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第七十四話・『泥の真珠』

筋肉痛で体が痛い・・・

 つくづくいかれた奴らの集まり場だ。

 俺は、本名不明の身であり現在はソフィと呼ばれている俺は口には出さずにそう絶叫する。

 頭のおかしい黒目黒髪の少年を筆頭とし、火のように赤い髪を持つ少女(辛辣・大人臭い)に、ビッ○系見た目純情青髪女性、ウサ耳あたし系グラップラー、顔に痛々しい傷を持つ常識人、正体不明本性不明系幼女(自分もだが)。唯一信頼できるのが何もしゃべらない獣人の少女だけという始末だ。

 さっさとこのカオス空間から脱出したいと言う気持ちで胸がいっぱいになるが、正直言うとそれは賢い選択ではないとは重々理解している。

 何せ、はた目から見てもこの集団は歴戦の戦士たちなのだ。本音を言ってしまえば現状ここより安全な場所は他に無いと断言できる。行き場のない今ならではこそ。だが同時に危険地帯でもある。

 何時殺されてもおかしくないのだ。特にリーダー格と思われる黒目黒髪の少年、リースフェルト改め七死悠姫改め結城は、自分を警戒している。一瞬でも彼が自分を気に入らなくなるきっかけを作ってしまえば自分の命はそこで終わりといっていい。

 ある意味ではここはヒグマの巣のようなものだ。危険な生き物の眠っている巣の中で怯えながら暮らしている。

 しかし味方に付ければ大きいともいえる。逆に言えば敵対したら即終了という事だが。


「……なんでこんなことになったのかね」


 曰く、レベルが低いせいで環境に対応できないからといって与えられた砂漠用の服を見つめながら、そう呟く。一応これは良心のようなものなのだろうが、なんでだろうか結城という者が全然信用できない。

 というより、どこかで信用してはならないと言う声が聞こえるのだ。まるで本能がそう囁いているかのように。

 確かに彼を信用できる要素は少ないだろう。しかし信用できる者が少ない今、仮にでも少しでも信頼を寄せる相手は欲しい。頼る相手も欲しい。だがその対象候補が無意識で『敵』だと思ってしまう。

 まるで、そうあれと生み出されたように。


「君は、どう思う」

「…………? ぁ~、ぅ?」

「……ごめん、何でもない」


 身体的虐待による精神的ショックにより引き起こされた失語症で何もしゃべれない獣人の少女の頭をさすりながら、微かに笑う。曲がりなりにも助けられた身だ。極力信頼はするべきだろう。不本意とはいえ、あの状況を打開する策は皆無に等しかったのだ。むしろ命の恩人ともいえる。


「何呟いてんだ」

「ぎゃぁあああッ!?!」

「……おい、叩くぞ」


 今まで頭の中で考えていた人物がいきなり馬車の中に入ってくれば叫びもする。

 結城は軽い溜息を吐きながら、こちらに黒みのある皮のパンと水を渡してくれた。言わずともこれが夜食だという事は、ここ最近の食生活から察せた。

 何せ食料が手に入りずらい砂漠地帯だ。港町『ミニアス』で食料が補給できなかった以上、食料の消費は最低限にする必要性が出て来る。そもそも食料自体元々は四人分を一週間分だったのだ。今ではその二倍の人数。豪勢な食事など毎日続けていたら三日持たない。それにこの水も、本来ならば一日にコップ二杯だけ飲むことになっている。だが結城は自分の分の水分を制限し、食事だってこちらに回してくれている。

 彼なりにこちらに気を使ってくれている証拠だろう。

 そんな彼に不信感を抱き、挙句に信頼も何も寄せていない自分を嫌悪したくなる。


「オアシスか、食える生物を見つけられれば良かったんだがな。殺した雑種竜も、もう煙になって消えてしまった。食糧になれそうな生物は探してはいるんだが、この通りだ」

「……いや、食べれるだけ、感謝だ。申し訳ない、何もできなくて」

「その通りだな。正直お荷物ならぬ無駄飯食いが二人もいるのはかなりきついが……まぁ、これもいい経験だ。水が欲しいなら言え。俺の分をやる」

「いや、いい。さすがに、申し訳ない」

「……俺はしぶといんだ。別に気にするな」


 そう言って結城は軽く微笑み、馬車から出て行った。

 静寂が戻ると、不思議と孤独感に襲われる。


「……何というか、アイツ――――初めて会った気が、しなかったんだよな」


 誰にもわからないその言葉を、誰にも理解されないとわかっていながらも、俺はその言葉を紡いだ。



「……………………………ミ、カ…………ゲ…………シ…………ノ、カ?」



――――――



「……飯が不味い」

「仕方ないでしょ、こんな場所なんだから」


 砂の上に置いた小さな石に腰掛けながら、すっかり冷めた干し肉のスープを飲みながらそう口にする。

 味付けもまともにされていないし、塩味も水が少ないせいで妙に強い。薄すぎるよりかは幾分かマシだが、おかげで舌が痛い。たださえ変に強い突風のせいで砂まで混じりこんでザラザラしていると言うのに、たださえ不味い食事が更に不味くなった。

 口の中で溜まった砂を吐き捨て、徐に深い溜息を吐く。


「極寒の地の方がまだよかったな。砂漠は嫌いだ」

「も~、ダーリンったら我が儘ですねぇ」

「お前に言われたかねぇよ」

「これもそそるものがあるだろう。私はもう慣れたぞ?」

「出身地だから慣れてるのは当然だろうが。つーかアンタ食料も何も持ってないのかよ……」

竜人ドラゴニュードは基本的に一ヶ月程度なら無飲無食で過ごせる。それに食事はすでに三日前に済ましているからな、持つ必要が無いのだよ」

「じゃあなんでアンタも食ってんだよ!? たださえ少ないんだぞ食料!」

「まぁ、安心しろ。あとで食べられて美味な砂漠鼠の食べ方を教えてあげるぞ」

「……あ、っそ」


 なんでだろう。なぜこうも予定外の事ばかり起こるのだろう。

 いや別にすべて予定通りに進むとは思ってはいなかった。だた起こる事が一々予想外の事ばかりなのだ。おかげで予定が今のところぐっちゃぐちゃのべっちゃべちゃになっている。端的に言えば完全にコースから外れている。

 とりあえず現状、『生体複製上位術式バイオ・デュプリケイト・スペリオルスペル』を潰す方針で行こうと思う。まずは元凶を断たねば。


「……スカー? どうかしたのか」

「いや、何というか。少し気になることがあってな」

「は?」


 先程から一言もしゃべらないスカーフェイスは、上を向いて一つの雲を指さす。

 渦状になっている雲を。


「……風、強すぎやしないか」

「――――ベルジェ、このあたりってよく風が吹くのか?」

「いや。私の知っている限りでは……このあたりは夜間無風状態になるのが普通なのだが」

「……あのさ、なんか、竜巻、起こってないか」


 よく見ると、周りの砂が渦を描いていた。

 先程から妙に風が強いなと思ったら、こういう事だったのか。とにかく早く避難をしようと腰を浮かすと――――一瞬で足元をすくわれた。


「へ?」


 空中で一回転して後頭部が座っていた石に直撃する。


「ぐほぉッ!?」

「何をやっているんだ貴殿は」

「ちっ、違う――――足が、急に浮いて」


 地面から何かが俺の足を押し上げたのだ。そのせいでバランスが急激に崩れてしまった。

 一体なんだと地面を見ると――――何もなかった。そんなはずはないと探しても、何も見つからない。


「やっぱ足を滑らせただけじゃ……」

「いや砂の上で足を滑らすわけないだろ!! とにかく気を付けろ、竜巻といい俺が転ばされたことといい……挑発かも知れない」

「足が滑ったことを認めない大人げない奴がここに居ますよー」

「だから違う――――」


 どうしてこいつらは俺を意地っ張りだと決めつけるのかなと反論しようとして、肩を叩かれる。

 きっとソフィだろう。アイツの事だからパンが固いとかなんだとかで文句を言いに来たのかもしれない。そう言って心地よいほどの爽やかな笑顔で、そしてドスのある声を出す準備をしながら振り返る。

 すると全く知らない緑髪の少女が全裸で・・・立っていた。


「やぁ」

「…………………………」

「ほうほう……二つも持っているのか。面白いね君ぃ。実に興味深い」


 そう言って全裸の痴女が固まったままの俺の頬をつついてくる。何だこの状況。


「……あの、どちら様」

「ん? ああ、自己紹介していなかったね」


 全裸のまま少女は俺たちの前に出て来る。

 当然全員突然出てきた全裸、本当に布一枚羽織っていない少女を見て硬直していた。考えてみろ。目の前に全裸の女がいきなり出て来るとかマジで反応しようがないからな。部屋を開けたらすっぽんぽんの見知らぬ痴女がセクシーポーズ決めながら出迎えてくると考えてみろ。スゲェわかるから。



「ウィンクレイ・ライムパール。――――そっちのジルヴェの姉で、今は『轟嵐ごうらんの塔』の『守護者ガーディアン』を務めさせてもらっている者だよ。『火』と『土』の持ち主さん」



 それを聞いて自然とライムパール――――ジルヴェに視線が動く。

 そこには目を見開き、まるで死んだはずの人が生き返ったところでも見ているかのように何も言わず、たが表情でくっきりと感情が読み取れるジルヴェ・ライムパールの姿があった。

 更には、その両手は爪が掌に食い込んでいるのか血まみれになっている。激情を痛みで押さえているのだろう。


「……姉さん、どうして」

「ああ、わかっているよ~。『死んだはずなのにどうして生きている』でしょ? ま、それについては後で言うとして……まだ『泥の真珠ライムパール』の名は捨てていないようで感心感心。というか今回は妹に用があって来たわけじゃないんだよね」

「……風の、守護者ガーディアン

「そそ。君に用があって来たんだよ、リースフェルト・アンデルセン。――――君の存在は私にとって少々都合が悪いんだ」


 ウィンクレイはそう告げると、両手を空に向ける。その行為に不穏を思えた俺は即座に『魔導銃エーテルブラスター』を抜き放ち遠慮なしに引き金を引く。魔力が凝縮された魔弾は光の尾を残しながら、強大な破壊をウィンクレイに与えるために飛翔し――――その手前で壁にでもぶつかったかのように分散した。


「な……!?」

「甘い甘ぁい。やっぱりまだまだ小僧って事かな――――敵に手加減するなんてさぁあああ?」

「こいつッ!!」


 あの一瞬の間に、ウィンクレイは両手の間に風の奔流を作っていた。

 風の爆弾とも言い例えられるほど凶悪な何かを感じられるそれを、圧縮。そして異空間から召喚した一振りの豪華な装飾が施された剣にそれを撫でるように塗り付けると、その剣の周りから竜巻のような風の暴力が生まれ始める。


『敵を殺すつもりでぇ、遠慮なく、最初からッ、全力で行かなきゃねぇえええええええええ――――』

「詠唱破棄――――全員離れろォッ!!!」


 両手に一瞬で集めれるだけ砂を集め、大刀を形作る。

 もはや出し惜しみは許されない。全力で殺しに行かなくては――――殺られるッ!!!!



『だぁああぁめでしょぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!! ――――竜屠る聖人の魔剣アァァァァスカロォォォォォォォォォン!!!!』

「焼き尽くせ――――『焔神之剣ホムラガミノツルギ火之迦具土神之神威ヒノカグツチノカムイ』ィィィィィィイイイイイイ!!!!」



 狂った怨嗟同士がぶつかる。炎が風と衝突し、辺りの空気を加熱。気流がもはや原形を留めずただの竜巻が起こっていた空間はすでに大型台風の被害に遭っているかの如く荒れ狂う。

 圧縮された空気が日に触れると順列に爆裂を繰り返し、安全圏などもはや存在しないと言っているのか視界一面が何度も何度も強烈な光に包まれる。しかしそれでもこの天変地異染みた現象が収まる気配はなく、ただ狂乱の嬉々とした絶叫が俺の耳には木霊していた。


『アッハッハッハッハッハハハハッ!! いぃぃぃぃぃいいいいねぇぇぇえええ!!! やっぱりこうでなくちゃねぇぇぇ、戦いははっはっはははははははははハハハハハハハハッ!!』

「クッソがぁぁぁああアアアアアアッ!!!!」


 訴えるように避難の声をぶつけるが、ウィンクレイはそれを楽しむように立て続ける閃光の合間にそのヘラ付いた顔を俺に向けるだけ。完全にこちらをコケにしている。遊ばれているのだ。

 そう確信すると、もはや一片の慈悲を与える価値なしと本能が断定し――――それに応えるように『アレ』を封じていた右手と顔右半分の包帯が燃え、隠していたモノを露わにする。

 右目を開眼し、金色の瞳でウィンクレイを睨みつける。


『アハハッハ…………あ?」


 笑いが止む。

 ほぼ同時に――――白く映っていたウィンクレイの体内、心臓部分に妙に強く光る部分が右目に映る。

 そこからとった行動はほとんど無意識の物であった。


「――――そこかぁぁぁああああああああああああああッ!!!!」


 左手に大刀を残したまま右手を空に翳す。

 そして、右腕が一瞬大きく膨れ上がり、巨大な『あぎと』を形作った。まるでウィンクレイを『食物』と認識したように、『あぎと』はうねり、目を光らせ――――全てを食い散らかす暴力になり替わり口を開いて弾けるように飛んでいく。

 砂を食い、風を押しのけ、ウィンクレイの眼前にまで迫ったそれはグチャッと音を立てた。

 ――――ウィンクレイの左腕を捕食したのだった。


「……あッハ――――最ッ高…………ッハ、ヒヒヒヒハハハハハハハハハハハッ!!! リィィィィスフェルトォォォォオオオッ!!!! 射貫け竜殺しの魔剣アスカロォォオン・ピアッシングエアァァァァアアアアアアアアアア!!!!!!』

「くたばれェェェェッ!!!! ――――『大焦熱地獄ムスペルヘイム過熱世界オーバーロード』ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」



 部分的にだが、奪った『風の現身』の力で周囲一帯の空気を瞬間圧縮。ほぼ同時にウィンクレイは魔剣の切っ先に大量の空気を集め、まるで一つの弾丸を形成するかのごとく鋭く、疾く、相手を射貫くための凶器を作り上げる。

 交錯。

 燃料として集められた大量の圧縮空気が引火すると、燃料気化爆弾を模倣するかのごとく、面をドーム状に起こした大爆発で表面を跡形も残らず吹き飛ばし、焦がし、燃やす。

 だが寸前の刹那――――魔剣の切っ先から放たれた風の魔弾は、俺の胸を躱す暇も与えずに貫いた。


「ご、はっ――――」

『ガ――――』


 炎と光、そして胸から来る痛覚の情報量は、脳が許容範囲を余裕で超過していた。

 微かに見えたウィンクレイの薄気味悪い笑顔を見届けながら――――景色は一瞬で黒に染まり、思考は停止した。



――――――



 ある獣人の集落。そこまで大きいとは言えないが、それでも十分な規模を誇っている集落の中央には、一つ寂しくポンプが置かれていた。そのポンプに砂除けに何枚も服を重ね着している、耳から狼の耳が生えた獣人の女性が水汲み用のバケツを持ちながら近寄り、蛇口の下にバケツを置いてポンプを動かした。

 弱力は、綺麗とは到底呼べない物だったが水が流れ出てくる。砂漠では貴重な資源である水を掘り当てたのは、この集落にとって何よりの幸運であるだろう。


「あれ、フェーア?」

「? どうしたの、ミレイ」


 その獣人の女性、フェーアに、獣人の少女ミレイが近づいてくる。耳こそ生えていないが、右腕が獣のそれと変化している少女。聴覚ではなく筋力に特化しているという特徴だろう。


「ううん、珍しいなって思って。フェーアが自分で水を汲みに来るなんて」

「あはは……なんか、水の出が悪いって、報告があって」

「えっ……」


 そうフェーアが言うと、ミレイが不安そうな顔を作る。

 当り前だ。水はこの集落にとっては最重要の生命線。起たれれば一体何人が脱水症状を引き起こし、死に至るかは想像がつかない。人数こそ凡そ六十人程度だが、この広大な砂漠の中で水源を見つけるなど、道端でダイアモンドを拾うような確立だ。


「そ、それって、大丈夫なの?」

「……わからない。でも、何とかしなくちゃ。……とにかく今は、皆に水の使用制限を勧告しなきゃ」

「そうだよね。それがいいよ。その、大変だよね、集落の長っていう立場も、さ」

「心配してくれてありがとう、ミレイ。でも私がやらなきゃいけないから」


 そう、フェーアは精いっぱい笑いながら、不安を伝えない様にミレイに告げた。

 だがこんな状況だ。無理して作り上げた笑顔が何を意味するのか、子供でも理解できる。それでもミレイはただ自分の数少ない友人の体を心配するしかできない。

 獣人の子供一人が足掻いたところで、一体何ができると言うのだろうか。



「集落長! 大変だ、何か近付いてきてる!!!」



 何の予兆も無しに、一人の獣人が焦ったように叫ぶ。それを聞いたフェーアは一瞬だけ体を震わせ、組んだ水の入っているバケツをミレイに渡した。


「ほら、食事の用意、できる?」

「……うん」

「よかった。なら、少し待ってて。すぐに戻ってくるから」


 それだけを言い残してフェーアは弾けたように走り出した。

 獣人の爆発的な身体能力を以てすれば、数百メートルの距離など短距離走の様なものだ。先程叫び声をあげた獣人と合流し、フェーアは事態を把握しようとその獣人に問いかける。


「何が近づいてきているんですか」

「わからない。ただ、怪物みたいな影だった。油断はできない」

「……わかりました。皆さんは後ろで待機を。私が前に出ます」

「ッ!? しかし――――」

「大丈夫です。そこら辺の雑兵程度なら、私でも片付けられます」


 足を止め、ついてきた獣人を後ろに押しのけながらフェーアは目を凝らす。

 確かに、砂漠の真ん中からこちらに向かってくる影が一つあった。生き物とは到底表現できないシルエットではあったが――――フェーアの鋭い嗅覚にその『臭い』は確かに感じ取れた。


「……血?」


 血の臭い、という事は相手は手負いか先程まで生物の生き血を啜ったかのどちらかになるだろう。

 だが相手の様子を見る限りでは、前者の可能性が高かった。

 相手はとても遅い動きでこちらに近付いてきていたのだから。断定はできないが、相手は何らかの原因で素早く動けない状態なのだろう。


「ならば先に仕掛け――――…………え!?」


 一瞬だけ、前に踏み込もうと足を一歩だけ前に出した瞬間――――それははっきりと見えてきた。

 対象は――――何かを引き摺っている・・・・・・・動きであった。しかも一つや二つではない。複数の何かを背負いながら動いていたのだ。

 その細い二本足・・・・・で。


「……人、間?」


 距離が近づくにつれ、姿形をはっきり捉えることができた。

 背中には巨体である竜人ドラゴニュードを背負い、左手だけで子供二人を抱えながら動いているのは、紛れもない一人の人間だった。

 右半身のほとんどを何かに『侵食』されていた、人間だった。


「に、人間だと? なぜこんな砂漠の奥深くに……!?」

「わから、ない……けど、あれは」


 どう見ても瀕死の様子だった。注意深く観察すれば、その胸には大きな穴のような傷が開いており、そこからは少しずつ、しかし絶える様子もなく血が出てきている。その後ろには真っ直ぐ、血で出来た線がずっと向こうに伸びていた。

 それが示すことは、馬鹿でも分かる。


「馬鹿な……あ、あの距離を、あの傷で――――あの者らを担いで!? 本当に人間かあやつは!?」

「…………うそ」


 気づけば、その人間との距離はすでに十メートルを切っていた。

 後ろに集まってきていた屈強な戦士である獣人たちも、その壮絶な様子に絶句して武器を下ろしている。

 いや、武器を構えるまでも無く相手が戦えないことは承知できるし敵意は欠片も無い。攻撃の必要が無いのだと判断したのだ。

 フェーアと人間の距離が、五メートルを切った。

 すると相手は、虚ろな目をフェーアに見せる。数秒間、その視線は彷徨い続けたが、何かを認識したのか人間は――――男性と思われる彼は背負っていた者たちをゆっくりと砂の上に降ろした。


「ま、待ってください! 今すぐ治療を――――」

「落ち着け集落長! こいつらは人間、一人は竜人ドラゴニュードだぞ。関われば面倒事は避けられない。残念ながら、集落の為にはこいつらは……」


 そう、見捨てるしかない。

 どこからどう見ても厄介事の塊なのだ。関わる方がどうかしている。

 同時に、重症を負っている怪我人。一時の良心で助けるか、それとも冷静に見殺しにするか。

 それらを天秤に掛ければ、答えなど直ぐに出る。

 だが――――


「……ね、……ぃ、しま…………す」


 彼は――――頭を下げた。

 砂に頭を付けて、懇願した。小さい声だが、獣人達の聴覚にかかれば普通の声と大差はない。

 男は引き絞るような声で、こう言った。



「俺、は……どうなってもいい――――さらし者にしても、構わない。だけど……こいつら、だけは……助け、……あげて、くださ、い…………お願い、します…………お願……い、……ま……………」



 そのまま男は事切れたように倒れる。

 全員が言葉を失っていた。

 最後の最後まで――――この男は死にかけている自分ではなく、他人を助けてくれと縋ったのだ。

 獣人たちは自分たちの知っている『人間』とはあまりにもかけ離れている光景により、動くことができなかった。自分たちの常識を一瞬で覆されたのだから。


「……今すぐ治療の用意を」

「! ですがっ」

「――――強き者、同胞を導き、護り、立ちはだかる宿敵を打ち破る者なり。強き者にこそ敬意を払うべし。敬意を払えぬ者、其れ凡百の戦いよりも価値のない誇りを掲げ続ける者と同じにあり、愚者にして弱者なり…………『人間だから』という一視点に囚われている理由だけで、私は仲間のために頭を下げた者を見捨てたくはありません。私もあの者の立場であるならば、迷いなく頭を下げましょう」

「……集落長」

「長として命じます……この者等の治療を」

「――――承りました」


 この集落でも年長者の部類に入る獣人の老人が深々と頭を下げ、側近たちが合図を出されて動き始める。

 側近たちは砂の上に寝かされた者たちを背負うとそのまま何も、文句の一言も言わずに集落の中へと戻っていった。あの者達は古参の者たちだ。道中放り出されるなどという心配はないだろう。

 問題は、納得しない若者層の説得だ。

 集まっていた集団の中から、一人だけ最近成人したばかりの若者が不満そうな顔で出て来る。


「どうして……どうして、集落が危機にさらされると言うのに助けたのですか!」

「…………それを説明しなければなりませんか?」

「当り前ですよ! 貴女はもう少し長としての立場を自覚して――――」

「その前に誰に面と向かって物を言っているのか、貴方の方が自覚すべきですよ」


 空気の流れが変わる。

 フェーアの足元の砂が抉れ、纏っていた空気も張り詰めた重々しい物へと変化していた。

 何より、その眼光は舞い上がっている若人程度ならば十二分すぎるほど威圧できる、殺気の籠った『戦士』の目であった。

 齢二十ほどで集落の長を任されているのは、伊達ではないと言うことだ。


「貴方が下劣と罵る人間が頭を下げて――――それを嗤って捨てる私たちは何なのでしょうか」

「そ、れ……は」

「自分の矜持など捨ててでも他人を助けようとする様は、少なくとも種族で差別する人間の言い分よりはずっと素晴らしいと思いますよ?」

「ぐっ…………!」

「戻りなさい、見世物ではありません」


 それだけをきっぱり言い切り、フェーアは息絶えたように突っ伏している少年の前で膝を付き、一度あおむけにさせる。まだここに居るという事は、運ぼうとする者たちが治療を諦めたという事だろう。

 実際それだけの重傷であった。心臓は直撃こそ避けてはいるが、一部が抉り取られそこから出血が続いていた。しかもその状態で何キロ、下手すれば何十キロもあれだけの重量を背負いながら歩き続けたのだ。どう転んでも、治療する前に失血死する。

 ―――しかし、呼吸はまだあった。

 声こそ出さないが、確かに意識はまだ残っていた。


「『……苦しい、ですか』」


 わかりやすいように人類共通語で、フェーアは話しかけた。

 すると少年の口が微かに開き、小さく声が発せられる。


「『…………大丈、夫だ…………それより、これを。……あと、体を、少し起こして、くれないか』」


 少年は何処からか――――『銀の指輪』をフェーアにおぼつかない動きで手渡す。

 それを見て、フェーアの体は一瞬凍りついた。しかし勘違いだろう、と心を落ち着かせ少年の上体をゆっくり起こす。

 直後、吐血。大量の黒ずんだ血液を口や鼻から噴き出し、少年は大きく咳き込む。


「ぐふっ、ごぼっ――――っ、すぅぅぅぅ…………」


 その後、大きく息を吸い込み――――


「ッ、ァッ!!」


 黒く泥の様にぬめりのある液体を勢いよく吐き出した。吐き出した液体は砂の上に広がり、数秒間蠢いて、停止。少年はそれを見て、一度だけ大きく息を吐く。



「『天上の福音。光輝なる治癒の力となりて現界せよ。其の力、救済の真髄』…………『至高治癒エクストラヒーリング』」



 呪文らしき言葉を呟き終えると、少年の胸の傷が急激に膨張を始める。


「っぎぃぃいいあああああああっ!!!」


 激痛に耐えながら絶叫する様は、圧巻その物。フェーアはただ何が起こっているのか、見届けるしかできなかった。否、手出しできる余裕が無かった。

 膨張した胸は、十秒の間をおいて収縮。

 ――――そこにはもう傷などなかった。


「っ、はぁっ……治癒魔法って、なんでこうも痛覚を伴うのか、理解できない…………」

「あ、あの、大丈夫……ですか?」

「……どうにか。しかし、傷は治っても、体がボロボロですよ。正直一歩も動ける気がしない」

「わかりました、直ぐに寝床に運びます。……しかし、この指輪は一体」

「……一応、失敗の可能性があったので預けておきました。死んだ戦友の形見なんです」


 死んだ、という言葉にフェーアは反応する。

 徐々に嫌な予感が、彼女の頭の中を埋め尽くした。


「あと、少し聞きたいことが」

「あっ、は、はい! 何でしょう」


 不安を可能な限り隠しながら、フェーアは改まって笑顔を作ろうとする。

 だが、それは空しく一瞬で崩れ去った。


「その指輪の持ち主だった――――ファール・エゼトリエド、という者はご存知ですか」

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 短い言葉がフェーアの思考を停止させた。


「……お姉ちゃんの、名前…………なんで、貴方が」

「…………………お姉……ちゃん?」


 そのまま二人は、互いの出会いを呪った。





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