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第八十三話・『弱音』

 ソフィ、自分の新たな名を再度噛みしめながら掌の中にある青い光を見つめる。

 魔力。この世界でそう呼ばれている、いたって常識的な概念だ。しかしその存在を受け入れるのに凡そ三年近い時を有したのだから、恐らく転生前の世界にはこういったものは無かったのだろう。

 性質の異なったエネルギー体だと思えば割と簡単に許容できたのだが。


「…………童話じゃないんだからさ、本当」


 俺はそう笑いながら、右手に魔力を集中させていく。

 激しく火花が散る。閃光と青色の電撃が洞窟内に飛び散り、やがてそれは徐々に治まっていく。

 ――――これが固有魔法や複合魔法などの電撃でなく単なる魔力同士の摩擦により引き起こされたと知れば王国『アースガルズ』の魔法研究協会は一体どんな顔をするのだろうか、ソフィは知る由はない。

 少なくとも人外級の高純度魔力を保有していなければ再現はできないであろう。


「……――――《全知は此処に在りロード・オブ・グリモワール・アーカイブ》」


 憎々し気にソフィはその白色の本の名を呟く。

 洞窟で暇つぶしに魔力を散らせていたらいつの間にか出現した得体のしれない書物だ。

 舌打ちしながらソフィは荒々しくその本をできるだけ遠くに投げる。放り投げられた本は埃を立てて転がり何事も無かったかのように静まる。

 瞬間、白色の本は――――浮遊した。重力など知るかというのだろうか。

 そして本の表紙に刻まれた小さな仮面の目と口が開く。


「やれやれ、今度の主は何とも荒い性格の様だ」


 そしてかなり渋い声で喋った。

 どう見ても気管の類は存在しないというのに。そもそも浮いている時点で可笑しいが。


「なんで俺の周りには厄介事しか集まらない?」

「それが偶然か必然かは判断しかねないがな、少なくともその事実から逃げている時点で汝は…………ふむ、特別自害したいなどと自殺願望を抱くのは構わんが、生ある者、その命ある限り惨めに抗うのがさだめ。汝、まさかそんな覚悟もなしに今までじめじめと生きて来たわけではあるまいよ」

「…………」

「それともなんだ。こんな顔の付いた本一冊が唱えた正論に反論すら出来ぬというのか、我が新たな主は」

「クソ本が、下らない事しか言えねぇのか」


 悪態付きながらソフィは横たわる。

 数日前から自体が一向に改善しない。砂嵐はずっと続いているし偵察部隊は返ってこないし、食料もすでに底を付きかけている。

 絶体絶命とはいかないまでも、かなり不味い状況だ。

 砂嵐の中に下手に飛び出せば自然の迷宮による飢え死にするし、かといって洞窟に籠ったままでも飢え死には変わらない。

 あれか、前門の虎後門の狼というやつだろうとソフィは考えた。


「やれやれ、大層なスキルを保有していながらその口ぶりとはよほど自分の価値に盲目的と見える」

「……俺の魔力じゃデカいトカゲ一匹作り出すだけで精いっぱいなんだよ」


 白い本が言っているのはおそらくソフィの保有している人類が所持するには超規格外のスキル『幻獣召喚クリプティッド・フェイクマスター』だろう。スキル保有者の魔力量に応じてすでに絶滅してしまった幻獣を自由に召喚可能になるというスキル。所持者はおそらくソフィのみ。絶滅した幻獣種を任意で召喚など大規模な儀式を行ったとしても竜種ですら確実に不可能であろう偉業なのだから。

 かといってソフィの意思次第で暴走してしまうという致命的な欠点を抱え込んでいるわけだが。

 更に言えば魔力が圧倒的に足りない本人の経験不足が災いしているのだが。


「……本当に無能かそれとも単なる馬鹿か。『魔力視覚化』という稀有な才能を持っておるくせになんでこうも自身の才能の把握を怠っているのやら」

「うっ…………」


 言われて気づく。

 確かに自分が色々変な技能を持っているのは気づいている。だが問題としてはそれがどんなスキルなのか詳細が見れないのだ。いや、見るための技能が無いというべきか。

 よってその名前から適当に効果を推測するしかない。今言われた『魔力視覚化』とやらも、実を言うと使い方がよくわかっていないのだ。


「仕方あるまい。今しばらくはわれが制御してやろう。経験乏しい幼子の身。いくら魔力を精密制御できるとはいえそれはあくまでスキルだけの話。やったことも無いことを詳細も知らされずにやれと言われてできる奴はそれこそ化け物だろう」

「は? ――――!?」


 景色が一瞬にして変化する。

 灰色の世界へと変わる。色彩情報が最低限にまでカットされる。まるで別種類の情報を受け入れるように。

 数度目をこすり、目の前にある白い本を見つめる。

 輝かしい蒼だった。

 蒼い炎を纏っていた。炎ではあるが違う、もっと別の――――そう、魔力だ。


「行ってしまえば我は汝専用の魔力貯蔵庫マナタンク。汝の魔力許容量マナキャパシティ魔力純度マナピュアリティの初期値と成長率は共に生物として史上最高クラス。しかし今の汝はあくまで種子。蕾どころか発芽もしていない者に何かを期待することはない。故に我が創造されたのだがな」

「何……? 創造、された?」

「我は、今は名を奪われ深き場所に眠りし善神の触覚を補佐すべく生み出された魔導書。つまりは、汝を助けるための機構というわけだ」


 さっきから何なんだよ、とソフィは奥歯を噛む。

 意味が分からない。何だこれは。

 どうして自分がこんなことにまきこまれなければいけないのだ。

 そう、誰にもぶつけられない怒りを胸に拳を握りしめる。


「ふざけんなよ……! さっきからなんだ触覚とか魔導書って! 意味わかんねぇよ! なんだよ、俺が何をしたっていうんだ!」

「何もしておるまいよ」

「なら――――」

「するのは今から、だ」

「――――な?」


 白い本が纏っていた炎が少量だけ糸の様に束なり、自分の腕に突き刺さる。

 それに痛みはない。

 むしろ開放感を得たぐらいだ。


「理不尽に従い野垂れ死ぬか、抗い惨めに生き続けるか。決めるのは誰でもない、汝だ。我は助言しか与えん。わざわざ脚本家が観客に物語の全容を明かすわけが無いようにな。まぁ、私は単なる舞台機構に過ぎんがね」

「……なんだ、それ」

「役者は役者らしく、演出家は演出家らしく、脇役は脇役らしく振舞うべし。偉大なる大魔導術師が残した格言よ。どうする異邦人。破壊者になるか、救世主になるか、それとも傍観者と成り果てるか。全てが貴様の選択肢代打。さぁ決めろ、最初にして最後の決断だ」

「俺は…………!」


 確かに理不尽は嫌いだ。

 そう言った世界に住んでいた記憶がある。資源が枯渇し、文明が廃れ、限りある資源をめぐり人々が殺し合い、その果てに独裁社会がきずかれ下の物は容赦なく殺されていく。そんな終わった世界だった。

 その中で正義や善という言葉ほどくだらない物はない。

 だがその言葉を信じていた奴だっていた。

 俺の様に――――。

 助けを求める弱き者が目の前に居るならば、助けるべきだ。

 俺の居た世界ではそんな簡単なこともできなかった。

 なら―――この世界で果たそう。

 見捨ててしまった人たちに対する――――唯一の償いなのだから。


「皆を、助ける……!」

「……ふっ、覚悟が出来たようで何よりだ。ならば唱えよ。鳥を呼ぶ詩を」


 血眼になりながら宙に浮かんだ白い本を――――魔導書をつかみ取る。

 そして徐にページを開き、噛んで血を滲ませた親指を叩き付ける。


「《――――風は永く流れ、鳥は鳴き、陽光が照らす炎天下、空の王は影を作り現れる》」


 魔法陣が一瞬にして数十枚重なる様に展開される。

 一流の魔術師でも滅多にできない超速多重展開。


「《嘆き、悲しみ、怒り。堕ちた王者は泣き叫ぶ》」


 魔力が暴走する。

 だがそれを天性の勘と超精密魔力制御のスキルで補いながら身に合わない術式を強制執行。

 騒ぎを聞きつけ駆け付けたライムパールとスカーフェイスが何か声を上げるがソフィの耳には届かない。


「《樹上の守護者は、守りし者の叫び聞きし時――――今、ここに現れる》」


 血を吐く。

 あまりの負担にその小さな体が耐え切れなくなっている。

 だが口は止まらない。頭は止まらない。

 この程度で止まるわけがない。

 そういう者なのだ――――このソフィという馬鹿は。


「《いざ飛び立て――――鳥老王ジャターユ》」



――――――



「ぐえっぷ!?」


 視界が一瞬で黒に代わり口や鼻の中に砂が大量に入ってくる。

 そのまま体が脱力して意識を失い、速攻で体を引き抜かれて頬をひっぱだかれて意識を取り戻す。


『……困ッタ、流石ニコレ以上手加減スルコトハ厳シイゾ』

「いや、まず降ろして」


 俺の足首を掴んでいたディザは気づいたように手を離して俺を砂の上に降ろす。

 今いるのは『轟嵐の塔』手前。要するに入口の近くだ。周辺は砂を敷き詰められており、軽い訓練をするには十分な場所であった。子供たちが組手をしているので、安全と言えば安全だろう。

 比較的にだが。

 ディザの戦闘力は凄まじい物であった。全身が骨で包まれているのは意味があるらしく、体内から謎の骨を生やして剣にしたり盾にしたりと攻守共に抜かりはなく、更に魔法も自己強化から牽制用から超遠距離用の物まで踏みぞろい。

 完成されたオールラウンダーというのだろうか。イリュジオン無し、ルキナの補正無しの俺では到底かないそうにない相手であった。こうしてみると自分がいかに己の鍛錬を怠っていたのかがよくわかる。

 むしろ今の今までその二つに頼って戦っていたのだ。支え柱になっていた物がなくなればそりゃ建物も崩れ始めるというもの。


潜在力ポテンシャルハ悪クナイ。シカシ、ヤハリ幼イ人間故カ……』

「短時間で力を引き出す方法はないのか?」

『ダカラ今コウシテイルノダロウ』


 ディザの訓練法はいたって簡単。実践的な訓練により経験の蓄積と鍛錬を同時に行うという物だった。

 確かに俺も最初はそうするだろう。変に特別な方法よりはずっと確実に効果は表れるからだ。

 だが問題は――――ディザがあまりに強すぎる。

 今の俺のレベルが約140ほど。齢十六の人間にしては十分すぎるほどだ。むしろ飛び抜けていると言ってもいい。幼い頃から専門的に訓練してようやく出来上がる戦闘人間と同じ程度と言えばわかるか。

 しかも素質のおかげで同レベルでも全ステータスで平均的に数倍以上の差がある。実質俺の今の強さはレベル200以上相当。ここまでこればこの世界で人間の平均的なレベルである30程度の人間ならば集団で掛かってきても蹴散らせる。

 だがそれでもディザは俺を赤子のようにあしらう。

 何せ――――彼は生きてきた約五万年、この大陸を生き抜いてきた猛者だ。

 レベルにして、普通ならば限界であろう999を超えた、1199。

 長い時間を要して立つことのできた限界突破を成し遂げた超人。

 そういう意味では敵わなくて当然と言えるだろう。

 しかし――――たった七百年でその上に君臨した獣王はもっとあり得ないことは理解しておこう。


「焦るなぁ……早く事態を改善せにゃならんというのに」

『アノ阿保トハイツデモ戦ッテ良イノダロウ?』

「仲間と逸れたままなんだ。探しに行きたいが……広大な砂漠で延々と探すより、目立つ場所で待て居た方がいい。……とは思っているが、心配なんだよ。それと……いや、何でもない」

『仲間思イナノダナ』

「ありがとう」


 お礼を言いながら、ボロボロの体を立ち上がらせる。

 息はすでに滅茶苦茶で脳を揺さぶられたせいで視界も少しおぼろげだ。

 それでも俺は構えを解かない。

 拳を握り、腕を上半身を護る様に出してボクシングスタイルを取る。

 ディザはそれを見て「やれやれ」といったため息をつくと、握っていた骨の大剣を放り捨て左腕を前に、右腕を後ろに引いて腰を低く落とす。


『フン!!』


 軽く気合を入れたディザは疾駆。俺がギリギリ視認可能な速度で迫り、引いた右腕による鋭利な一撃を繰り出す。

 それを今までの経験と直感による補助で軌道をずらして回避。元々見るのが限界な速度だ。回避など考えていたらこの直後に来るフェイントで頭に一発ぶち込まれる。

 予想通り左によるフェイント。俺の顎を正確に撃ち抜く様に真下から高速で迫りくる。

 それを顎を引いて紙一重で避ける。


「ぐぅぅぅぅっ……!?」


 首の筋肉をいくつか千切りながら、ディザの顔面に肘打ち。骨で出来た仮面が固すぎて肘に激痛が走ったが――――初めてまともな一撃を入れられた。


『――――学習能力ハ良好。ダガ』


 少しだけ仰け反ったディザはその場で体を高速回転。俺の腕を弾くことで懐を大きく開かせる。


『マダマダ詰メガ甘イ――――封技ふうぎ霊体縛衝れいたいばくしょう


 ディザは両手に青色の光を纏わせ、俺の鳩尾を打ち抜いた。

 光が俺の身体を通り抜け、身体が金縛りにあったように動かなくなる。


「ぐはぁっ!」


 衝撃で肺の中の空気を全て吐き出させられ、更に容赦なくディザは追撃の掌底を鳩尾に叩き込む。

 しかし触れていない。空圧だけを俺に当てた。

 ――――それだけでも数十メートルを低空滑空し、遥か向こうの廃屋の石壁に俺を叩きつけるには十分であった。


『朝ノ訓練ハココマデダ。二時間後ニ再開スルカラ、シッカリ休ンデオケ!』

「……了解」


 うなだれながら返事をし、ディザの背中を見送る。

 負けた。

 元々勝てるわけがないとは解ってはいたが、甲も完璧に敗北を正面から叩き付けられると凹むものがある。五万年生きた武人と二十年も生きていない小童では勝敗などやる前から決まってはいるのだが。

 ボロボロの身体を鞭打つが、立ち上がらない。

 少々無理をし過ぎたか。


「大丈夫ですか?」

「……ああ、フェーアか」


 頭を振って視界を正常なものにすると、傍でしゃがんでいたフェーアが良く見えた。

 脳震盪による後遺症はなし。本当に手加減されたらしい。

 ため息を吐きながら持ち上げかけた頭を瓦礫に埋める。案外ベットとしては心地いいと思える。今までの過酷な生活に影響されているのかは定かではないが。


「どうやら封技をまともに受けちゃったようですね」

「封技?」

「相手の魂を固める体術、のようなものです。まぁ、ちゃんと解かしますのでじっとして居てください」

「え――――ぐほ!?」


 フェーアの指が肺の下の横隔膜あたりに突き刺さる。痛みは一瞬。されど強烈。

 しかし一瞬だけ意識が飛んだおかげでその後に腹あたりの点穴に指が深く突き刺された痛みは無視できたが。


「ごほっ、げほっ!」

封技ふうぎ柔体転心にゅうたいてんしんと肉体を活性化させる『氣功きこう』を横隔膜付近に打ちこんだので、ちゃんとした呼吸で傷と疲れはすぐに回復しますよ。もう大丈夫です」


 ……獣人は謎の拳法でも使っているらしい。


「その封技とか氣功っていうのは、何だ?」

「獣人が編み出した、『八錬氣功武術はちれんきこうぶじゅつ』です。要するに獣人に取って魔法になり替わる物を模索した結果編み出された物ですね」

「説明してもらえるか」

「はい、是非」


 俺の疑問に答えて、フェーアは『八錬氣功武術』という物が何なのか詳細までくっきり説明してくれる。

 獣人が奴隷の身から解放され、この極南大陸にたどり着いた際、竜種など強力な種族に対抗する術を持たなかった。対抗するには最低限でも魔法などの強力な術が必要。しかし獣人でも魔法が使えるのは混血などのみ。しかしその混血も保有魔力量は極端に少なく使い物にはならなかった。

 その代用品として、幾人かの獣人が太古の武術と氣功術を中央大陸から取り寄せ発展させることで八つの技法が生み出された。

 鋼技こうぎ。体を極限まで硬化させ相手の攻撃を防いだり自身の攻撃の威力を高める技。

 柔技じゅうぎ。力を受け流し、逸らしたり自身の力に転用する技。

 耐技たいぎ。体に蓄積されたダメージを氣に転換し一撃必殺を繰り出す捨て身の技。

 封技ふうぎ。生物の身体や魂魄を一時的に固定し、相手を金縛りにする技。

 流技りゅうぎ。文字通り流れる様に相手の攻撃を止まらず流しながら反撃をする技。

 砕技さいぎ。強烈な衝撃を相手の体内に残すことで内部から相手を八つ裂きにする技。

 波技はぎ。体内の氣功を外に打ち出し相手にぶつける技。

 想技そうぎ。――――奥義にして秘伝の秘技。


「……ドラゴン○ールかな?」

「えっ?」

「あ、いや、なんでもない」


 しかし魔法が使えないから別の何かを探そうとする観点は悪くはない。良い発想だと言ってもいいだろう。結果的には脳筋論になっているような気がしなくもないが。


「それって俺でもできるかな」

「できませんよ」

「……どうして」


 正直今言ったそれを取り込めばかなりの自己強化につながる気がするのだが。フェーアからすれば俺には勝利を掴んでほしいとは思っているだろう。しかしそれを踏まえてできない――――俺ではできない理由があるのか。


「『八錬氣功武術』は先程申した通り『氣功』という特別なエネルギーを使います。それは魔力と同じで基本的にどんな生命体にも存在している」

「ん? あるならなんで」

「『氣功』と『魔力』は陽と陰の関係。互いに反発し合うんです。『氣功』は本人の生命力から発生し、『魔力』は周囲のエーテル体を取り込んで発生する。私たち獣人は魔力が元々存在せず、このエーテル濃度の低い砂漠で生活することで『氣功』の貯蓄量を増大させることで『八錬氣功武術』を使えるようになっています。しかしエーテル濃度の高い場所で暮らし、尚且つ大量の魔力を保有している貴方では習得はできません」

「……ちょっと待てよ、ディザが使ったのは何なんだ。アイツが魔力を持っているぞ」

「あの方は永い時を掛けることで、魔力で『八錬氣功武術』を再現したんです。勿論使用エネルギーが違うから勝手が違いますし、私が教えることはできません。それに例え教えを乞うたとしても、短時間での習得はできないでしょうし、あくまで再現なので完成度も大きく下がっている劣化品しか習得できないでしょうから、習得はお勧めしませんよ?」

「劣化品でアレかよ……」


 本物を喰らえばどうなるのか気になるところだが、当たりたくはない。

 フェーアの手当てによりある程度回復した体を起こして、凝り固まった体を解す。


「あふん」


 体を伸ばし過ぎて片腕の関節が外れたが、無理やり元に戻しながら鼻からいつの間にか流れ出ていた鼻血を拭いてその場にドスンと座り込んだ。

 別に足に深刻なダメージが入ったわけでは無い。

 ただ、尋常なく、腹が減った。

 ――――そういえば三日間何も食っていない。水は飲んだが。


「リースさん、ほらこれを」

「ああ、ありがとう」


 それをすでに見越していたのかフェーアが俺に簡素な固パンと貴重な牛乳の入った皮水筒を渡す。

 ありがたくそれを頂戴する。普段ならば「少ないな」と思っていただろうが、この大陸の食料状況から見るにパンと牛乳だけで十分希少なのだ。水さえ惜しまれる大陸でこの食事は贅沢と言っても差し支えない。

 古くなったパンを齧りながら相変わらず弱まる気配の無い日差しを浴びて『轟嵐の塔』を見上げる。


「……いてぇなぁ」


 ウィンクレイに撃ち抜かれた腹の傷を擦る。地味にだが、まだ傷が残っていた。血は一時的な手当てにより出なくなっているが、いずれまた出血が再開するだろうし鈍痛が中々強烈な物になっている。その程度ならどうってことはないが。

 牛乳をちびちびと飲み、息を整える。

 最も長く扱っていた『炎の現身』の力が諸事情で使えないのは痛手だ。しかしそれでも『土』と『水』を所持している以上力不足などと抜かすつもりはない。訓練で学ぶものもたくさん学べた。あとは、可能ならば三日以内に事を片付けたいものだが。


「その、リース」

「ん? なんか用か」


 珍しく迷っているような顔をしていたフェーアは徐に俺の胸に顔を埋める。


「……なんだ」

「――――逃げる、という選択肢を選ぶ気は、ありませんか……?」

「…………そうだな」


 その言葉で、考えていることが大凡予想は付いた。

 要するに、俺たちは関係ないのだから逃げた方がいい。戦争など勝手にやらせていればいい。

 そう言う事なのだろう。

 それも一つの正解であるのだから、責めるつもりは全くない。

 むしろ常人の正しい判断といえる。

 だが俺はその選択肢は選ばない。


「一緒に鍋を囲んだ馬鹿から頼まれたんだ。それを途中で投げ捨てることなんてできないよ」

「貴方が、背負う事は無いでしょう」

「じゃあ、誰が背負う。背負わせるにも、俺の周りに背負わせる奴が居るか?」


 居ない。誰かに後任を任せるにも、それをしてくれる奴もできそうなやつもいない。

 ならもう最後までやるしかないだろう。


「……すみません、弱音なんて言って」

「いいさ。生きているんだ、弱音の一つや一つぐらい吐いても、文句は言われないよ」


 笑みを取り繕いながらそう返事をした。

 ああ、やはり、頼りないのか。

 俺は、弱いのか。

 声には出さずにそう自嘲しながら、胸に顔を埋めているフェーアの頭をそっと強く抱く。


「え、あ、あの」

「すまん。こうさせてくれ」

「……はい」


 独りで戦うというのは、やはり辛いな。

 綾斗、紗雪。

 お前ら二人が居てくれたなら――――いや、忘れよう。


「それと、夜な夜な俺の布団にもぐりこんで絞ってくるのはやめような」

「え」


 動揺を悟らせないために、最後に軽口を言って笑う。

 寂しいな。

 ……誰か助けてくれない物か。



――――――



「よいのか? 娘が取られてしまうぞ~? きひひひゃ」

「……構わん」


 レオニードとケールドは『轟嵐の塔』最上層・・・で何やらよろしくやっている二人を見下ろしながらそんなやり取りを行っていた。

 それをからかうようにケールドは笑いを浮かべながらレオニードの背中を何度もたたくが、その表情は全くと言ってよいほど動かない。


「まったくお前も儂に負けず気まぐれじゃのう。ま、そこが面白いんじゃがな」

「その減らず口はいつになれば閉じる」

「――――おーい、お二人さん、私に話があって来たんじゃないの~? 無視すんならぶっ殺すぞぉ?」

「……小娘の方がよく吠えるだろう?」

「間違ってはいない」


 二人は振り返り、ウィンクレイ・ライムパール。この『轟嵐の塔』の『守護者ガーディアン』である者と対峙する。すでに何度も形成さえているこの状況、半端な者が立ち会ったのなら圧力で泣き出しているであろうこの場。しかしここには三者の影以外はない。

 秘密の会談――――という雰囲気でもなかった。


「ま、ぶっちゃけ何度も言ってるけど、協力する気はないよぉ~?」

「……俺は前に言ったぞ。『勝手に集落の外に出るな』と。貴様、また言いつけを護らず厄介事を持ち込んだな」

「で?」


 悪びれもなくそう言い放つウィンクレイ。

 それが許されるのは強者故に。ただ彼女からしてもレオニードとケールド二人を相手するには中々骨が折れそうだとは解ってはいる。

 互いに無事で済まない。

 だから戦わない。なにせ一番重要な時期に関係ないことで離脱など互いに御免だと思っている。

 殺意はたっぷり余っているのだが。


「ペナルティだ。一週間は確実にここに居ろ」

「……あー、何? まさかだけどあのガキ送り込んで私を排除する気? 考えるねぇ、確かに部外者に任せりゃそっちの損害もない。――――それで? その程度・・・・?? 私を舐めてんの???」

「つくづく口のデカい小娘よ。胸がデカいからかのう?」

「エロジジイ、歳を考えてからモノ喋れや。下のはとっくに使用期限過ぎてんだろうがよ」

「何を。まだまだ現役じゃよ」

「けっ。まぁいいや、それだけならさっさと帰ってよ。体の中にデッカイガラス玉飲み込んだままにするのって、結構気持ち悪いんだから」

「…………了解した。もう降りよう」

「?」


 あっさりと自分の要求を承諾したレオニードの姿に違和感を覚えながら、ウィンクレイは小さく欠伸をしながら最上層から去っていく獣人二人の背中を見送る。

 同時に、小さく声が聞こえた。


「――――私が見込んだ人の子だ。舐めん方がよい」

「――――上等」


 ウィンクレイは静かに顔を歪ませた。



――――――


 あー、きっついわー。

 などとルージュは呑気に思考を巡らせる。

 囚われの身だというのになんという能天気思考だろうか。拷問されているというのに緊張感の欠片もない様子で手錠の付けられた両手で、独房で一人寂しく頭を掻く。

 拷問と言ってもいたって簡単だ。爪を剥がしたり指を切られたり殴られたり蹴られたり火あぶりにされたり。などなど有るがぶっちゃけ再生能力と炎属性への絶対耐性から殆ど無効化されている。

 居たくないわけでは無いが、それ以上の痛みを知っている身としては我慢など朝飯前だ。

 かといって、飲食無しの状況はかなり不味いとは思っているわけだが。


「厄介ねこれは」


 自分の両手に付けられた手錠は特別製であった。強度もさながらそれに付属された特殊能力がこれでもかというほど厄介だった。

 全種類の魔法行使の封印と魔力漏洩の強制。

 これにより魔法を使ってもいないにもかかわらずその源である魔力は蛇口を全開にしたように魔力を漏らしていくのである。膨大な魔力を保有するルージュだが、流石に自然回復速度を上回る勢いで魔力を漏らされ続けていたら流石に不味い。丸一日近い時間を放置されて現在総保有魔力の三割がそこら辺に放たれている。

 ちなみに超速度の自然回復力と周囲の魔力を微量ながら吸収することのできるルージュでさえ防戦に徹していてこれだ。常人ならば即座に魔力が枯渇して魔力欠乏症により死に至るだろう。

 とはいえルージュの魔力も底なしではない。

 制限時間でいえば精々後三日四日が限度だろう。

 ふざけたことに強度は竜の鱗以上。結城などが割とアッサリぶち抜いていることからわかりにくいが、竜の鱗と言う代物は雑種の物でもライフル弾程度なら軽く弾くぐらいの強度はあるのだ。ミサイルでも直撃しない限り破損などめったにしないし純血種に至っては世界最高峰の金属であるオリハルコン製の武器ですら突破できるかどうかだ。

 つまりルージュの歯がオリハルコンでもなければ傷付けることができない手錠ということだ。


「アヴァールさえあればこんな手錠ぶった切ってやるのに」


 当然の如く魔剣のアヴァールは差し押さえられ封印状態にある。おかげで呼んでも現れない。

 使えるのならばとっくの前に脱出しているという話だ。


『まぁ世の中そんなに思い通りにいかないって事ですね』

「……はぁ」


 そしてルージュはこの聞きなれた声を聞いて心底脱力する。

 当然水の触覚としてわざわざ帰還してルージュの中に隠れていたリザだった。――――どこに隠れていたのかは言及しないが。


『ちょっとちょっとあんまりですよ。何人の声聞いてそんなテンションなんですか』

「……貴女、一方的に後ろの穴をファッ○した奴ともう一回顔合わせて「こんにちはぁ」って気楽に挨拶できる?」

『はい、勿論ですが。それがどうかしたんですか?』

「聞くけど、貴女、バイ?」

『何を今更な』

「ああ、アンタを仲間にしたことは本当に人生で五指に入る汚点だわ」


 本心からそう思いながら、ルージュは身体を横にする。

 せめてこうして体を休めねば後が持たない。たださえ持続的な拷問に身を晒しているのだから。


『ほらほら、もしかしてダーリンが白馬の王子さまみたいに助けに来てくれるとか妄想しているんじゃないんですかぁ?』

「それはアンタでしょうが」


 素早くツッコミを返しながら、ふとルージュは言われた通りに想像をしてみる。

 囚われの姫が自分だとして、危機に颯爽と現れる白馬に乗った結城の姿を――――そしてそんな光景が全然想像できなくて引き攣った笑みが出る。

 そもそも自分も結城も姫や王子という柄ではないだろう。

 しかし、それもいいかもしれないなとかとか思いながら瞼を閉じる。

 数秒立たずに疲労で寝込むルージュを見届け、リザは音もたてずにルージュの身から離れて人の形をとる。蒼のシルクドレスを身に纏ったその姿はこの独房には不釣り合いであり、まるで真っ白のキャンバスにただ一つある青い斑点のようでもあった。


「やれやれ。お守りも楽じゃないですねぇ。ダーリンの頼みだから仕方なくやってはあげますけど……っていうか反発する属性同士の魔力で治癒とか一流魔導士でも至難の業なのにぃー。帰ったらやっぱり一発食べちゃいましょうかね、っと」


 リザはそっとルージュに触れていた手を離しながら、小さな檻付き小窓から見える二つの月を睨む。


「無銘竜ネームレス……千二百年前の亡霊が今になって覚醒とは、笑ったらいいのか逃げればいいのか。わかりませんね。しかしやっぱり――――ダーリンと一緒なら退屈せずに済みそうですよ」


 そう言い放つと、リザは一瞬でその形を崩して水溜りへと変わる。

 その水溜りはビクビクと生き物のように震えると、床に敷き詰まれた石レンガの隙間に染み込むようにして消えていく。


『悪く思わないでくださいルージュさん。これもダーリンからの役目なんですから。あなたを助けるのは今回だけ。……でも特大サービスですよ、上手く使ってくださいね』


 そう誰にも聞こえない伝言を残し、リザはこの独房から静かに脱走した。




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