第八十二話・『反転結晶』
すみません。スーツの調整やらで予定が狂ってしまい、投稿が遅れてしまいました
獣人の最重要拠点である『大集落』。複数の集落が寄り集まり出来た、いわば人間にとっての首都の様な物である。当然在住する獣人の数も尋常ではなく、またその血の濃さも元々が純血種が多く集まっていたためかその身体的特色が人間に寄っている者は殆どいない。せいぜい戦闘特化系の獣人程度が人型を模っているぐらいだ。
おかげか自分の存在が浮ついているように感じる。実際そうなのだろうが。
その大集落でもひときわ大きい建築物。曰く会談所。そこで俺たちは巨大な円卓を挟み、会議――――というより、情報交換を行っていた。しかしその総人数はたったの六人。
まずは俺、そしてフェーア、最後にベルジェだ。フェーアとベルジェはこの場では必要不可欠な存在だが、俺がいる必要性がないような気がしなくもない。役に立つとすれば、せいぜい交渉を上手く進ませるぐらいか。
交渉、という行いを獣人がするのかどうかすら怪しいところなのだが。
そして、相手は『獣王』レオニード・レックス・クロスフォード。大将なのだからいて当然か。
問題なのがそのあとの二人。
地面に着いた木の杖一本の上に座って不気味な笑みを絶やさない、年老いた猿人、『仙猿』ケールド・ピテクス。
人型だが、見たことも無い動物の骨を鎧代わりに纏い、その上に白い布をかぶせただけの正体不明の獣人、『骸人』ディザ・ボーンブラッド。
何を考えているかもわからないこの二名を警戒するのはそう難しいことではなかった。
だがしかし、彼ら二人はあってから何も言葉を発さなかった。
自己紹介もレオニードが適当に紹介しただけだ。だからこそ、存在が謎に包まれたままだった。
何か弱みでも握られればどうにか優位に立てるだろうが、あまり期待しない方が良さそうだ。
「…………成程、確かに中々厄介な問題ではある」
こちらの話を聞き終えた後に、レオニードはそう小さく呟いた。
しかし油断してはならない。理解したことと許容したことは別の問題だ。相手が理解したと言っても自分たちの要求に応えてくれるかどうかは不確定なのだ。
此処から妥協点を見つけていかねばならない。
「だが貴様らの要求には応えられんな」
「何故だ」
「理由を聞きたいか」
「聞かなければ話にならないだろう」
「一理ある。なら、ケールド。説明してやるがよい」
レオニードがそう言って『仙猿』ケールドに話を振る。
杖の上でポリポリと頭を掻いていた老け顔の猿は、一度その白く磨かれた歯を見せながら、首を傾げる。
「はぁ~……何の話?」
その一言で場が凍り付いた。
何も話を聞いていなかったのか、この猿は。
「ぎゃっはははははは!! ジョーダンじゃよジョーダン。全く最近の若人は老人のボケが通じないの……。で、まぁ若人達よ。理由については簡単じゃ」
ケールドは杖に座ったままこちらを見つめる。吸い込まれるような笑みを崩さずに、何処からか取り出した煙管を向けて、こう言い放った。
「その竜種との和平交渉とやら、たとえわし等が受け入れても民衆が受け入れんよ」
「それはアンタ達の言葉であってもか?」
「例えば、わし等がそれを民衆にその和平の旨を伝えるとしよう。その後に待っているのは、なんじゃ?」
「…………不信感、か?」
「きっきっき、それも正解じゃよ。だがな――――それは『人間』の場合じゃ。『獣人』の場合は確実に反乱が起こるのう。例外はあれどほぼ全員が反旗を翻す」
「何だと?」
確かに今まで相いれなかった種族と手を組むのは難しいだろう。だからと言って、上の立場の物が和平を試みると宣言しただけで国民のほとんどが反発心を燃え上がらせるだと。馬鹿な、としか言いようがない。
何せこの大集落を守護しているのはこの三人の存在だろう。三人が抑止力となっているからこそ竜種の脅威がここまで届いていないのだ。
なのに確実に反乱が起こるとは何故だ。
「何せ、獣人は執念深い。大昔に労働力として、奴隷として異種族に売りさばかれていたという歴史がそれを強めているのじゃよ。自分たち以外は敵、だからこそ自分たちの種族を重んじる。――――さて、そんな忌避していた種族と手を組む……は言いすぎかの。とにかくそやつらの言いなりになったような行動を取るとなると、他種族との絶交の意思が強い獣人達は何を思う?」
「……そんな奴らに従うなら、従おうとするやつら諸共滅ぼす、か?」
「大正解じゃ。だからわし等が幾ら叫ぼうが、もう遅いんじゃよ。他の種族がそれぞれの形で腐敗しているように、この種族もまた別の方向で腐っておる。すでに腐ってしまった肉を元通りにできない様に、すでに手遅れ。わし自身としては、竜種との全面戦争なぞ御免じゃと言いたいところじゃが、残念ながら民衆が共存を望まん以上我々は最初から戦う以外の選択肢はないんじゃよ、人の子や」
「…………本当、面倒くせぇなぁ。ホント」
別に誇りや理念思想諸々を否定したいわけでは無い。むしろ今俺たちがこうやって要求していること自体が無茶苦茶であり唐突な要求なのであって、むしろ聞く義理も無いのにわざわざ首領級が三人も直々に出張ってきてくれたのだから感謝すべきだろう。
交渉の決裂はわかっていた。あくまで『楽に話を進ませるための方法』として組み込んでいたからこそ、まだ方針を変える必要はない。
やはり強行策に移行するしかないというわけか。嫌になる。
「一つ聞きたい」
「何じゃ?」
「あの『塔』は……『轟嵐の塔』で間違いはないか」
「ふむ。確かにそう言った名前がある。小さい獣人にとっては良い修行場として使っておるダンジョンだが、それが何か問題でも?」
「……ウィンクレイ・ライムパールには接触したのか?」
「ほう」
その言葉を聞いて、ケールドは顎に手を当てる。当たりか。
「その名を知っているとは、小童。知り合いか?」
「この前直々に戦ったよ。で、だ。そいつが居なくなってアンタらに何かデメリットはあるか」
「……キッキッキッキ、何も問題ないぞい。むしろこの辺りを我が物顔で堂々と歩くような糞餓鬼を退治してくれるならばこちらとしても特に被害はない。むしろ腹の音が治まるもんじゃよ」
「そりゃよかった。あと、俺の連れの最低限の安全確保は可能か?」
「当然じゃよ。そこの娘の連れとなれば、周りの阿呆共は手を出したくとも出せんよ。混血であろうとも『獣王』の娘じゃ。何せこの馬鹿のお気――――」
「ケールド」
「キキャキャキャキャ、すまんすまん。老人の気遣いは無用かい、レオニードや」
突然繰り出したレオニードの超音速の手刀を片手一本で受け止めてなおケールドはその調子を崩さない。
こちらから見れば達人の繰り出す最高速の一撃に映るが、ほぼ確実にあの二人にとっては『遊戯』の範疇を出ないことだと想像するとぞっとする物がある。
一瞬考えていた作戦が水の泡になりかけるが、どうにか精神を持ち直して高鳴りそうな心臓を落ち着かせる。冷静にせねば、この先俺の首は何度も飛ぶことになる。
「それで代案だが…………レオニード、アンタをぶっ倒して無理やり民衆の馬鹿どもを御することはできるか」
全員の表情が固まった。
あのケールドさえ笑顔を崩して茫然としたのだ。当然フェーアやベルジェは完全に呆れ顔になっている。表情が変わっていないのは『骸人』の異名の通り全身を、顔も例外なく動物の骨で覆っているディザ・ボーンブラッドとレオニード。そして崖っぷちギリギリの精神状態でどうにかポーカーフェイスを保っている俺のみだった。
当り前だろう。
獣人の王にただの人間の小僧が正面から「お前を倒す」という旨の宣言をしたのだから。
常人の感覚ならば呆れるか自殺志願者を見るような顔になるだろう。
「……できるとも。実力主義社会である獣人に取って、私を倒すという事はこの集落全ての権利を自分の手中に収めることができるという事。和平を望むならば、できないことではない」
「その言い方だと、アンタが言えば和平も可能という事じゃないか?」
「私がそんな事を望むとでも? 七百年間の人生の中、対立し闘争を続けた種族と、その種の血で濡れた手を差し出せと? 笑えん冗談は慎め小童が。それに――――国民の半数を殺して残りを従わせるのは私とで気は進まんよ」
「そうだな。ああ、聞いて悪かった」
できないことではない。つまり方法を選ばなければ可能という事だ。
そしてその方法が『国民の過半数の殺害』。つまり直々に恐怖心を植え付けて従わせる暴君の典型的な政治方法。気に入らないなら殺してしまえか。成程確かにまともな方法じゃないし聞いた俺が悪かった。
つまり人間の俺が獣王であるレオニードを正面から叩き潰して、下らない誇りとやらを根っこからぶち折らねばならないって事か。
現実そう甘くはないらしい。糞が。
『――――正気ナラバ中々肝ノ据ワッタ小僧ダナ』
「ディザ、お前が口を出す必要は無い」
『貴様ニハ関係無イ事ダ、レオニード。コレハ私自身ノ好奇心デ動ダケノ事。貴様トテ個人的ニ行ウ趣味ノ邪魔ハサレタク無イダロウ』
「……貴様」
『勘違イスルナ筋肉脳味噌メ。裏切ル訳デモ、見切リヲ付ケタ訳デモナイ。久々ニ面白ソウナ玩具ガ見ツカッタノダ。悪ク思ウナ』
「好きにしろ、異端の錬金術師めが」
『クックック。ナァニ、貴様ニ退屈ハサセンヨ。三日アレバ直グニ終ワル。アノ小僧ガ耐エラレタラノ話ダガナ』
ディザは今まで黙っていたのが嘘のように勝手に話を進め出す。
その声はエコーが掛かっており、生物の声とはとても思えない。口に笛でも仕込んだまま喋っているのだろうかと疑いたくなる。
しかしこちらに敵意は見せていない。話自体も、こちらにとって損はなさそうな話だ。
要するに、俺に何かをするという事だが。
その程度なら問題もあるまい。
何より全員の安全確保の時点で交渉については十分な成果を上げている。
これで和平交渉が上手く行っていたら大団円なのだが。
「とにかく話とやらは終わりだ。こちらも攻めてくるかもしれん竜種の対策を練ればならん」
「獣人の口から『策』という言葉が出るとはな」
「我々とて正面から竜の大部隊を相手取って最低限の犠牲で勝てるとは思っておらんよ。……例外はあるがな」
「そうか。なら俺も話は終わりだ。……勝負は何時行えばいい」
「好きな時にかかってこい。――――その時は『勝負』が成り立つ程度には育っておけ。死んでも文句は言わせんぞ」
「……………」
静かに殺気を発さないまま、レオニードは立ち去ってしまう。ここまで犠牲ゼロ傷害ゼロ。とりあえず今のところは大方予想通りの経過という結果だ。二人の存在がイレギュラーではあったが、特に弊害的要素は無かったらしい。そもそもケールドの存在あってまともに交渉らしいものができたと言っても過言ではない。そういった意味ではそのイレギュラーに感謝するべきか。
そして、今回一番の功績者であるケールドは杖の上に――――いたかと思いきや、いつの間にか反対側に居た俺の隣に姿があった。
気配を悟らせず、ここまで接近する。
恐らく実力ならば獣王に近い物だろう。『仙猿』という二つ名は伊達ではないか。
「今まで数々の人間に出会っては見たが……小僧、お前みたいな命知らずの馬鹿は初めて見たぞい」
「それ蔑んでる?」
「褒めておるよ、今のところは。その発言、ただの妄言とならぬのなら――――実に面白い。キッキッキ」
瞼を閉じで開く。この一瞬の動作の刹那で、ケールドの姿は消えていた。
どんな方法を使ったのかはわからない。
だが現時点で獣王よりも下に位置する彼の動きすら見切れないのならば、今の俺に勝機はゼロ。
これは、かなり焦らねばならない。
『サテ、マズハ自己紹介ト行コウカ。何セコウシテ言葉ヲ交ワスノハ君ト私ハ初メテダロウ』
「その前に、仮面を外してもらえるか」
『何故ダネ?』
「話をするときは互いの顔を見ながら、じゃないのか。火傷なんかの痕を見せたくないなら別に構わんが」
『マァ、イイダロウ。ソノ程度ハ問題ナイ』
ディザは割とアッサリこちらの要求を呑んでくれた。
逆に不自然だった。それとも本当にただの趣味で付けている仮面なのだろうか。
骨を甲冑の様に着込んだ右手が顔に向かい、顔を覆う白い骨の群集で構成された仮面をためらいもなく取っていく。その動作の間に、武器を持った様子もなく、本当にただ仮面を取っただけだった。
同時に得体のしれない恐怖心が全身を襲う。
「――――――な、ッ!?」
何もなかった。文字通りの意味、虚無があったのだ。
顔があるべき場所に、黒い渦らしき何かが存在していた。その渦はまるで底なしの崖の様に深く、見ただけで体が吸い寄せられていくような感覚を味わわされる。
――――いや、実際に光が微々たる範囲で吸い込まれていた。
ブラックホール、いや、空間に空いた穴か。
『済マンナ、コノ通リ肉体ガ無イノダ。相手ガ不快ニナラナイ様ニ敢エテ仮面ヲ付ケテイタノダガ』
「肉体が無い、だと? じゃあ、元々はあったって事か」
『ソウ。カツテ私ハ獣人ナガラ、幼キ頃アル薬物ヲ摂取シタ事ニヨッテ、魔力ヲ内包シタ存在トナッテシマッタ。父ガ錬金術ヲ嗜ンデオリ、マァ私ハソノ頃虚弱体質ダッタノダ。父ガ持前ノ錬金術デ私ノ体質ヲドウニカスル方法ヲ探シ、結果的ニ虚体結晶トイウ特殊ナ素材ヲ利用シタ薬物ノ投与ノ結果――――コノ様ダ』
自嘲するようにディザは自分の歴史を口にしていく。
そこに悲しみは無く、怒りも無く、屈辱も無く――――ただ諦め受け入れたような声で淡々と。
抜け殻になった人間の様に。
『父ト母ハ虚無ニ吸イ込マレ、獣人トシテハ余リニモ桁外レナ魔力ヲ獲得シ、永遠ニ近イ寿命ヲ得タ。ダガ、代償ガ余リニモ大キ過ギタ。コンナモノ、両親ヲ犠牲ニシテマデ、手ニ入レル価値ナド、私ニハ見出セナカッタ。……モウ生キ過ギタ。五万年、世界ヲ見テ、獣人タチノ生キ末ヲ見テ尚、私ノ虚無ハ埋マラナイ。ナラセメテ、面白イ作品デモ作リ上ゲテミヨウ。ソウ考エタノダヨ』
「作品、ね。……ま、合っていると言えば合ってはいるか」
『フフッ、済マン。気遣イガ上手クデキン。――――ツカヌ事ヲ聞クガ、小童。今マデ同胞ヲ何人殺シタ?』
すっ、と心の奥にその問いは潜り込んできた。
そういえばあまり考えたことが無かった。今まで自分が何人手に掛けて来たのか。
何人だったか。
……何人だろうな。
「さぁ、な。数えていないし教えるつもりもない」
『成程。人ヲ殺メテ他者ニ自慢スルヨウナ外道デハ無イカ』
「はぁ? お前まさか俺を精神異常者か何かだと思っていたのか? 間違っちゃいないが」
『少ナクトモ、同種ヲ手ニ掛ケル奴ガマトモトハ、トテモ思エンヨ――――私ノ様ナ奴ミタイニ』
「そいつは反論もできんな」
少なからずとも異常者である点については否定のしようが無いし自覚しているのだが。
「なら、色々聞きたいことがある。話してくれるか?」
『言エル範囲デナラバ』
骨の仮面をかぶり直しながらディザは手を合わせてテーブルに乗せる。癖の様な物だろう。
俺も足を組んで腕を組み、耳を澄ませて精神を宥める。ここからの情報収集が本番と言っていい。相手が有益な情報を持っている可能かはわからないが。
「……あのー」
「なんだフェーア」
「私たちが居ても邪魔そうなので、そろそろ退場してもよろしいでしょうか……」
「ああ。別にいいが」
そういえばこいつ等相手に事情を伝える役目以外に全然役に立たなかったな。ベルジェに関しては盾の代わりにしか思っていなかったからともかく、元々村を一任されていたはずのフェーアが一切口出ししなかったのは意外であった。
まさかお飾り為政者という奴か? いやまさか……ありえるか。
「ベルジェ、護衛は頼んだ。アウローラとエレシアを護れ」
「……了解した。この命に代えて守護してみせよう」
「なら安心だ」
義理堅い性格、悪く言えば糞真面目なベルジェならば約束をたがえて一人で逃げるという事は無いだろう。護衛を任せる奴は今のところこいつ以上の奴はいない。現状はあいつに任せていれば何とかなるだろう。安全は確保されているとは言ったが、私怨に駆られて襲ってこないとも限らないからな。特に夜間は。
今がその夜間なんだから油断もできやしない。
二人が消え、この場には俺とディザのみとなった。
余計な者が居なくなった反面、俺の立場的不利が一気に上昇した。相手の方が恐らく実力は上、伏兵の可能性が捨てきれない以上数の上でも不利と言っていい。
敵性とはまだ断定されていないならば、この立場を上手く使い油断を誘い情報を引き出すしかないか。
これだからこういう役回りは嫌いだ。
「まず……アンタらの言う『竜種への対策』ってのを教えてくれ」
『ソレハ必要カ?』
「個人的な興味だ。答えによっては協力できるかもしれないだろう?」
『無理ダナ』
「……何故だ?」
集団的行動に協力し、好感度を少しでも確保しておきたいという考えは正面から叩き潰された。
ディザは俺の質問への答えを含めてその理由を答えてくれる。
『マズ我々ガ竜ニ対抗スルタメノ手段ハ二種類アル。一ツ目ハ数ノ利ヲ利用シタ高度戦略及ビ戦術。コレニツイテハ、知能デ劣ル我々ガ使用スル事ハ勧メラレナイ手段デハアルガ、過去二度ホド有能ナ軍師ノ手ニヨリ勝利シタコトガアル』
「ちなみに今までその手段を使った回数は」
『二千八百四十二回ダ』
「……0.0008%以下の可能性に自分の命運を賭けるつもりにはなれないな」
『ソレヲ補ウタメノ二ツ目ノ手段ダ。我々ハ古代遺跡ニ存在シテイタ古代文明技術ノ獲得ニ成功シテイル』
「……古代文明技術?」
『ソウダ』
そう得意げにディザは言い放つ。
彼にそこまでさせる古代文明技術とやらは一体どれほどの物なのだろうか。まさか核か。
『今カラ凡ソ、十三万年前。魔石ノ加工技術ハ現代ヲ遥カニ上回ッテイタ。ソレコソ今デ言ウ剣ヤ弓ニ代ワルホドノ代物。極南大陸ニハソウ言ッタ技術ヲ残シテイル古代遺跡ガ数多ク存在シテイルノダ。今回ノ場合、約三百年前ニ発掘シタ物ヲ、比較的知能ニ特化シタ獣人達ガ休マズ解析シ復元スルコトガ出来タ物を利用シタ兵器。使用法コソ理解出来ルモノノ、如何セン動力源ノ解析ガ未ダ上手ク行カナクテナ』
「駄目じゃねぇか……」
期待させておいて解析が終了していないとは聞いて呆れる。
いや、むしろ未知の超技術を三百年、しかも知性で周りの種族に劣る獣人が解析できただけでも十分か。
突如ディザは目の色を変えて、円卓の縁を骨の指でなぞりながら一歩一歩近づいてくる。
その不思議な威圧感に圧されて身動きが取れないまま、ディザは俺の目の前までたどり着いた。
『ソコデ、貴殿ノ力ヲ借リタイ』
「俺の……? でも、どうして」
『後、モウ少シナノダ。貴殿ノ言ウ戦争ガ間近ナノナラバ、急ガネバナラナイ。ソノタメニハ猫ノ手モ借リタイ。ドウカ協力シテイタダケナイダロウカ。安全モ食料モ寝床モ用意シヨウ。望ムナラバ女モ――――』
「わかった。わかったから待て。ちょいと急性すぎるぞディザ。そもそも俺がその古代文明技術が何なのかもわからないい協力して『何もわかりませんでした』じゃ、こっちのメンツが無い。だからまずは」
『了解シタ。案内シヨウ、我ラノ研究所ヘ』
ディザはそう言い、こちらに手を差し伸べてくる。
震える手でそれを握り返す。体温は無く、冷たい骨が手で触れているのがよくわかる。
何だろう。むしろこっちが誘導されていないか。
いや、気にしていても始まらない。
むしろ獣人の切り札を予め見れるチャンスだ。上手く有効活用しようじゃないか。
『末永ク頼ム、リース』
「……同意見だ」
ひとまず、不味い選択肢は選んでいないようで何よりってところか。
ディザに施設へと案内され、早速その技術とやらを調査してみた。
その施設自体はかなり複雑な機械仕掛けの大釜が何個も詰め込まれており、埃と煤だらけの簡素な場所ではあったが、地下空間の割には意外と通気性がいい。単純だが、遺物を掘り起こして稼働させているだけならばこうもなるか。
調査して分かったことであるが、やはり俺の世界とは技術系統が全く異なる代物であった。同じだったらそれはそれで恐怖を覚えるのだが。コレニツイテハ元々担当していた知能面特化の獣人の協力で早期で理解できたことだ。
何より驚くべきことは――――この大釜、端的に言えばかなり不安定な状態だ。
不安定な状態が安定していると言えばよいのやら。とにかく『異常』が『通常』として固定されていたのだ。実に意味不明だ。
『何カワカッタ事ハ?』
「……えーと、まずどこから説明したらよいのやら…………。メルシーさん、アレ持ってきてくれる?」
「ん……おぉ」
ぶかぶかの作業着を着ている施設を一任されている犬人の技術者、メルシー・バーグは俺が指さした先の物体、仄かに紫色の光を秘めている宝石の塊を持ってくる。
こいつが一番の問題児だ。大釜から生成される物体にして、世の法則を真っ向から捻じ曲げている代物。
欠乏紫色反転物体、リバースマテリアル・クリスタル。通称RMクリスタル。
「ほい、これだろ」
「ありがとうございます。まずディザさん、これはあの大釜が外部のエーテルを吸い込む圧縮処理。その後内部の炉心で何らかの反応を起こして生成した結晶です」
『アア、ソコマデハ私モ説明書ヲ見タ故ニ存ジテイル』
「で、これの性質ですが――――有機物を例外なく魔力へと還元させる代物です」
『……ユウキブツ、トハ一体?』
「要するに生命体を構成する炭素……端的に言えば、これは生物を全部魔力にする。最悪の代物だ」
この世界では、全ての生命体は魔力によって構成され――――ただし機人族などは例外――――死骸などは死後時間をかけて魔力に分解され大気中のエーテルと同化する。それが世界の法則だ。
だがこの物質は――――死んでいようがいまいが問答無用で魔力へ分解し、吸収する。
要点だけ言えば生体だけを殺すために生まれた様な兵器だ。使えば恐らく敵味方関係なく死骸も残さず葬り去るであろう核以上に凶悪な代物。何せ、簡易量産が可能であり、拳大のサイズでも半径五キロは余裕で効果範囲内だ。量産し、上空からの絨毯爆撃など行えば悲惨な光景となる。さらに吸収した魔力を暴走させての極大規模爆発。
下手すれば一個で街一つが消滅する。俺が見てきた中でも五指に入るほど酷い大量殺戮兵器だ。
しかも安価・ローコスト・軽量。実に清々しいほどの性能。威力も十二分どころかオーバーキルレベル。
正直今すぐ遺跡を地盤沈下で永遠に埋めておきたい気分だ。
「全くとんでもない代物を掘り起こしてくれたものだ。おかげで一瞬アンタたちの方を消そうと思ったほどだ」
『……ソレホド酷イ物ナノカ』
「ああ。悪用すれば間違いなく世界から生物が消えるね」
言ってしまえば一ヶ月量産すれば十分世界から生物が消える量のRM結晶が生成できる。
ただしそれはエーテルが充満している環境での話。比較的エーテル濃度が低いこの極南大陸なら一年近い期間がかかるだろう。しかし一年、それでも一年。一年で世界を一瞬で滅ぼせる兵器を作り出せる。
デメリットと言えば、自分たちも巻き込まれたら当然死ぬという事か。
「……大釜の構造は大方理解した。制御もそう難しいわけでもない。はっきり言って調整と試験稼働を済ませて仕組みを理解すれば、大気中のエーテルを強制的に吸い上げて自動的にあの大釜がこの最悪の兵器を量産してくれる」
『デハ』
「ただし話が変わった。こいつはアンタらの手には置けない。他種族に偏見を持っている今の獣人には特にな」
『…………一理アル。ダガ今我々ニハソレガ必要ナノダ』
「だからって相手の事情も汲まず一方的に消滅させようってか? 笑わせんなよ。俺は何も竜種を絶滅させたいがためにこんな砂漠地帯にわざわざ足を運んだんじゃない。そんなくだらないことをするなら今のアンタ達を根絶やしにする。いいか、俺は『戦争を止めるため』にここに来たんだ。アンタらの戦火を拡大させるために今俺は協力しているわけじゃないんだよ」
『ナラ、我々に滅ビロ、ト?』
「違う。こんな物、使うなと言ってるんだ。抑止力として所持するのは構わないが、使うんなら話は別だ。この大釜ども全部ぶっ壊して死ぬまでアンタらに牙剥いてやんよ」
『頑固ナモノダナ、子供トイウモノハ』
「……じゃあどうする。俺を殺すか?」
『イヤ、構ワン。抑止力トシテ所持スルナラバ構ワナイノダロウ。一定量生産シタ後ニ、コノ施設ヲ永久凍結処分スレバ良イダケノ話』
「……話が通じやすいな」
本当にこいつ獣人かと思いたくなる。とにかくこちらの要求は受け入れられた。決して交渉は無意味ではないらしい。――――なんにせよ、こんなもの造り出す大釜にはあとで少し手を入れさせてもらうが。
本当にそれほど危険な代物なのだ。RMクリスタルは。これの製造技術が普及してみろ。この地上は一瞬で更地になる。これを作り出せた古代文明とやらも、恐らくこれを作ったが故に一度滅びたのだろう。しかし同時にこれは切り札となりえる最強の武器。だが諸刃の剣だ。
少々改良を加えねば、事故ったら確実にこの集落ごと周囲一帯が吹っ飛ぶことになる。
「それじゃあ、解説を続ける。このRMクリスタルにはもう一つの特徴がある」
『フム、何ダソレハ?』
「こうやって、生物に傷をつけると」
クリスタルを軽く砕き、その欠片で自分の指に軽く傷をつける。
すると欠片が霧状となり、傷口に入り込んだ。傷も一瞬で消え去っている。
「霧状になって傷から入り込み、対象者の魔力を回復させる。――――いや、無理やり押し付けられると言えばいいか」
『ドウイウコトダ?』
「魔力を生来持たない獣人でも一定量取り込めば、体内に魔力が循環するんだよ。要するに本来の魔力貯蔵量が増える」
わかりやすく言えば、本人が持っている魔力をため込むタンクを一時的に拡張する、と言えばいいか。
ただし代償が当然ながら存在する。
「副作用として、身体に劇的な負担がかかるがな」
言った瞬間に、左指の血管が浮き出て破裂。しかしイリュジオンの侵食補正のおかげかそんな傷程度は即座に治癒される。
たったの欠片程度でこの様だ。先程の拳大クラスを取り込めば確実に内臓の幾つかは逝かれるだろう。
全くとんでもない代物を作り出したものだ、古代人は。
『……用度ハ限定的トイウ訳カ』
「そう。捨て身覚悟で自爆術式肌に刻み付けて、致死量ギリギリまでRMクリスタル取り込みながら大規模自爆実行するアホみたいな自爆特攻戦術もあるがな。言っとくが推奨はしないぞ。死にたいか死なせたい奴が居るなら勝手にどうぞ」
『スル訳無カロウ』
「ならいい。じゃ、こいつは一旦生産中止。つか周囲一帯のエーテルが枯渇したら面倒なことになるからさっさと止めろ。たださえ濃度が低いんだからな」
何せエーテルは魔力の素。魔力は生命力の素。
エーテル濃度が高ければ高いほど育つ植物も栄養たっぷり、土地の栄養が少なかろうがエーテルの作用により多少突然変異はするがすくすく育つ。それは生物とて例外ではない。何せエーテル濃度が高いほど強力な魔物が生まれやすいのだから。希少な植物や鉱物も同様。
逆にエーテル濃度が低ければそこは死の大地になる。この極南大陸の様に、砂漠化を余儀なくされるのだ。
理由は単純。先述したようにエーテルは魔力の素であり、生き物は魔力が無ければ生きられない。――――獣人は例外中の例外だが。いや、エーテル濃度が低くても生きられるように進化したのだから当然の帰結ともいえる。
とにかくたださえ低い濃度をこれ以上下げる意味はない。というか下手すれば獣人諸共魔力還元されてしまう可能性もある。何せエーテルを強制的に吸い上げ、エーテルが消失したならエーテルの変化先である魔力を吸い上げてエーテルに還元。魔力が無ければ生命体は身体機能を維持できない。――――そういうことだ。
魔力が無いとはいえ獣人も例外ではない。何せ彼らも生命力は存在している。つまり生命力を魔力に変化させられて空中散布、エーテル還元されてしまうのだから。
――――つまりあの大釜は死の大地を生産する悪魔の機械ともいえるだろう。
(……まさかだとは思うが、あの大釜が極南大陸を…………?)
辻褄が合うとはいえあまり想像したくは無かった。
それはつまり砂漠化の元凶をもう一度動かせるという事。状況が悪化する可能性大だ。
自分の推測が違う事を祈りながら、俺は早速RMクリスタル改良に動き出した。
魔法分野はまだ学習途中なので上手く行くかはわからないが――――何とかするしかないのだろう。
無理難題を押し付けられる技術者の気持ちがよくわかる。




