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第七十話・『未確認物体』

ファフ○ー見てて胃が痛い。

学校のテスト結果見て胃が痛い。

泣きたい(泣)

 調味料に漬け込まれた一般的に普及している鶏の肉が、香ばしく焼きあがっていく音と芳醇な香りがカールと優理、ニヒトの鼻を撫でるように漂う。やがてエプロンを着た女性従業員が三つほど、焼きあがった鶏肉の串焼きが乗った皿を三人の前に置く。

 カウンターに女、男、女の順で座った三人組はそれぞれ何かを思いながら串を手に取る。

 出会ってから約二時間後、一通りの買い物が済んだ三人は晩飯を摂取するために適当露店を見繕い、共に食事をしようとしていた。

 別に決して一緒に食べようと誰かが言ったわけでは無いのだが、その場の流れで半ば強制的にこうなっていた。優理やニヒトは特に構いもしないだろうが、ライオン二匹が隣に一匹ずつ座っている鼠の気分は想像に難くない。普通に考えれば両手に花だろうが、彼女らの実力を知っていればそう思えなくなる。

 周りの客はそんなカールに嫉妬して舌打ちや憎悪の眼差しを飛ばしてきているのだが。


「人の気も知らずにまぁよくも下心しかない視線を他人に投げかけてくれやがって……」

「? どうしたの?」

「……いや、食べましょうか」


 感情を可能な限り押し殺しながら、カールは串に刺さった焼き鳥に無造作にかじりつく。

 久々に携帯糧食以外の食事ができたなぁと感慨深い顔をしながら、自分の隣に座る女性二人を交互に一瞥する。特に変わった様子は無く、串焼きを食べている。

 すると急にニヒトが口を開いた。


「……ユーリと言ったか、一つ聞きたいことがあるんだが」

「えっと、何でしょうか」

「お前は、別に私の生き別れした妹というわけでもない」

「はい。私の記憶が確かなら、この十四年間『姉』と呼べる存在はいません。兄なら、いますが」

「じゃあ、その兄は『リース』という名ではないだろうな」

「……本名は明かしませんが、違います」

「ふむ……少なくとも、私も男性経験は無いので間違って作ってしまった子ではないだろうしな……父上の隠し子、は無いか。流石に」


 ニヒトは完全に理解できないといった顔で優理をまじまじと見つめる。

 生き別れた妹でもなければ娘でもない。しかも兄が居ることや普通の家庭で生まれたのであれば『人造人間ホムンクルス』の可能性も少ない。

 あまり認めたく放ったが、ニヒトはとりあえずは『他人の空似』としてこの珍現象を片付ける。

 流石に答えも出ないようなことを何時間も考えるような愚行はしない。


「失礼を理解して質問してよろしいでしょうか」

「何だ。答えられる範囲でなら、何でも」

「…………あの、お幾つで?」

「ん? ああ、ああ、そんな質問か」


 一度お茶を啜り口直しをすると、ニヒトは何の嫌がるそぶりも見せずに自分の年齢を答える。


「二百二十四歳だ。まぁ、普通なら孫や曾孫一人いても可笑しくないのだが……残念ながら、どうもそう言ったことは嫌悪してしまってな。一応、処女でもある。未通とも言うな」

「――――二百、二十……四?」

「つか、処じ――――は?」


 カールと優理は一瞬『二百』という言葉を、自分の脳が勝手に付け足したのだと錯覚する。

 二十四歳ならば、まだ納得ができた。というかそちらの方が外見と比べれば妥当過ぎる数値だ。――――だが、二百二十四歳。

 優理の住んでいた世界ならギネス記録を余裕でぶっちぎっている超高齢である。


「まっまままま…………に、二百っ? えっと、あの、本当に……」

「そうだ。あまり公言されていない現象だがな、高レベルの者は自然と最大寿命が向上するんだ。老化も抑制されていく。私も、もちろんその枠の中にいる。とはいっても、寿命が百二十から五百程度に伸びただけだがな」

「五百……」

「待て、それより重要な事があるだろ。……流石に、処女は嘘だよな」

「本当だとも。一度たりとも男、ましてや同性にも股を開いた覚えも、敵に捕らわれ凌辱されたことも、私の記憶が改竄されていないなら絶対に無いと断言できるぞ?」

「……二百の処女って、マジかよ。需要無いっすよそれ……」


 肉体だけで見るならば、特に問題ないような気もしてくるが。


「仕方ないだろう。セヴンズライフ家の女児は代々家訓で、自分の認めた男子でなければ心も股も尻の穴も開かないと言う決まりがあるんだ。つまりは、二百年私が望んだ男子が現れなかっただけの事」

「何だそのひっでぇ家訓……」

「色々な趣向に答えられるという事ではないか? 男児の場合は認めた女子が現れるまでは自慰行為さえ禁じられるのだから、それよりはマシだろう」

「しかも男子はオ○禁って……とんな家だっつーの」

「女遊びや男遊びに走るよりはこっちの方が各段にいいのだろうよ」

「確かに」


 それについては反論はできない。

 というか食事時にそんな下品な事を喋っていいのかよ。とカールは内心ツッコんだが、特に誰も気にしない。もしかして異常なのは俺なのか、などとカールは頭を抱える。


「しかし、その年で第二第三級か……世の中も物騒になってきたものだ」

「いや、僕はもう打ち止めっすよ。試験も命からがら通過できただけで、もう成長の見込みも無いっす」

「そんなことは無い。人間……いや、生物に限界などない。壁があったらぶち壊す連中を、私は四人ほど見て来たからな」

「四人?」

「いや、この話は今関係ない。それよりユーリ、お前の兄とやらは今どこにいる?」

「へ? いや、その……」


 優理がこちらに質問が来るとは思わなかったのか、途端に口ごもる。

 だがこればかりは嘘をついても意味が無い。というより――――真実を話すしかない。

 事実優理自身にも想像できないのだから。


「行方不明、というか……わかりません。どこにいるのかも」

「……行先の見当は?」

「ないです。私も、久しく兄と離れていて、実家に戻ってみたら、誰も」

「両親は」

「私が物心つく前に、亡くなりました」


 空気がどんよりと重量を持ち始める。

 軽口を叩いていた分、落差のせいでかなり気まずいのだろう。

 それでも優理は気にしないという表情を見せながら、その空気を振る払うように両手を振る。


「あ、いえ。別に気にしてませんから! きっと、何とかなります」

「そうだな。そうなると、喜ばしい。…………さて、そろそろ何か飲まないか? 私的には、酒が良いが」

「僕は飲めますが……まぁ、付き合います」

「わ、私はまだ未成年なので」

「何を言っている。東洋では十二歳以上は成人だぞ。お前も付き合え」

「え~……」


 苦笑いしながら、優里は無言で俯く。

 自分の命よりも大事な兄の安否――――この世界に来て一ヶ月以上だったが、その断片的な情報さえ入ってこない。そうなると、東方面には居ない。そう結論付けた優理は、串を握る手に力を込める。

 ならば、次からは西方に行こう。

 長期的な依頼を受けて、仕事を熟す合間に兄を探す。

 次の目的を心に刻みながら、優里はいつの間にか折れていた串を、何も言わずに見つめた。



――――――



 首から何かの液体が流れ込む。

 針の付いていない注射器の先を首から離し、薬を打ちこんだ個所を何度か撫でると傷らしき傷は無いことが確認できる。無言で注射器から空のカートリッジを外してゴミ箱に放り、次のカートリッジを装填して腰に刺しておく。

 不便な体だ。

 そう呟きたかったが、そうもいかない。今は弱音を吐く状況ではないのだ。

 というより吐いた瞬間、ルキナが精神支配にやってくる。睡眠時でも気が抜けないのだから、全く頭が痛くなる。

 抑制剤があるからと言って侵食を完全に妨げられるわけもないので、安心もクソも無い。要するに落下した先には大量の剣先が待っている綱渡りの綱が少し太くなっただけ。いや、細くなっていくのを止めるだけだ。はっきり言って気休め以下。元凶に影響を与えられないのだから、あまり依存もできない。

 治療するにもまともに治療するには高度な祓魔師エクソシストが必要だと言うのだから、実に糞みたいな状況である。

 目的達成したら、即座に極東大陸に向かいたいものだが。

 口には出さすに愚痴りながら、寝る前のままの格好で廊下を出る。


「……あ?」

「うわっ」


 灰、それも燃え尽きた木炭の灰の様に濁り切った灰色の髪に寝癖を付けた少女がまるで珍獣でも見るかのような眼差しで俺を見上げていた。

 きっと食堂に向かっていたのだろう。横からぬっと出てきた俺は、きっと予想外の歓迎できない客人だったのか。――――一応命の恩人なのに、何なのだろうかこの、これは。

 もう少し敬意を払ってもいいだろう。

 別に強制するわけじゃないけど、流石に恩義の一つぐらい感じてほしい。


「何だ、ガキ」

「……ソフィ、だ」

「知らねぇよ。……クソッ、面倒事ばっかり引き寄せるな俺は。たまには幸運でも呼びよせてくれっての」

「聞いてんのか――――変態」

「ん? …………ああ、そうか。では、ソフィ・フルーフ・エイヴィヒカイト。俺が気に入らないから不遜な態度を取るのは結構だが、ルールは守ってもらうぞ」

「……ルール?」


 いつもより少々低い声音で告げながら、目線の高さを合わせるためにソフィの前で屈む。

 そして肩を掴み、真っ直ぐ目を覗きこみながら一句一句に威圧を込めるつもりで口を動かす。


「ルールその一、仲間……というか、俺が同伴していいと認めた者に致命的な危害を意図的に加えた瞬間殺す」

「…………冗談、じゃないね」

「ルールその二、俺に憎悪を向けるのは構わないが同伴者に向ければ即座に殺す」

「……その言葉好きなのか?」

「ルールその三、勝手に死んだら殺す」

「矛盾してるぞ」

「ルールその四、戦闘になって俺が死にかけたら即座に見捨てて仲間連れて逃げろ。以上四つ、守れなければ死ぬと思え」


 ソフィは今度は珍獣ではなく何か、それも頭のおかしい奴を見るような、哀れな動物を見るような目をする。こっちは真面目に伝えただけだと言うのに何だこの仕打ち。一発殴ろうか。

 しかしここは年上としての対応だ。感情を自制して、顔を引き攣らせながらも大人しく肩に置いた手を放して屈ませていた体を伸ばす。

 首の骨を流しながら踵を返し、さっさと食堂に行くかと一歩を踏み出そうとし――――



「『七死ななし――――悠姫ゆうき』?」

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」



 本当の名前に隠されている、本当の『真名』を言われて、思考が停止する。

 無意識にピリピリと張り詰めた空気を無差別にまき散らしながら、血が上って軽度の充血を起こした目でゆっくりと振り返り、ソフィを見る。

 その顔は、何処までも無垢な子供の物だった。

 だがその奥には――――確かに、『何か』があった。そう、確信する。


「これが、お前の……名前か?」

「…………どこで知った」

「? いや、目に、なんか……映って。違うのか?」

「……いや、大正解だ。少なくとも俺が『一度も』人に名乗らなかった名前であるのは間違いない」


 右手が震える。

 今すぐにでもソフィの首を絞め、殺したいと言う衝動を理性の全てを使い止めている。だがこれだ。右手が辛うじて進み始めている。目を細めて左腕で右手を抑えながら、冷ややかな視線でソフィを見下ろした。


「忠告しておく。俺以外に人がいないときは、俺の名前は結城ゆうきと言え。……それと、一応偽名としてリースフェルトっていうのを用意してあるから、他人がいる時はそっちを使え。あと、もし他人にその名前を語ろうとするなら」

「なら?」

「細胞一つこの世に残されないと思え」


 濃密な殺気をぶつけてもソフィは全く動じない。

 肝が据わっていると言うレベルではない。力量ではこちらがはるかに上だが、それを理解してこの態度。

 完全に何かを隠している。

 それもこちらに対抗できるほどの、凄まじい『切り札』を。


「わかった。わかったよ、リースフェルトさん。代わりにこちらも条件だけど、最低限の身の安全は保障してくれ。そうでないと、行動し辛い」

「……了解した。だが勝手な行動を取って勝手に死んでも、俺は責任を取らないぞ」

「さっき、勝手に死んだら殺すって言わなかったっけ」

「数秒前にお前は『最大限の警戒対象』に代わったんでな。俺の保護対象外だ。最低限の警護はするが、他の奴が危険になったら即座に見捨てられる思え」

「……いいよ、わかった。何時までも人に甘えるなって事か」


 ――――なんだ、この…………此奴は、何をしようとしている。

 疑心暗鬼の心が生まれ始める。

 どう考えても、こいつの心の底が読めなかった。

 外見は子供だというのはわかる。だがそれに比べて精神があまりにも成長しすぎている。まるで幾多の戦場を潜り抜けた歴戦の猛者のように。

 別に一つ一つの行動が意味を持っている、などと過大評価するつもりはない。だが、これだけは言える。

 こいつは俺にとって最大の『異端イレギュラー』にして最悪の『天敵』だ。

 今この瞬間だけは、あのルキナの忠告が素直に信じられた。

 ここで殺しておくか、という思考が脳裏を過るがそれはできない。仲間からの信頼を失う上に、こいつの行動目的や謎、それらが全く分かっていない状態で消すのは愚行であると言えるし、まだ使える玩具を『中身がわからないものブラックボックス』だから捨てると言うのはあまりにも――――勿体ない。

 使えるだけ使ってから処分した方が、断然いいだろう。

 それに今は猫の手でも借りたい状況。不穏分子でも使える手札は可能な限り温存しておくのも手の一つだろう。ただし、こちらにとっても警戒対象となりえるカードだが。


 それから俺たちは一言も交わさずに食堂までたどり着いた。

 扉を開けると、酷く何かが焦げた様な臭いがする。嫌な予感がして料理場を覗きこむと、案の定かリザとルージュがエプロンまで煙だらけの汚れだらけの姿で咳き込んでいる。

 プライパンと思しき物体は融解して元の形がわからなくなるほど変形しており、圧力鍋に至っては爆発寸前の風船のような形で固まっている。そこら中には生態不明のキノコと丸焦げになった肉だった何かの残骸だらけ。

 ――――まさかこれが料理の『失敗作』とは言わんだろうな。

 と、答えを理解している癖に俺の脳はそんな意味も無い疑問を生み出す。

 俺の知っている料理というものは、失敗してもちょっと焦げたぐらいで、最悪でも調味料を間違えたり、そんな感じのはずだ。決してこんな混沌溢れる空間を作ったりはしない。


「……何をどうやったらこんな細菌研究施設で大規模バイオハザードと大火災が同時に起こって最悪がブレイクダンスしているような惨状は」

「あ、結――――リース、早いわね」

「あ~! ダーリンきてたんですかぁ。今、ダーリンのために愛妻弁当を作ろうとしていてですね~」

「いや、それはいいんだ。それはいいんだけどさ…………何をどうやったらこんな室内で大量のクレイモア爆弾爆破させたような現場になってんだ。なんだこのキノコ。なんだその今にも大爆発しそうな手榴弾紛いの圧力鍋は」


 それを聞くと、二人は互いの顔を見やり――――舌を出して自分の頭をこつんと叩き、実にむかつく顔をする。


「「てへっ」」

「てへっじゃねぇぇ―――――よ!!! 何お前ら生物兵器作ろうとしてんだ!? 俺に毒でも盛る気か!?」

「これでも私、魔女業界では『キノコの申し子』って呼ばれていたので♪」

「私丸焼き以外の料理は作ったことが無いの」

「女性のくせに女子力皆無で俺の方が高いってどういうことだよ……」


 いつもの如く、俺は頭を抱えながら二人と共に後片付けの準備に入るのであった。

 ある意味では、これも日常と言えるのかもしれない。



――――――



 胃が凭れるような食事を終えて、顔を真っ青にしながら壁伝いに足を進める。

 酷い目にあった。まるで実験用のモルモットになった気分で、あのなんか新生物でも爆生しそうなカオスクッキングの数々を無理やり口に入れられた絶望といったらまるで死刑執行中の死刑囚だ。

 終いには警戒対象であるソフィにまで被害が及び、同乗せざるを得なくなった。いや、あっちは途中で気絶しただけでまだいいだろう。こっちは気絶も許されずに試食――――試の字は死ではないか――――させられたのだから。

 まるでコールタールを胃に直接流し込まれたような感覚だ。

 嘔吐しそうになるのを我慢しながら、操縦室へ続く扉を開くパネルに手を当てる。

 認証が完了したて自動的にドアがスライドして開く。奥には埃一つなく、完璧なまでに整えられた造形の操縦室の姿。多人数で操作するのを単独操縦可能にしたのだから、前に比べてかなり狭くなっていた。

 とはいっても、十人程度なら余裕で入るスペースは確保しているようだが。

 しかし造形改変どころかこんな改造までできるとは――――流石に便利過ぎるだろう。

 対価が肉体の侵食なら妥当な結果ともいえるが。

 そして、操縦席に座って透明な防弾性ガラスの向こうになる空を眺めるスカーフェイス。その隣にはちょこんと座ってサンドイッチを食べているアウローラがいた。


「美少女片手に優雅なティータイムを満喫中か?」

「……何時間も操縦し続けたんだから、これぐらいは許してくれよ」

「別に責めちゃいないさ」


 軽口をたたき合いながら、アウローラの頭を軽く撫でて操縦席の前にある画面を見る。

 自動演算システムの構築による自動制御システムの結果表示画面。一通り見渡すと、特に機体に異常が無いのがわかる。

 画面をスライドさせて、周辺のマップ情報と目的地までの距離を表示させる。

 航行速度――――時速五百二十キロ。

 目的地までの距離――――約二百キロ。

 単純計算で大体三十分以内で到着すると、演算装置の結果は言っている。


「三十分……何もなければすぐだな」

「不穏な言葉を言うもんじゃない。……しかし、まさかあのボロ船をここまで改造するとは。たまげた」

「おかげで侵食が右半身に進んでいるんだがな」


 侵食の割合を言うなれば、もう体の三割は侵されている。

 はっきり言ってもう自分から寿命を縮ませに行くのは御免被りたい。流石にこれ以上この糞みたいな力を行使するには、かなりの覚悟と判断力が必要とされる。

 それこそ全滅に繋がる可能性をもみ消すぐらいしか使えなくなる。

 雑魚の殲滅に一々これを使っていたら、俺の寿命は冗談抜きで一週間以内になってしまう。


「何か異常は?」

「ああ、もちろん無い――――」



《Unknown approach》



 画面が純白から急激に赤へと転じ、アラームを発しながら文字の羅列を表示する。

 そんな機能もあったのかよとあきれはんぶんになりながら、表示されている文字を読み沈黙。

 その後小さく舌打ちしてスカーフェイスに「交代しろ」とだけ伝える。

 空いた操縦席にに座りディスプレイを操作。即座に《アンノウン》とやらが何処から接近してきているのかを検索。

 結果――――この船からおよそ南東の位置からこちらに対して並行に飛行していることがわかる。

 ついでに、その速度が約マッハ十二というのもわかる。


「……スカーフェイス、急いで全員此処に召集しろ。アウローラ、お前は席に座ってシートベルト付けろ」


 嫌な予感をひしひしと感じ、二人に指示を送りながら船の自動迎撃システムを起動。

 念のために光学迷彩を張り高度を少しずつ上昇させていく。目標高度は《アンノウン》からおよそ二千メートルほど離れれば十分か。

 可能なら迎撃。無理なら全速で離脱。

 マッハ十五で移動する物体相手に逃げ切れるとは思えないが。


「…………何だ? こいつ――――軌道が、変わった?」


 こちらが上昇し始めた瞬間、《アンノウン》が急激に軌道を変えた。

 端的に言えば、こちらのペースを超える速度で高度を上昇させ始めていた。その行動の意味が拾えず、軽く混乱していると扉からほぼ全員が来訪してくる。

 全員が不安を持っているような顔(リザ除く)だったが、とりあえず皆に席に座る事と念のために衝撃に備えることを告げ――――全力で操縦桿を前に倒した・・・・・

 本来ならば、正規の訓練を受けている戦闘機乗りならば悲鳴を上げるこの機動。通称『レッドアウト』と呼ばれる、マイナスGで下手すると脳内血管が破裂すると言う自殺行動を即座に実行すると言う暴挙を仕出かす。


「がぁぁぁぁあっ!!!!」

「きぃぃっ…………!!」

「あああぁぁっ!!!」


 安全席にいる仲間たちが悲鳴を上げるが、大丈夫だ。あそこには常時発動魔法として『生命維持ライフ・サポートシステム』を組み込んでいる、はずだ。最低限の生命維持は果たしてくれる。

 代わりリソースを全て使い切って、こちらは完全に何の補正も無く生身で行っている。おかげさまで脳に血液が一瞬で集まり視界が瞬時に赤く染まる。

 だがそれが発生するたった一秒前に――――《アンノウン》がこちらに向かって超高速落下を開始したのを捉える。


「糞がァァァァッ!!!!」


 間違いない。

 何かの『異常』がこちらを『始末』しにやってきた。

 また『工房』か、などと考える余裕は全くない。正体不明の敵影は現在マッハ十五でこちらを追撃してくる。大してこちらは時速五百二十キロ程度。はっきり言って亀とスポーツカーがレーシングをするようなふざけた出来レースだ。

 真っ赤に染まった視界を元に戻しながらティスプレイを操作。自動迎撃システムのレベルを最大レベルにまて上昇させ、不要区画と荷物を軒並みパージしてエンジンのリミッターを解除。

 搭乗者の生命保障を一切無視した機能が解放される。


「テメェら!! しっかり気を張ってろよ!!!」


 爆発的な加速。

 時速五百二十キロからマッハ三・二にまでたった三秒で加速する。その際にかかるGは――――実に約100Gオーバー。

 途端場で仲間たちの生命線である『生命維持ライフ・サポートシステム』の補正を最大レベルまで引き上げることには成功したが、俺は代償として全身の骨が折れ内臓や重要器官が全て飛び出すか潰れるような感覚に襲われる。

 半分ほどは実際に起こったことなのだろうが、何が起きていなくて何が起こっているのか判断はできない。


「ご、ぶっ、ぁ………ぐぅぅぅぁあああああっ!!!」


 ルキナによる再生補助と『現身』の力二つを最大限まで活動させ傷を無理やり治癒。

 気が三桁ほど暗転・覚醒を繰り返しようやく理性を取り戻し、海面に到達する直前でようやく操縦桿を思いっきり引いて姿勢制御。正常な軌道状態に戻し《アンノウン》を確認。

 反応は、無し。

 血を吐きながらそれを確認し終え、血の涙を流しながら脱力する。


「はぁっ、ぐぅっ…………どうにか、振り切ったか」


 撃墜することも考えていたが、あんな非常識な速度で動ける標的相手に使ったことも無いような武装で狙撃するなどという無茶な作戦を実行するような馬鹿な真似はしない。《アンノウン》は文字通り正体不明の相手だったのだ。攻撃方法や武器が効くかどうかもわからない奴に正面から殴り込むほどの馬鹿はしない。

 生存確率から考えれば、むしろ全速力で逃亡の方がまだ生き残れると判断したまで。

 おかげでせっかく回復した心身がまたボロボロになってしまったが、些細な犠牲だろう。


「お前ら…………無事か?」

「――――どうにか、な」

「こちらも同じく……ああ、頭痛い」

「ダーリン、無茶しますねぇ」

「う、うん……」


 ソフィと獣人の少女は気絶していたが、無理もない。レベルはこの中でも断トツで最下位。一桁なのだ。流石に未熟な体で今の機動による負荷は耐えられなかったのだろう。辛うじて生きてはいるみたいだが。


「何だったんだ……クソッ」


 何もかも不明な物体がこちらを狙っている。

 その事実を理解しただけで胃がキリキリと締まっていく。


「俺の前には困難しか待ち受けていないのかよ……!!」


 運命の悪戯と言うのだろうか。実に糞みたいな言葉だ。

 これが試練だと言うのなら、俺はいったいどうすればいいのだろうか。正面から向かい合えばいいのか、それとも背を向けて逃げるべきか。

 仲間たちを巻き込みたくないのに、巻き込まれていく。

 実にふざけた『運命』だ。


「……着水するぞ。衝撃に備えろ」


 余計な思考を切り捨て、操縦桿を握りながらディスプレイを操作。着水用の竜骨を下ろし、飛行船をゆっくりと海へ浮かばせる。着水時の衝撃が船体を揺らし、飛び散る海水が窓を濡らす。

 しかし向こうには、いつの間にか見えてきていた赤い砂浜。

 ようやく――――五日経ってようやく極南大陸に到着だ。

 ここまで、本当に苦労した。


「大陸一つ越えるだけでこれかよ……マジどうなってんだ俺の運勢」

「言わなくてもわかるでしょそれ」

「ああ。最悪ってことだな畜生。ホーリーシッ○!! 神さんのマザー○ァッカーめがッ!!」


 ボロボロの体に鞭打ちながら立ち上がり、荷物をまとめに操縦室を退室する。

 一体いつまでこんな生死の境を何度も彷徨う様な旅をしなければならないのだろうか。

 たまには平穏な生活もしたいものだ。



 

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