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第八話・『Sandalphon』

呪文にルビを振りました。中二成分激増し。

「なるほど、大体の事情は分かった」


 血生臭い通路を駆け抜けながら、ジョンは言う。

 俺は皆にここまでの事情を一通り説明した。勿論リーシャにも。当然寝起きドッキリのことは話していないが、とにかく言えることは全て言ったはずだ。

 内容はいたって簡単。昨日いきなり協力してくれと言ってきた少女と一緒に行動していたら『塔』の前でいきなり消えた。といった、かなり簡略化しているが大体の内容は入っているので問題ない。

 しかし我ながら馬鹿な事をしているものだ。たかが少女一人を驚かすためにこんなことまでやるとは、昔の俺ならば絶対にしていない奇行と言ってよい。

 だがそれでもする価値を、今の俺は見出した。

 それに杞憂とは思えない――――酷く嫌な予感がしたのだ。

 下手すれば二度と取り返しがつかなさそうな、そんな予感が。


「しかし、なんでお前はその子にここまで執着する? 普通の奴なら気にもせずに普段通りになるはずだが」

「……放っておけなかったんだよ。悪いか」

「お人よしにもほどがあるぞお前。……いつか、その優しさが身を滅ぼさなければいいが」

「アンタに言われたくはないし、それに安心しろ。こんな阿保なことやるのは今日きりだ。それにどの道最上層に行くつもりだったんだ」


 視線をリーシャに送ると、当の本人は舌を出して「てへぺろ」とふざけている。

 すぐに視線を戻し、前方を索敵。『空間索敵』と『危機感知』の併用はとても便利だ。なんせ、視界に入る前に存在を感知でき、その後空間感知によりどこに出現しているかもわかる。おかげで、不意を突くなんてことはサルでもできるレベルまでやりやすくなっていた。

 ブルー・サファイアを抜刀。予め最前列にいたおかげで前には人はいない。

 敵が見える、ステータスは見るまでもない。豚の顔をした人型のモンスターを視界にとらえ、直後に地を蹴り急接近。気づかれる前に身体を真っ二つにする。だが複数いる。

 約三体ほど残っていた。仲間の一匹をやられたことに、一瞬呆気にとられていたのか、豚顔のモンスターは硬直する。その隙に振った勢いを殺さずそのまま回転し、もう二体ほど巻き込んで切り裂く。同じく胴体が二つに分けられて絶命。

 残り一体は声を上げながらその手に持った棍棒で殴りかかってくるが棍棒ごと水平両断。木製が金属製に勝てる道理などない。

 殲滅が終了したのを確認して、後列の五人と合流して再度走り出す。


「ナイス、見事な剣捌きだな」

「ありがとう。疲れたら一度交代するが、いいよな?」

「勿論だ。ジョンもいいよな?」

「問題無い。それより、ニコラスが少し疲弊しているんだが」


 後ろを見ると、確かに小柄な少年、ニコラスは息を上げていた。後ろにいるセリアに支えてもらいながら走ってはいるが、今にも倒れそうな感じだった。

 ファールはやれやれと首を振ってジョンを肘で突っつく。


「ジーョン? 背負ってやれよ」

「俺か? 別に構わんが……満足に拳は振るえないぞ?」

「いいから! ここで倒れられたりでもしたら、依頼人が困るだろ?」

「……わかったよ。はぁ……お前には敵わん」


 尻に敷かれた男のように嫌々とファールのいうことを聞いたジョンは、まるでおもちゃを持ち上げるようにニコラスを肩にのせる。所謂肩車の態勢になった。これが一番戦闘がしやすい態勢ということだろうか。


「す、すいません、ジョンさん……」

「いやいい。子供を一人や二人乗せたぐらいでは鍛錬にもならないからな」

「こっ、子ども扱いしないでください!」

「まだ十四なんだろ? 十分子供だ」

「うっ、ううぅ…………」


 子ども扱いされたのが気に障ったのか、ニコラスは軽くジョンの耳をひっぱんたが本人は全く応えていない。逆にはっはっはと高笑いしている。

 それよりも、ニコラスが十四というのが気になった。


「おいファール。少し聞きたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「どうしてニコラスは――――」

「そこ、左だ」


 言われ、すぐに左に曲がる。

 ダンジョンとは、基本的に何か『目印』が残されている。かなり分かれ道が多い迷宮型のダンジョンである『塔』だが、当然今まで此処に足を踏み入れてきた者たちが残してきた目印が残されているのだ。

 具体的には傷であったり、何かが置かれていたり、遺骸が指し示す方角であったり。種類は様々だが、それでも無駄な物はなかった。

 そういう意味では、今までここでついえて言った者達に感謝せねばならないだろう。

 何せ一日で「表向きは」攻略者不在のダンジョンを踏破するのだから。


「で、ニコラスがなんだって? ま、言いたいことはわからんでもないけど」

「たぶんお前の想像している通りだろうな。……あんな子がどうして探索者なんか」

「すまんが、私も詳しくは知らない。何でも、家の事情らしいが」

「……酷い親だな」


 虎は自分の子を崖に落とすというが、これはそのまんまだった。いや、もしかしたらもっとひどいかもしれない。

 教育を放棄している、というのは少し言い過ぎかもしれないが、少なくとも自分の息子を死線に送っているのは間違いなかった。まさかだが軍人の家系でもない限りこんなことは滅多にないとは思うが……そのまさかだろうか。


「お前はあの子を気にする余裕なんてあるのか?」

「それも、そうだが」

「ちょっと言い方が悪かったか? ……っと、見えてきたぞ」


 向き直ると、階段が見えてきた。

 分かれ道八回、モンスター遭遇二回、かかった時間は十分ほど。初見にしては十分すぎる結果だが、これ以降のモンスターは段階的に強くなる。勿論俺達も強くはなるだろうが、最低でも最上層に到達する時間は二、三時間以内にしておきたいものだ。

 第二階層クリア、第三階層に続く階段を上る。



――――――



「ぜえェェェェアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「アハハハハハハハハハハハッ!! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャキャギャギャハハハハハハッ!!!!」


 夢幻の剣が三百六十度、四方八方、隙間なく襲い掛かる。

 それを伸縮自在の剣『ミゼリコルド』を鞭のように使い落していく。

 『ミゼリコルド』は伸縮の際に、自身を柔軟にする、つまり流動体に近い金属の状態になる。その過程を利用することで変則的な攻撃と、遠心力を乗せた強力な一撃が狙える。勿論伸縮後は硬化するのだが、絶え間なくそれを繰り返すことで、『ミゼリコルド』はもはや剣ではなく剣のような鞭と化しているのだ。

 おかげで広範囲に敵を巻き込められ、一キロという無駄に長い範囲を最大限に利用することができる。

 二人の実力はほぼ互角。レベルの差が激しかろうが無かろうが、今この勝負を決めるのは『いかに攻撃を耐えられるか』だ。

 アウローラの攻撃は届いていない。だがルージュの攻撃もまた届いていない。拮抗している。

 どちらか一撃でも入れば勝負は簡単につく、だがその決定的な一手が入らない。勝負はつかない。消耗戦では確実にあちらが上。そう断じたアウローラは跳んだ。地面はその反動に耐えかねて爆発に似た現象が起きる。


《詠唱・空間固定術式展開。詠唱開始――――》

「チッ、面倒ね。まだ使えたの、その術。――――《炎は原初の光。それは道標となりて、我が武器となり――――》」

《――――【もう止まれ。(H B)その美しさを(U S S)保つためにも。(Z B)】》

「《我を勝利導く》――――《原炎の緋焔槍オリジンヌ・エキャルラット》ォォォッ!!」


 ルージュの方が早かった。

 彼女のビデオの早送りのような高速詠唱が終わり、同時に両手に緋色の炎槍えんそうが出現する。それを振りかぶり、全力投擲。一秒後空間ごと行動が止められる。あと数秒早かったら彼女は負けていただろう。

 術に成功したにもかかわらず、攻撃のチャンスを失ったアウローラは無意識に舌打ちをして防御術式を展開。


《詠唱破棄・魔法名宣言》――――《天使の護盾アンジュ・ブークリエ


 詠唱を途中で切り魔法名だけを唱え、自身を守る光の盾を前方に展開。

 想像以上に相手の詠唱速度が速かったため詠唱を間に合わないと予想して、アウローラはあえて破棄。効果は半減するだろうが、それでも回避行動をする時間稼ぎには十分だろうと判断した。

 が、緋色の炎槍は光の盾を優に貫通した。あまりにも早すぎるそれを見て、アウローラはサイドステップでの全力回避を試みる。不幸中の幸いか、彼女は足の横を少し火傷するだけで済んだ。


「……詠唱破棄したと言えども、仮にも天使の加護を受けた魔法なのに。ここまでアッサリ貫通されると気が滅入るわね」

「呆けている暇があるのかし……らァァァアアアッ!!」


 余談する暇さえもらえず、夢幻の剣は襲い掛かってくる。

 右手を高速で動かし『ミゼリコルド』でそれを弾きながらアウローラはルージュへと着実に接近。その間に詠唱を開始。


「《時は戻せ(Cum lex n)ない法で(on revert)ある。(itur.)ならば私は(Si ultra p)永遠に進ま(rogredi se)せ続けよ(mper conat)う。(ur.)》」


 時が加速する。

 彼女の心拍数が加速する、血流の速度が加速する、電気信号が、細胞の脈動が、全てが加速した。

 【時間変動タイムアルター加速状態アクセラレート】。唯一、彼女が自分の特殊属性に気付き、編み出した『固有魔法』という魔法だ。その効果は、今現れる。


「《固有(Exactum t)時間(empus ac)加速(celeratio)七倍(Septies)》」


 途端、アウローラの姿が掻き消える。


「……消えた? 透明化? いや、光湾屈折現象と次元変動反応は見えない。空間湾曲でもない、次元跳躍でも瞬間移動でもない、一体どうや――――がっ!!」

「――――――」


 蹴られ、前に向かって何回転も転がる。急いで立ち上がり、後ろを見る。

 そこには、嘘のようにアウローラが立っていた。

 速すぎて何を言っているのか、喋っているのかが分からない。

 それ以前にルージュはこう思った。


「なんで――――」


 ――――なぜ後ろを取れた?


 空間跳躍でも、瞬間移動でもないのに、アウローラは三秒未満という短さでルージュの後ろを取っていた。距離は五十メートル近く離れていた。つまり三秒で五十メートル近くを移動したということだろう。それは百メートルを六秒で移動できるということだった。

 だがアウローラは息一つ上がっていない。いくら体力があっても、走ったらなら息のタイミングにずれが生じていてもおかしくはない。それが今のアウローラには感じられない。


「――――どうしたの? 私は歩いて・・・ここまで来たのに、それを最後まで身を来るなんてどういう気変わりかな」

「あ、歩……!?」


 ハッタリだと思った。ありえない、彼女はあまりにもありえないことを口にしている。

 それが実現していたかのように。


「このぉぉおおおお!!」

「今度は走るわ。……《固有(Exactum t)時間(empus ac)加速(celeratio)七倍(Septies)二乗(Square)》――――遅い」


 アウローラに向かって夢幻の剣を数百、数千と飛ばす。

 しかし当たらない、理不尽なまでに、彼女はそれを弾き、避け、視界から消える。残されたのは大きく凹んだ石床だけだった。石床の表面が過ぎ次と黒く焦げていく。直線を描き、まるで巨大な魔方陣も作られていくかのように。不可視に至る速度故に勝手に魔法陣が作られていく光景が、ルージュの眼の裏まで焼き付けられる。

 ルージュが気づいたときには、もうすでに目の前まで接近されていた。

 しかも顎に指を当てられ、こう言われる。


「――――二百年間、私が努力している間怠けているからこうなるのよ。雑魚を倒して『私最強』なんて、バッカみたい」


 図星を言い当てられ、反論さえ出てこなかった。


「展開――――《宵の最後に燈るクレプスクルム・フィーニス月明かり・ルークス・ルーナエ》」


 魔法陣が光り輝いた刹那、極大の光柱が二人の姿を包む。

 その光は慈悲のもとに下される、二人への鉄槌。



――――――



 第三階層、階段フロア。

 そこには大量の、腐った体を持つアンデッド系モンスターの死体が山のように積み上げられている。

 その中心に、俺は立っていた。


「はぁっ、はぁぁ…………皆、無事か?」


 ブルー・サファイアを杖代わりにしながら力無く立っていた俺は、軽く周りを見て皆に聞こえるように言い放つ。

 幸い、全員とも無事のようだった。


「まさか……最後の最後にアンデッドの大群とは。理性がかなり削られた気がするよ……いてて、くっっっせぇぇぇえええ~~~~……セリア、大丈夫か?」

「うん。へっちゃら! ふふーん、死体なんて指先ひとつでぽいだよ~」

「おいニコラス、もう大丈夫だ。安心しろ、深呼吸……あ、いや、とりあえず落ち着け。なるべく息は吸うなよ」

「リース、アンデッドは死後……もう死んでるから死後っていう表現はおかしいのかな。まあいいや、とにかく息をあまり吸わないようにして。アンデッドは死後瘴気を出すから、毒状態になるよ」

「わかった。ったく、時間を大幅ロスしちまった……どうする、休憩を挿んだ方がいいか?」

「此処じゃ駄目、一回第四階層に上がった方がいいかも」


 臭い、ただ圧倒的なまでに漂う異臭には端が折れ曲がるかと思った。肉の腐った匂いをダイレクトに嗅がされているのでそりゃそうなる。獣人で狼(イヌ科)の因子が混じっているであろうファールは完全に涙目になっている。犬の嗅覚は人の数百倍らしいからね。しかも肉関係では一億倍に跳ね上がるらしい。そりゃ臭いわ。

 ここに居るのはマズイと皆の考えが一致したのか、全員の脚は自動的に次の階層への階段へと移される。

 ニコラスはかなり重症のようで、今はジョンの型で肩を震わせている。しかも要らないおまけとして軽い狂気状態らしく、同じことを何回も絶えずに呟いていた。その内容は「怖い」。シンプル・イズ・ベストとはこのことだろうか。感情をダイレクトに表していた。


「……なぁ、ニコラスはここで出た方がいいか?」

「私も賛成。ぶっちゃけていうと、気休め程度の援護にしかならないし」

「おいリーシャ!」

「事実でしょ? 私たちの足手まといになっているのは」

「だとしても言い過ぎだ。少しはオブラートに包め」


 その一言にニコラスが正気を取り戻したかのように肩を大きく震わせる。

 小さな口からは「足手まとい」という単語が、静かに発せられた。そして、両目から熱い液体を流しだす。


「僕は……みんなの……」

「おいニコラス、泣くな! 安心しろ、俺はお前のことを足手まといなんて思っちゃいない!」

「ジョン、第四階層に着いたら一回お前が落ち着くまで面倒見てやれ」

「ファール。いくら俺が世話好きとはいえ、さすがにこれは無理があるぞ……」

「お前しかいないんだ、ニコラスとまともに話せるのは。私じゃ会話が続かないし、セリアに至っては論外だ。リース達についても、ニコラスの人見知りについてはお前も重々承知して要る筈だろ」

「それはそうだが……」

「ごめん、なさい……ごめ……」


 嫌々とジョンは了承して、ニコラスに慰めの言葉をかけ続ける。内容は比較的単純で、「大丈夫だ」とか「泣くな」などなどだった。その方が無難なのだろうか。

 対してリーシャは全く反省の色が見えない。そもそも、ニコラスを仲間として見ているのかも怪しい所だ。確かに俺はリーシャに対しては信頼を寄せているが、あくまで戦闘だけの話だ。人間としては、あまりいい方ではないと確信はしている。その人間味が欠けた性格がファールの怒りを煽ったのか、ファールはリーシャの肩を引っ張る。


「お前……ニコラスを何だと思ってんだ」

「別に? どうも思ってないよ? そうだね~……強いて言えば、『お荷物』かな?」


 笑顔で、本当に何の淀みも見当たらない笑顔でリーシャは平然と言い放つ。

 それがニコラスの心を付き刺し、壊れかけていた心をさらに傷つかせた。


「う……うあああぁぁぁぁぁああああああっ!!!」

「お前ぇっ!!」

「お? 殺るの? いいよ!」


 両者ともに、ほとんど同時に武器を構える。

 最悪の展開だった。ここに来て内部崩壊、薄々予想はしていたが来るタイミングがあまりにも早すぎる。最上層一歩手前なら喜んで解散してもよかったのだが、まさかこんな序盤で来るとは。


「おいお前ら、やめろ!」


 戦いを止めようと肩を掴んで両者を離そうとしたが、武器をこちらに向けられた。

 想像以上に面倒くさい奴らだったようだ。


「黙ってろチェリーボーイ。こいつは前々から気に入らねぇと思っていたんだ。私を見る目が、生物を見るような目じゃなかったからな……」

「さすがにリースといえども、生死与奪の戦いを止めるのは野暮だね。モンスターならともかく、私の闘争を止めないでほしいな。命が惜しくなかったら、相手はするよ?」

「…………」


 二人とも目が本気だった。その気迫に押されて危惧し、段差を一個降りる。

 唯一、その圧力に対抗できたのは、無邪気な子供――――と呼べるのかどうかはさておいて――――であるセリアだった。

 わかっていて突っ込んでいるのかどうかは知らないが、セリアは両手に一つずづ小さなキャンディーを持って、それを二人に渡す。


「喧嘩はだめだよ~? 誰も喜ばないよ? 二人が傷ついたら、誰かが悲しんじゃうよ?」

「うっ……」

「ありゃりゃ……ここでそう来ますか」

「ほら、甘いもの食べて、仲直りしよ?」


 さすが一歳(二万歳)……まるで本当に子供のように、その純粋さで殺し合いを静止した。

 これも子供の武器、ということだろうか。とにかく危機を免れた事には、違いないだろう。

 いざとなったら殺気で無理やり押えようとしたのだが、その機会は来なかった。喜ばしいことだ。

 

「……すまん、つい熱くなった」

「あっはは、私も~。流石に言い過ぎだったよ。ごめんねニコくん」

「に、ニコ、くん?」


 ニコラスに変な相性が名付けられたところで、急ぐようにせかす。

 もしかしたら、今も死闘が繰り広げられているのかもしれないから。



―――――



「――――さて、そろそろこの呪いを解いてもらえるとうれしいのだけれど」

「ヒっ、あっはははははははははははっ!! あひゃはははははははははははっ!!」


 大威力の魔法の直撃を喰らい、硬直したその後『ミゼリコルド』を首に添えられ、ルージュは観念したのか、それともまた最後の足掻きをする方法を思いついたのか、狂った様に笑う。

 首に刃を添えられているにもかかわらず、ルージュは首を動かしてその首から赤い血が流れるのも構わず、後ろを向いた。


「残念、その呪いは私にも解けない。だって、解呪方法なんて、最初から用意してないからねぇぇぇええエエエエエエ??」

「……はぁ、だろうと思った。さすが『神を見る者(Chamael)』の異名は伊達じゃないわね。負けてもタダで転ぶ気はないのかしら」

「アャハァッ、まぁぁぁぁあああ?? 開発した術式から逆算していけば、解呪術式ができるかもしれないけどねぇ? 私はもう『機凱術式イクスワード』は使えないから、もうどうしようもないわねぇぇえっへっへへひひイヒヒ、イヒヒヒ!」

「堕ちたわね、能天使エクスシアとあろうものが……」

「黙りなさい、大天使アークエンジェル。貴女にはわからないわよ、私の気持ちなんてねぇぇぇ??」


 彼女たちだけに通じる専門用語を使い意思疎通を図っていく。だが、二つの間は、もはや深海より深く、虚無より黒い亀裂が走っている。

 認められたものと、認められなかったもの。その決定的な違いが生んでいるのだろうか。


「キキェキャヒヒャギャハヒャハハハハハハハッ!! ……ああ、熾天使セラフィムは元気? あの施設に居て無事なやつなんて、ほとんどいないと思うけど」

「元気よ。今頃、私が脱獄しちゃって、今頃は脳を半分ぐらい弄られているんじゃないかしら」

「あの阿婆擦れにはお似合いの環境よ。貴女が来てよかったことは、あの怪物の始末を聞けたことぐらいかな?」

「……セラフのことをあまり悪く言わないでほしいわね。アレ・・でも、一応同期型なかまでしょう」

「ッ、全身改造し尽されたあの化け物が、仲間? 冗談じゃない、腕から極大魔法濃縮弾をガトリングの用にぶっ放して半径二十キロを壌土にした挙句上空二万メートルに数秒で到達する化け物が仲間なら死んだ方がマシよ」


 ルージュが塵を見るような目でアウローラを睨む。

 そして気味の悪い笑顔で挑発めいた一言を言い放ってきた。


「その点に関しては、あなたも化け物かしら?」

「私が化物? ふふっ、ならあなたは天使から堕ちた悪魔よ」

「悪魔も気持ちいいわよぉぉ?? あなたも墜ちたらどう? 慣れれば楽しいわ」


 完全に見下し切ったルージュ。アウローラはその自信がどこから来るのかと疑問に思う。

 彼女は旧友と呼べる存在だ。数年ぐらいしか話したことはないが、彼女の性格はわかっていた。

 だから驚いた、彼女の性格がこんなに変貌しているとは。

 一瞬、別人かと思ったぐらいだ。

 体外に無言になっていると、ルージュは『ミゼリコルド』を掴み、自分の首を撫でる。

 危なっかしい手つきで、軽く首の薄皮を剥ぐと、ルージュは口の鋭角を限界まで上にあげた。

 少しだが、震えた顔の反応を面白がっているのだろう。


「友達、ねぇ。ごめんなさい、私、今あなたを友達なんて思っていないの。――――仇敵よ」

「…………」

「知っているかしら? 失敗作体が行き着く場所。成功作体には絶対関わらないだろう、地獄を」

「知っているわよ。この目で見ていたんだから。……あの場所で死闘を繰り広げた記憶は、もう無いのかしらね。いや、忘れるべきなのだろうけど」

「……忘れる、べき? ふざけんじゃないわよ、忘れて堪る者ですかッ!!」


 アウローラはルージュの首根っこを掴み上げる。勿論剣の切っ先は喉元に突き付けたまま。


「でも貴女は見ていないでしょうね」

「何を見ていないのか、教えてくれないかな? 言わないとわからないよ」

「アァぁああ?? ああああああああああ!?!? 言えぇ!? アッハハハハハアアアハハハハハ!! 行ってやるわよ糞がッ…………あの廃棄処分予定のホムンクルスの研究員たちと、焼却前の三十分間、子供たちみんなで楽しく仲良く戯れて・・・いたってことをねェェエエエエエエ!!!」

「……え?」


 無意識にアウローラは手を離してしまう。

 その隙を見逃さず、ルージュはアウローラの首を両手で絞めながらそのまま張り倒す。

 指は深く食い込み、見つめる目もまた狂気の産物。

 憎悪と親愛が混ざりに混ざって出来上がったものは、ルージュ本人でも判断できなかった。


「がっ……ぐ、あ……!?」

「どう? 感想は? 聞かせなさいよ、この――――裏切り者ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオッッ!!!!」


 アウローラは動けなかった。首を両手で絞められている、その位彼女にとっては無問題だ。呼吸なしで三十分間生存可能なように『調整』されているのだから。

 彼女が動けなかったのは――――初めて、ルージュが涙を流していたからだ。

 先ほどとは打って変わって、狂喜の表情から憎たらしい仇を見るような形相になっている。


「何が、何が『皆でここを出よう』だァァァァアアッ!! 一人だけ助かって、褒められて、優遇された癖に……皆を見殺しにしたくせに何が『友達』よッッ!!!!」


 殴る。

 殴る、殴る、殴る。

 ルージュの手足は炎に包まれている。だがそれは武器を持てたように『物理法則』と『構造相転移』に干渉し『気体』ではなく『個体』に化していた。

 彼女の手足は燃えており、同時に物体を持つこともできる火でできているのだ。

 触れたら火傷は間違いなしの拳を、何度も何度もアウローラの顔にぶつける。肉が焼ける音が聞こえる。硬いもので殴ったような音も聞こえる。

 それでも、ルージュは満足しなかった。

 たとえここでアウローラを八つ裂きにしても、彼女の気は収まらないだろう。


「誰も信じなければよかった! 誰も関わらなければよかった! そうすればあの子たちは何も言わずに、何も感じずに…………助けを乞う悲鳴なんて上げなかったのよ!! アウローラって、あの子たちは何度も何度も叫んだわ。世界の屑のような下衆に犯され・・・ながらねェェェェエエエエエエエエエエエエ!!!! アンタさえ、アンタさえいなければ、あんたがあの子たちに希望をあげなければァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 強い希望は、強い絶望へと変わる。

 それを身をもって知っているルージュは今までの鬱憤をぶつける。

 殴るとアウローラの顔の半分が焼ける。だがすぐに元通りに戻る。『調整』のおかげだろう。

 だが治っても殴る。彼女が懺悔するまで、絶望を抱くまで。


「エフィ、セド、オラルド、レイズ、オーランド、リザ、ターリス、ジェシカ、モス、ケリィス、ロア、ガルド、リナ、シンクー、テリー、フローラ、ヴァリエ、カーナ、アル、リンダ、モルクス、ジョセフ、マイケル、ユーリー、ウィリアム、アンナ、イサベル――――私の目の前で消えていった子たちよ……地獄でその名前を叫びなさい。そうすれば死神が快く無限の痛みを味あわせるでしょうからァアアァァァァァアアアアアアア!!!!」


 能を粉砕するつもりで拳を振りぬく。

 拳は亜音速まで到達していた。生身で当たれば、運が良かろうが死亡は免れない。

 拳がぶつかるまであと五センチ――――あと○.五秒ほどでアウローラの顔面は見るも無残なものになり、大脳や小脳、脳幹などを確実に粉砕する。勿論アウローラはそこまでの再生力は持ち合わせていない。絶命は確実だ。


「……ごめんなさい。でも――――」


 謝罪の言葉が、小さく耳で木霊する。

 拳は、止められた。あと二、三センチほどだというのに、全力の攻撃打倒のに――――あまりにも漁りと止められた。

 アウローラは別に特別なことはしていない。ただ止めただけだ。顔と拳の間に手を挟んで止めた。

 ただ、それだけのことで、止められた。


「――――ここで死ぬわけには、いかないのよ」


《先行詠唱・魔法名――――》


「しまっ――――!?」


《――――【月蝕の暁アウローラ・ルーナ・デーフェクトゥス】》


 世界が反転する。

 まだ日が出ていた空は何かに侵食・・されるような形で変貌していく。

 パギリ、パギリと結晶が地面から生えていく。それはアウローラに覆いかぶさっていたルージュの数少ないの肉体の残部ともいえる中の腹部に突き刺さり、そこから鮮血が滲みだす。


「が、あっ……!」


 ルージュはその痛みに怯み、とっさに飛び去って突き刺さった結晶を抜く。

 傷自体はあまり大きなものではない。だが、彼女はおかしいと確信した。そう、再生しないのだ。本来ならば、致命傷以外全て自動的に治癒されるはずの肉体は塞がらない。

 驚いているルージュなど蚊帳の外かというように、アウローラはよろよろと立ち上がり空を見上げる。

 その行動に無意識に畏怖する。


「まっ、まさか……侵食現界結界イロウション・ファンタズマ!?  嘘でしょう、あの施設の研究員でさえ生み出せなかった代物を……一体何を、どうやったら……?」

「来るべき時が来るまで使うつもりはなかったのだけれど」


 苦笑いを浮かべると、アウローラの口からは小さくも耳にくっきりと残るような、不気味な言葉が這い出てくる。それは、彼女の願いであった。



「――――《月は食わ(Luna mandi)れ、夜は( noctuque )漆黒にな(jet fit ni)り、(grum,)この星に(qui habita)住むであ(bant in ha)ろう生け(c stella d)る者たち(e dormitio)は眠り(ne somni d)だす(iceret)》」



 ごく普通の呪文。しかし質が桁違いだ。

 魔法はMPを、魔力を消費することで発動する外法の術。本来ありえないことを実現させる代わりに、代償として魔力という生命力を奪っていく。しかしその生命力は自動的に回復し、時間を掛ければ元通りになる。

 だが、アウローラが捧げているのは魔力(MP)ではない。

 自分の積み上げてきた『人生』ともいえる経験値(EXP)を捧げていた。


「ま、さか……経験値を、自分の生を差し出すことで、実現させたっていうの……?」

「《月光は(Lunam ev)消える、(anescit, )常夜は(normalis n)広がる(octe sparg)、希望と(itur cryst)呼べる(allum solu)だろう(m quod lux)光源は( potest di)暗闇に(ci princip)静かに(ium et spe)生まれ(ro enim me)てくる( futurum q)であろ(uiete cres)う結晶(cit in ten)のみ(ebris)》」


 透明な、月の光を閉じ込めている結晶が次々と地面から飛び出す。

 もはや魔法という物ではなくなっている。

 世界を意のままに塗り替える。

 それはもはや、『奇跡』ともよべる、神にだけ許された物なのではないか。


「《天使はここ(Angelus hi)に降り立つ(c appuliss)、可愛そう(e iuvare s)な子羊を助(olet justo)けに、迷え( agnum pro)る魂を救う( salute an)ために。私(imae errat)は天使では(icam deger)ないけれど(ent. Verum)、それでもあ( quidem ap)なたを救(ud angelos)いたい。(, sed volo)それが私( vos liber)に許された(em. Licet )、唯一の(mihi, quia)償いなの( non talis)だから( piaculo)》」


 アウローラの背中から三体六の翼が生える。

 光の奔流と変わらないそれは、風を震わせ、全てを破壊する魔力の塊。命の輝き。


「《顕現せ(Manifestat)よ、月(io casu fa)の加護(ctum ben)を奪い(edictioni)、今こ(bus men)こに現(sem hic )れん(nunc.)》」


 藍色の髪が、白へと変わる。

 彼女がまとっていたローブが内部から吹き飛び、裸があらわになる。

 肌は輝き、その内側から人の物とは思えない力が内包されている。


「《罪人の(Peccator A)管理者(dministrat)、永劫な(orem const)る歌い(ituit Eon )手、地上(cantor exp)に降り(ositis in )立ち、(terram est)世をそ( gratius o)の後光(rbis lux v)で魅せる(ocatur sub)がいい(sequens)》」


 夜が世界を包んだ。


「《熾天使(I Seraph )よ、今こ(mecum nunc)そ私と( tempus ut)共に魔( dissolvat)王を滅ぼ( opera di)そう。(aboli.)




 ――――憑依(posses)せよ(sionem)、【堕天せし(Fallen)疑似天使( Angel)永遠なる天使の断罪者(Sandalphon)】!!》」




 たった一人が、全てを犠牲にし、『友達』を助けるために、天使となった。

 今始まるのは『戦争』。一人の『友達』のための戦争。

 悲劇に会っている子たちを救うための戦争。




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