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第七十七話・『男は得物女はケモノ』

「ごほっ、ごほっ」

「あの、大丈夫、ですか?」

「……ああ、気にせず話を続けてくれ」


 喉の痛みが段々増してきた。まるで嘆息になったような気分だった。

 一応荒事があったが、呼ばれて俺はフェーアの住んでいる集落長御用の天幕――――とはいっても、鍵付き部屋のある二階建てという違いだけだが――――で、互いに正座で向き合いながら今後につながる話をしている。

 その内容は、俺達の処遇をどうするか。

 そして『獣王』――――レオニード・レックス・クロスフォードへの交渉の架け橋の役割を、フェーアが担ってくれるかどうかだ。


「ええと……あの獣人の少女については特に問題はありません。そもそもこの集落は身寄りのない者達が多く、基本的にそうやって『逸れた』者たちが寄り添って過ごす場所ですから。しかし、そう言った経緯もあって人間にはかなり酷い偏見を持っていて……」


 それはそうだろう。何せその『逸れた』という言葉は隠語――――『混血』を意味する言葉だ。この集落に妙に肌色の割合が高い者が数居るのはそういうわけだろう。本物の獣人はそれこそ肌色など全くない、二足歩行する獣のような姿なのだから。

 つまり『完全獣化』が通常状態であると考えればよいだろう。

 そして肌色の多い獣人は同族から虐げられる運命にある。血を分けた人からも忌み嫌われ、同族からも奇異される。確かに人間に偏見を持っていてもおかしくはない。


「原因は強姦してくる獣人の方にあるんだがねぇ……」

「仕方ないですよ。人間に責任を押し付けて、より強い集団である獣人達に自分の忠義を示そうとする。無理やり場に溶け込もうとしているんですよ、彼らも。……それを防ぐために『此処』を作ったのですが、焼け石に水の様ですね」

「……まぁ、俺については構わない。アウローラは……まぁ、むしろここに置いて行く方が不安だ。だがあのベルジェは……無理だな」

「はい」


 何せ敵対種族の血を持つ者だ。竜人ドラゴニュードとはいえ竜は竜。その脅威は計り知れないし、敵兵である可能性を持つ輩をわざわざ自分たちの住まいに置いておく必要性も道理も義務も義理もない。むしろ休息を取れる場所を一時的にとはいえ与えられただけでも十分すぎるほど感謝できる。


「……とにかく、交渉の介在役になってくれるだけでいい。協力してくれないか」

「とは申されましても……私自身、立場がかなり微妙な所なんですよ」

「微妙?」


 フェーアはかなり参ったような表情になる。

 何か問題でもあるのだろう。


「確かに私は『獣王』の娘です。しかし『混血』でもあります。獣人を統べる者の娘がそれでは、立場もなにも中途半端なんです。――――正直に言いますと、交渉するために『獣王』の居る場所までの道案内はできても、手助けはそれぐらいしかできません。身内のコネで話を円滑に進められるかは、期待しない方がいいです」

「……つまり『獣王』はお前を娘とは思っていないという事か?」

「いえ。そういう事では……むしろ、他の獣人と比べれば、温厚な方ではありますよ? 歳のせいでもあるでしょうけど」


 結論的にまとめればどのみち可能性が揺らぐ可能性は非常に低いという事だ。

 しかし獣人の習性を利用した交渉法が一つだけ存在する。

 口で説得するよりよっぽど簡潔でわかりやすく、そして危険な方法が。――――禁じ手、というほどではないが、常識的に考えれば自爆同然の方法だ。

 それでも獣人相手に口約束をさせる方がよほどハイリスキーだ。

 一部を除いて脳味噌が筋肉で出来ている種族だ。言って失礼だが口で約束を結ばせたところで裏切る光景しか目に浮かばない。


「――――力ずくで言うことを聞かせる、っていうのは方法としてどうなんだ?」

「………はい?」


 当然予想通りフェーアは変な物を見るような目で俺を見る。

 獣人の王に実力行使、と言ってるのだ。身の程知らずの馬鹿にしか言えないことだろう。


「……冗談ですよね」

「冗談でこんな酔狂言わないさ。少なくともそんな人間ではないつもりだ。それに、これ以外しか確実な方法が無いんだろ? 口だけで暴れ回る闘牛を制するなんてそれこそ世界一の大馬鹿でもなければ考えないさ」

「確かにそうですが」


 制御できない者を制御できない方法で何とかしようと考える方が可笑しい。

 ならば強引にでも制御する方法を行使するしか手立てはない。それこそ水で濡れた火薬を倍の量の火薬で無理やり引火させようとする意味不明で非効率的な方法であろうが。

 もうそれしかないのだ・・・・・・・・・・

 残された道がどんな馬鹿げた代物であろうと、それしかないのだから。

 他に方法があると言うのならばこちらが知りたい。


「わかっているさ。無茶言っていることぐらいは」


 情報だけで判断するならば、『獣王』は七百年以上前から獣人の頂点として君臨している。獣人の平均寿命などとうに超えているはずのその老体でなお最高峰の戦士として存在しているのだ。

 そんな者に実力行使など馬鹿げている。それこそ真っ裸で大陸間弾道ミサイルを受け止めようとするぐらい馬鹿馬鹿しく無茶で無謀だ。

 肉親を人質にしても恐らく揺れないであろう相手を揺さぶるには『敗北』を突きつけるしかない。

 可能性が那由他の彼方にあろうが、それをつかみ取るほかないのだ。


「……俺だってこんな事、やりたくはないさ」

「ならどうして?」

「俺にやれっていう奴がいる。俺しかやる奴がいない。できないじゃなくて、もう俺しかやる奴がいないんだよ。ここには。ライムパールとは交信不能。生きているかどうかもわからないのに、他の奴に期待なんてできない。他人に任せるにしろ、その任せられるような奴がいないんだからな。なら、俺がやるしかないだろ」

「そんな義理が、あるんですか」

「確かに俺がここに来た目的は、ある人物を連れ帰るためだ。それだけなら攫うだけで済む。だけど……お前は違う。お前はここを離れるつもりはないだろ?」

「……はい」


 それを聞いて、静かに目を閉じた。


「親友の妹置いて、のこのこ逃げ帰ったら仲間に合わせる顔が無いんだ。もう親しい人を見殺しにしたくはないんだよ。助けられる命……置いて行くぐらいなら無茶した方が、何倍もいい」


 そして更に命の恩人ともなれば、尚更だ。

 此処で見捨てるなど、自分を踏みにじる行為より烏滸がましく愚かしい。

 俺の言葉を聞き届けて、フェーアは微笑しながら胸に手を当てる。


「……わかりました。貴方の人徳に免じます。できる限りの支援を約束しましょう」

「ありがとう。よろしく頼む」


 互いに手を差し出し、強く握手を交わした。

 すると昨日のあの何とも言い難い珍現象が脳裏にフラッシュバッグされ、俺の顔は少し引き攣る。

 そんな俺の様子を見て同じく思い出したのか、フェーアの顔がポンと赤く火照り手をバッと引っ込めてしまった。


「あ、えと……きっ、きき、昨日は、その…………」

「だっ、大丈夫。原因は――――」


 視界が突如赤く染まる。



「……………………え?」



 手で頬を流れる液体を拭うと、深紅の水。――――血だ。


「な、なんで……――――ごふっ」


 口からも大量の血が流れる。まるで蛇口の様に際限無く、血は出続けた。

 内蔵全てがズタズタに引き裂かれたような痛みと、喉が数千の針で一度に刺されるような苦痛が脳を委縮させたいと言うのか何回も何度も重なりながら襲い掛かる。


「ぐ、あ、あぁぁああああああああっ…………!?」

「リースさん!?」


 姿勢が崩れ落ち、頭を抱える形で血を口や鼻、耳や目から垂れ流しながら横に倒れる。

 その間にも苦痛は増していく。


「あ、がぁっ……ぇ、ぎっ、あああああっ…………!!」


 声を可能な限り圧し殺そうとするが、それでも痛みは薄れない。

 少しずつ、少しずつ大きくなっていく。


「なん、でっ…………う、ごぼっ! げぼっ!」

「は、早く医療班をッ!!」

「――――ッが」


 最悪のタイミングで右腕が動き出そうとする。

 まずい。ここで気を失えば――――全員死ぬ。


「糞がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 俺は、その瞬間『悪魔』に背中を差し出した。



――――――



「やれやれ。ようやく体の四割の支配か。一ヶ月経ってもなおコレとは、私が鈍ったのかこいつがふざけたぐらいの耐性があるのか…………」


 地面も空も景色も、全てが黒に埋め尽くされた空間の中唯一白に染まり、真夜中のホタルの様に仄かに輝く一つの人影とテーブルがあった。人影はテーブルの上に置かれたティーカップを手に取り、中に注がれている黒い液体を少しだけ啜る。その後少し顔を顰め、舌打ちしながらティーカップをテーブルに戻した。


「ここではまともな快楽も無いな。全く……いっそ意識系統だけ集中して汚染してやろうか」

『――――それは契約の中に入っていないよルキナ』

「…………はぁ」


 心底不愉快極まっている表情で、白く染まっても水の様に流れる美しさを持つ長髪をかき上げ、ルキナは足を汲んでいつの間にか対面している黒い泥で構成された人形を睨みつける。


「何というか。やはりと言うべきか。私をこんな青臭いガキの中に放り込めるのは元半身・・・のお前しかいないとは思っていた。流石にヴァイスのクソガキがこんな洒落じゃないふざけた仕業をする必要性は見当たらないし、そもそもあいつは『悪神の加護』を付与できるんだ。自分から最強の手札を見す見す相手に渡す馬鹿ではない――――だが、お前がここに居るとは」

『確かにね。私は、ずっとここに居た。目覚めたのはつい最近だけど。恐らく何万、何億、何兆……覚えていないけど、那由他に等しい時間もこの魂に憑いていた』

「それだけ眠ってようやく目覚めるとは。眠り姫という柄でもあるまいよ貴様は」


 皮肉か嫌味か、しかしそれを聞いても黒い泥人形は笑顔を見せる。

 ルキナは気味が悪いとは思わなかった。むしろ今まで通りだなと、逆に安心感を覚える。

 同時に、その存在の危険さを思い出してしまうが。


『私が姫なら……王子は■■■かな。――――あ、これって』

「……『真名抹消ネームイレイザー』。アイツがこの世界を去るときに残した厄介な置き土産だよ」

『ふーん。理由はなんだろ』

「貴様以外に名前を呼んでほしくないんだろうさ。解除条件も『特定の人物がこの名前を呼んだとき』だ。つくづく愛されているなお前も」

『じゃあ、あの人はもう何歳になっているのかな』

「無量大数――――あいつの生きてきた時を表す数などそれぐらいしかない。そんな単位などもう通り越しているだろうがな」

『……何巡目? この世界は』

「お前が消えてから、すでに三桁は越えた。私も、もう十三回目の転生準備に入っている。……あまりに時がたちすぎて、頭が痛いよ」


 ルキナはまるで親友と話すように若干だが、氷の様な表情を解して微かにほほ笑んだ。


「神代世界――――私たちが『ヒト』として生きていた時代も、もうこの時代ではそんな摩訶不思議な神話に変わってしまった。お前も見ただろう」

『うん。でも……やっぱり巨神ギガーズ造人神デウスエクスマキナ英霊エインヘリヤルとか、世界神獣ワールドエネミーなんかは、もういないんだね』

「そんな奴らが今の時代を跋扈していれば、すでに地上は焦土だらけだ」

『だね。でも、友達がもういなくなっているっていうことだから……寂しいかな』

「一応、お前の拾ったガキどもは一人以外全員健在だがな」

『……エヴァン、スカーレット、ルーザー。――――そして、グノーシス』

「事情は知らんが、そのグノーシスという阿呆は三人に封印されたそうだ。どこにかは知らんが」


 素っ気無くルキナは告げる。それでも泥は形を変えずに、ただ静かに何も言わず座っていた。

 まるで本当に人形にでもなったかのように。

 ルキナとしては何か反応を示すのではないかと思ったが、見当違いかと切って捨て無言で目を閉じた。

 『裏』である心深世界ではなく『表』である現実世界へ移動する準備に入ったのだ。元々些細な休憩のつもりで此処に来ただけの事。ルキナとしては休憩に使用できる残り少ない時間を無下に過ぎさせるつもりはなかった。

 友人との談笑が時間を無下に扱っているのだろうか、という心残りは彼女の行動を微かに鈍らせたが。


「一つ聞かせろ。貴様の言う、あの小僧の覚醒――――『超越者エクシード』化をした場合、お前はどうなる」

『…………さぁ。だけど――――自分の結末は、もうわかっているよ。亡霊は亡霊らしく、消えるしかない。それはあの人も同じ。永遠なんて、この世にはない。それはいつまでも存在を保てず、転生を繰り返している君がよくわかっているでしょ』

「……だがお前は」

抑止者ディータレンターは星々の守護者ガーディアン。私がいくら願った所で、彼は来ない。それこそ、星が壊れるほどの一大事が無ければね。それにそんなことがあったとしても彼が来る前に『七人の子供達セブンズ・エクレシア』が動く』

「たかが恋人一人のためにそんなことはしない、か。何時までも糞真面目な馬鹿だよお前は」


 予想通りの答えが返ってきたことに、ルキナは笑顔を浮かべている。

 これが朗報かどうかはわからない。

 だがこれは、世界にとっては悲報その物だろう。


「『その時』は必ず来る。神代の英雄と謳われた貴様と■■■が並ぶ日は、必ずな」

『…………』

「あの小僧がその証拠だ。私たちが何もしなくとも――――あの悪戯好きの糞神は必ず仕掛けてくる。自分の創造主すらぶっ壊そうとする悪戯をな。その時鍵となるのは……何だろうな?」

『ルキナ、あなたは』

「勘違いするな。私の属性が悪だからと言ってあいつに従うなど死んでもあり得ん。だが言えることはこれだけだ。……もう傍観は許されない。お前もいずれ動く時期がくる。覚悟はしておけ――――何も持たぬ神の子ニヒル・デウスフィリア全て等しき者オーディナリー・ワン天国に最も近き存在ヘヴンズフィール……シエル・アルカディア」



――――――



【ステータス】

 名前 志乃七結城 HP217500/217500 MP692400/692400

 レベル113

 クラス 最適者オプティマイザー

 筋力282.90 敏捷310.27 技量503.55 生命力198.21 知力271.69 精神力200.18 魔力299.82 運0.20 素質45.00

 状態 精神汚染41.02 完全侵食38.93 暴走兆候27.80 

 経験値289108/5236000

 装備 古着のタンクトップ ボロ布の茶色ズボン 包帯

 習得済魔法――――習得数一〇〇オーバーのため省略

 スキル 剣術89.76 格闘術57.10 八属魔法99.30 消失魔法0.01 危機感知55.91 行動感知61.02 直感先読81.28 記憶透見メモリークリア28.37 空間索敵32.79 読心術25.43 武器解析ウェポンサーチ20.56 道具解析ツールサーチ13.82 炯眼11.19 乗馬27.55 超過思考加速オーバーアクセル99.99 宝石鑑定13.22 武器整備20.19 特技解析スキルスキャン12.38 自己防衛オートガード99.99 炎の神法【ファーストステージ進行中】


 ――――身体計測結果・危険警告領域突破

 ――――推定延命可能時間・約六百十一時間

 ――――提案・早急に原因の排除を推薦



――――――



「…………申し訳ない」

「大丈夫ですよ。困ったときはお互い様です」


 ……何やっているんだか俺は。

 例の発作を起こし、そのまま意識が途切れた俺は彼女の個室で看病を受けていた。貴重な薬品まで使い、失血死寸前の俺を蘇生してくれたのは他でもない、フェーアであった。

 あの後俺の絶叫を聞きつけた警護役の獣人が駆けつけてきたが、フェーアは迅速な判断と対応によりこうやって俺を保護している。下の階には俺の同行者であるベルジェやアウローラ、獣人の少女も集まっていた。傷はもう治ったのだから、医療室に居る必要はないだろうと追い出されたところを急速にフェーアが匿ったのだ。彼女にはもう頭が上がらない。


「……その黒い肌は、やっぱり」

「そうだな。隠すつもりはなかったが、あまり人に見せたいものじゃない。…………『悪魔憑き』ってやつだよ。比喩でもなんでもなく、そのままの意味でな。俺の中に悪魔が居付いていやがる」


 包帯はもうすべて取っていた。もう見つかった以上隠す理由はないし、こちらとしてもいつまでも包帯を巻いておくのはいささか不便だった。表面の汚れも拭けないし、やはり人に何かを隠すと言うのはかなり神経を削る行為だ。

 それと……彼女はこれを見てもなお、俺を拒否しなかった。

 ならばこれを隠すことは彼女の新設に対する侮辱と言えるだろう。


「伝承で聞いたことがあります。上位悪魔は憑いた者の精神だけではなく肉体をも己が器とするため、その姿形を変えていくと。……大変、みたいですね」

「……全くだ」


 これが無くてもイリュジオンという存在があるため、どちらにせよ自分の肉体を犠牲にして戦っただろう。『巨人狩りジャイアントキリング』の対価だ。安くはないが妥当な対価ともいえる。

 こんなものに頼らねばまともに壁を乗り越えられない自分の弱さがつくづく嫌になる。


「…………聞きたいことがある」

「はい、何でしょう?」


 できることが無い以上、俺はフェーアと会話するしかなかった。

 正確には彼女の信用を得ることと、カウンセリングの意味合いが含まれているが。――――それと個人的な疑問でもある。


「アンタの父親は……どんな奴だ」

「え? それは、全ての獣人を統べる『獣王』で――――」

「そうじゃない。ああ、知ってるよ。アイツが五百年前の獣人の間で行われた『大南戦争』の英雄だってことは。俺が知りたいのは、彼がお前の父親としてどんな奴だったのか、ということだ」

「お父さんの……そうですね。完全に私個人の視点でよろしければ」


 フェーアは少しおぼつかない笑顔でそう告げる。彼女も、こんな質問をされたのは初めてなのだろう。

 俺自身、『王』に対して『人間性』を問うのはいささか的外れな気もするが。


「お父さんは、やはり厳しいお方でしたね」

「具体的にはどんな?」

「と、言われましても…………。えーと、物心つく前から、死に物狂いで他の獣人の子供と殺し合い紛いの事をさせられましたね。何度も、何度も。……ああ、殺してはいませんよ。これは獣人の間では伝統的な行いで、幼いころから死闘を行わせて強靭な体を造ろうという習慣で」

「いいさ。俺も別種族の伝統にとやかく言うほど狭い奴じゃない。続けてくれ」


 何というか、随分とアグレッシブな種族だ。前からわかってはいたが。


「それと、手料理が結構上手でした」

「……手料理?」

「はい。獣人もやっぱり美味を求めるようで、少ない素材でより美味しく栄養価の高い食事を作るために、そういうこともするようです。お父さんはやっぱり長生きだからかな」

「まぁ、数百年も生きれば料理もできるか」


 特段可笑しい話ではない。普段から料理をしていなくとも、彼は七百年ほど生きているのだ。それだけ時間も積み重なれば料理の一つや二つ上達もするだろう。イメージとはかなりそぐわない一面ではあったが、それでも食材が取れにくい地帯で工夫を重ねて上手い料理を作るという発想もむしろ好感を覚えられる。

 ただし、一番重要な話題がまだ出てきていないのだが。


「……ファールについては?」

「あ。そ、の…………かなり、邪険に扱われていました。別に罵倒とかはしていませんでしたが、無視されたりして」

「それについては、何か原因とかは」

「……………姉はやはり人間の方の血が強く出ていたせいで、獣人達の中でも劣等種と呼ばれていました。お父さんもそれについて反論も何もしなくて。やっぱり、お父さんも人間に対して強い差別感を持っているみたいです」

「それを言うなら……フェーア、君はどうなんだ?」


 そう。一つ言及するところがある。

 フェーアも混血児なのだ。彼女が言っていることが本当ならば、フェーアもまた目の上のたん瘤のように扱われていただろう。能力が高いと言っても、個人のスペックだけでその種への偏見が消えるわけでは無い。


「私は、普通の獣人よりはるかに潜在的才能が高い者でした。お父さんやほとんどの獣人達は実力主義者です。最初こそ皆に厄介者扱いを受けていましたけど」

「その才能を認められて、混血でありながら同族として認められた。か」

「……その、気を悪くしましたか?」

「いや。大丈夫、君が悪いわけじゃないし怒ってもいない。ただ……世の中腐っても弱肉強食なんだなって、思っただけだよ」


 能力が高ければ、誰であろうが認められる。

 なら、やはりあの作戦を実行に移すしかないだろう。そもそも差別意識を持つ奴に口で物を言って理解してもらえるとは雀の涙ほども思っていない。

 しかし、フェーアがそんなにも強いとは。今はどうなのかは知らないが――――調べられるが、あんまり気は進まない――――まさか獣人達も認めるほどとは。

 逆に言えば、才能の無かったファールは認めなかったという事か。


「…………とにかく俺が直接会って判断するしかないか。じゃあ、フェーア。代わりに俺のことを聞いてもいいぞ」

「へ?」

「質問をしたんだ。質問されるのも覚悟している。さぁ、何か聞きたいことはあるか?」

「あ、あの、その……」


 なぜか急にしおらしくなり始めるフェーア。何か不味いこと聞いたか? と頭を悩ませていると、彼女は「あの!」と強めに質問をしてきた。


「うん? ああ。なんだ?」

「あ、姉とは、どういった関係で?」

「どういった関係? えーと、いや、ただ背中を預けられる親友だが。……いや、別にやましい関係ではなかったぞ。そもそも今は、誰とも交際しないないからな。変な勘違いするなよ」

「そ、そうですか。よかっ――――い、いやっ、何でもないです!」


 きっと姉と俺のことを心配したのだろう。

 交際相手を目の前で殺されたなど、それこそ言葉にならない悲惨な光景にしかならない。

 それを心配してくれるとは、ファールにはもったいない出来た妹だ。


「そ、それと、その……私の事は、どう、思って」

「え? あー……そうだな。率直に言えば、優しくて、可愛くて、他人の事を思いやれて、誰が見てもいい子だなとは思っているぞ? 少なくとも周りの異性が謙虚になるぐらいは」

「こ、好意はあるってことですかっ」

「あるけど。…………どうしたの?」

「脱ぎます」

「は?」

「お姉ちゃんが言ってました――――『気に入った相手は既成事実作って責任取らせれば万事解決』と」

「――――は?」


 頭が急速にフリーズした。

 再起動しようとしてもなかなか思考が解けず、目の前で脱衣行為をしているフェーアを延々眺めることになってしまった。

 待て。ちょっと、待て。


「いや、待て! ちょっと待って何言ってるのフェーア!?」

「赤ちゃん作るんです!」

「誰と!?」

「貴方ですっ」

「はぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 何を言っているんだお前は。


「いや可笑しいでしょ!? なんでいきなりそういう話に発展してるの!?」

「殿方と個室で二人きりでいい雰囲気で布団で告白されたらもう子作りしかないでしょう!」

「告白した覚えないよ!?」

「お姉ちゃん。あの助言は無駄にはしないよ……」

「話聞いてよ!?」


 自分の世界にすっかり入り込んでしまったのか俺の言葉など右から左の様だ。

 何とかしなければ不味い。非常に不味い。ここで色々ヤってしまうと獣人から狙われたり仲間から不信感を買ったり色々収拾が面倒なのだ。

 いや、快楽目的でするならば手伝ってやれないことも無いが流石に既成事実作るのは駄目だ。かなり後がなくなる。


「リース、先程から騒がしいが」

「ジルヴェ! 良かった来てくれて。悪いけどフェーアを抑え――――」

「…………な」


 此処で視点を変えてみよう。

 今ジルヴェの目の前には半裸の男女がくんずほぐれずというか、視方によっては触れあっている。半裸で。つまりあちらからこちらはどう見えるのかというと――――明らかに本番前の男女にしか見えない。

 ジルヴェはやや照れたように顔を隠しながら退室しようとする。


「すまん、失礼した。私は二人の面倒を見ているから、どうぞゆっくりしてくれ」

「待ってぇぇぇえええええええええええええっ!!! お願い待って! 違うんだ、これは違うから戻ってあああああああああああああああああああ!!!!!」


 俺の制止の声が届かず救世主になりえる者は退散してしまった。

 やばい。マジで、ヤバい。


「リースさん……」

「っ……落ち着け。落ち着くんだ、そう。安心しろ、ここでフェーアを気絶させれば――――」


 ――――面白そうだから攻撃・魔法禁止にしておくぞ小僧。


「ふざけんなぁぁああああああああああ!!!!!」


 あの悪魔めマジでやりやがった。

 絶対一生呪ってやる。


「フェーア? 落ち着けよく考えろ今俺たちがこんな事したらまずいんだ」

「大丈夫です…………きっと上手く行きますから」

「ねぇなにが。ねぇちょっと話を聞い――――」





「アッ―――――――――――――――――――!!!!」





 俺はその夜、何か大切な物を失ったような気がしてならない。




後半の展開要約。


フェーア「うほっ、いい男。やらないか」

結城「いえ遠慮しておきま」

フェーア「男は度胸。何でも試してみるもんさ」

結城「いや貴女は女アッー!」


フェーアはふたなり(違います)。

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