表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/110

第七十一話・『這い寄る兎人』

「ここが……南極大陸最北の港町、『ミニアス』か」


 辺り一面が赤土の荒野。生物の気配がこれでもかというほど少なく、モンスターも殆ど徘徊していない、まさしく『死の大地』とでも言える場所を見渡しながら、ぽつんと孤立している海寄りの町を見て呟く。

 赤土に含まれている主成分は酸化鉄だが、残念ながら土の栄養はお世辞にも豊富とは言えなかった。湿り気も無くそこら中ひび割れていることから、雨なども滅多に降らないことがわかる。そりゃ植物も生えないわけだ。

 植物が無ければ動物も自然と生息しなくなる。しかしここは海に近い、魚類などの食料が豊富な場所――――のはずだ。なのに生物が一切住んでいないという事は、辺りの海生生物の類は最悪絶滅しているという事か。

 ここまで何もないと生物が住んでいるかもどうかも怪しいと思う。

 まるで自分の見ていた豊饒な大地が一瞬で枯れた大地になったような気分だ。


「お前ら、大丈夫か?」

「ええ。問題は無いわ」

「俺も特には」

「ん、大丈夫だよ」

「……同じく」「…………(ごくごく)」

「はぁぃ! すっごく辛いです!」

「よし、全員問題ないな」


 湿り気が一切ない乾燥した空気。水分補給をしなければ、あっという間に体の水分が大量に失われる環境上、健康管理は第一に重視するべきものであった。例えるならば、少し温度の低い砂漠地帯といえる。――――いや、摂氏四十度台が三十五度程度になってだけなので、安心もできないのだが。

 流石世界有数の乾燥帯だ。これでも秋季に差し掛かっているらしいので涼しいぐらいと聞いている。真夏はどんな地獄が起こっているのやら。

 各自水分補給するように促し、『ミニアス』に足を踏み入れる。幸いそこには人はいた――――のだが、全員が全員、体のどこかに動物の物らしき毛皮、いや、体から動物の毛を生やしていた。

 頭部にも人間の耳は無く、代わりに獣の耳がそこに生えている。

 俗に言う獣人種と言う者達だろう。そもそも他の大陸と交流が少ないので、人間がいるなどと考えていたわけでは無かったが、それでも自分がとても異色の存在であるような気がして落ち着かない。

 周りが欧米人だらけだったら、と想像すれば気持ちは理解できるだろうか。


「さて、情報収集するために――――いや、まずは依頼人とご対面か」


 ちょうど良いことに依頼人と待ち合わせしているのも酒場だ。

 ならばそこに行って、まだ依頼人が来ていなければそこで色々情報を集めるのもいいだろう。

 それから、仲間こいつらの処置についてはどうするか。それを考えねば。

 獣人達の世数からして、完全に村八分状態だ。ぶっちゃけよそ者扱いでまともに相手すらされないだろう。無理やり聞き出すのも良いが、あまり勧められた手段ではない。

 宿屋を借りるのもいいのだが――――一つ問題がある。

 中央大陸で使用されている貨幣が、こちらでも使えるかどうかという問題だ。もし使えないのならば外貨両替する必要があるが、ここにそんな施設があるとも思えない。


「……そうだな、あの手段でも使うか」


 アイテム欄から一つだけ保存食の干し肉を取り出し、徐に近くにいた獣人の男に近付く。

 完全に奇異な物を見るような目をしていたが、俺の持っている干し肉を見て眉がビクッと一瞬だけ揺れた。俺もできるだけ無表情のまま接近し、干し肉を差し出しながら言う。


「このあたりで――――」


 と、此処であることに気付く。

 ここは獣人種たちの町であり、ここで使われている言葉もまた獣人達の使う『獣人語』である可能性が高い。つまり今まで喋っていた言葉が通じないかもしれないのだ。

 じっくりと数秒間考えて、記憶の中から辛うじて基本的な『獣人語』を掘り出す。

 まさかこの世界に来た当初、歴史を学ぶついでにに習得した言語を使うとは思っていなかった。


「『この町にある、酒場、何処だ』」

「『…………何の用だ、よそ者め』」

「『喋れば、これを渡す。それとも、上乗せ、要求?』」

「………チッ」


 あまり流暢に喋れた気はしなかったが、どうにか意思疎通は可能だったようだ。

 獣人の男は差し伸べた俺の手から干し肉を奪い取ると、それを齧りながら歩き出す。ついて来いという事だろう。


「信用できるのか?」

「対等な関係とは言わないが、少なくとも報酬は与えたんだ。それで見返りがないなら俺はあいつを殺して他の奴から聞き出すだけだ。……それよりスカーフェイス、皆と一緒に俺達が着船した砂浜に戻って周囲に生物がいるか探しておいてくれ。それと飛行船は光学迷彩状態にして目立たない場所に移動させておけ」

「何故だ。この町に泊まれば……」

「あまり勧められない手だな。お前は敵か味方もわからない奴らの住処でのんびりと寝れる性質か?」

「……わかった。任せておいてくれ」


 皮肉を交じらせながら指示を送り、早足で先行している獣人の後を着いて行く。

 互いに何もしゃべらず、ただ周りの鋭い視線だけが刺さっていく。それを苦もなく無視しながら進むこと十分。かなり老朽化しているが、酒場らしき建物の前にたどり着いた。

 案内してくれた獣人はこちらを一度だけ一瞥すると、直ぐにどこかに立ち去る。警戒は相変わらず薄れてはいなかったが、前よりは柔らかい視線ではあった。

 つまりアレは多少ながら効果ありという事だろう。食糧事情が謎のままなのでかなり賭けに近い物だったが、成功だったらしい。

 結論から言ってここでは金より食い物、という事だ。金では腹は膨れないという事か。

 数秒だけ周りを警戒しながら、酒場へ続く扉に手をかける。ギギギィと木同士がこすれ合う音を立てながら扉は開き、薄暗く光る小さな酒場が目に入ってくる。

 陰湿な空気に撫でられながら、中々物騒な顔をした男性型の獣人が血が何卓も並べられている丸型のテーブルの傍にある粗造りの椅子の上で、こちらを警戒心丸出しの鋭い目つきで睨んでいる。奥にはカウンターと店主らしき獣人、さらにその奥には棚があり、何個もの瓶が並べられていた。中身は酒類だろうか。

 何も言わずに足を動かし、カウンターにまでたどり着く丸い椅子に腰を下ろす。店主は無言でこちらを見下ろすが、やがては嫌々という顔でメニュー表を俺の目の前のカウンターテーブルの上に置く。


「『中央の、貨幣。使えるか?』」

「『……問題は無い。物々交換も対応できる』」

「『そうか。なら、これを』」


 何もない空間から――――氷に包まれている新鮮そうな鹿肉が現れる。

 この場にいた全員が目を剥き、それを凝視した。いきなり何もない所から冷凍された肉が現れれば誰でもそんな反応を示すだろう。

 しかしそれに一々対応する俺でもなく、無言でそれを店主に差し出す。


「『新鮮な鹿肉。これで』」

「『…………注文は』」

「『蠍の串焼き、水、乾燥野菜のスープ。…………それと、情報』」

「『どんな情報だ』」

「『ライムパールという者、何処にいる』」


 それだけを聞くと、店主は無言でカウンターの奥へ入っていく。

 同時に後ろからいくつもの音が。予想はしていたが、俺の中にはまたかよという言葉が空しく反響する。

 そして宣言も無くいきなり背後から襲い掛かる拳。勘弁してほしいと願いながら振り返りざまにその拳を受け止め、流し、拳を放った者の足を払い、空中で一回転させる。そのまま相手の背中を地面に叩き付け、腕を拘束したまま背中を踏んだまま腕を思いっきり引っ張る。


「アガァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!」

「『私、戦う気はない。座れ。従わない奴、殺す。いいか?』」

「『にっ、人族風情が』――――あぎゃぁっ!!!」


 拘束しているのぎゃあぎゃあ騒ぐ奴の腕関節を外して頭部をスタンプ。軽く気絶させてから、後ろで拳を構えていた奴らに視線を投げかける。


「『今の私、温情。戦わない奴、殺さない。戦う奴、殺す。お前ら、戦う奴か?』」


 そう、可能な限り取り繕った笑顔で言うとほぼ全員は何も言わずに冷や汗を垂らしながら元の席に戻る。

 なんでこうも酒場には血気盛んな奴らしか集まらないのか。実に理解できない。

 いや、こんな大陸で昼間から酒場に居るやつらの素性など知れているか。


「まるで屑のたまり場みたいな場所だな、畜生どもが」


 これから先起こるであろう大量のもめ事を想像すると、全く持って頭が痛くなる。

 いっそ皆殺しにした方がまだ早そうだ。という物騒な思考は今は捨て去り、大人しく注文した品々が届くのを静かに、無言で、しかし深い深い溜息を吐きながら待ち続けた。



――――――



 様々な機材が置かれている、研究室らしき一室。辺りの棚には無数の生物の残骸刺し着物が何らかの液体に付け込まれて透明な瓶に保存されており、誰であっても此処に放り込まれれば多少ながら不気味だという感情を抱くだろう。しかしその中にいた生気が一切感じられない白髪の研究者はそんなことぉお気にする様子もなく、ゴム手袋を付けた手の上にある小さなゲル状の生物をピンセットで突いたり千切ったりしている。

 ゲル状の生物は言葉にならない小さな悲鳴を何度も上げるが、白髪の研究者はそれをまるで一種の音楽とでも認識しているのか全く気にする様子すら見せない。むしろ光悦の表情を浮かべるのを我慢しているとも取れた。

 そうやって白髪の研究者は暇をつぶしていると、完全に何の前触れもなく研究室の鋼鉄製の自動ドアが蹴破られる。吹っ飛ぶ鋼鉄の扉だったものはその形を大きく凹ませながら大量の瓶が置いてある棚に突っ込み、瓶の中にあった様々な生体部分が散乱する。

 その扉があった場所に代わりに立っていたのは、紫混じりの銀髪を衝撃によって起こった風で静かに揺らしている白衣の青年――――プロフェッサー・アダム。

 此処『工房』で、実質的に最高責任者であり最高権力者である者である。

 そんなアダムはまるで塵でも見るかのような目で研究室の中にいた白髪の研究者を見つめ、力なく垂らしている右手を握ったり開いたりして顔を少しだけ歪ませる。


「……おい、カイン。どういうことか説明してもらおうか」

「何だいアダム。いきなりドアを蹴破ってくるのは、少し礼儀知らずじゃないかな」


 白髪の研究者、カインと呼ばれた研究者は薄ら笑いを浮かべながら持っていたゲル状の生物をゴミ箱に投げすて、ゆっくりとアダムへと歩み寄る。それでもアダムは一歩も下がることなく札のこもった視線でカインを静かに、ただ静観していた。


「『空白造りヴォイド・メイカー』を出動させたな」

「そうだ。で、それがどうかしたのかい?」

「アレは未完成のはずだ。お前はまた『塩の柱ネツィヴ・メラー』と同じ事態を引き起こしたいのか? もう尻拭いは御免だぞ」

「大丈夫だよ、アダム。アレはただの実験さ。用済みになったらすぐに消える」


 カインは悪びれも無く笑顔を崩さず、アダムの肩に手を乗せて淡々としゃべり続ける。

 それを不快に思ってアダムは眉を顰めるが、カインはそれに気づかずまるで自分が素晴らしいことをしたかのように熱の入った声で喋り続ける。

 何度アダムはこの男を始末したいと思ったことやら。


「あの馬鹿みたいな失敗作『空白造りヴォイド・メイカー』は、確かに危険だ。君は前に今すぐ処分するべきだとも言っていた。だが違うんだよアダム。成功のためには失敗と、情報と、経験が必要だ。違うかい?」

「……するとなんだ。その実験とやらのために、大陸一つを潰すつもりか?」

「そうだとも! 素晴らしい物が出来上がるなら無関係の者を巻き込んでも構わない。だって芸術品のための糧となれるのだから、きっと犠牲になった人たちも報われるだろう。確かに大陸一つを地図から消すことになってしまうかもしれないが、それは『必要な犠牲』なんだよ、アダム」

「――――数万の犠牲を重ねてお前が作り上げられた第三世代型の『空白造りヴォイド・メイカー』でもあの様なんだぞ!! ……制御できない兵器を作ってそれでもなお犠牲を重ねるつもりかカイン。流石にこれ以上『アースガルズ』から注目されるのは、俺達にとって大きな損失となりえる。お前は高々そんな物を造るために貴重な資金源を一つ無駄にするのか?」

「はっはっは。それは大した問題じゃないさアダム。――――だって僕らがやったと言う証拠は無いんだから、非難しようがないじゃないか」

「……お前は」


 話が通じていない。アダムは前々からそれをわかってはいたが、わかっているからこそ頭を抱える。

 馬鹿に効く薬は無い。文字通り、カインは手を付けられないのだ。価値観がそもそも根本的に異なっている――――そう設定されたのだから無理もないが――――者同士、相互理解し合うことはできない。

 それはこの宇宙始まっての知的生命体の間にある解決不可能な問題であるからして、アダムは深いため息を吐いて半ば諦めたい持ちになる。


「それに君の作っている『天使』も同じような物じゃないか」

「それについては、反論はしない」

「『できない』の間違いだろう? 結局僕らが開発しているのは『生命体を殺す道具さつりくへいき』だ。それについては『否』とは言わせないよ」

「……カイン」

「結局僕らは同類なのさ! 稀代の大量殺戮兵器の開発者。その根本を言葉なんて薄っぺらい概念で揺るがそうとするならば、その考えは実に愚かしいと言えるよアダァム……!!」

「……この気狂いキチガイが」

「ありがとう。最高の褒め言葉だ」


 カインは満面の笑みで嬉しそうに両手を叩きながらアダムの横を通り過ぎていく。

 アダムが見たカインの笑みはどんどん凶悪になっていく。底なしの諸悪が塗り固まっていくように。


「モデルCodeZBY-7899シリーズの量産計画、まだ受け入れていないのかい?」

「アレは本人の体質変異での副産物だ。オリジナルDNAの適合率が比較的他のクローンより高いからって変異型までコピーできなきゃ話が違う。ただの資源の浪費だ」

「僕としては適合率が高ければ『素材』として大いに感謝して使うんだが……?」

「機械化してようやく適合率40程度だぞ。その機械化手術も楽じゃないんだ。素体だけ増やしても改造用の部品が無ければただの持ち腐れだし、そもそも有機生命体製造機も今はメンテナンス中だ」

「やれやれ。ならDNAデータはこちらで勝手にコピーしていくよ。アレをもう少し改良して、君の助けにもなりたいからね。……ああ、僕と君では専門分野が違うから、あまり役には立たないかもね」

「……セラフには手を出すなよ」

「もちろんわかっているとも。君の大切な『材料』だ。手を出したら怖くて怖くて夜も眠れないだろうさ」

「減らず口だけは達者だな…………。一週間後お前は異動だ。緑化爆弾の使用を許可。極南大陸中央部に行け」

「了解だよ」


 話が終わり、アダムが振り向くとすでに人影は消えていた。

 代わりに在ったのは紫色の放電現象と空間の歪み。『機凱術式イクスワード』による長距離空間転移現象の残り滓で起こる別位相空間接続による反動現象の残り香だ。それを見てようやく気を楽にできるとアダムは肩の力を抜いて軽く指をスナップさせる。

 瞬間背後から突風が吹き、アダムが首だけを軽く振り向かせるとスプーンにでも抉り取られた・・・・・・ような、球状に消滅していた研究室『跡地』があった。

 それを確認し、アダムは長い長い廊下を歩き出す。金属によって構成された通路は蟻一匹這い出る隙間もないわかりに自然物特有の安心感をもたらす何かが存在しなかった。

 いつも忙しいアダムにとっては、あまり好ましくない環境でもある。


「極寒の地で緑豊かな自然を求めるのが間違いなんだがな。…………セラフ」


 名前らしき物を呟くと、何も無かった場所からまるで最初から『そこに居た』かの様に、白髪白肌赤目の十二歳にも満たないであろう幼女が忽然と姿を現す。

 アダムはそれを見ても無表情であったが、一度立ち止まり幼女を数秒間見つめる。


「ついてきてたのか。部屋で待ってろって言っただろう」

「……………………」

「……来い。折角だ、セラフ、一緒に夜飯でも食べよう」

「……………………」


 何もしゃべらず、セラフと呼ばれた幼女は無言でアダムに手を差し出し、アダムもまたその小さく細い手を握って歩き出す。その様子は、まるで親子の様でもあった。

 ――――ある意味、家族であると言うのは間違いではないだろう。


「家族、か…………似合わないな。数十度なる改造を受けた半天使人間に改造した張本人――――馬鹿か俺は」

「……………………」

「なんだ。今日は果物か? 参ったな、そういうのは、希少なんだが。……まぁ、いいが」

「……………………ん」

「半分? いや、俺はいい。今日は、レーションを調理した奴が余っているからな」

「……ん!」

「……わかったよ」


 セラフは様々なジェスチャーで対話を試みており、アダムもまた幾度なる対話の末にコツを掴んできたのか、まるで言葉で会話しているかのように円滑にそれは進んでいく。

 どこからどう見ても、冷酷なマッドサイエンティストだと噂されているとは思えないその素振り。

 これは猫かぶりだろうか。――――違う、と人の心を読むのが上手い者は言うだろう。

 彼は、笑顔を浮かべていたのだから。



――――――



「まず、獣人種というのは他種族、それから同種族であっても別の集落出身である場合、酷くその者を嫌い気質がある。何故だかわかるか」

「プライドが無駄に高いせいだろ、どうせ」

「皮肉だが正解だ。そのせいで獣人種の主な出生地である極南大陸は他大陸との交流が極端に少ない。だがここに住んでいるもう一つの種族――――竜種がそれを許さなかった。彼らは新たな知識を文化を取り入れ自分たちの力を増強するつもりでな。現在軽い内部抗争が起きているわけだ」

「軽いで済まされるのか? それに圧倒的優位になっている竜種がなんで一気に勝負を付けに行かないんだ?」

「数が圧倒的に少ない。野良の……それこそ魔獣の類、モンスターとしての竜種なら腐るほどいる。だが知性を残している固体、つまり純血種だな。固体が非常に少ない。『アリア』本土でも、それこそ二百は越えないだろうな。知性持ちの雑種を含めれば千二百はあるだろうが……それでも数には勝てない寸法さ」

「それと、『獣王』の存在が抑止力、と」

「そうだ。なかなか理解が早いじゃないか、人間」

「そりゃどーも。しかし驚いた、店主。まさか人族共通語を喋れるとは」

「流石何時まで慣れない獣人語を喋らせるのも気の毒だろう。それに、偶にこちらの資源などを求めに人間の船がやってくるからな。最低限、言葉を習得しなければ稼げないんだよ。あまり言いたくはないが、この大陸はもう終わっている。それこそ、もうすぐ戦争が起こるほどにな」

「なるほどな」


 コップを揺らしながら、店主の口から次々出て来る情報を頭に叩き込んでいく。

 あの後から交渉は比較的簡単な物であった。情報の対価としてある程度の食料を渡すと、態度は一変。さらにこちらに敵意が無いことを示すと、まるで『同族の一般の客』として接するかのような態度で店主は対応してくれた。後ろで飲んだくれているクソヤロウ共は別として。

 意外と話が分かる店主で大いに助かった。でなければ幾分かのタイムロスを喰らっていただろう。ある意味良識のある人物はこんな枯れた大陸でもいるというわけか。

 そういう奴ほど早死にするんだが。とは口には出さない。


「……しかし、ライムパールか。一週間ほど前から通い詰めていたと思ったら、依頼関係だったか」

「よくもまぁ、依頼なんかのためにこんなちんけな店に訪れるもんだな」

「本当の事だから特に言及はしないが、普通の店で言ってみろ。尻を蹴られて追い出されるぞ」

「そーだな。……それで、ライムパールについての情報はあるのか?」

「いや。俺も一週間前顔見知りになっただけだ。因みに注文して直後の言葉は『酒が不味い』だったな。この大陸、どこ行っても酒なんて不味い世の中だろうに」

「それについちゃどうでもいい。……強そうだったか?」

「そうと言われれば、そうだな。武器は全く持っていなかったが、チンピラ一人の腕を粉々にするぐらいは強い。たぶんアンタと遜色ないだろうな」


 それを聞いて少しだけ疑問が生まれてくる。

 依頼内容は確か大量発生中の雑種竜の退治だったはずだ。そしてライムパールとやらは実力者。――――実力者という者は本来組織的な物に所属することで自分の力を見せる。しかし情報がほとんどないことから恐らく、単独行動する者か。

 なら何故依頼を発注した。一人では無理と判断したからか。しかしそれでは大量の報酬を支払ってでも外から高ランク探索者を招き寄せる必要性が無い。

 ――――何かもっと別の依頼があるのか?

 ほとんど勝手な推測に過ぎなかったが、思えば思うほど現実味が増していく。

 そもそも竜と拮抗できる戦力が極南大陸には存在している。いくらプライドが高いからといっても弱みや報酬などによって一時的な協力を得ること自体は難しくないはず。それに竜の大量発生など竜種獣人種双方にとっても不利益でしかない。竜種は雑種といえど同族種が生態系を破壊して自分たちの品を落とすし獣人達にとっても潜在的な敵対種族の戦力強化につながる可能性があることはわかる筈。

 なのに大規模な討伐体が組まれる様子は無し。双方動きは無く、唯一の例外として単身単独の独自行動を取っていると思われる者が外部の無関係者をわざわざ呼び寄せるメリットは――――無い。

 雑種竜を討伐したいのなら内側を扇動するだけでいい。それが無理でもたった一人の探索者を呼び寄せて協力者に仕立て上げるのは事態の解決に繋がるとは思えない。呼ぶとしてもSSやSSSなどの超高ランクの化け物たちだ。そいつらならば単身で竜殺しなど屁でもないだろう。それに何より、組織的な依頼ではないこと。報酬面はこの際無視するが、何故組織的な依頼ではなく個人的に発注された物なのかわからない。本当に独断で動いて依頼を発注したのか、それとも何か別に狙いがあって注意をそらすための餌としてそこら辺に放られているのか。

 自然に見えて、個人で頼む依頼にしては規模が大きすぎる。雑種竜といえどSランカー程度ではタイマンでしか勝利は得られない。長期間依頼ならばまだしも、物資の供給や武器の補充が一切ない状況で、更にはたった二人で何匹、もしくは何十匹にまで増殖しているのかわからない竜たち相手に肩を並べるなど英雄譚だけにしてほしい。

 確実に何か裏がある。

 俺がこの数時間の情報収集で叩き出した結論はそれだった。


「と、おい人間。ちょうど待ち合わせの人物が来たみたいだぞ」

「人間じゃない。いや、名乗るの忘れていた俺も悪いが、俺の事はリースと――――」

「――――よう店主。まだあたしの事探してるやつは来ていないのか?」


 そんな推理をとりあえずやめて、明るく年端もいかなさそうな声がする自分の背後を振り向く。

 民族衣装なのか、兎人ヒューマンバニーという奴だろうか、兎の耳がその耳にふさわしいほど兎の毛色一つである白のショートボブからぴょこりと生えていた。しかも妙に肌が露出している踊り子衣装らしき物を着ている褐色の肌で、見た目は少女――――推定で大体十八、十九ぐらいか。果たして少女と呼べるのだろうか――――ではなく女性が、その丸い目で俺を捉える。

 対して俺はというと、妙に引き締まった体をまじまじと見ていた。決して大きいとは言えないが、形が整っている胸部。欠かさず鍛錬していると予想できるほど引き締まっているにもかかわらず割れていない腹筋としなやかな腰。足はふっくらとした衣装のせいであまり判断はできないが、身のこなしから恐らく途轍もない脚力を持っているであろう嫌え抜かれた筋肉があるだろう。

 判断するに、グラップラー体質の女性であった。踊り子衣装着ているのに。


「ああライムパール。こいつがお前を探している奴だよ」

「……こいつが? こんなひょろっちぃ奴を呼んだ覚えはあたしにはないなぁ。……ま、オルドヌングのクソジジイが送り込んでくるんだから、腕は確かだろうけど」

「アンタは……依頼者か」

「その通り。兎人ヒューマンバニーのジルヴェ・ライムパール。よろしくひよっ子・・・・


 まるで都合のよい玩具でも見つけた様な目で、ライムパールは右手を差し出してきた。

 その手を無言で握り返すため右手を差し出したが、相手の票所が一瞬だけ曇る。その原因が自分の身を包んでいる包帯だと気づき、「ああ、失礼」と小声で謝罪して手をひっこめた。


「ちっとやんちゃしてね。すまない、悪気は無かった」

「ふーん。ま、いいや。早速仕事の話に入るけど――――」

「その前に、アンタの出したい『本当の依頼』っていうの、教えてもらいたいんだが」

「…………何のことかな?」

「依頼に不審な点が多すぎる。メリットが無い。それと個人で出すにはあまりにも規模がデカすぎる。わざわざ大金積んで外から実力者を取り寄せる利点が少なすぎる。そんな不利益しか出さない依頼を出すほど獣人たちの脳味噌は小さいのか?」


 まるで図星でもいい当てられたかのように、ライムパールは目を丸くして無表情でこちらの顔を見てくる。少しいい当てるのが早かったか? と思った直後、ライムパールは顔を歪ませて歓喜の表情を作り上げた。


「へぇ。あのジジイ、こんな野郎をあたしに送り込んできやがったか。……及第点だが合格だ、さっきひよっ子と言ったのは撤回させてもらう新米ちゃん」

「お好きにどうぞ」


 水を啜りながら、ライムパールが隣に座り注文するのを見届けこちらも姿勢を正す。

 もう十時間近く椅子に座りっぱなしなんだ。有意義な話して貰わないと、いい加減頭に来そうだ。


「新米、酒は飲めるか?」

「飲めるが、飲みたくはない。不味いからな。あと酔わない」

「そっかー。本音で包み隠さず話し合いたかったけど、いいか別に。さて、見事依頼の不審点を何個か見抜けたね。Sランク以上は伊達じゃないって事かな。金目当てに何も考えず突っ込んでくる輩じゃなくて助かったよ」

「ランクは上がったばっかりだけどな」

「それで、名前は何かな? できれば覚えやすい名前で頼むよ」

「リースフェルト・アンデルセン。……リースでいい」

「…………ああ、『首都壊し』のリースフェルトか。それとも『黒目の猛獣』? マイナーだけど『首輪無しの狂犬』ってのもあるけど」


 聞いたことも無いような異名の数々に、困惑の色を隠せない。

 なんだその名前、と顔に出してしまったのかライムパールはからかうように笑い方を叩いてきた。

 何だこの女。


「まぁ、気にしない方が得だよ! こんな二つ名、高ランク探索者を妬む奴らが勝手に言いふらしているだけだからな。『首都壊し』はほぼ正式名称扱いみたいだけど」

「つくづく不本意の塊みたいな二つ名だなおい……。一応正式登録しているのは『無銘ネームレス』だけだ。他は全部偽物」

「そうかそうか。探索者は他人から妬まれて初めて一人前だ。これなら期待するには十分だな」

「勝手に期待しないでくれ……はぁ」


 中々話が進まないことに頭を痛ませながら、ようやく着実に足を進ませていると自覚する。

 円滑とはいかない。着々ともいかないが、せめて出だしだけは順調に滑り出していきたいものだ。

 頭痛薬代わりの温い水を喉に流し込みながら、音にもならないようなため息を吐いた。




【ステータス】

 名前 ジルヴェ・ライムパール HP6880000/6880000 MP0/0

 レベル665

 クラス 夜を歩く白兎ナイトウォーカー・ホワイトラビット

 筋力603.81 敏捷632.19 技量420.66 生命力513.49 知力118.38 精神力121.77 魔力0.00 運3.07 素質8.20

 状態 正常

 経験値135490/1672300000

 装備 獣踊り子の制服 魔力感知の指輪 再生の腕輪 衝動抑制のピアス 延命の首飾り

 習得済魔法 無し

 スキル 格闘の天才362.09 地形把握99.99 悪地形無視67.92 第六感??.?? 反撃の心得??.?? 死闘狂い??.?? 殴り合いの馬鹿1.00 上位騎乗動物召喚サモン・グレーターライディングアニマル40.00




・おまけ



【ステータス】

 名前 エヴァン・ウルティモ・エクスピアシオン HP??????????????????????/?????????????????????? MP??????????????????????/?????????????????????

 レベル????????????????????????

 クラス ■■■■■■■■(■■■■・■■■■)

 筋力????????????.?? 敏捷????????????.?? 技量???????????.?? 生命力???????????.?? 知力????????????.?? 精神力???????????.?? 魔力????????????.?? 運????.?? 素質???????.??

 状態 正常

 経験値 無意味

 装備 聖剣【デュランダル・パラダイスロスト】 聖杯騎士団総騎士団長正装 多重封印の首飾り 神人殺しの??

 スキル 【ALLERROR】


 一言で表すとチートとかバグを越えた何か。世界に対してオーバーフローする男。

 きっとこいつがラスボス(嘘)


 前に立てたプロットと今書いている小説の差異を見て白目になった。

まず飛行船をゲットする展開なんてなかったし、ソフィという存在すら示唆されていない。終いにはエウロスとレミリィとの戦闘もないしスカーフェイスの存在も無いです。

 人の欲望ってすごいね。予定外の事を嬉々として作り上げるんだもん。

 笑えねぇ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ