仲間たちが居なくなってしまうから。

 それだけは何としても、止めなければならない。

 身勝手だと笑え。

 馬鹿だと罵れ。

 それでも俺は歩みを止めない。クソッタレな世界を敵に回してでも、止まるものか。

 だから、今回だけは――――


「頼むよ神様…………アンタらを信じている奴ぐらいには、安息程度はくれてやれよ」


 手を合わせて、祈った。

 二度と信じるものかと吐き捨てた神を、都合よく崇めた。

 それが無礼だというのは重々承知している。

 それでも、俺の腕だろうが脚だろうが勝手に持って行って構わないから――――小さな救いを下さい。


「それが俺の……馬鹿みたいな頼みです」


 祈りを終えて、顔を上げる。

 女神像が、気のせいだろうか、微かに笑っているような気がした。

 ……我ながらメルヘンチックだ。


 ――――最後の最期で神頼りか? 何とも下らん行為だ。

【同感です。神は現世に干渉しない存在。祈っても酸素の無駄なだけです】

『そうだよそうだよ』『私たちに体を預けた方がいいよ?』

「言ってろ馬鹿ども」


 俺の体内に住み着く三馬鹿ルキナ・サポートシステム・イリュジオンどもにそう言い捨て、立ち上がる。

 フェーアは何も言わなった。

 俺の中の迷いが、少しだけ消えたことをわかったのだろうか。それとも、神に祈りをささげたことを喜んでいるのだろうか。

 どちらにせよ、もう行かなければならない。

 外に出て、今度はこちらから三馬鹿どもに語り掛ける。


「――――腹くくる。今回は死んでも構わない」

 ――――ほう、随分男らし顔つきになったじゃないか。私好みだ。

【今回の依頼に関しては死亡率が90%を越えています。逃亡を推奨しますが……我がマスターにその意思が無いようですね】

『おー、かっこいいー』『かっこいー!』

「だからお前らなぁ…………ったく、頼むぞ?」


 今まで信用も信頼もしていなかったそいつらを、初めて信頼する旨の言葉を贈る。

 返答はなく、絶句したような呻き声しか聞こえない。


 ――――ふ、ふん! いいだろう。今回ばかりは協力してやろうではないか。

『お兄さんカッコいいし美味しいからお手伝い頑張るよー!』『よー!』

【私は何時までも、マスターに付き従いますよ】

「…………何だかんだで、いや。……じゃあ、動きますか!」


 頼もしい、その言葉を押し込める。

 その言葉は、全てが終わってから伝えるべきなのだから。

 肩の重荷を振り払い、俺は足を進め出した。

 破滅か救済かもわからない道を。



――――――



 パーティが完成する。

 メンバーは俺、ルージュ、リザ、アウローラ、ベルジェ、ジルヴェ、スカーフェイス、ソフィ、おまけとして実質戦力外である狐人であるエレシア。計九人といささか大規模なパーティが出来上がった。

 前衛は俺を中心にルージュ、ベルジェ、ジルヴェ。後衛はリザを中心にスカーフェイス、アウローラ、ソフィ、エレシアだ。基本的な戦術としては後衛から補助魔術を受けながらの突撃戦法。背後を取られても非常戦力であるスカーフェイスとアウローラで対応。中々完成されたフォーメーションだ。

 問題は消耗品が致命的に足りないという事だろうか。まさかHP回復用のポーションさえ打ってなかったとは想定外だった。それほど物資が不足しているという事だろうが。

 幸い手持ちのポーションで何とかなりそうだが。

 とにかく昼前に第一階層に突入した。形状は『大地の塔』と類似している、極めて簡素な円柱型だ。問題点としてはやはりというかものすごくデカいという事。直径五キロ、高さ百五十メートルの巨大な塔。

 まぁ『焔火の塔』の形が異常なのだろうが。あれは塔というか城だからな。

 とにかく一層目。――――端的に言えば雑魚の巣窟だった。

 当り前だ。何せ一層目の奴らは大体レベル10程度。レベルが100を超えてしまった自分では雑魚以下の存在。序盤のダンジョンに終盤状態で訪れるような物か。

 一層目は問題なくクリア。罠らしきものも毒とかそんな物だったが、今更そんなもの効くわけもなく無事二層へと続く巨大螺旋階段を発見する。

 呆気なく難関ダンジョンをクリアしたことに少々驚く。

 難関つっても今の俺たちが異常なだけか。

 そもそもまだ200レベルにも到達していないのにステータスの大半がすでに平均400切ってるってどういうことだ。事実俺が魔導銃エーテルブラスターをぶっ放しただけで巨大な光の槍が放たれて出てきた実体のないモンスターやら体の一部が竜巻になっていたモンスター等々をぶっ飛ばせた。

 そういう意味では今の俺は異常ともいえるか。

 改めて整理すると今の俺って以上の素質による超高ステータス・防御無視のチートスキル持ちの魔剣・防御無視で相手を侵食して取り込む悪魔・よくわからんがいつの間にか取り込んだ魔竜の膨大な魔力とかとかと超強化されている。寿命が事実上あと一ヶ月だがな!


「? リース、どうかしたの?」

「あ、いや……なんでもない」


 とにかくさっさと『風の現身』の力を改修して少しでも己の身を強化しよう――――そう思いながら階段の一段目に足を掛ける。

 直後に怒る強烈な強風。反射的に上を見上げると――――右手に金銀で飾られた一振りの剣を携えた女性が、階段に座っていた。

 知っている顔だ。

 何せ自分に致命傷寸前の傷を与えてくれた怨敵なのだから。


「ウィンクレイ……ライムパール」

「姉さん……!」


 俺が名を告げると、忌々し気にジルヴェが声を上げる。

 彼女としてはアレは身内の恥というべきもの。姉が欲望に従ってモンスターと成り果てたなど、見るに堪えない光景なのだろう。


「やぁやぁ皆さんこんにちは。数日ぶりだね。三日? それとも四日? まぁいっかどっちでも。問題は……ちょーっと君たち強すぎるよぉ? 見てて全ッ然面白くないッ!! 何それ何それ何数日で前会った時より倍以上に強くなっちゃってんのリィィィスフェルトォォォオオオオ??? もう少し苦しんでくれた方が見甲斐があるってのにヨォォオオオオオオオオオオオオオオ??? ま、私が舐め過ぎたってのもあるけどね」


 言うだけ言い切って、ウィンクレイは静かに立ち上がり右手に握った剣の切っ先をこちらに向けてくる。


「しかもっ、私の左腕、何時返してくれるのかな? 魔力の殻のままでいるのも大変なんだけど」

「返すと思うか?」

「でっすよねぇーーーっへへへへはははははははは!! んじゃこうしようか、リースくん。君の傷を治してあげるから左腕戻してくれないかな?」

「何?」


 随分とこちらを舐めているような言動だが、それだからこそ意外だった。

 まさか交渉を行いに来るとは。左腕とは――――やはり俺が喰った・・・『風の現身』の力の事だろう。確かにあんな出涸らし程度あってもなくとも変わりないが、それでも彼女にとっては腕一本を失ったようなものの様だ。

 此処で返せば折角削った相手の戦力が戻ってしまう。かと言って断ればこちらも本調子を出せない。はっきり言って互いに互いの傷をほじくり合っているような状態なのだ。

 胸に開けられた傷も未だに出血を続けている。現身の力による再生力で高速で血液生産し続けることで失血こそ避けられているが、全力での戦闘になったらどうなるか分かった物ではない。しかも相手の持つ再生阻害の力を持つ魔剣。あれで更にダメージを蓄積してしまえば後が無い。ならば――――相手の要求に応えて、コンディションを万全にした方が利点がある。

 そも、相手の能力はまだ未知数。すでにある程度の性質を理解し終えた、役に立たない力など渡そうが微々たる問題しかない。それにあの様子、どう見ても「そんなもん無くても勝てる」という余裕。

 ウィンクレイは生粋の戦闘狂と聞く。ならば、全力の相手と矛を交えたくなるのは納得できる。理解はできないが。


「いいだろう、返してやる。代わりにちゃんと直せよ」

「へぇー。意外に素直なのねボーイ」

「黙れバトルジャンキーめ」


 後ろで待機している皆には手を出すなと、前を手で遮ることでで伝え、単身でウィンクレイの居る段に昇っていく。もしかすると、と一応隙を探ってみるが、流石というべきか一切ない。

 生粋の武人という性質は変わらないというわけか。


「んじゃさっさと済ませますか。この後君たちにサプライズプレゼントも用意してるし」

「ん? 今なんつった」

「はいはいさっさと返してねー」


 ウィンクレイは俺の右腕を引っ手繰る様に掴むと、体内にあった『風の現身』の力を吸い上げる。

 幸いというべきか、他の力は取られなかった。彼女にとってもチャンスなはずだが。


「流石の私もわかってる猛毒を喜んで飲み込む趣味はないんでねー」


 その毒というのはルキナの力の事だろうか。確かに猛毒だ。それ以上と言っても過言ではない。

 答えを聞く前にウィンクレイは俺の右手を離す。

 そして自身の左腕を引っこ抜いた。と言っても、中身は抜け殻の殻だったのだが。

 ボコボコと気持ち悪い音を立てながらウィンクレイの左腕は高速で再生。経験のある身としてはやっぱり気持ち悪い。


「よっし、ちゃんと戻った」


 ウィンクレイは自分の左腕を軽く振って調子を確かめる。問題が無いと判断したようだ。


「んじゃ傷見せて」

「……わかった」


 着ていた服を捲り、巻いていた包帯も解いて傷を見せる。

 穴は未だ健在。血は少量ずつだが止まらず溢れている。

 ウィンクレイがそれを指でなぞると、指についた血を舐めながら小さく頷いた。


「凄まじい再生力だね。普通『竜屠る聖人の魔剣アスカロン』喰らってここまで再生できるやつ、殆どいないよ? あの獣王ですら完治できなかったほどなのに」

「獣王もか?」

「ま、残念ながらもう治ったみたいだけど。流石に強すぎ、アレ。マジで死ぬかと思ったからね」

「そうか……じゃあ、さっさと治せ。これでも結構痛いんだ」


 鈍痛が止まらない。傷口が開いたからだろうか。


「じゃ、遠慮なく――――あーむっ」

「は?」

「「「「なぁ――――!?」」」」


 突拍子もなく、ウィンクレイが俺の傷口にかぶりつく。

 どちらかと言うと甘噛みだが。しかし確かに傷口が治っていく感覚はしていた。

 代償として少し血を吸われたが。

 数秒そんな状態が続き、ウィンクレイがさぞ美味い物でも食った顔で「ごちそうさま」と戯言をほざいた。

 見ると、傷は塞がり血は止まっている。

 約束は守ってくれたようだ。


「んー、割と好みの味だったよ、君の血。今までで一番うまかったかも。相性良いのかもね」

「馬鹿が」

「にゃっはは、すまんね。『竜屠る聖人の魔剣アスカロン』で付けた傷は所有者の体液じゃないと治らんのよこれが」

「じゃあ唾付けるだけでよかったんじゃ……」

「趣向の一つだよチェリーボーイ。あ、もうチェリーじゃないか」

「一言余計だ糞尼が」


 というか何で敵とこんなに息が合ってんだか俺は。

 ウィンクレイは小馬鹿にしたように笑いながらその場で小さく跳躍。そのまま風で作り上げた透明な玉座に座り、こちらを見下すような体勢となる。


「さて遊びは此処までに使用。楽しかったけど私は私の役目を」果たさなければならないんだ」

「簡単なダンジョンをクリアさせることか?」

「残念流石に面白くないし君たちには特別区画にご招待することにするよ」

「は? 特別区画?」


 何を言っているのか理解できない。

 つまり、何だ。

 俺たちをお前が作った空間に飛ばすって事か?


「用意したのは強力な特異固体が一つの部屋に一匹ずつ。部屋は各自三つずつ。簡単に言えばすっげぇ強い固体が三対りうからそいつら倒してねって事。出発地点は合計四か所。ペアは各自ランダム。一人余るから一か所は三人になるけどまぁいいでしょ。んじゃ――――待機魔法発動ローディングマジック、起動せよ。古代魔法《無差別転移インディスクリマナート・テレポート》」

「てめっ――――待て!」

「だぁめ、待たなぁ~い」


 咄嗟に手を伸ばすが、空を切る。

 空しく抵抗もできず、俺たちは魔法陣に囲まれ――――光に包まれた。


「さて、面白い物を見せてくれよ?」


 そんなふざけた妄言を最後に聞いて。




何か主人公が童貞捨てたせいで積極的になってきているような気がしなくもない。あれだよアレ。女を知った男ってやつでっさぁ。

例えるなら草食系ほどアレがデカ(nice boat

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