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第七十九話・『忘却された黒き災厄』

若干修正。

 砂で生成され炎を纏う翼が空気を震わせ、マッハ2という戦闘機に追いつくほどの速度で飛び回る。

 黒雲が広がる空、黒く染まった巨大な右腕で黒い大刀を携える俺と十階建てビルさえ余裕で越すほどの巨体でそれに追いつく漆黒の竜が紫電を散らして激しい空中戦を繰り広げていた。

 俺が大刀を振るうと、その軌道上にあったもの全てが融解する。しかし漆黒の竜、ニーズヘッグはそれをものともせず空間転移で回避。さらには動きの止まった隙に結城の背後に回る。

 それを予め予測していたのか、俺は背後にすでに展開していた大型魔法陣を多重展開。一流魔導士顔負けの精度と速度で超威力魔法を組み立てて間髪入れずにそれを放つ。


「『畏怖の元素フィアーズ・エレメント』!!」

【『光輝なる天災グローリアス・ディザスター』!】


 真っ黒に染まった四大元素の源である地水火風が光線となりニーズヘッグに放たれる。

 しかしニーズヘッグは避けるそぶりも見せず翼を広げて二つもの巨大な魔方陣を同時展開。そこから轟雷を纏う竜巻が現れ、俺の放った魔法をいとも簡単に減衰させて霧散させる。


「魔法まで使うのかよ、このチート野郎!」

【グハハハハハハハハッ、何とも云うがいいわ小童!】


 魔法というのは何も人間だけが使えるようなものではない。しっかりとした知識さえあればだれであろうと扱うことができる代物だ。要するに現代における銃器だと思えばいい。使い方さえわかれば誰にでも行使可能な便利な武器。

 それは竜であろうと例外ではない。

 しかし圧倒的な身体能力と魔力を備える竜がわざわざ小賢しいと思う魔法を習う習性があるわけもなく、好んで魔法を使う竜は変人扱いされるのが常だ。

 だが強力な魔法をいとも簡単に使うことができる竜が存在するのならば、どうなるのだろうか。

 古代の大戦争においてその猛威を遺憾なく振るった古代魔法、それを習得している竜が未だ存在していると言われれば、人々はどうなるだろうか。


 ――――間違いなく神竜ナーガ級の危険度SSSクラスの化け物と烙印を押される。


 銃弾や下手な魔剣や聖剣であっても傷をつけられない強固な鱗と筋肉。

 人やエルフであえ届かぬSS級大規模術式をタイムラグ無しで単独行使ができるその頭脳。

 地上、海中、空中全ての環境で行動が可能というアドバンテージ。

 際限なく常時回復されるHPとMP。

 万物を薙ぎ殺す竜の息吹。

 全ての魔力を引き換えに放たれる全てを滅する最後の切り札、崩竜魔撃。

 ああ確かに危険すぎる。


「もう、四の五の言ってられねぇな」

【今になった何をするつもりだ小僧? 下手な抵抗なら……否、貴様のような輩のもがきは面白い。やれ】

「言わずともやるよ」


 左手に意識を集中する。

 できれば、可能ならば絶対にしたくなかった。

 一生封じ込めておきたかった。

 だがもうできない。アレ無しでは、もうこの場を覆すこと泣出来ない。

 これ以上、ルキナに体を侵されるのはまずい。――――だがこれは毒を以て毒を制すやりかた。

 一歩間違えれば確実に死ぬ悪手でもあった。

 それを踏まえて俺は――――忌まわしき魔剣の名前を呼んだ。



「来い――――イリュジオォォォォォォォオオオオオオオオオオン!!!!!!」



 左手を空に翳す。

 すると何事か、黒雲の海が歪む。捻じれ、荒れ狂い、まるで捻じ切られるように滅茶苦茶な形へと変貌置始めた。刹那、真っ黒な円が空に生まれる。

 本能からくる恐怖に左手が震える。だがもう遅い。

 黒雲を裂いて生成された黒い円の中から――――一本の双頭剣ツインブレードが高速で飛来する。

 それを、掴んだ。

 絶叫すら許さない速度と痛覚を以てイリュジオンは、俺のかつての愛剣は左手を一瞬で侵食する。

 視界が揺らぐ。黒と白だけで作られた世界を見ていた右目が、魔力の流れを『色』として認識し始めた。魔剣の恩恵だろうか、さが今些細なことはどうでもいい。

 問題なのは、もうすぐ俺は戦えなくなるという事だ。

 悪魔と魔剣――――これらに挟まれて同時侵食を受けている状態で、そもそも正気を保っている方がどうかしているのだろうが。


「ア、ッガ、ァァアアアアアああああああああああああァアアアあああああ!!!!』


 脳をスプーンでぐちゃぐちゃに混ぜられるような痛みに耐えて、俺はイリュジオンを変形させた。

 腕と一体化させ、一本の大剣を作り上げる。何の飾り気も無い、切れ味と強度のみを重視したような無骨な大剣。だがそれの放つ禍々しい魔力は右腕の放つ真っ黒な魔力と遜色ないほど凶悪だ。

 こうして見ると、自分がまるで汚染物質を振りまいている何かのように思えてくる。


【――――魔剣と悪魔を手にした人間、これほど面白い物は見たことが無い】

「そりゃ、どーも……!」

【そして正気を保って軽口を叩ける人間もな。面白い、実に面白い。いいだろう、小童。貴様を今から我と同格と認めてやろうぞ!! 名は何という】

「――――リースフェルト」

【よいぞリースフェルト。その名、那由他の果てまで語り継いでやろう。我をここまで楽しませた者としてなァァァァアアアアアアア!!!!】


 ニーズヘッグが口を広げて竜の息吹ドラゴンブレスを放つ準備をする。

 それを見て俺は右手に持った炎を纏う大刀を全力で投擲する。縦回転するそれは音速の壁など容易く貫き、ニーズヘッグの頭を砕くためにあと数センチまで近づくが――――やはり予測通り・・・・こちらの後方に転移してきた。

 なのでこちらも転移した・・・・・・・・・

 球形乱重力発生現象――――ワーム・スフィアによる空間転移で、ニーズヘッグの真後ろへと回ったのだ。


【――――なッ!?】

「転移技術はお前の専売特許じゃねぇんだよ」


 イリュジオンの切っ先を真正面に向ける。

 意思に応えて大刀の刀身が割れた・・・。縦に広がった二つの刀身の間に空間ができ、そこから悍ましく汚れた、深い紫掛かった漆黒の光が漏れる。


「『断罪事象イベントホライズン――――」

処断する破エクテレシィ・カタストロ――――】

「――――観測不能の終焉境界オーバーロードコンヴィクション』!!」


 遠距離放射状のワーム・スフィアが割れた剣の間から放たれた。

 まるで高出力の光学兵器の様に極太の黒紫の光は、ニーズヘッグを消滅させるために回避不能な速度で直進する。事実それは高重力と侵食の融合した『ナニカ』であり、通常の防御は不可能だ。

 しかし――――ニーズヘッグはそれを振り返りざまに伸ばした左手に防いだ・・・

 触れれば引きちぎられ侵食を受けて消滅する高重力と侵食の塊を素手で。


「な――――!?」

【中々堪える攻撃をしてくれる……!! だがまだだ、まだ弱いぞリースフェルトォォォォ!!!】


 正確にはすでに左腕はボロボロになり吸収されかけていた。

 だがそのあまりの物理防御力と魔法防御力の恩恵により、高重力の破壊現象と侵食の吸収活動を妨げていたのだ。

 つくづく竜が化け物であることを思い知らされる。


我は、(Nos sumus,)大陸を( qui tueri)守護す( velis con)る者。我(tinent. No)は、古よ(s vivere q)り生き(s vivere q)て世界(uam plenus)を見続( alio orbe)けた者( quaereban)(t.)

「――――ラテン語、高等魔法の詠唱かッ!」

我は漆(Non erit )黒の暴(nigrum je)君とな(t tyranno)り、死( exposito)の大( rubrum s)地となっ(anguinem )た血に染(eius in te)まりし赤(rra deser)い砂漠に(ta quam i)降り立(mbutus m)つ。(ortis.)そこに(Caro et s)は腐った(anguis in)血肉と、( putrida, )それを(et proper)貪る(ate ad de)鴉が蔓(vorandum )延る黒(infestant )き死ん(Quippe ubi)だ世界( corvi mor)だ。(tuorum.)我は見た、(Vidimus se)我は感じた、(nsimus, i)その地獄を。(nfernum.)それは(Illud spec)苦痛と(tat finem )混沌と迷(misce dolo)いが混ざ(ris et cha)った終わ(os dictio )りの景(et cunctat)色。(iones.)それを焼(Portam suc)き払い、(cenderunt,)我は新し( et ad cer)き戦場へ(tum locum )と飛び立(volumus no)つだろう(va acie.)


 ニーズヘッグを囲むように、三次元的に展開される魔法陣が立体的に大小様々な図形が噛み合いながらその内部で複雑な運動と文字の形成をする。

 完全に単独では行使不可能な超級魔法。

 その複雑さと正確さ、そして何よりも年月により研磨された技術から推測するに、少なくともこの場を跡形も残らずに消滅させられるだけの威力は持ち合わせているだろうという事がわかる。

 いや、例え無知な奴でもこれはヤバいと直感で察せられるほど、ヤバい。

 直撃したら、死ぬ。

 イリュジオンを自身の頭上に放り、巨腕の右手でつかみ取る。

 途端魔剣と悪魔が拒否反応を示したのか死にたくなるほどの激痛が腕と頭に響く。互いに侵食し合う性質なのだから当然だ。互いに体を喰い合っては再生しているようなものなのだから。


「大人しくっ……協力しやがれぇっぇぇぇえええええっ!! こんの狂犬どもがぁぁぁああああああ!!」


 暴れまわる魔剣と右腕を力ずくで制御し、同化。

 魔剣と悪魔が融合を果たしたことで、もはやこれ以上の危険物は無いと見ただけでわかるほど凶悪な腕一体型魔剣が出来上がる。正直やって後悔した。

 だがもうなりふり構ってはいられない。

 全力であいつの攻撃を相殺しなければ、全滅。下手したら大陸の四分の一が消し飛び、なおかつそれを行った張本人が自由の身となって空を飛び回ることになる。

 それだけは、絶対にしたくない。


この世に、(In hoc sae)もはや我を制(culo, qui )する者は(non concil)無し(iet)

「テメェら、散々俺を困らせて来たんだ。今ぐらいは、その役目をぉぉぉッ、果ァァァたせェェェェエッ!!!」


 右腕に魔力を限界まで集中させる。

 爆発しそうだった。

 だがそれは正常に右腕とイリュジオンに供給され――――割れた刀身の間から先程とは比べ物にもならない領と質の黒い光の奔流があふれ出る。

 空に向けたそれは黒雲を喰い、捻じ曲げ、散らす。

 ニーズヘッグは笑う。

 それにつられて、俺も笑った。

 精いっぱいの担架代わりに。



 奥歯を噛み割り、右腕を、魔剣を、振り下ろす。

 展開された魔法陣の表面からこの世の物とは思えない黒と白が混ざり合った光が放たれる。




「『断罪事象・観測イベントホライズン・オー不能の終焉境界バーロードコンヴィクション』」

混沌より溢れよ黙示録カオス・アポカリュプシス




 黒く、何処までも伸びる魔剣と、際限なく何処からか溢れ出てくる混沌が混ざり合う。

 その終わりにできる物は何だろうか。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!】


 砂漠に広がる砂が吹き飛び荒れ狂う。

 爆心地の様に抉れ、何もかもが消え去る。もう生物がいてよい環境でも世界でもなくなっていく。

 理解不能な力と説明不能な力が衝突するそれは理解できない物体同士をぶつけあうことに等しい。何が起こるかは当事者たちにも全くわからないし説明も理解もできない。

 だが、天変地異という言葉が生易しいほどの現象が巻き起こされているのは辛うじて理解できる。

 物理法則が根本から叩き壊され、理不尽と理不尽が衝突し合った果てには何がある。

 何もない。

 全てが消える。


「きぃぃぃぃええぇぇぇさぁぁぁれぇぇえええェェエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!!!!」

【朽ち滅びろぉぉぉぉおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!】


 互いの攻撃の勢いが更に増す。

 もう訳が分からなくなっている。きっとそれは今のままでは永遠に理解できないだろう。

 だけど理解できなくとももう意味はない。

 ――――手応えを感じた。


【グァァアアアアアアアア―――――ッ!!??!?】


 届いた。

 どんな防御だろうと確実に貫通する一撃が。

 その証拠に、攻撃の勢いが減衰し始める。


「うぅぅぅぅぉぉぉおおおおおオオオオオオオアアアアアアア!!」


 無我夢中に叫んだ。

 イリュジオンを放り捨て、全力でニーズヘッグに飛ぶ。体が焼かれても、前が見えなくても、俺は前を進んだ。体中から剣感が破裂したのか出血し始めても止まることはない。止まれない。止まるな。

 両目が破裂したと同時に右手を拳にして、筋肉が千切れるほど振りかぶる。


【人間が、ここまで来るか。――――敵ながら天晴だ、リースフェルトよ】

「くゥゥゥたばァァァァァァァアアァれぇぇえええェェェエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!!!!」


 頭が真っ白になる。

 同時に、右手が何かを殴りつけたような感覚が、しっかりと脳に届いた。



――――――



【やれやれ。老体には優しくするものだというのに、この小童はそれも知らんのか】


 約三百年ぶりに目覚めて早速大暴れしたニーズヘッグはそう漏らす。

 彼女・・は今、砂漠に転がっていた。原因は腹に空いた大穴からの大量出血だろう。竜の再生能力があるとはいえ、短時間で修復できる傷には限界はある。この様子では、たとえ回復してもしばらくは体力が戻らないだろう。

 実質彼女の負けと言っていい。

 だがリースフェルト、結城はニーズヘッグの隣で気絶して突っ伏している。この隙を狙えばニーズヘッグは容易く結城を殺害することができる。右腕は消えているし、魔剣も現在沈黙している。

 殺すのならば絶好の機会だった。

 だがそれをしない。

 ニーズヘッグは素直に負けを認めたのだった。


【やはり力は萎えておるか。三百年も熟睡すれば、そうなるのも仕方がない。それでも……まさか、たった一人で奈落の暴君竜アビスタイラントと呼ばれていた我と引き分けるか。なかなか見込みのある若人よ】


 ニーズヘッグは殴られた頬を撫でる。

 鮮烈な一撃であった。攻撃の途中で力の要となっていたはずの黒い右腕が消滅し、生身で殴ったにもかかわらずその一撃はニーズヘッグが体験した痛みの中で一番強く残る物であったのだ。

 己の信念だけを込めた拳。それ故か。

 満足そうに笑いながら、ニーズヘッグは『ある魔法陣』を組み立てる。


【よかろう。資格はあると見受けた。小僧、力を求めるか?】

「………………………ぁ、ぐ」

【力が欲しいか?】

「う、ぉ、ぁっ………………!」

【何者をも退け、鏖殺し、英雄と呼ばれ何百万もの生ある者を殺し、己の信念を貫く覚悟があるのならば。その悪魔と魔剣に取り込まれても己を保ち続ける強さを持ちたいのならば――――手に取れ。貴様にはその資格がある!!】

「ぉぉぉぉぉぉぉおッ…………!!!」


 ニーズヘッグと結城の周りを取り囲むように魔法陣が展開させる。

 そして、結城は無意識に手をニーズヘッグに伸ばす。ニーズヘッグもそれに応えて手を伸ばした。

 竜の爪と人の指が触れ合う。


【いずれ来るであろう。貴様が英雄と呼ばれ、星をも揺るがす厄災に立ち向かう時が。ならば運命を共にしよう。そこに戦場があるのならば、そこが我らの様な者どもの居場所よ…………!!】

「俺、はァッ…………俺を邪魔する奴らを全員ッ――――殺すッ!!! 誰であろうと、世界に称えられた英雄でも、忌み嫌われる大犯罪者でも、どんな者にも慈悲を振りまく聖人でもッ!!」

【その意気よ。我の最初にして、最後の主よ――――】


 愉快愉快と高笑いしながら、ニーズヘッグの体は光へと変わる。

 光へと変わったニーズヘッグは、結城の傷を癒すように傷口に入り込む。直後、時間を巻き戻すように結城の体は肌色を取り戻していく。

 侵食されていた部位が、少しだが元の色を取り戻したのだ。


「う、ぅうあ」


 目を覚ましかけた結城は、突如尋常ならざる倦怠感に襲われる。

 無理をし過ぎた。

 体を酷使しすぎた反動で、更に体が急激な状態の変化に耐えられず彼の脳が自動的にドクターストップをかけたのだ。元々休息などほとんどしていないのも相まって、結城は問答無用で意識を泥沼の底に引きずられていく。

 彼がその間に耳にしたのは、こちらに向かって来ているであろう仲間たちの心配する声であった。



――――――



 神殿を改修し、竜でも衣食住が可能な環境となった青き竜の住処。

 小さな書籍らしき場所で、ルージュと青き竜はともに食事をし、ちょうど布巾で唇を拭うところであった。さらには微かにソースらしきものが残っており、二人とも料理を残さず平らげたのがわかるだろう。

 つまりルージュは竜の作った食事を問題なく食せたという事だ。

 油断が許されない状況、毒を盛られるかも知れない状況下あまり良い行動とは思えないが、ルージュに生半可な毒は聞かないし、それに彼女が何も言わないという事は毒はないという事。

 自分を連れ込んだ青き竜は十分とは言えないが、それなりに信頼できる人物だとルージュは踏む。

 というかそうでなかったのならばとっくにルージュは『アリア』の国防隊に捕まっている。

 今は安心できるということをようやく納得し、ルージュは肩の力を抜いた。

 何せここに来てからずっと気を張り詰めていたのだ。長旅の疲れも加えて、精神的な疲労はかなり溜まっているだろう。


「味はどうだったか、聞いてもよいか?」

「美味しかったわよ、文句なしに。ただ……やっぱり量が、ね」


 人型とはいえ竜は竜。その竜頭の通り、彼らの食物摂取量は人間と比べて半端ではない。

 大の大人が一日で食う量をたった一食分と称して摂取するのだ。ルージュは流石に量は青い竜の食した分の半分以下だったが、元々食べなくとも生きていける体でありさらには彼女自身あまり食事は好まないせいか胃が凭れていた。

 それでも久々に美味しい食事を取れたのは行幸であるのだが。

 旅路の最中はまともな食事など許される状況ではない。ルージュも体質のおかげでそこまで食事はしなくとも平気だったのだが、やはり精神は人間だ。何かを食べねば自分が何か別の生き物になったような気がする。

 そんな不安感にも似たストレスを取り除くためにも、食事は必要不可欠でもあった。

 なので今回のフライビーフのミディアムステーキのリンゴソース和えは実に良い食事だったと言えよう。

 ……置いてきた仲間たちに引け目を感じるせいで、少々申し訳なく感じるのだが。


「そうか。ならば次からは上手くやろう。……で、そろそろ本題に入りたいのだが」

「どうぞ、お好きに」

「ご協力感謝する」


 青き竜は小さく頭を下げ、わざとらしく咳き込んでからルージュを見つめる。


「まず、自己紹介だ。私はファルス・イルベルズ・エンシュヴァーツ・ヴィゼルロットンディス・ヴァーミリオン。ファルスと呼んでくれ」

「……私はルージュ。苗字は……たぶん、もう意味はないから言わないでおく。好きなように呼んでくれて構わないわよ」

「そうか。ではルージュ、お前はどうしてこんなところに居たのだ? ただの子供が、流石にここまで他の者の目を逃れて迷い込んできたというのは、流石に度が過ぎた話だ。真実を話してはくれまいか」

「……そう、ね」


 そう言われてルージュは考え込む。

 事情を話すことも選択の一つだろう。だがそれにリスクが伴う以上自分史砦軽率な判断をするわけにはいかない。一応リザの存在が傍にあると言えばあるのだが、残念ながら彼女は今回だけは『切り札』として扱うためその存在は協力者であろうとむやみに晒すわけにはいかない。

 事情を話せば、より協力的になってくれる可能性がある。

 だがもし万が一反応が違った場合――――この教会は一瞬で戦場と化すだろう。

 どちらを取るべきかとルージュは迷いに迷い、ついに決めた。


「……私は、いえ、私たちは、この『アリア』の第一皇女の、友人よ」

「――――なんと」


 それを聞いてファルスは驚愕の面影を見せる。

 自身の国の皇女にこんな知り合いがいたと聞けば、驚きもするだろう。しかしその顔はすくに懸念そうなものへと変わる。ここまでは予測通りだ。


「……それは、本当か?」

「証拠はない。けど、会えばわかる。それが唯一にして一番の証拠」

「嘘は言っていないようだな……ふむ、成程。さしずめ、皇女様がお困りになっているのを聞き、駆け付けたというわけか」

「ええ。大体そんな感じ」


 間違ってはいない。困っているセリアを拉致してやろうという魂胆なのだから。


「それならば話は早い。私に協力してはくれまいか?」

「協力?」

「そうだ。……内密な話だが、現在『アリア』は内部で軽度の派閥争いが起こっている」

「派閥……これはまた面倒そうな」


 それを聞いてルージュは心底うんざりした。人間の醜い権力争いを見ているだけで唾を吐きそうになるのに、好意種族である竜種たちも権力争いをするとは実に呆れた真実だ。どこの世界も社会を築く生き物というのは、人の上に立ち下の者を見下したい傾向にあるのだろうか。


「純血派閥と皇族派閥だ。現在は大まかにそう分かれている」

「純血ってことは――――ああ、クソッ。そういうこと」

「察しが早くて助かるぞ」


 何故こんな事態になったのかは即座に分かった。

 皇女であるセリアの存在だ。

 セリアが――――混血児だったせいで、今こんな国内分裂による内部抗争が勃発しているのだ。

 幾ら竜だからと言ってセリアの様に殆ど人の姿を取れるのは、竜人ドラゴニュード、つまり純血思想から忌避される混血しかありえない。故に、こんな事態まで発展している。

 ただの竜人ドラゴニュードならばそんな大した問題でもなかっただろう。

 だがその存在が竜の皇族、神の竜だというならば話は全く違ってくる。

 要するに王族が悪魔を産み落とすような事態だ。

 そんなことをすれば、どうなるかは直ぐに分かる。現王への不満は爆発的に増加し、愚かな王とその子を排除しようとする運動が広まるのだ。勿論例外的な存在、その存在を受け入れようとする存在も出て来るだろうが、結果的には全く違う思想を持つ組織が二つ生まれて対立する形と自然に移行してしまう。

 朝昼晩常時活気も何もなかったのは、恐らくこの場所事態が一種の紛争地帯と化しており、子供や女性たちが一斉に避難してしまったためだろう。


「……なんでこう最近、混血絡みのトラブルが多いのかしら」

「愛ゆえに、か」

「女は国を滅ぼすというけど……全くその通りよね」


 女はいつの時代も最強兵器というのは現状で何とも真実味がある言葉だ。


「それで、これを聞いてあなたはどうする気なの? 私を国防隊に突き出す? それとも」

「協力を申し出たい。皇女救出のために」

「……それは私一人で決められる問題じゃない。それに、残念ながら私はチームワークという言葉が頭に無い人種でね、別に協力するのはいいけど私個人にはあまり期待しない方がいいわよ」

「そうか? その肌から流れ出るただならぬオーラ、明らかに人外のそれだが」

「……面倒くさいとこで鋭いわね」


 ルージュは現在レベル600オーバーの猛者である。実質純血竜種相手でも一対一ならば後れは取らないだろう。だがそれは敵本拠地であるこの『アリア』では意味をなさない。何せ純血は最低で百体は存在するのだ。そんな奴らに襲い掛かられたら文字通り塵も残らず消滅する。


「私はすぐに単独行動を再開するつもりよ。保護してもらったのは感謝しているし、恩義も感じている。だから、一応仲間に連絡はするわ。だけど私の行動を阻害するならば、容赦はしない」

「……そうか。ならば、好きにするがいい。私も客人に手荒な真似はしたくない。姿が偽りとはいえ、幼子に手を出すのもな。――――ただし、皇女様に手荒な真似はするなと誓ってくれ」


 ファルスは真剣な眼差しでルージュを見つめた。

 目を逸らさずルージュは、無言で頷く。


「礼を言おう。私も影からささやかな支援はさせてもらう」

「感謝するのは私の方よ」


 ルージュは笑い、席を立ちあがる。

 直後、その姿が陽炎の様に消えてしまう。炎による光の屈折現象を利用したのだろうか、足音だけを残し、小さな客人は部屋を去った。

 残されたファルスは小さくため息を吐き、部屋に飾られていた煙管パイプを手に取る。

 その火皿に刻んだ葉っぱを詰め、徐に爪の先から火を出して詰めた葉っぱに火をつける。


「…………土台作りは早めにやらねばな」


 吸った煙を吐きながら、ファルスは遠い目で窓の外を見つめた。




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