第七十三話・『青の竜人』
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水筒を傾け水を口に含む。
実に八時間ぶりの給水。今はこの水が命の源とも思えるほど恋しい存在だ。この砂漠では水など貴重に基調を重ねた存在であり資源。無駄遣いしないために極力水分補給は避けている状況、その分給水が何時間も作業をした後に訪れる休憩時間の様にありがたい。
実を言えばただ自分の分の水を他の人員に回しているだけだが。
特にリザ――――彼女は『水』その物であるため、この気温と乾燥は大変厳しい環境。いくら魔法で水を生み出せるからといっても、別に無から有を作っているわけでは無い。空気中の水分を『増幅』することで生み出しているのだ。湿度ゼロ度の砂漠地帯で水分を含んだ空気など有る筈もなく、実のところ必要最低限の水を残しておかねば全滅する恐れがある。
おかげで出発から三日経ってようやく目的地付近までたどり着いた。三日のうち十三時間ほどは水の作成に回していたせいでかなり遅れた。要諦なら五時間早くついていたはずだった。
しかし状況が状況だ。文句を言う相手もいない。ここで愚痴る奴はただのアホだろう。
疲労が度重なり、もうその足を止めてしまったレニヨンスフィリスの背を降りて無駄な装飾が施された単眼鏡を覗きこむ。昼間なので視界は良好。砂嵐は無く、特に障害も無いおかげで辺りは良く見渡せた。
「…………アレだな」
此処から大体三キロほど先に、茶色の鱗を纏う竜が群れを成して行進していた。
進むごとに砂を大量に巻き上げ煙が上がっているので、嫌でもよく見える。
「何か見えたか?」
「ああ、ここから北北西。距離は約三キロ。こっちにはまだ気づいていない。地図を見せろ」
「りょーかい」
スカーフェイスから地図を受け取り、単眼鏡を脇に挟み込みながらそれを開く。
進行方向を半分勘で予測し、その先にある印を見つめる。
一点だけ、小さくバツが付けられた座標。そこは、ライムパールが付けた『生体複製上位術式』が設置されているであろう遺跡跡地。
「どんな習性かは知らないが、家に戻る程度の知識はあるようだな」
「それで、何をするんだ」
「爆破する。どうにか三日で実用まで持ってきた『強制増幅魔法・最大多連継続爆撃術式』で表面を絨毯爆撃。勿論地表に出ていないと効果が薄いから、ルージュとリザ、そしてライムパールにはあいつらをこの場所に留まらせるための囮になってもらう。そしてルージュ以外が避難完了したら術式発動。一気に焼き払う」
「……普通の奴だったら間違いなく死んでるなその作戦」
「場合によっては無関係な奴を放り込む予定だったけど、その必要も無いだろ」
「悪魔かお前は」
「必要な事に必要な道具を出そうとしてるだけだ」
自分としても必要以上の犠牲は出さない。確かに命を軽々と切り捨てるかもしれないが、必要な事だと言うならばそれもまた仕方のないことだろう。スカーフェイスが言わんとしていることもわからなくもないが、流石に悪魔呼ばわりするのはお門違いという奴だ。
本物の悪魔はそれこそ必要以上の犠牲を意図して出しておいてそれを嘲笑する奴らの事だ。
少なくとも俺は笑いはしないし、無意味に特攻させたりもしない。
そういう意味では気質は『軍人』に近いと言える。
「さて――――作戦のおさらいだ。俺が触媒を四か所に置くまで、時間稼ぎを頼めるか?」
「そういう作戦なら仕方ないでしょ。やるわよ私は」
「ダーリンが後でごほーびのチューをくれるなら何でもやりますよ~」
「あたしも構わん。それが必要なら」
三人から了承を得たのを確認して、俺は懐から四つの水晶をアイテム欄から取り出す。
これこそ今回の作戦の要、『魔封じの水晶』。これを作るのにあの三日間の間どれほど苦労を重ねたことか。素材が砂だけの状態でこの高品質の水晶を錬成するのは中々骨が折れた。錬金術を齧っていなければ悲惨な事になっていただろうと思うと自分の知識欲に感謝せざるを得ない。
「スカーは後方で子供三人の護衛をしながら索敵。不穏な人影がいないか探してくれ。伏兵が居る可能性は否めないからな。見つけたら『伝言』の魔法を使って連絡を」
「わかった。見つけられなくとも恨むなよ」
「見つからなければ行幸さ。問題は見逃すことだ。地味だからといって手を抜くなよ」
単眼鏡をスカーフェイスに放り渡して、腰に吊っていた銃身が五十センチはあるだろう拳銃――――と呼んでいいのかわからない黒く塗装された銃を取り出す。
改造した『魔導銃』、仮称『夜狐』。徹夜でフレームを加工して組み立てた現在唯一相手に有効そうな武器だ。
それを片手で握りながら、もう片手で握っている四つの水晶を器用に動かして指に挟む。
準備完了。
「――――作戦、開始!」
声を張り上げ、砂を蹴る。人間離れした脚力で滑空するように飛び出した瞬間、後方からは爆発に近い音が三つ聞こえる。そして空を飛ぶ影が三つ見える。それらは自分とは比較にならないほどの速度で空を飛び、竜の群れと三十秒経たないうちに交戦開始。向こうから無数の爆音が聞こえてくる。
「相変わらず俺の周りにいる女は人外だらけだな、ははっ――――俺は俺の役目を果たすとしますか、っと!」
気を紛らわせるために軽口を叩きながら跳躍。
空へ出て、一つ目の水晶を徐に砂の中へと投げ込む。ぽすっと気が抜けるような音を確認して、背から炎の翼を出して飛行開始。二枚もの荒ぶる翼を制御しながら高速で二個目を設置する場所へと向かう。
『リースフェルト、上だ!』
「何っ!?」
開始からまだ一分経っていないと言うのにこの様。
待ち伏せされていたかと上を向くと――――何十匹ものワイバーンが視線をこちらに固定しながら、遥か上空で翼を羽ばたかせていた。
気づかれた。というより完全に最初からこちらに気付いていた。
そして、たった今俺たちを敵性生物と認めたのか、その目を細めて口を開く。
「ギィィィィギャァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ゴォォォォオオオオオオァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「糞ッ!」
ワイバーンたちが空からこちらに向かって滑空開始。こちらをはるかに上回る速度で近づいてきている。
このままでは捕まる。威嚇射撃として改良した『魔導銃』の銃口を向け、引き金を引く。改造前、いや、原品より何倍も派手な光を出しながら巨大な光弾が放たれる。
回転しながら進むそれは見事ワイバーンの翼に当たり――――貫通した。
明確に言えば、翼の付け根を吹き飛ばした。片翼を失ったワイバーンは悲鳴を上げながらそのまま墜落。地面と衝突し、大量の砂をまき散らしてそのまま痙攣を繰り返す。
「効果は抜群。だけどこれは」
確かに威力だけ見れば申し分なく、十二分といえる。
だが、威力だけの話だ。
撃った後、『魔導銃』のフレームは銃身を中心に赤熱を帯びていた。そして、魔力を貯蔵するマガジン型の魔力貯蔵デバイスに在った魔力が根こそぎ消えていた。
予定では十発分の魔力だ。しかしそれを一発で使い切った。調整を誤った記憶は無いが、いくら威力が高いと言ってもここまで燃費が最悪だと使い勝手もクソも無くなる。
デバイス交換をしながら加速。高度を下げて広大な砂漠を高速滑空する。すると予想通り、サイズが巨大なワイバーンは低空飛行が困難だと判断して高度を上げていく。そして一瞬で減速し竜の息吹の準備態勢に入る。
かかった。
「行けっ!」
急減速し、砂の上を転がるように着地。
地面に両手を付けて精神を集中させ、『土の現身』の力を使い砂を動かしていく。その量――――凡そ十万t。並の生物ならば軽く圧殺できる量を精神力で持ち上げ、相手を押し潰すためにその全てを殴るように操っていく。負担は尋常ではなく、腕の表面に浮かんだ動脈がいくつか破裂する。
無数の手の様に変形した砂は空中で制止していたワイバーンを拘束し、次々とその身を掴んでいく。
瞬時に、圧殺。
圧力だけで全身の骨を粉々にし、用済みになった亡骸を解放して砂の上に放り捨てる。
「――――っっはぁっ!!」
全ての砂を降ろした後、汗をにじませながら詰まっていた息を吐く。
加減がわからず無茶をしてしまった。
何せいつもは『炎の現身』の力しか使わないのだ。慣れないせいで勝手がよくわからず加減を見誤ってしまった。
「早くしないと」
汗を拭きながら、軋む体を無視して再度炎の翼で飛び立つ。
その間にも、三人は激戦を繰り広げているのだから。自分一人が辛いわけでは無い。
自分にそう言い聞かせ、俺は水晶を強く握りしめた。
――――――
竜人。知っての通り、竜と人の血が混ざった種族であるという事は、額のある人間ならば誰でも存じているだろう。しかし、その存在を知っていても実物を見た者は殆どいない。
まず竜人自体、生まれることが歓迎される存在ではない。基本的に竜は竜と子をなすのが常識。それを無視し、人と交配した末にできるのが竜人なのである。その特性は大きく分けて二つ。竜形態と人形態に自由になれること。そして、人形態でも十分すぎるほどの身体能力を有しているという事。人が怪物の身体能力を得たと表現すればそのすさまじさはわかるだろう。
そして、人形態になれば人間とあまり区別がつかないことである。それこそ数少なく皮膚の露出している竜の鱗ぐらいでしか見分けることができない。これにはいくつか例外があるのだが。
そんな竜人だが、竜の王国と呼ばれる『アリア』ではどういった扱いを受けているのだろうか。希少な存在だから、尊重されているのだろうか。
違う、と学者は答える。
なぜならば、彼らは、彼女らは、奇異される存在であるのだから。
人からは自分たちの姿を真似た竜。竜からは下位種族である人を真似た竜。そう認識され、蔑まれる。
群れの中に一つだけ色違いの個体が出現したのと同様だ。
人も、背中に翼が生えた者は気味悪がるだろう。
そのようなものだ。
では竜人は、そんな環境でずっと生きられると思えるのだろうか。答えは当然無理だと考えるだろう。竜人の寿命は人間と比べて果てしなく永い。それこそ一千万年は軽く生きるのだ。それだけの悠久な時の間、ずっと虐げられるなどどんな生物にも耐えられるわけがない。
竜人は旅人となる。それが新たに生まれた常識である。
しかしずっと旅に出ているわけでは無い。
どんな生物であろうとも、一度は故郷に帰るものだ。例え自分の存在が望まれていない物であろうとも、子なら子らしく親の顔を見に行くのは、当然だろう。
「…………」
一人の男性と思われる、青い鱗が片頬に露出している青髪の竜人が、魔法障壁に囲まれている『アリア』から遠く離れた赤い丘で空を眺めていた。その姿は、いわゆる『和服』と呼ばれる東の武人が好んで着用する服装であった。
流石に二メートル半近い巨体なので、わざわざ作ってもらったのだが。
「……随分と様変わりしたものだ」
彼は空から視線を『アリア』へと切り替えて、そう空しげに呟く。
すると後ろから、三十メートルは優に超える青き鱗の巨竜が荒々しく鼻息をしながら、嘆息混じりに返事をした。
『恒久の景色などありはしない。空は絶え間なく変化する。世もそれと同じように、何時かは移り変わってゆく。この国もまた例外ではない』
「……兄者。俺は兄者の弟であることを誇りに思っている。あの国で生まれた事も、また同じだ。だが……今のあの国を『故郷』として誇ることは、できそうにない」
『……………同感だ。あの国は、我らの故郷は、あまりにも変わってしまった』
昔の『アリア』は竜達にとっては唯一の故郷にして、温かみのある帰るべき場所だった。
だがもう、その面影はないに等しい。
獣人との小競り合いの結果、内部での勢力争いも激しくなり、数十年前ならありもしなかった獣人の強制労働所までできた始末だ。挙句の果てには、禁術にまで手を出している。
その結果、もはや『帰るべき場所』とは言えなくなった。
「……神竜様、アリアスフィール様は元気か、兄者」
『酷く、老衰している。恐らく、あと数ヶ月持たんだろう。だが、もう億を超える時この国を支えていたのだ。もう、休んでもらってもよいだろう』
「セリアレジスタール皇女殿下は、無事か」
『今のところは、無事だ。酷く狼狽している様子であったが、あの様子では老長たちに操り人形にされるのは目に見えている結果であろうな』
「兄者、それを――――」
『わかっている。尽力はしよう。だが……あまり期待はするな。いくら数万年生きてきた私といえど、あの国の精鋭相手には劣るであろう』
「……わかっているとも」
竜人と竜は互いに暗い顔を作る。それでも互いの顔を見つめ合う事数秒、竜人が無言で座っていた我が身を立ち上げた。
「……俺はあの国と、必要ならば敵対する。その覚悟を伝えるために、ここへ帰ってきた」
『――――何処に行くつもりだ、ベルジェ。行き場所など、この大陸にはもう無いぞ』
「何処にでもいくつもりだ。いずれ、また此処に来る。……本来なら、来るべきではないだろうが」
そう言って竜人、ベルジェは自分の兄である青き巨竜の巨体を横切り、丘を降りていく。その後ろで、彼の兄は何も言わずに翼を広げ飛び立つ。
何も言わない。それは、文字通り何も言う必要はないという事だった。
互いが別々の行動を取るのだ。その旨を話しても、それは仕方のないことであろう。
そう思いながら、竜人でありながら剣の道を歩いているベルジェは腰に吊っている十二尺、約三・六メートルほどの大太刀の鞘を握り、和服を上だけ脱いで背にある翼を広げる。
跳躍。秒だけ時間を過ぎただけにもかかわらずその身はすでに大空の真ん中へと移動していた。竜人の持つ脚力であれば造作も無いことだろう。
ベルジェは一度深呼吸をして、翼を動かして爆発的な速度で前進を開始。
目的地である獣人たちの集落へと一気に距離を縮める。
そのまま三十分ほど飛行を続けていたその時、赤い物がベルジェの視界に唐突に映り込む。
「――――む?」
同時にベルジェは何かが焦げているような臭いを嗅ぎ取る。
不安が脳裏をかすめ、ふと翼を広げて減速。少しずつ降下して臭いの発生源である地上を見下ろす。
「…………何だアレは?!」
まるで戦争でも起こっているような巨大な爆炎がいくつも空へ向かって伸びていた。
地表にはいくつものクレーターが存在しており、同時に――――竜種らしき死骸がいくつも転がっている。全てが文句なしに治療不可能な傷なので、ほぼ全滅と言っていいだろう。
「まさか、もう始まったのか!?」
ベルジェが危惧していた種族間での戦争。その可能性が思い浮かぶが、まだ早とちりかも知れないと心を落ち着かせる。
直後、唐突に大空で巨大な魔方陣が生み出された。かなり離れていると感じられるにもかかわらず、まるで近くで起こった現象とも錯覚できるほどの大規模な代物。誰がどう見ても個人運用が困難な儀式クラスの魔法だとわかる。
そして魔法陣が一瞬強く光り、その表面に鏡の様な薄い膜を生成。
そこから大量の巨大な火球が雨の様に降ってきた。一発でも危険な代物だと言うのに、雨の様に。爆撃でも行うがごとく。――――数秒後、着弾開始。球状の爆発がいくつも重なり、塔でも築いていくかのように爆発が積み重なり周囲一帯の気流を滅茶苦茶にし始める。
爆発により起こった爆風により、ベルジェは飛行状態の維持が困難だと判断。翼を畳み、地面へと着地する。
「一体何が起こっている……!」
何が起こったか確かめるためにベルジェは砂の丘を登り、惨状が起こっているであろう爆心地方面に目を向ける。
「…………何かが、あるだと」
広大な砂漠に生み出された黒色地帯。超高温で炙られ変質し、砂中の砂鉄と化合して黒く変質した砂に囲まれた硝子の結晶が生えた爆心地の中央付近に、人影らしき何かをベルジェの目は捉えた。
見る限りは、ベルジェの目が幻覚を見ていないなら赤い髪の少女に見えた。流石にそれは無いだろうとベルジェは思ってしまうが、己が目で確かめる方が早いと思い細心の注意を払いながら爆心地へと近づいて行く。
焼けた砂を踏むと足の裏がヒリヒリと痛みを味わう。爆破からまだ数分経っていないし、そもそもこの気温では冷えていないのは当然だ。それを踏まえてベルジェは忍耐し、大太刀の鍔に指を添えながら前進する。
「……触らぬ神に祟りなし、っていう言葉、知ってる? そこの竜人さん」
「むしろあれだけ派手な花火を打ち上げて、誰も来ないと思ったのか?」
「確かにそれは一理あるわね。むしろそれが目的でもあるのだけれど。だけど何事も――――関わっちゃいけない領域っていうのがあるのよ」
茫然と空を見上げていた、赤いドレスを身に付けた長い赤髪の少女はベルジェの行動をあざ笑うように視線をベルジェの方へと変えてくる。その行為にただならない威圧が込められていると知り、ベルジェは顔の表情を崩さずに腰の大太刀の柄に右手を添えた。
「ここで何をしていた」
「ただの『依頼』よ。増えすぎたはぐれ竜どもをぶち殺せっていうね。……何か文句でも?」
「はぐれ竜の数匹程度、あのような大規模術式を発動しなくとも、目立たずに殺せただろうに」
「はぁ……私関わるなって言ったはずだけど。深入りしないでくれる? さもないと――――」
「さもないと、なんだ」
微かな敵意を感じ取り、ベルジェは腰の大太刀の刃を走らせる。
同然に大きく旋回。遠心力を乗せた一撃を自分の真後ろへと放つ。微かな間を開けずベルジェの大太刀が固い物にぶつかった音を出し、花火を散らす。
「あーあ。だからさっさと帰ればよかったのに。……どっちにしろ捕まえるつもりだけど」
「ぬ…………!」
右手と顔の右半分を包帯で隠している黒目黒髪の少年が、金属光沢を帯びた光の筋が走っている左腕でベルジェの得物に掴みかかっていた。その握力は尋常ではなく、今にでも折れそうだと大太刀が軋みを上げている。
身の危険を確かに察知したベルジェは咄嗟に左手で右腰に吊っていた予備の小太刀――――とはいっても常人からしてみれば立派な太刀だが――――を抜刀し、そのまま切り上げて少年の左腕を大きく弾く。
隙ができた瞬間ベルジェは瞬時に距離を取り両手の刃物を即座に納刀。即座に体勢を変更し、中腰で左手を鞘に、右手を柄に置く。
俗に言う、居合の構えだ。
「草薙退魔流――――斬鉄」
間髪入れずに右足を前に出し、抜刀。
巨体から繰り出される十年単位でい様れた技術と竜の力が組み合わさった一閃が繰り出された。
少年はそれを見て少々、否、かなり驚きはしたものの、舌打ちと同時に居合いの構えを取り――――間一髪で技を出した。
「――――壱極楼」
いつの間にか取り出したのか、少年の右手には一本の長剣が握られていた。決して業物とは言えないが、武器を弾くぐらいならその役目は十分熟せる程度の物だとは理解できる。
少年が放つ五つの剣撃。一撃に対し足りない筋力を補うべき数と技術で補強し、見事少年は竜人ではるベルジェの一撃を弾き返した。
二人は互いに距離を取る。そのまま爆発寸前の火薬の様に目線を交わしあっていたが、少年は根負けしたように長剣を投げ捨て、軽く両手を挙げて興産の仕草をする。
「やめだ、やめ。こんな不毛な戦い、続ける理由が無い」
「……襲ってきたのはそちらの方ではなかったか?」
「無理に詮索しようとしてきたのはアンタの方だ。あのままなら確実にルージュと戦闘になっただろうから、横やりを入れただけだ。互いに理由もわからないまま戦うのは、猛獣の類だけでいい」
「成程。なかなか賢い判断だ。私もその判断に従おう」
ベルジェは相手が友好的ではないにしろ、それなりの態度で接してきたことに免じて大太刀を鞘にしまう。
それから数秒、互いに気持ちを静まらせた後に名乗り合った。
「ベルジェ・L・ハイベルト・S・B・ヴァーミリオンだ。ベルジェで構わん。竜人であり、武人という者でもある」
「リースフェルト・アンデルセン。見てのとおり……いや、ちょっと変質しているが、一応人間だ。探索者をしている」
握手は交わさずそのまま会話を進める。
なれ合う気はさらさらないと言う意思表示の一環でもあり、相手にペースを握られないための行動だ。
それについては現在警戒しているベルジェも同意見であるらしく、特に言及はしてこない。
「早速だが、ここで一体何を?」
「繁殖しすぎた雑種竜の殲滅。一匹一匹相手にするのが面倒だから大規模術式で周囲一帯ごと吹っ飛ばしただけだ」
「にしては、少々やり過ぎだろう。貴様は何だ、竜一匹相手に大魔法を行使する火力至上主義者か何かか?」
「一匹じゃない――――正確には五百十七匹だ。ライムパール、リザ、ルージュがだいたい四割倒したから、約三百匹ぐらいか」
「……何だと?」
まるで妄言でも聞いたかのようにベルジェは狼狽する様子を見せながら、リース――――結城に問う。
「出鱈目を言うな。はぐれ竜が群れを成すなど、ありえん」
「はぐれ……ああ、雑種竜の事か。しかし仕方ないだろう、この目で見た以上それ以上も以下も言えやしない。アンタの知っているはぐれ竜とやらがどんなものかは知らんが、とにかく群れを作っていたからこうやって触媒まで苦労して作って大規模術式発動させたんだ。高々竜一匹二匹相手にこんな大層な火力をぶちまけるほどの愚者でも狂人でもないつもりだぞ俺は。一応個人的には快楽より効率重視な人間なんでね」
「……バカな。そんな……なぜ今更」
ベルジェは苦しむように頭を押さえて唸っている。
結城はそれを無視して地面から生えた硝子の結晶を手に取り、懐にしまった後ベルジェの横を通り過ぎようとする。しかしそれを見す見す放って置くベルジェではない。結城の肩を掴み、進行を止める。
「ま、待て!」
「……んだよ。つかアンタ何なんだ。俺に恨みでもあんのか」
「違う。まさかだとは思うが……貴様、『アリア』が今何をしようとしているのか、把握しているのか?」
「ああ、そりゃ……そうだな、端的に言えばそれを止めに来た、とも言える」
「ならば、情報交換を」
「ただし最終的な目的は皇女の誘拐だ」
「――――は?」
その一言でベルジェの体が凍り付く。それに対し結城はただ氷のように鋭い笑顔を崩さない。
結城が何を言っているのかを数秒浸かってようやく理解したベルジェは、一度わざとらしく咳をし、脂汗を流しながら会話を再開する。
「誘拐、か。確かに、それも一手であろうな。だがしかし、それは戦争を止めるという問題の解決には」
「アホが。その頭の中身は何だ。『最終的な目的』つったろうが。戦争は止める。その後で誘拐だ。ドゥーユーアンダスタン?」
「……ああ、えっと。なんだ、お前は」
「なぁに。死んだ友人の相棒を迎えに行くだけの『悪友』さ。で、アンタはどうするよ。この会話を他の奴らに伝えるもよし。この場でまた戦いを再開するも、別に構わない。どうする?」
結城が笑顔で黒い『魔導銃』の銃口を向けながら、笑顔でそう問い詰める。
直後タイミングを見計らったように上空からスライムらしき影が。背後からはルージュの持っている魔剣アヴァールの熱気が。
止めに兎人と思わしき女性が拳をゴキゴキと鳴らしながら良い笑顔でベルジェを追い詰めていた。この時点で数では完全に相手が有利。さらには実力も個々はベルジェより低かろうが一人一人の質が桁違いすぎた。誰でも平均レベル500オーバーの化け物四人に囲まれれば降参したくなる。
その道理に従い、ベルジェは大人しく両手を挙げた。
「わかった。協力しよう。ただし、お前らが信用に値しないと断定した場合は」
「別に裏切っても構わん。――――死んでいいならな」
「……我が命はアリアスフィール様と皇女セリアレジスタール様のためにある。そのためならば、死は厭わない。だが、無意味な死は御免被る」
「! ……アンタは……そうか、なるほど。とりあえず、長い付き合いになりそうだ。よろしく頼む」
「承った」
先程は交わさなかった握手を、結城とベルジェは交わす。
そして結城は一番気になっていたことを、早速ベルジェに問うことになった。
「それはさておき――――ベルジェ、なんでアンタが、草薙退魔流を知っているんだ?」
「……? 貴殿も同じく極東大陸で習ったのではないのか? 草薙隼人師範の知り合いか弟子だと思ったのだが。まさか別の伝承者に?」
「……別の伝承者、っていうところはあっている。だが、草薙退魔流は――――」
――――異世界の剣術だぞ。
そう言いかけて、結城は思いとどまった。
というより、かなり重大な事に気付いたからである。
「……草薙隼人、って、まさか」
一度綾斗の家の事を調べる時、データベースで見たことのある名前だった。
凡そ百五十年前、日露戦争で日本刀片手に小銃に向かって自殺同前の特攻を仕掛け、無傷で相手の舞台を全滅させた伝説を持つ『狂人武者』と呼ばれ恐れられていた草薙家の一男。
そして終戦直後、子を残して行方を唐突に妻と共に暗ました、曰く神隠しに会った『武人の亡霊』とも言われていた偉人。
そう、行方不明になった者。
草薙隼人。草薙綾斗と曾祖父に当たる人物。
「…………神隠しって――――異世界に飛ばされたのか?」
俺はただ一人、答えも無い問いを空に向けて言った。
ベルジェ? ああ、プロットにはない名前だね(白目)




