幕間の話
補完編みたいなのを作ってみました。個人的に少し展開が飛ばし飛ばしすぎたなとか若干後悔したので。
リザ・ネブラ・シレンツィオアックア。
それは本名の様な物で実は違う。単純な話洗礼名――――魔女が初めて実力を師に認められた場合付けられる名前だ。それが『静寂なる水』と言う名。リザと言う呼び名あるのだが、如何せん彼女は赤ん坊の頃に人間ではなくなってしまったため、本当の名前が何なのかも、その名付け親が誰なのかもわからない。育ててくれた者は義母であり、たまたま拾った赤ん坊を実験材料にするような奴だ。ヴェスティス・ネブラ・ディクライン=ヴァーミリオン。自他問わず『血』を操作するのに特化した『魔女』。その性格は『壊れている』としか言いようがなく、また彼女はリザに対して愛情の一つたりとも抱いていなかった。結局のところ優れた道具を作りたかっただけなのだろう。
その結末はいたってシンプル。偶然鉢合わせした騎士団と戦闘になり、戦いの果てに死んだ。
リザはその頃既に『守護者』と化していたせいで間近でその死にざまを実際に見ることはできなかったが、遠視の魔法で微かにその結末を見届けたのは事実だ。
その死にどんな感情を抱けばいいのか、リザはわからない。
愛を受けないで育った彼女は、やがて愛が何なのか探る。
自身に挑んでくる者にそれを問い続けるも、本当の答えが返ってくることはなく。
また彼女自身が愛されることもまたなかった。
それは『魔女』という出生故。
それは『守護者』という出生故。
それでも彼女は自身が愛されることを望んだ。
私を愛してください。
あなたを愛させてください。
それが百年もの時が経とうとも変わらぬ彼女の望みであった。
――――そして彼女はやがて一目惚れという物を体験することになる。
美しき身体、聡明な声、ああそれもよかっただろう。
しかし彼女にとっては外見などどうでもよかった。――――彼女は彼の魂に恋をした。
清らかで、暖かくて、優しい魂に。
きっとこの方ならば自分を愛して下さるだろう。そう、本能的に理解したリザは、やがて献身的に彼と接することになる。その名は志乃七結城。異世界からの来訪者。
自分の危険を顧みず、自らを信じてくれる者を護ろうとする小さな勇者。
リザは恋し、愛し――――喜びを知る。
これは彼女が愛を受ける少し前の話。
――――――
リザは現在神殿らしき場所に居た。
神殿ではない。確かに巧妙な彫刻や銅像、祭壇こそあれど神殿にあるべき『神聖さ』が皆無だった。小神程度であろうとも多少『らしい』空気がある筈だ。それが無いとなるとそもそも神殿として作られた場所でもないのだろう。
「ま、そも地下なんかに神殿を作ろうとする物好きが居るとは思えませんが」
ため息交じりにリザはそう呟く。
現在地点、神殿改め『生体複製上位術式』発生源。神殿に擬態させた疑似竜種生産場所。悪趣味極まったふざけた魔法を使って似非竜を量産するというアホみたいな発想が現実化している場所である。
「――――グァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
「はぁ……これで二十三体目。飽きませんね」
背後に現れた灰色の竜に人差し指を突きつけ、指先に生成した水の弾丸を放つ。
それだけで断末魔すら上げさせずに竜種の頭部を吹き飛ばす。
竜にしては呆気なさすぎる最期。当然だ。触媒もなしに生成された幻想種など高が知れている。魔力のみで構成されたモンスターと同類なのだ。確かに竜なれどそこら辺で自生しているモンスター竜と同じ。
しかし二体三体だけならともかく、これが数百もの軍勢を作って荒波のように押し寄せるとなると確かに厄介だ。腐っても竜。防御力だけは確かであり、リザとて見方を巻き込まざるを得なくなる。
ただしリザが結城以外をどうでもいいと考えているので特に問題ないが。
味方にとっては大ありだけど。
「しかし、まさか地脈の魔力を使いますか。残り少ない生命線をこんなくだらないことに使うとは……いよいよ竜も末ですね。ま、この世界に残っている奴らは大体魔界から弾き出されたアホ共らしいですが。――――はい、二十四体目」
天井から襲い掛かろうとしたワイバーンの頭部を先程と同じく水の弾丸で撃ち抜く。
勝負になっていない。当り前と言えば当たり前だが。
何せ彼女は『守護者』でも第五領域――――フィフスステージに到達している。地力ならルージュに分が上がるが、戦闘経験だけならばリザの方が遥かに上だ。
それに彼女は身体を水に変化させることができる。その時点で炎や凍結などの水に有効な攻撃でないとダメージを与えられない。そういう意味では彼女は一種の不死存在と言っていいだろう。
彼女自身が肉弾戦が不向きなせいで、総合的に考えればあまり強くはないが。
今の結城相手でも防戦一方になるだろう。彼女の本分は遠距離からの強力な魔法での一撃だ。
つまり今の状況は極めて不利と言っても差し支えないのだが――――この場所にリザが侵入してから三十分。それまでこの場所で生産されたであろう竜が計二十四体も襲撃してきたが結果は御覧の通り。
傷一つさえできていない。
「レベル120程度の雑魚どもが、レベル627の私に勝てるとでも?」
――――基本的にこの世界ではレベルが300を越えれば街一つ程度ならば一日かけて壊滅させることができるほどになる。常識の世界で語れば『強い』と言えなくもない。だが、この世界ではレベルが上がれば上がるほど寿命が延長されていく。つまり強くなれば修練のための時間が比例して伸びていくのだ。
飽くことなく己を鍛え続けた果ての果て。それがレベル999と言う限界点だ。
基本的に戦乱の時代で五百年あれば才の無い者でもたどり着けるだろう。実際、今は平和な時期だが昔は化物がそこら中にはびこっていた。ヘルムートクラスの輩が雑兵として扱われていた時代があった。
それで、平和な時代になればそのもの等は必然的に英雄視される。
その期待に応えて人々を守護する騎士になる者もいれば己の力を過信して全てを支配しようとする者も現れていたのは言う必要すらない。
とにかく――――リザがたった百年で既にレベル600台に到達しているのは異常ともいえる。それは『守護者』全員に言えることだが。
ただし侮ることなかれ。
この世界ではカンストしてからが『本番』なのだから。
「あーもう。この神殿丸ごと沈めてやれればよかったのに……」
リザがさりげなく恐ろしいことを告げる。
実際にそれができるというのだから、近くに人が居たら確実に青ざめるだろう。
しかしそれはできなかった。
何せ崩れて砂に埋もれてしまえば本当に魔法が止まっているのか生きているのか確認ができなくなる以上、取り返しのつかない事態に繋がる行動は慎まなければならない。
『――――止まれ』
「あ?」
何処からともなく聞こえる声に対し、リザは苛立ちを隠すことなく何もない空間を睨みつける。
そしてその正体を即座に見抜いたリザは真顔を崩して微笑を浮かべ始めた。
「あら、あら。どなたでしょうか?」
『魔性の魔女か。どんな用事があるのかは知らぬが、ここから早々に立ち去れ』
「さもないと? どうせ殺すとかそんな感じでしょうから聞きません。つか、奥に引き籠って『念話』を飛ばさないと会話しない奴に指図されたくはありませんね」
棘のある言葉で姿を見せない者の指示を一刀両断し、リザは祭壇へと歩を進ませる。
『貴様の身を案じて言っておるのだよ。我とて女子を殺ししたくはない。例え見た目だけだとしてもな』
「……ふむ。番人、使い魔の類ですか」
それならば先程まで積もっていた疑問が解消される。
番人、要するに門を護るゴーレムの様な存在としてならば会話をわざわざ『念話』を使っていることの説明がつく。世数にその場から動けないからこうして遠くから警告してくるのだろう。
そしてその口ぶりからして相手はおそらく竜種。しかしかなり特殊な、モンスターとして分類されている種類だ。高い知能を持った魔物を使い魔として使役したのだろう。
「……なら言うことを聞く道理も無いですね」
『警告はしたぞ、魔女よ』
その言葉を無視してリザは祭壇を蹴り飛ばした。
石造りでかなりの重さを有しているであろうそれはあまりにあっけなく吹っ飛び、奥の銅像に衝突して粉々になる。
リザはそれに目も向けず、祭壇のあった場所を見る。
そこには四角く切り取られた穴があった。隠し階段だろう。しかもかなり大きい。
笑顔のまま階段に足をかけ、罠の類が無いことを確認しながらゆっくりと一段ずつ降りていく。
罠があろうが大抵の物ならば意味が無いだろうが。
「ああ、早くダーリンに会いたいな、会いたいな。まったく、竜種どもも面倒なことをしてくれたものですねぇ。百匹ぐらいぶち殺さないと割に合いませんよぉ」
五分ぐらい下っただろうか、やがて巨大な門が現れる。
かなり大きく、高さは十メートル。幅は五メートルほどの鉄製の門が其処に有った。
それに軽く触れて――――本質を即座に理解するとリザが過去最大級の嫌悪感の現れた顔になる。
「うっわぁ……ホント悪趣味ですね、これ作った人。たぶん『生体複製上位術式』を作成した人と同じでしょうけど……。一遍死んだ方が世のためになるんじゃないですかコレ」
完全に嫌悪感を拭いきれないのか、リザは握りこぶしを作ってプルプルと震えている。
無理もない。
「はぁ……通路がここしかないので進むしかないでしょうけど」
鉄製の門を軽く押すと、門が自動的に開いて行く。
表情を整えながらリザが部屋の中に入ると、門が直ぐに閉じていく。予想通りなのでリザは全く焦らない。むしろ予想通り過ぎて呆れすら覚えている。
その部屋は――――白かった。
恐らく魔術的な処置が施されてそう見えているだけなのだろうが。
数秒ほど部屋を眺めていると、黒いコールタールの様な物体が部屋の中央で蠢いているのが分かる。
リザがそれに気づくと黒いコールタールは形を徐々に変えていく。
肩まで届くふんわりとしたエアリーボブ。少し垂れ目の、十八歳ほどの女性。
間違いなくリザの姿であった。――――姿だけは。
全身が真っ黒になっており、人間らしい肌は全く見受けられない。更に目は赤く染まっており、リザの蒼い瞳とは似ても似つかない。
「ほんと悪趣味ですねぇ……ぶっ殺したい」
『――――ヒ、ヒヒヒッ』
静かにリザが怒りを見せていると、黒いリザは小さく笑う。
『こんちにはぁ、私』
「こんにちは模造品。できればさっさと消えてほしいのだけれど」
『それは断るわぁ。こんな私でも一応自我はあるの~。消えたくは、無いんだぁ』
「――――あ、頼みじゃないですよ? ……命令だからさっさと失せろ」
『ふ、フフフフ。同族嫌悪かしら~? 奇遇ね、私も今あなたをものすごく殺したいの~』
リザの偽物は右手に真っ黒な大鎌を出す。
それを見てリザは完全にポーカーフェイスを崩す。
『《魔性の大鎌》、でしたっけぇ? なんで使わないのかしら、こんな素敵な魔剣……』
「剣じゃなくて鎌、というツッコミは野暮でしょうかね。――――来なさい、《魔性の大鎌》」
リザも同様、蒼い透明な鎌を右手に出現させる。
元々リザが所有していた魔剣、厳密には違うだろうがとにかく魔剣だ。
その特性は極めてシンプルなもの。
殺した生き物の魂を吸う。
それだけだが――――だからこそ凶悪であった。
何せアンデッド、特に無限に復活するタイプの吸血鬼などに対しては天敵と言って良いほどの特性を発揮するのだから。当然、普通の生物にも作用する。
「一つ訂正しますよ? 使わないんじゃなくて『使う必要が無い』です。わざわざこんな悪趣味な武器を使わないといけない場面なんてほとんどありませんでしたし」
『まぁ、それは正論ねぇ。でも――――私にとってはそれが今よ~?』
「さっきからうるっさいですねぇ、この淫売。黙って襲うこともできないのかしらぁ?」
『…………』
リザがそう言い放つと、偽物はその笑顔をピクリと硬直させる。
そして右手に持った大鎌を構えて、疾駆。常人ではとらえきれない速度でリザの首を手に持った得物で跳ね飛ばそうとする。
それに反応したリザは、同時に疾走開始。大鎌の攻撃不可能範囲である懐へと潜り込もうとした。
一瞬の交錯。
一度だけ大きな花火が散り、互いの位置を好感したような形に終わる。
「やっぱりねぇ~。自分だからかな?」
『自分の考えることなんて、自分でわかるからねぇ。対応も簡単よ~?』
「でも~、お互い様でしょう?」
『そうねぇ~?』
互いの思考を呼んだ直後、二人は互いに手を突き出す。
「《水禍よ、射殺せ》」
『《水禍よ、射殺せ》』
二人の足元に魔法陣が一瞬で展開。
そこから大量の水が溢れ出、空中で鋭い槍へと形を変化。
直後爆発するようにその槍は打ち出されて、互いの槍が衝突して霧散。しかし止まらない。溢れ出た水が次々と槍と化し高速で打ち出される。マシンガン真っ青のペースで戦車の徹甲弾並みの貫通力を持った槍が音速で打ち出される様は圧巻の一言に尽きる。
しかし互いに戦況はイーブン。同一の実力を持っているが故に決着は全くつく気配が無い。
そんな中、リザの偽物が滑稽なもの見るような目で口を開き始める。
『貴女を見ていて、本当に笑いしかこみ上げてきませんよ。オリジナルさん』
「ふーん……理由はなんでしょう?」
『――――人に愛されようと必死になっているその無様ですよ』
躊躇もなく偽物はそう告げる。
『私は貴女の心の奥底の闇を模っているからよくわかりますよ。必死になっているんですよね。そんなちっぽけな願いをかなえるために。実にアホらしいですよ。自我を持った私だからこそわかる』
「……………………」
『本当に馬鹿馬鹿しい。本当に思っているんですか? 化け物が愛されると!? 愛されるわけないでしょう? 人間でもない私が人から愛されるはずがない。やる前からわかっていることを、理解していてやっている私はとても見るに堪えません。だから殺したくなったんですよ』
「…………そうですか」
『そんな様になる前から、生まれた時から、幼少のころから、何十年経った今でもあなたは誰からも愛されていない。この先もずっと愛されない。わかっているんでしょう? 何故無駄な時間を過ごすんですか? 自分が恥ずかしいと思いませんか? 結局のところ私はただの化物ですよ。他人から愛されようだの思っている哀れな化物。違いませんか?』
「はぁ、そうですね」
それは確かに真実だ。リザ自身、自分が愛されるなどと思ったことはない。
だが今こうして愛されようと努力しているその様は、第三者からしては滑稽過ぎて笑えるのだろう。
それはわかっている。間違いなくリザ本人も理解している。
理解しているからこそ――――こうして抗っている。
『…………気に入りませんね。何ですその反応。もっと悔しそうにしていいんですよ?』
「悔しいも何もわかっていることを言われてもウザいとしか思えませんが。というか、本性を模っているとかなんとか言って置きながら今の私の気持ちは理解できないんですね。まさか失敗作ですか? ねぇねぇ、失敗しちゃったんですかぁ? できそこないなんですかぁ? アハハハハハハハハハハハ!!! まっさかコピーがオリジナルの心理状態も把握できないとかないわー。ぷぷっ」
『……随分低レベルな挑発ですね。できそこない? 馬鹿言わないでください。私は完璧な複製ですよ』
「じゃあどうして私の気持ちを理解できないんでしょうか?」
『それは貴女が――――』
「否定しようとムキになっている、なんて滑稽な答えは返さないでくださいよ。これ、本心ですから」
『っ――――』
リザは既に理解していた。この術式には致命的な欠陥があるということを。
確かに部屋に入った者の本質を複製するのだけは完璧だろう。しかし本質と理性は全く異なる代物だ。
コインの表と裏。水と油のような関係。決して混じり合う事は無いそれの一面だけを複製した所で、もう一面を理解できるはずがない。
要するに今其処に有るリザの偽物は欠けているのだ。
チョコの無いチョコクッキーのような状態だと思えばいい。
『私は完璧だ。私はできそこないなんかじゃない。私は――――』
「言い訳結構ですよ欠陥品。ここは貴女の出られる舞台じゃないので、さっさと退場してくださいな」
『私は欠けてなんていない! 私は、私はァァァァアアアアアアアア…………ッ!?』
「ようやく崩れてきましたか」
偽物の方の魔法の勢いが弱まっていく。同時にその体の形も徐々に崩れていっている。元々傾いた天秤の状態だったのだ。両立して初めて安定する心のバランスが崩れてしまえばそのストレスは尋常な物ではない。
自分の目論見が大成功したことに薄く笑みを浮かべ、リザは余力で最後の魔法を構築し、発動した。
「《八岐大蛇は水蛇の如く》」
魔法名を唱えたリザの背後に八つの魔法陣が展開される。
そこから大量の水が吐き出され、その水はそのまま蛇のような形へと変わっていく。
それが八つ。全ての蛇が一斉に口を開く、赤く光る眼で偽物のリザを睨みつけた。
『ひっ――――』
蛇に睨まれた蛙の様に、偽物は動かなくなる。
その隙を逃さず、リザは告げた。
「喰え」
『シャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!』
本当の大蛇のように咆哮を上げた八匹の水の大蛇は高速で偽物へと突撃。
偽物も必死で応戦しようとするが生半可な攻撃なぞ聞くわけもなく――――大蛇たちに目の前まで迫られる。
『やだ――――死にたくな――――』
「死んでね♪」
無慈悲な宣告の直後、黒いコールタールで作られた偽物は文字通り八つ裂きにされ八匹の大蛇に跡形もなく食い殺される。ぐちゅぐちゅと気持ち悪い捕食音を立て、数秒すないうちに大蛇は魔法陣の中へと引っ込んでいく。
魔法の発動も終わったのか、白い部屋が石造りの部屋へと変化した。戻った、と言った方が正しいか。
「ったく悪趣味にもほどがありますよ。ま、とんだ駄作だったみたいですけど♪」
なんでだろうか。リザは偽物とはいえ自分に似た物をぶっ壊したというのに不機嫌どころか上機嫌だ。
同族嫌悪ここに極まれりとでもいうべきだろうか。
『試練を突破したか』
「……ようやく姿を現しましたか」
部屋の奥にある暗闇から、首長の竜が頭を見せる。胴体こそ暗闇で見えないが、敵意が無いことはリザは察していた。しかし油断大敵。いつでも応戦できるように自身の武器である『魔性の大鎌』は消さずにおく。
「名を聞いてもよろしいでしょうか?」
『……地母竜アグナス。太古にて多くの子孫を残した竜の一体である』
「多産の竜、ですか。成程。大方魂を無理矢理召喚して、ゴーレムに定着ですか。言葉通りならばあなたが『生体複製上位術式』の発動体ですね」
『その通りである。我は遥か昔に命を落とした身。だが我が子孫の一体は、我が意思を無視しこのような下賤な魔法を発動し続けるためだけの怪物と化してしまった』
首長竜が前に進む。
すると、その異形としか言えない動体が露わとなった。
――――言葉では形容しがたき姿。爛れた胴体に有るのは透明な袋。その中には竜の幼体と思わしき何かが入っており、それが計二十個も生えている。手足は退化寸前なのか既に痩せ細ったように小さく細く、竜と呼べるのは首と頭のみであろうことがよくわかる外見だった。
『頼む魔女よ。我を消してくれないか』
「見返りは求めてもよろしいでしょうか?」
『――――大切な情報を授ける』
「……わかりました。では聞きましょう、その情報とやらを」
リザとしてはどうせ有無を言わせず殺すつもりであったが、今大切なのは情報だ。情報無くして作戦は立てられない。ならば搾り取れるだけ搾り取った方がいい。そう考えて、リザは竜の言葉に耳を傾ける。
『……我は試作に過ぎない。本命の発動体はアリア宮殿地下最深部に存在する』
「こっちはダミー……! チッ、掴まされたか」
『そしてこの術式は現神竜が引き出した膨大な魔力によって維持されている。つまり術式を完全に止めるには神竜を止めねばならん。今の彼女は、正気を消され操られるだけの傀儡だろう。その元凶である――――』
「ネームレスを止めろ、ですか」
『知っているのか』
「情報収集はある程度熟した後ですから」
流石にこちらが疑似餌だったというのは想定外であったが。
しかし試作と言う代物を最大限に利用するならば確かにこのような運用もアリと言えばアリ。この可能性を失念していたリザに多少ながら非は存在するだろう。
『……もうよいか?』
「ええ勿論。むしろ叩くべき場所がわかって感謝ですよ。お礼に――――痛みは感じさせません」
『有り難い。……済まぬな、魔女などと評して』
「構いませんよ。事実ですから」
手に握った『魔性の大鎌』を消し、改めて両手に魔法陣を展開する。
「因みに聞きますが、今の竜種たちについてどう思います?」
『……増長しすぎた者たちというのは、こうも滑稽に見えるのだろうな』
「ええ。同感ですよ」
リザは両腕を軽く薙ぎ払う。
宙に微かに見えるきらめき。細い糸。それはうねりながらアグナスの首に迫り、一瞬で切断。
更にもう一つの糸が竜の胴体を滅多切りにしてサイコロステーキ状に変える。幼体はおそらく痛みすら感じずにこの世を去っただろう。それに満足したのか、竜のアグナスは首のまま瞳を閉じる。
『済まぬ我が子等よ……。何時か、平常なる世で、ま……た…………』
遺言を呟き、アグナスは息絶えた。
最後の最期まで母だった竜の死に様を見届け、リザは踵を返す。
隠し切れない苛立ちを胸に。
「……安心してください。仇討ち程度はやってやりますから」
そう言い残し、リザは今後誰も訪れないであろう遺跡を後にした。




