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第七十二話・『黒目の女王』

辛いand辛い。きっつい憂鬱頭痛い。

2015年末期いよいよ受験生活も洒落にならないぐらいきつくなってきた。

テスト期間に入りましたので次回投稿は2週間後を予定しています。タブンネ。

追記、誤字修正。

 年月が経ちすぎて腐朽している酒場の中、静寂だけが満ちる。

 聞こえるのは店主が皿やコップを洗う音と小声で世間話をしている飲んだくれの獣人達の声だけ。

 カウンターで先程まで話をしていた俺とライムパールは約五分間はだんまりを決め込んでいた。いや、そうせざるを得なくなるほど、かなり不味い状況が知らされたのだ。

 ライムパールが何故酒を頼んだのか、嫌でも分かる。

 何もできない罪悪感を酒で少しでも笑い飛ばそうとしたのだろう。……焼け石に水に終わったようだが。


「……戦争が、始まる?」

「……そう。『アリア』の過激派が穏便派を払いのけて、ついに動き始めた。獣人達はまだそれをわかっていない。強い勢力圏を持つ獣人の集落でもこの情報は流れていなかった」

「…………嘘だろ」


 戦争。種族間での溝が広がり続けた結果、ついに大量の水を溜めこんでいたダムの罅が広がり始めその中身を全てぶちまけようとしている。対価は多大な命。当然皇女であるセリアもそれに含まれているし、恐らくファールの妹も安全圏にはいないだろう。いや、そもそも大陸中探しても安全圏さえ存在していない。

 長年拮抗してきたからこその結果。大量のツケを清算する日が遂に訪れた。

 現王女である神竜王女アリアスフィールの老死という最悪の引き金が引かれる瀬戸際。しかも引かれたら最後、止めることのない生存権略奪の泥沼のデスレースの号砲が鳴り響くだろう最悪中の最悪の引き金だ。

 歴史の分岐点。

 今俺は、意図せずともそんなふざけた場所の中心点に放り込まれた。

 オルドヌングのクソジジイめと愚痴りながら、ライムパールの目を見る。予想通り、光の無い虚ろな眼であった。何もかもを諦めているかのような目。いや、何もできないからこそ全てを放棄したのだろう。

 恐らく、俺を呼んだのも、最後の意地だ。


「それで、その情報を掴んだアンタの集落は全滅。命からがら逃げだし偽名を使って探索者まがいの旅人になり、最後の意地で穏便派の協力を得て残りの資金を全て放り込んで俺を呼んだ、と」

「表向きは引火性のガスが溜まっていたところに引火。そして全滅――――なんてバカげたシナリオにされている。しかも馬鹿どもはそれに納得する始末だ。……前から思っていたが、やっぱり獣人どもは無しだよ」

「……ヘルムートがアンタに名前を言えば、手を貸してくれるといっていたが。まさか逆の立場に回るとは」

「お前みたいな小僧の協力、端から期待はしてないんだがね……しかし、ヘルムートの馬鹿。逝ったか」


 ライムパールはそう言うと、旧友の事を思い出したのか少しだけ目に光を取り戻す。

 そして、輝かしい時代を、思い出を語る。


「あの頃はあたしもやんちゃしていたよ。族長でもないのに無駄に腕っ節はあって、集落を見かけたらとりあえず勝ちこみに行って。色々な奴に迷惑かけて回っていた」

「ホントに迷惑だなそれ」

「まぁ、その頃かね。あの馬鹿、ヘルムートの筋肉馬鹿に出会ったのは。因みに出会って一番のあいさつは素手での殺し合いだったよ」

「バイオレンスな挨拶だな随分と」

「そりゃそれしか能のない奴同士だったからね! 殴ることでしか、戦うことでしか互いを理解し合えない。結局は戦乱の時代に産まれて、戦争のために生き、戦争が終われば役目を終えて放浪する。そういう人種同士だったからこそ、お互いをぶん殴って理解できたんじゃないかと思っている」

「戦闘民族か何か」


 男女の出会いとしてはいささか――――いや桁外れに暴力的な出会いだった。

 目に入っていきなり殴り合って最後には手を握り合う。何だろうか、全然同じ生き物とは思えない絵面になっている。

 武闘家でもない身なので、理解することが困難なのは目に見えている現実だが。むしろ理解出来たら俺もそいつらの仲間という事だ。勿論違う。スポーツマンシップなど知らんよ。


「その後三日三晩飲み合って……そうだね、別れの挨拶代わりに互いに全力の一撃を喰らい合わせたね。ああ、あの百年前の痛みを超えるものは未だに味わっていない」

「…………そうか。まぁ、すまん。こんな事知らせて」

「いいさ、別に。アイツが生き急いでいるのはわかっていたことだし、戦士たる者戦場で死ぬのは本望。アンタと戦って満足して死んだんならあたしとしてもそれで充分さ」


 仄かに笑い、また暗い表情を宿すライムパール。

 誰にも操られているわけでもなく、かといって勝手に場を荒らすつもりもない。自分にできることを可能な限り熟し、抗おうとする存在である彼女は心のどこかで諦めているのだろう。

 同胞も無い。

 食卓を囲んだ家族もいない。

 友も、親友も、知り合いさえも現存しているかどうかもわからない。

 普通の者ならば、放心し何もかも放り捨てるという選択を取るのはそう難しくないことだろう。


「……止められると思うか? 今回の、これを」

「不可能、なんて戯言を吐くつもりはないさ。ただ――――それが実現する可能性が途轍もなく低いっていうのは、馬鹿でも分かるだろうさ」


 少なくとも数百年以上前から枝を分けた種族同士だ。ずっと昔に離れ離れになった枝同士を今更結びつけることなど、一体どれほど気の遠くなるほどの一筋の光を掴めばできると言うのか。

 和平、いや最悪でも膠着状態を維持させるための必要なのは三つの要素の排除だ。他にもいろいろあるが、最優先で排除すべき要因だけを取り上げるとしよう。

 一つ目、竜族たちの戦力増強を止め、更に削る。軍隊が無ければ戦争はできないし、あるとしても戦力が少ない状態ではわざわざ同程度の相手に戦争を仕掛けることはまずないだろう。よほどの馬鹿が特攻とでも言いださなければ。

 二つ目、水面下で行われている『ある計画』という存在の抹消。恐らく一番致命的な要因であり、今回最優先で消すべき代物だ。これについては後述しよう。

 三つめ、可能ならば獣人達の説得。閉鎖的な思考を改めさせ、竜族との友好関係を結ばせることだ。これについては最終的な目的であり、最も実現できる可能性が低いと思われる要因。そもそも彼らの閉鎖的な考え方が無ければ今回のようなことは引き起こされなかったと言ってもよい。これさえ排除できれば後は願ったり叶ったりだ。

 そしてこれらがすべて成功する確率は――――想像もしたくない。

 一つ目はそもそも今の戦力で如何こうできるとは思えない。一応、少数ならば撃破可能だろうがライムパールの話ではすでに雑種竜は三ケタ以上の数が生産されていると言う。ルージュやリザ、俺がライムパールに協力してそれらを殲滅したとしても、穏便に済ませなければ後から出て来る純血種に疲弊しているところを追撃されてお陀仏だ。当然そんなことは無理なわけで、雑種竜を殲滅した痕は偵察部隊が出て来るだろう。その前に『原因』を潰さなければ、後手に回ることになる。

 二つ目ははっきりって所在すら掴めていない状態だ。その『計画』についてもライムパールの持っている情報で『こんな計画が進行している』といった情報程度。一体どんな代物がどんな事をして最終的にどうなるのかは一切不明であり、推測でしかこれらは埋めることができない。

 三つめ――――はっきり言って不可能に近い。獣人族の人類種への偏見と嫌悪。例えライムパールであっても『逸れ者レネゲイド』という、要するに役目を果たそうとせずに集落を飛び出した者として下卑され受け入れてもらえないだろう。これについては、一応奥の手中の奥の手が存在しているが、0.0001%が0.1%に変化する程度だ。例えるならば大火事にジョウロの水をかける程度の足掻き。

 希望がこんなにも見えないのはいつぶりだろうか。


「密室状態で収束手榴弾をダース単位で投げ込まれた気分だ……」


 言うなれば『詰み』一歩手前。

 ライムパールが諦めかけるのも頷ける。俺を呼んだのも、結局は悪あがきに過ぎない。


「このまま戻ってくれても構わない。こんな死地に自分から突っ込む様な依頼、受ける方がどうかしてる」

「……アンタはどうするんだ」

「戦争に参加して。両陣営かき回して、あわよくばその場で神風まがいの特攻して――――死んでも冷戦状態には持ち越させるかな」


 要するに自己犠牲覚悟での戦況変化を狙うか。


「……俺がいようがいまいが、あまり変わらないと思うがな」


 我ながら馬鹿だとは思う。

 だが、流石に放って置けない話だ。――――まだファールの妹に会って、誤ってもいない。

 そんな状態でのこのこ帰って「依頼失敗しました」などと言った日には世界からの笑われ者だ。


「依頼は受ける」

「……いいのか? 死ぬぞ」

「死なない。死んでたまるか。――――俺は死ぬためにこんな所に来たわけでもないし、アンタの依頼を受けるわけでもない。ただ、やるべきことがある。それを果たすまで勝手に戦争始めてもらっちゃ、困るんだよ」


 戦争なら勝手にやれ。

 だがそれに関係ない奴まで巻き込むんじゃない。などと綺麗事を吐けるほど俺の口は達者じゃない。

 ただ依頼を引き受けた理由は、単純だ。


「死んだダチに頼まれたんだよ。形見を届けてくれってな」


 それをできなくなったら、十中八九怒り狂って竜族を皆殺しにかかるだろう。

 死んだ戦友に頼まれた一生に一度の願いだ。これを邪魔するなら例え格上だろうが容赦なく喉に食いかかる。というか――――殺す。誰だろうが。


「……へんなやつだな、お前」


 くすっと、ライムパールは微笑しながら、酒の入ったグラスをこちらに向けてくる。

 俺はそれを何も言わずに受け取り、半分ほどあった麦色の酒を一気に喉に流し込んだ。

 この日俺は、自分の意思で初めて選択をしたかもしれない。

 後悔は無かった。

 だが、それはいつか訪れるであろうことは、心の片隅で理解していたのかもしれない。



――――――



 乾いた薪が燃え上がっている。燃えあがった小野尾が暗い夜暗を照らし微かに明るくしている傍、俺をはじめとしたライムパール、ルージュ、アウローラ、リザ、獣人の少女、ソフィ、スカーフェイスが砂浜に広げた羊皮紙の地図の周りに鎮座していた。

 当然、作戦会議だ。

 個人的には非戦闘員であるアウローラや獣人の少女は会議終了まで安全な場所で一時的に待機してもらおうとしたのだが、本人の希望でここに集まっている。獣人の少女については、そもそも言葉をあまり理解できないので、居ても居なくてもあまり変わらないだろうという事で一人にさせるほうが不味いのでここに居てもらう。

 それから、作戦会議から約三十分。

 スカーフェイスが懸念そうな顔をして、無言で手を上げた。


「何だスカー。有意義な意見なら聞くぞ」

「いや、有意義かどうかは知らないが…………リースフェルト、お前頭は膿んでいないだろうな」

「……ブッ飛ばすぞ」

「いや、竜種を殲滅、なんて馬鹿げている。いくら雑種といえどSランカーでタイマンしてようやくだぞ? 凡人の限界点で一人一匹の相手を、単独で数百? 流石に無謀じゃないか?」

「確かにそうとも言えるな」


 実際、雑種といえど一匹で街一つを潰せるぐらいは実力はある。それが数百匹居るのならば大国の全戦力であっても撃退できるかどうかは怪しいだろう。

 それをこの、――――たった、八人で。しかもまともに戦えそうな人員は三人しかいない状態で、そんな大軍に挑もうとしているわけだ。思い返せば確かに頭を膿んでいると思われても仕方ない。

 しかしそれでもやるしかないのだ。

 それしか道が無いのならば、どうにか工面するしかない。


「あのなスカー、何も馬鹿正直に正面から行く必要はないんだよ」

「……どういうことだ?」

「要するに、まとめて一網打尽にすればいい。何も相手の土俵にわざわざ上がり込んで、正面から剣持って童話の英雄みたいに斬りこむなんて自殺行為するわけないだろ」

「じゃあどうやって倒すんだ」

「簡単だよ。相手の防御の上から叩き潰せる魔法を作り上げて、叩き込めばいい。幸いここは砂漠だ。周りの被害を一切無視した魔法も遠慮なしに行使することができる。ならば、こっちも対抗する手段はあるんだよ」


 そう。魔法の創造が得意な俺だからこそ取れる手段。

 相手の土俵に上がらずそれごと焼き尽くせる魔法を作り上げることができれば形勢は逆転する。

 何も態々脳筋みたいに武器を手に真正面から竜の息吹ドラゴンブレス受け止める必要性など皆無。そんなことするぐらいなら最初から作戦など立てていない。


「――――ダーリン、でもこれって雑種を狩り尽くしても一件落着ってわけじゃ、ないんですよねぇ?」


 と、ここでリザが鋭い質問を投げかけてきた。

 それに頷きながら、俺は羊皮紙に描かれた一つの国を指さしながら問いに答える。


「そう。雑種竜は『量産されている』から、倒しても時間経過で元通りだ。だから、殲滅後迅速に『元凶』を叩かないと苦労が水の泡だ」

「……確か『生体複製上位術式バイオ・デュプリケイト・スペリオルスペル』でしたっけ。……『塔』にこもっている間、あの誇り高き(笑)竜種は実に悪趣味な装置を作り上げたものですねぇ……」


 リザの言っている『生体複製上位術式バイオ・デュプリケイト・スペリオルスペル』こそ、今回の排除すべき最上位要因にして竜種たちの切り札。

 その名の通り、複数の遺伝子や細胞を合成し新たな生命体を作り出し、かつ複製して大量に生み出す術式。端的に言えば――――クローンキメラを大量生産する機械だと思えばその通りだ。

 ライムパールの情報では竜種が少数しか生まれない種族である故に、数百年も前から開発を開始した『生命創造』の禁断の術式。この世界で公表すればその冒涜的な倫理や生物の権利を穢すような代物で、見つかれば一発で禁術扱いになる最低最悪の生命をもて遊ぶ奴が喜びそうな外道魔法だ。

 確かに日に日に数が減って言っている竜種たちからすれば仕方のないことなのかもしれないが――――その結果がこれだ。悪用され問題を生み出しかけている。

 どんな道具も便利ならば兵器利用されるという事実がよくわかるだろう。


「これについては俺らが口出ししていいもんでもなんでもない。作るのは勝手にやらせておけばいい。ただ、悪用されて迷惑掛かるなら容赦なく潰すのが道理だろ。大義名分は完成。人道もクソも考慮しなくていい。ルージュ、リザ、全力で暴れろ。犠牲は気にするな」


 何をしようが発端はあちらだ。文句は言えないし言わせない。

 それにセリアを連れ去ってくれたお礼も『たっぷり』してあげねばならないだろう。

 久々に腕が鳴る。


「それで、その大量発生地点までの距離は、ここから飛行船で凡そ十二時間――――だが隠密が肝の作戦だ。砂嵐のせいで光学迷彩も使えないし、勘が良い奴に見つかる可能性がある。ライムパール、今使える移動手段で最も速度が出る奴は」

「あたしのスキル、『上位騎乗動物召喚サモン・グレーターライディングアニマル』で召喚できるレニヨンスフィリスなら、三体ほど」

「……なんだそれ」

「トカゲに小さい竜の翼が生えた動物。有名じゃないから知らなくて当然だ」

「ふむ、三体。……なら一匹につき三人だな。それじゃ、今すぐ行動開始だ」


 そういうと、スカーフェイスが妙に嫌そうな顔をする。


「……なんだよ」

「流石に今すぐ行動は、不味いんじゃないか? お前、自分の体のことわかってるんだろ」

「ああ、心配するな。この程度でぶっ壊れたりはしない程度に鍛えてはいるよ。それに俺の故郷のことわざに『善は急げ』っていう言葉がある」

「どういう意味だ、それ?」

「良き行いをしたいのならばさっさと動けってことだよ。さて、ライムパール!」

「はいはい。――――『呼びかけに答えよ、粘液に塗れた鱗身に纏いし竜の落とし子よ』」


 やれやれと言った様子でライムパールは呪文を口にする。

 すると地面、砂の下から何かがモコモコと砂を退けて這い上がってくる。それはトカゲの頭を持った、竜とのキメラの様な動物だ。三匹ほどが地面に這い出て、囁く様に囀り声を上げて体に付いた砂を振り払う。

 これがレニヨンスフィリスという奴だろう。確かに竜の翼が生えている。サイズ的に飛行能力に疑念があったは、今回は飛行能力はあまり求めないのでそんなに問題は無いだろう。

 俺は足で砂を蹴り、焚き火に被せて火を消すと顎でレニヨンスフィリスを指して皆に乗るように促す。皆はそれに応じて食料を始めとした必需品をレニヨンスフィリス――――長いなこの名前――――の背中に乗せてその背にまたがった。


「行くぞ」


 俺もまた一匹のレニヨンスフィリスに跨り、口についている髭を握る。

 そして走り出す。砂浜という悪地を無視し素早い動きで海岸を登り、陽光に照らされて赤く光っていた、今は月の光で黒混じりの赤となった赤土を駆ける。

 その速度は十分なもので、シルバーホースにはさすがに劣るがこのペースならば数日で着くと思われる。

 ただ問題なのは――――


「……誰も死ぬなよ」


 どんな想定外の事が起こるかわからないことだった。



――――――



 快晴。強い日差しが差し込む晴れ晴れしい天気。

 秋季だと言うのにほとんど寒さを感じさせないその天気は人々の心を容易に昂らせるものとなっていた。――――悪い意味でも。

 病的なまでとはいかないが、白い肌に金色の頭髪。細い体である彼らは『それ』を見て目を一瞬だけ大きくし、瞬時に細くする。自分たちが容易に許容できない存在をこの目で見たのだ。

 中には舌打ちをする者さえ存在していた。

 彼らの種族名はエルフ――――太古から存在している歴史ある種族であり、人類種に対して深い敵対心を持っている種族である。その彼らが忌み許容しないものは当然、人間。

 二人の人間を見たのである。


「……やれやれ、大層嫌われてんなぁ」

「別に構わないわよ。草薙、アンタそういうの気にするタイプでしたっけ」

「いんや。俺が気にするのは……思想を子供のころから植え付けられた行為だ。別に敵意を持つ持たないは気にしないぜ」


 高級素材を使ったスーツを着た草薙綾斗。華麗なドレスを着た柊紗雪。

 彼らは自分たちに向けられる、敵意ある視線をうっとおしがりながらも無視していた。


「しかし、よくできた国ね」

「ほう。下等な人間がそれを理解できるとは――――」

「ええ、実に素晴らしく『できた』国よ。――――言葉って難しいわね」

「…………ふっ」


 その前を歩くのは、エウロス・カイム・エヴェリントス。紗雪の皮肉を受け取りながら、苦笑を浮かべて隣に有るくリーシャをエスコートしていた。対するリーシャは、不機嫌その物。

 それは当然、帰りたくなかった場所に戻ってきてしまったと言う後悔からきているのだろう。

 証拠に目に光が灯っていない。


「――――ねぇ、今からでも逃げられないかな」

「やめとけ。確実にお前の隣にいる奴に捕まるぞ」

「だよねー…………チッ」


 第一皇女が舌打ちするとはこれいかに。


「ああ、改めて二人に忠告しておきますが、今回シーフル殿下に『人間』が謁見すると言うのは異例中の異例です。それこそエヴァン・ウルティモ・エクスピアシオンが来るような。例外は一つだけありますが」

「つまり英雄級の奴が来ない限り、普通は人間は会えないと」

「そうです。なので、くれぐれも失礼のないように。たとえば、皮肉を飛ばすとか、鎌をかけるなど」

「チュウイシマース」

「デキレバシタガイマース」

「言葉に感情が見受けられないのは気のせいでしょうか」


 エウロスも首輪をしてもそれを引きちぎってくる狂犬を相手にするのを諦め、匙を投げた様子だ。

 そんな事をして、人間二人は軽く視線を上方に向ける。

 ――――城があった。形としては近世のノイシュヴァンシュタイン城に近く、しかしもっと歴史があるような城。防御ではなく見た目に精を入れているような、確かに『王』が住む様な城としては上出来だ。

 しかし二人の視線はその奥――――まるで妖精王国『アルヴヘイム』を象徴するように、今まで見てきた大樹とはそれこそ比べ物にならないほどの巨大樹木がそこには在った。

 あれこそがエルフの命ともいえる『世界樹ユグドラシル』。否、命より大切な存在であると言える、エルフを生み出したエルフたちの母。そしてここ一帯の自然を統括する自然の申し子でもある。


「一体何千年育ったら、ああいう風に育つんだか」

「何千年、なんてものじゃありませんよ」


 二人の後ろについてきていたレミリィが痺れを切らしたかのように会話に割って入る。

 流石にずっと後ろを着いて行くだけでは暇で仕方ないのだろう。


「エルフが最初に産まれたのは、大体三百八十万年前。つまりあの『世界樹ユグドラシル』はそれだけ生きて来たっていう事ですよ」

「三百八十万年かぁ……すごいな、普通に」

「…………」

「……紗、ブラン?」

「ねぇ、一つ質問なのだけれど」


 紗雪が急激に表情を殺し、レミリィに尋ねる。それを見て綾斗はひどく不安に駆られた。


「エルフの母である『世界樹ユグドラシル』が、もし、もし死んだら――――あなたたちはどうなるの?」

「え? そりゃ、加護を失って……うーん、死にまではしなくとも、弱くはなるかな」

「……そう。変なことを聞いたわ、ごめんなさい」


 紗雪はそう言い、無言で綾斗の脇腹を小突く。

 嫌々ながら綾とは紗雪に耳を傾け、彼女の耳打ちを聞くことになる。

 ただその内容が無視できない物だったが。


「……『王の目レクス・オルクス』であの木の表皮を見てみたわ」

「それがどうかしたのか?」

「枯れたようにほとんどの皮がむけてた。幻覚魔法を使っているみたいだけど、違和感を取り除いたら」

「――――マジかよ」


 さすがに綾斗もこれには顔を引き攣らせるほかなかった。

 今知ったのは一種族の存亡に関わる問題であり、国が隠している情報。

 面倒な事を知ってしまったと思ってしまうのは避けられないことだろう。しかし同時に――――最高の交渉材料を得ることができた。紗雪が誰にも喋らずに綾斗に教えたのは、そういう事なのだろう。

 そのまま黙ってエウロスとリーシャの後を着いて行くと、やがて街を抜け城前までたどり着く。そこには体格は屈強とは言えないが、精鋭らしきエルフの兵士たちが白銀色の鎧を着て城門の前に立っていた。それも十人ほど。

 門番にしては、少々豪華な気がした。


「お帰りなさいませ、リーシャ皇女殿下」


 一番前に出ていた髪を肩辺りまで伸ばしているウェーブがかった髪の男性エルフがリーシャの前で跪く。そして油断も隙も無く彼女の手を取り、手の甲に口づけを――――する前にリーシャがその手を振り払う。

 その顔には確かな拒絶の表情が出ていた。


「……やれやれ。私も嫌われていますね。彼女は相変わらずの様ですね、エウロス監視官」

「監視官ではなく世話係です。それに数ヶ月であなたの望む様な変化など、それこそ奇跡でも起こらねばないでしょう。しかしアルベルト公爵、さすがに王家直属の王室守護騎士ロイヤルガードナイツの騎士長のあなたといえど、今のはいささか不敬では」

「私と彼女は婚約者フィアンセ――――手に口づけなど、挨拶の様な物ではないかな?」

「そう考えるのは勝手ですが、それを他人に押し付けるのは自分の品を落としますよ」


 エウロスが嫌味を大量に含んだ台詞を投げても、白銀の騎士は笑顔を崩さずに姿勢を正す。そしてリーシャとエウロスの後ろに立っていた紗雪と綾斗を見て、一瞬だけ目を丸くして、だがすぐに笑顔を作る。


「おや、珍しい客が来たようですね」

「ええ。これでもリーシャお嬢様の大切な友人です。不敬は彼女が許しませんよ。私は別にどうでもいいですが」

「ははは、それはそれは。了解しました。それでは自己紹介を」


 白銀の騎士は二人の前まで来ると、徐に手を差し出す。握手のつもりだろう。


「私の名はアルベルト・ヴェスキレウス。ハーヴェイス公爵の称号を与えられた、親愛なるシーフル現妖精王殿下に忠誠を誓い傍をお守りする王室守護騎士ロイヤルガードナイツを束ねている身だ」

「……リベルテ・リーフヴィジター。一応A級探索者やってる」

「ブランネージュ・フォンデュ・ブリュイヤール――――長いからブランでいいわ」


 二人は警戒心をなるべく察知されない様にアルベルトと順番に握手を交わす。

 そんな不穏な様子に気づいていないのか、そのままアルベルトは軽い礼をし踵を返して元いた位置に戻る。

 間もなくアルベルトは右腕を挙げ――――それに合わせたかのように巨大な城門が開いていく。その奥からはまるで何時間も前から立っていたかのように、使用人たちが列を作り深々と模範にできそうな一例をしている。

 本当にリーシャが皇族であると、二人は改めて理解する。

 ――――直後、奥から途轍もない気の奔流が感じられる。普段は鈍い綾斗でさえそれを知覚した途端冷や汗が滲み出てくる。


「おっと……私が案内する必要も無かったみたいですね」

「……殿下は危機感が無さすぎる」


 そのままアルベルトは道を開け、エウロスもリーシャの後ろへと下がる。

 使用人たちの列の間をゆっくりとした歩行で進んでリーシャたちの方に来ている、一つの影。

 妖精が感じる『美』というものを集約させたようなローブを着て、高級毛皮で作られた緑色が特徴の分厚いマントを羽織った、頭に小さく煌びやかな宝石が何十個も埋め込まれている王冠を被った、髪を地面近くにまで垂れさせている一人若そうなの男性と思わしきエルフが、威厳のある固い顔でこちらに向かって来ていた。

 その圧倒的な威圧に、紗雪と綾斗は思わず後ずさりしそうになった。

 しかしリーシャだけは――――なぜか満面の笑顔になっていた。

 そして彼女は駆けだした。


「お父さ~~~~~~~~ん!!!」

「おお、リーシャ! 我が愛娘よ~~~~~~~!!!」


 そして一気に重かった空気をぶち壊し、二人はギャグでもするかのようにコミカルな笑顔になって互いの距離を縮めていった。

 二人の距離がもう一メートルほどにまで縮まった瞬間、リーシャの額に青筋がいくつも浮かび、いつの間にか作られていた握りこぶしが全力の体勢で振りかぶられていた。


「へ?」


 笑顔のままリーシャは全力のパンチを、自身の父の頬に叩き込んだ。


「こんの――――馬鹿ぁぁぁああああああああああああああああああッ!!!!」

「ひでぶぅぅぅうううううううう!!」


 流石レベル五十代の全力パンチというべきか。国王は回転しながら吹き飛び、階段を転がりながら登って一番奥にあった壁に頭から突っ込んだ。その後は、軽く痙攣を起こし脱力。

 場に静寂が広がる。


「はぁっ、はぁっ…………ああもうっ、殴り足りないよ!」


 そういっても、殴るべき対象である国王が気絶し、痙攣を通り越して脱力しているのでは殴るのも殴れない。


「おい、国王、死んでないだろうな……おい」

「――――ふふっ、大丈夫ですよ。わたくしの殿方はそんなに軟ではありませんから」


 そう言いながら、白を主な色とした緑のドレスを着た耳の尖っていない・・・・・・・・、『黒髪』の女性が二股に分かれていた階段の片方から降りながら優し声音でそう言う。

 女性は頭を壁にめり込ませたままの国王の隣に立つと、軽くお辞儀をして笑顔を来客たちに向ける。

 だが顔を上げた後のその視線は、リーシャただ一人に向いていた。


「お帰りなさい、リーシャ」

「……ただいま、お母さん」


 彼女こそが、現妖精王女にして歴代初の『異種』の妖精女王。

 その存在で一時期国が激震した、生ける伝説にして異端の王族である女性。

 別称『黒目の女王』――――フェイシリア・レイユ・エーワンゲリウム。

 今彼女は、静かに優しい微笑みを我が子に向けていた。




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