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第六十八話・『自由の起立』

 やつれた身体が見える。栄養失調の兆しか、肌は荒れ出来物が指先から何個も出ていた。爪で軽く潰すと細く血が垂れ、俺は無言でそれを舐めとる。

 ……一体どうしてこうなったのだろうか。

 あの時俺は無意識に暴走し、船体を丸ごと侵食した。かなり危険な賭けだったが、成功。無事、飛行船を『改造』して一人でも問題なく操縦できるようになっている。

 フォルムもまた変更され、中世の船から近未来のシャープで滑らかな空気力学と航空力学が複合された、見事なまでに合理性を追求したデザインに。エンジンも出力が五倍ほど上がった。

 ある意味正解ともいえるし、間違いを犯す手前だったと言えよう。実際、失敗していたら墜落していたかもしれないし、理性の断片を使い仲間達を侵食対象外にしたこと以外は完全に運任せだった。

 意図していないとはいえ、暴走し仲間を危険にさらした。挙句に今カロリーを根こそぎ消費してしまったせいで、医療用の点滴が無ければ死んでいた。点滴もまたがぶ飲みすると言うかなりの荒業で行ったのだが。それもう点滴じゃないよね。

 自分に呆れ、ため息を吐きながら痩せこけた手で額を抑える。軽い微熱。

 どうやら、長期間にわたるストレスの累積のせいで免疫力が低下しているらしい。


「…………どうして」


 こんなつもりは無かった。

 仲間を危険に晒すぐらいなら無理をしてでも作業を続ければよかった。身勝手な欲望と怒りの発散のためにこんな全滅ギリギリの領域を強風吹いている中綱渡りで全力疾走するような真似、愚の骨頂を通り越して馬鹿そのものだ。

 原因は、確かにルキナというアホな悪魔である。だがそもそもの原因は俺がこんな力を使いこなそうという慢心で外に出していたからだ。全力で抵抗しようと思えばできなくもない。だが、しなかった。利用価値がある、魅力的な力という我欲に塗れた汚い理由で。

 何と、何という馬鹿なんだ。俺は。

 意識し始めると胃がキリキリと痛みだす。元々かなり危うい状態だったのか、口から血が少しだけ垂れる。ストレスによる、胃潰瘍か。

 畜生と呟き、腕を力無くベッドの上に戻す。


「いや、ここは無理をしてでも―――――ごほっ、ごほっ!! ごぶっ…………」


 無理やり体を起こそうとすると、喉から何か暖かい物がこみあげてくるような感覚。

 直ぐに口を押え、出てきたモノ――――血の凝結と胃液と血液が混じり合った液体を手で受け止める。

 どうやらこの胃潰瘍、かなり前から進行していた代物らしい。


「――――無理しない方がいいわよ」

「……ルージュ、アウローラ」

「リース、その、だいじょうぶ?」


 扉を開けて、血を吐いた俺を心配そうな目で見てくるルージュとアウローラ。

 こんな無様な姿をさらしてどういった顔をすればいいのか、わからなかった。おまけに今の姿は黒のタンクトップに茶色の半ズボンとかなり不格好なものだ。

 さぞみすぼらしい姿を見て、落胆していることだろう。

 そんな予想とは裏腹に、ルージュとアウローラはそれぞれ手に持ったお盆をこちらの膝の上に置いてくれる。表情にも、特にそれらしき感情は見当たらなかった。


「……今回は私の不備よ。貴方に何もかもを任せ過ぎてしまった。いくらアウローラの面倒を見るからと言って、あなた一人に無理をさせるのは、失敗だったわ」

「違う。俺が、弱かっただけだ」


 そうだ。ルージュに非は無い。全ての責任は俺にある。

 勝手に背負い込み、勝手に気に負い、勝手に自爆した。彼女は何も悪くない。

 なのに何故、そんな悲しそうな顔をするのだろうか。


「前々から思っていたけど、貴方っていつも自分を下卑するわよね。どうして……」

「事実だろう。俺が強かったら、危険に晒さず、安全に事が進んでいたはずだ。そう、俺がもっとあんぺ機に立ちまわれてさえいれば――――」

「――――馬鹿じゃないの?」

「…………?」


 自分の意見をたった一言で両断されてしまう。

 一体何が駄目だったのだろうか。――――いや、確かに自分は馬鹿だ。もう少しだけでも、上手く立ち回れていれば彼女らに無理をさせなくて済んだ。ああ、そうか。そう言いたかったのか。


「たぶん今あなたが思ってることと私が言いたいことは全然違う事だと思うわよ」

「そう、なのか?」

「……完璧に何もかもこなせる人間――――いや、そんな生物、いないわよ」


 確かに、道理だ。

 完璧な存在などこの世にはない。存在しない。

 いや、存在してはいけない。それはつまり『不完全』である世界と矛盾する『特異点』なのだから。未だに成長を続けている世界に対して『停滞』を比喩する完璧。それらは両立してはいけないものだし同時に同一の場所で存在してはならないコインの裏表の関係だ。

 だがそんな『完璧』を目指すからこそ、今俺は上がらっている。『不条理』という不完全を打ち破るために。


「貴方、仲間という存在を、どう認識しているの?」

「どうって言われても…………そうだな。強いて言えば、『命を捨てででも守るべき存在』、かな」

「それで、貴方は私達にどうしてほしいの?」

「どうして、って――――」


 口を開いた。

 だが、何の言葉も出てこなかった。理由もわからず、ただ言葉が出てこない。


「っ――――え?」

「もう一度、聞くわよ。――――あなたは私達に・・・・・・・何をしてほしいの・・・・・・・・?」

「そ、れ……は………ぁ?」


 何故、何も答えられない。

 何故、言葉が出てこない。

 何故、何故、何故――――ッ!!


「回りくどいこと抜きではっきり言うわよ。…………貴方は『仲間』と言うものを自己の確立に使うための『概念』としか認識していない」

「な、に?」

「簡単な事よ。この世はギブandテイク。仲間と言う者はそもそも助け助けられる関係がベスト。けどあなたはそれを踏み倒してただ『護る』という目的しか持っていない。つまり守られる気が根本から欠如しているのよ」


 何を言っている。

 そう理性でルージュの言葉を否定し続ける。だがどこかでは、それを認めていた。

 証拠に俺は、何もしていなかった。聞きたくないと願いながらも、ただじっと、待っていた。

 彼女の言葉を。


「精神的欠陥と言えばそれまでだけど、貴方の場合かなり複雑よ。依存、悲観、自己確立、虚偽の目的作成、人格維持――――要するに、貴方は『仲間』という対象を使い『自己しいなゆうき』としての人格を無理やり保とうとしている。理由はただの推測だけど、過去に起こった大切な者の喪失による人格歪曲。それを繰り返さず己を己として確立し歪ませないため。根本にあるのは偽善からくる自己完結、自己批判、自己愛、自己防衛、自己犠牲、自己作成。はっきり言って人格破綻者としては最悪の部類に入る『善人の皮を被ったクソヤロウ』ね」

「ちが、う…………」

「そう、貴方はそれを自覚していない。これを行おうとしているのは『無意識』の中の『心深思考』。絶対に表に出て来ることは無い無意識の中の無意識。だからこそそれを修正することは不可能だし、それこそが個人個人が有する『個別的価値観オリジナルパーソナリティー』の表れともいえる。つまり個人の本質。だからあなたを責めることは無いし、批判することもできない。しても本質だけは変わりようがないからね。つまりそう、貴方は『仲間』という存在を都合よく認識し自分の目的のために利用していたにすぎないのよ。ここまで来たのなら、もうきっちり言い切ってやるわよ。結論からするにあなたは――――」

「やめろ……」


 体が震える。理性が理解を拒否し始める。

 ずっと待っていた。だけど聞きたくなかった言葉が、脳を刺す。



「無意識に『仲間』という存在を自分の確立に利用しようとした哀れなほど糞みたいな下種野郎よ」



 その時一切の感情が消える。

 今まで被っていた布を剥がされた。そんな、感覚だろうか。

 自然と、一つの感情が芽生えてくる。

 これは――――歓喜、か。


「ふ、はははっ」

「あ、っと。ごめんなさい、別に心を折るつもりじゃ」

おめでとう・・・・・

「……は!?」


 突然の賛辞に、ルージュとアウローラが戸惑いの表情を見せる。

 当然だ。あれだけ本質を正面から言われて、「おめでとう」などと言うやつがいるだろうか。居たとしたらそいつは異常性癖所有者だし、残念ながら俺はそういった類の人種ではない。

 当然この言葉は、しっかりと意味がある者だ。

 それも、恐らく俺の中で一番大事な。


「一つ質問をしよう、二人とも。……俺の本質を見抜いた上で、俺を信頼してくれるか?」


 恐らく、妹の安否の次に大事だと思うであろうこの質問。

 答え次第では――――俺はこいつらの前を永久に去らなくてはならない。

 だが不思議と、そんな事にはならないだろうと言う予感がする。

 俺が『本当に』信頼できる人物なのだから。


「当たり前でしょ。はっきり言ってあなたと同じぐらい信頼できる奴はアウローラぐらいしかいないわよ」

「つまり一番信頼してくれているってことだな」

「…………~~~~~そうよ!」

「私も、リースのこと、大好き。……これって、信頼してる、のかな」

「ああ。そうか、大好き、か。――――ふふっ、予想通りだ。二人とも。よく俺の皮を剥げたな」


 これは、仲間同士の中でも最高気密の部類に入る情報。

 俺から仲間たちに贈る試験でもあり、最上位重要人物にカテゴリされるための条件でもある。

 すなわち――――椎奈結城という『猫かぶり』を破いて志乃七結城という人物の『本質』を見極め、なおかつそれを受け入れるかどうか。そんな、トップシークレットであり今の今まで優理と紗雪、そして綾斗ともう二人しか突破できなかった条件だ。

 簡単に言うならば『入団試験』。本当の『仲間』として認められるかどうかの、俺が課するヒント皆無の無理難題である。

 まさか、本当に現れてくれるとは。

 異世界で、新たな理解者を得ることができるとは。

 無意識ながらも俺の本質を理解し、それを聖母の如き慈悲で受け入れてくれた、記憶を失う前のアウローラで打ち止めかと思ったが――――どうやら、事態は俺の予想斜めを上を進んでいっている様だ。


「え、えええと、つまり――――今の全部演技!?!?」

「半分はな。半分は嘘で、もう半分は本音だ。今のお前らならもう壁を作らずに話してもいいだろう」

「ど、どういうこと……?」

「今からお前ら二人は俺が『本当の意味で』信頼し頼り頼られることができる仲間になったってことだよ」


 根本的な扱いは、あまり変わらないが。

 それでも――――心から信頼でき、無条件で頼ることが可能。という意味では大きい。

 つまりは、今までの様に守るだけではなく、本当の意味で『対等』な関係として見ているのだ。弱き存在ではなく、ただ後ろに置いて行く存在でもなく、肩を並べる『仲間』として。


「……中々意地汚い試験ね」

「褒め言葉どうも」

「褒めてないわよ」


 確かに悪質な難題をノーヒント、更には問題文も無しに突き付けられて完全に関任せで答えろと言われれば意地汚いと言われても仕方は無い。むしろ生ぬるい。


「まぁ、なんだ。これからも頼っていくことになると思う。俺の期待に応えてくれよ、ルージュ。そして……アウローラ」

「……う、うん!」


 輝くような笑顔で、アウローラは大きく頷いた。

 ルージュは微笑し肩をすくめながら、俺の膝の上にあるお盆に置いてあった物を指してくる。

 それは粥の様な物であった。とはいっても米を使用しているわけでは無く、ただ野菜を溶けるまで煮込み続けた様な物であったのだが。


「なんだ、これ」

「食べやすいように流動食になるまで野菜を煮込み続けた野菜スープ」

「スープ、っつーか、これは……いや、いいか」


 どうせ胃が軽く溶けている状態だ。まともな物を口にすればどうなるかは想像できるだろう。

 そういう意味ではこの選択は正解と言ってもいいだろう。

 しかし、最近保存食とかただ肉を丸焼きにしたものしか口にしていないような気がする。いや、まともな料理を食べてはいた。ただ、全部俺が作ったやつだが。

 たまには誰かの手の込んだ手料理を食べたいものだと思いながら、軽く顔を引き攣らせながらドロドロの野菜を口にする。

 予想通りというか、野菜の味だった。ちょっと塩味が混じっているが、それだけだ。

 せめてコンソメとか鶏ガラスープとか混ぜるぐらいあってもいいだろとは口に出さない。そもそもこの二人に料理スキルを求めるのがそもそも間違っているのだから文句を言っても仕方ないだろう。


(……リザ、は論外だな。そうだな、せっかくだし部屋にこもっている二人にいつか料理でも教えておくか。スカーフェイスは……あいつが料理してるとこ見たことないんだが、まぁ、後で考えるか)


 久々に得ることができた満足感、安心感を胸に、体に溜まった疲労を少しずつ解していく。

 新たな理解者を得た嬉しさもまた、しっかりと噛みしめながら。

 同時に、不安が背中を押しつぶす。


(……帰る、か)


 その気持ちに目を背けて、俺はただ二人の笑顔の応えて精いっぱいの作り笑顔を返した。



――――――



 紅茶を啜る。

 その香りは芳醇であり、知識が乏しい者でも「これは良い品種」だと断言するだろう。色鮮やかな色、適度な酸味と高級砂糖の糖度。そして紅茶の味を崩さないティーカップの温かみと品性を下げない華麗な装飾。全てが『一級品』に統一された先に出される完璧な味。

 しかしそれでも成人間近でありながらもその美しさは永遠の物に保ちたいと誰もが思うほどの美貌を持つ黒髪の少女の表情は崩れない。

 その様子はひどく落ち着いていた。そう、過度なほどに。何らかの感情の起伏があってもおかしくは無い環境。誰もが目を奪われる芸術品。有名画家が描いた傑作絵画。何人もの年代職人が細部細部にまで気を配り完成させた室内の装飾。部屋に使われている素材もまた別格であり、一切傷や汚れが存在しない。

 さらに少女が身に纏っている純白のドレス。煌びやかなフリルが完璧な比率で保たれており完全左右対称の最高級素材がふんだんに使われているそれは、一つ買うだけで推定でも小国の国家予算の半分が軽く吹き飛ぶであろう代物だ。

 それだけあって、一切感情が揺るがない。

 機械の様に、ただ平坦で冷淡な感情を――――柊紗雪は保っていた。

 別にこれらに魅力がないと思っているわけでは無い。ただすべて等しく『どうでもいい』としか思っていないのだ。興味を感じないものを突き付けられて感情が揺らぐ人間などそうそういないだろう。


「――――不味い」


 そう一言だけを言うと、紗雪はティーカップを小さなテーブルの上に置かれた小皿の上に乗せ、静かに立ち上がった。


「……窮屈ね、ほんと。やっぱりドレスなんて合わないわ」


 見た目だけならば問題ない。いや、誰もがこの世で最も美しく輝くダイアモンドを連想するだろう。

 だが本人にとっては囚人の拘束具程度にしか感じていなかった。

 彼女自身、あまりファッションに気を使わないし、思考もまた戦闘特化といっても刺し違えないので「戦うときに動きにくい」としか思っていないのだ。

 ある意味一番女を捨てていると言ってもいい。

 それでも乙女心は捨てていないつもりであるのだろうが。


「勘弁してよ、本当……」


 紗雪が部屋の窓を除く。そこには、上には青い大空が広がり下には雲の大地が広がっていた。

 雲の上と言えば現在位置の高度が良くわかるだろうか。

 妖精王国『アルヴヘイム』独自考案制作・緊急高速移動対応王族専用大型高速飛行船『アルベリッヒ』。

 世界でも有数の大型飛行船であり、その中でも性能は上位に食い込むであろうワンオフの王族のために作られた最高峰の飛行船。

 世界の最新技術を惜しみなく投じられた、傑作である。

 と、エウロスが自慢げに語っていたのを紗雪は思い出す。


「…………なーにが『王への謁見のために』よクソヤロウ」


 リーシャを運ぶためには、隠密性と機動性、そして何より安全性が求められた。

 そのため選ばれた手札がこの高速飛行船『アルベリッヒ』。そこら中に金銀装飾が施されているにもかかわらず光学迷彩と魔法によるレーダーに完治されないステルス機体だ。世界でも最高峰の性能を誇ると言うのは伊達ではないらしい。

 さらには時速約二千三百キロという破壊的な速度で長時間航行可能という化け物。装甲も耐物理耐魔法装甲の複合装甲なので、レミリィが所持していた化け物ライフルをゼロ距離で同じ個所に二十回連続で叩き込まない限り貫通さえしないらしい装甲。

 流石は王族を乗せるための飛行船だ。見事に三つの条件をこれでもかというほどクリアしている。


 リーシャがエウロスに下されてから二日。

 結果的にリーシャの心は折れ、彼女は王国に連れ戻されることになった。予め手配していたこの『アルベリッヒ』に乗せられる形で。

 しかし二つほど条件を、リーシャは突き付けた。

 一つ目は、紗雪と綾斗の同乗。つまり『人間』を一緒に運ぶと言う事だ。これについては船員たちも苦い顔をしたが、仮にも第一皇女の命令であり、誰も文句を言う事は無かった。

 二つ目は、同乗した二人への市民権授与。――――つまり紗雪と綾斗を『国民』の一人として認めろと言う無茶であった。

 流石に二つ目に対してはエウロスもキレかけた。それとは反比例して以外にも寛大な心の持ち主であったレミリィが制止して許可してくれたが。

 だが同時にエウロスからも条件が一つ掲示された。

 それは、王への謁見。

 お前たちの人格を確かめる、という理由らしい。よくは理解できなかったが、紗雪と綾斗は問題なくそれを受け入れた。

 その結果、こんな窮屈で仕方ないドレスなど着せられているのだが。

 曰く、着る予定のドレスに体を慣らしておけ、だそうだ。


「壁でも蹴りたい気持ちね、くそが」


 しかし壁も安物ではない。蹴って傷でもつければいくら弁償するか分かった物ではない。

 軽くため息を吐き、紗雪は窓から離れて今度は部屋の出入り口である扉に向かう。特に出入りに関しては制限は設けられていないため、外に出ることはできる。

 だがエルフは人間を「汚れた種族」だと偏見している。つまり何らかのトラブルが起こっても何ら不思議ではない。事故と見せかけて謀殺されるのも予想できる。

 考え過ぎ、だと思えば気は楽になるだろうが残念ながらそうもいかない。情報が足りない以上ここは正確に場を理解し、少しでも情報お集めていくのが最適な行動――――


「おーっすブラン! 遊びに来たぜー!」

「ひゃいっ!?」


 完全に予想外の客人が来たことで紗雪は素っ頓狂な悲鳴を上げる。

 こんな状況でこんな軽い声で堂々と外を出歩くやつは、一人しかいない。

 草薙綾斗――――『一応』銘家出身の男子であるはずだが、その性格はエロをこよなく愛する思春期まっ最中のアホな天才だ。

 そのアバウトな性格はフリーダムを極め、恐らく自分が死にそうな状況でも白昼堂々大通りを素っ裸で歩ける肝の持ち主。悪く言えば『最高に最悪の馬鹿』だ。

 当然そのアホスキルはこの状況でも発揮されており、身に着けているスーツの高級感とは対極の位置にいるかの如くお気楽な気持ちがその警戒心のけの字も見当たらない間抜けな顔は紗雪を呆れさせる。


「あなた、馬鹿?」

「随分今更だなおい」

「ええ、そうね……ごめんなさい、こんな質問した私が馬鹿だった」


 アホにどうしてアホな行動をしたのかなどと聞く方がどうかしている。と紗雪は無理やりそう収める。

 それについては特に綾斗も気にせず早速話を始める。


「早速聞くがお前結城に惚れてるか?」

「ぷぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううううううっ!!!!」


 ド直球ド真ん中ドストライクの質問を剛速球の如く投げられて紗雪は盛大に吹く。


「けほっ、けほっ――――あんたふざけんじゃないわよいきなり何言いだしてんの!?」

「いや、さっき軽ーくリーシャの相談を受けていてな」

「だからなんでアンタはこの状況でリーシャに会いに行こうなんて発想できるのよ!?!?」

「まぁまぁ。それで恋愛相談なんかもちょっとだけ引き受けてな」

「なんで!! どうやって!! どんな誘導をしたら恋愛相談になるのっ!?!」


 まるで訴えるように紗雪は感情をぶちまける。

 もはやこちらの予想を斜め上どころかゲッ○ー軌道の如く直角軌道で跳ね回っているこの男をどう扱えばいいのか。そもそも綾斗という人間を扱うという事は勝手にどこかに飛び跳ねる爆弾をミリ単位で正確に目標にぶつけると言う神業を実現させられる腕が無ければ不可能なのだが。

 つまり無理ということだ。

 味方にとっても敵にとっても予測不能。誰にとっても『異端要因ジョーカー』としかなりえない者。

 それが草薙綾斗と言う絶対に縛られない男の本質である。

 物理的に縛られるのは大好きらしいが。


「んで、アイツがなんか結城に惚れてるみたいなんだけど」

「あああああああああああああああああああっ!!! なぁぁぁぁんで個人情報をこんな所で暴露するかなぁぁぁぁあああああ!? あの子第一皇女よ!!? 第一皇女が『人間に惚れている』なんて情報漏らしてみなさい国中大パニックで政治やら形式統制なんかが大混乱になるわよ!?」

「まぁいいんじゃね? 恋は自由、っていうだろ」

「立場を考慮していないのよこのドMが!! ていうか何アンタ私に殴られに来たの!?」

「中らずと雖も遠からず、かな(キリッ」

「なんで当・た・っ・て・ん・の・よ!!!」

「あうぅん!」


 まるでそれを待っていたかのように綾とは紗雪の顔面キックを受け止める。

 それを見て艦内清掃をしていた船員たちは全員こう思っていた。


(((見なかったことにしよう)))


 こうしてまたそれぞれが次の舞台へと進んでいくのであった。



 そんなことがあって大体一時間後。言われた通り、というより促されるがまま紗雪はリーシャが軟禁状態にされているだろう一室の前にたどり着く。

 他の部屋とは品質が違う、想像もつかないであろう金額を費やされたかと思える美しい謎の金属による外装。壁や扉の木までも『異質』とも勘違いしそうなほどの品格。

 ここまで来るとある種の狂気さえ感じ取れた。


「ほんっと頭痛いわね……何、これ」


 曰く、王族専用の専用個室だそうだが――――紗雪には『独房』に見えて仕方が無かった。

 無機物に囲まれた閉鎖空間。

 外の環境を見ることもできず、また声も聞き取ることができない。

 内側から扉を開くことも、できない。安全を考慮に入れた結果であるらしいが、どちらかというとこれは暴走しても『血筋』だけは残すための対策ではないのだろうか。

 つまりは、紗雪にとってこの部屋は悪寒を感じるに十分な代物であった。


「――――リーシャ?」


 ノックしてもあまり意味は無いだろうという事を察し、失礼とわかったうえで無断で扉を開く。

 開けながら名を呼びかけてみるが、返事は無し。

 気配がないわけでは無かったが、まるで人がいるとは思えないほど重くどんよりとした空気であった。


「……ブラン?」

「ええ、そうよ」

「…………ごめんなさい」

「なんでいきなり謝るのよ」


 半分は予想通りだったとはいえ、紗雪はリーシャに対して呆れざるを得なかった。

 いつもの浮かれた調子は何処に捨ててきたのやら。完全に罪悪感などによるプレッシャーで押しつぶされている。精神的に憔悴しきっていると表現すればいいか。

 とにかく、精神的な疲労が途轍もないことになっていることは確かだ。

 カウンセリングの技術が紗雪にあれば良かったのだが、残念ながら紗雪はそんな技術は持ち合わせていない。持っていたとしても、身近な存在ではない以上そんなに効果を発揮することもできないだろう。


「リーシャ、やっぱり無理してるみたいね。でも、だからって謝ることは無いんじゃない?」

「こんな、身内同士のもめ事に、なんも関係ない二人を巻き込んだんだよ? ただ『味方が欲しい』っている、我が儘な理由だけで」

「そりゃそうでしょうね。でも、それについては私も綾……リベルテも別に気にしていないわよ」

「なんで、どうして?」


 確かに全く関係のない争い事に引きずり込まれたのなら、紗雪も怒りはするだろう。

 つまり、この争いは紗雪にとっても関係ないことではない。

 たった一つだけの接点だが――――それでも介入するには十分だろう。そう紗雪は確信していた。


「友達が困ってるのなら、助けるのは当然じゃない?」

「…………え」

「そりゃ私たちは赤の他人よ。血のつながった親族でもなく、腹違いの家族でもなく、おなさい頃から遊んだ幼馴染でもなくただの『知り合い』。でも『友達』。そう、他人は他人でも親しい仲。――――だから別に、気に入った人を助けるのはなにもおかしくはないと思わない?」


 少なくとも紗雪はそうしてきた。

 気に入った人間を、最低限でも困っているであろう人間を助けてきた。

 気に入らない人間はとことん無視する、全量とはとても言えない性格ではあるが――――それでも友人に助力すると言う心だけは、人間の心だけはまだ持っている。

 だから紗雪はリーシャに協力することに一切の抵抗をしない。

 それが正しいことであると自分で決めているため。

 綾とはまた違うベクトルだろうが、それでもその心はどれも『友を助ける』という単純な心に準じていたのだ。


「それに、親友の恋愛を成就させたいとも思ってるからね」

「えっ…………――――――!?!?」


 まるで隠し事がばれた子供の様に、リーシャは顔を赤くする。


「どっ、どどどどうしてぇ!?」

「そりゃ、リベルテの奴が私に喋ったからよ。したんでしょ、恋愛相談」


 扉の向こう側で『ドッ、ドッ、ドリラ○ド!』と聞こえたような気がしたのを無視して、紗雪は失笑混じりの苦笑で赤尾をリンゴのように赤くしたリーシャにからかうように近づいて頭を撫でる。


「まぁ、アイツに恋愛相談なんてする方がどうかしてるのよね……。なんで寄りにもよってアイツに」

「そ、そりゃ……ブランも、リースの事好きみたいだったし…………」

「――――あー、えーと…………どう答えればいいのかしら」


 紗雪自身、結城を『異性』として意識したことは殆どない。

 その原因は、紗雪が一般的な恋愛感情に興味を示さないことがあるのだろう。

 ただ本人は無自覚にアピールしているらしいが。

 例えば、一緒の部屋で寝るように誘導したり、更には隣で寝たり。


「別に、異性として見たことは無いのよね……。なんで周りにはそう認識されているのかしら」

「……もしかして、自覚、無い?」

「だから、そう思ったことは一度も無いのだけれど」

「…………もしかしたら、私よりよっぽど不器用なのかもね」

「ちょっ、なんで? 私別にそういうことに興味があるわけじゃ――――」

「じゃあ今度は私がブランの恋愛相談に乗ってあげるよ! さぁ、正直に話してね~」

「ま、まっ、だから違うって!」




 無言のまま、しかし薄気味悪い笑みを浮かべて綾斗は無人の廊下を静かに歩いて行く。

 まるで悪戯の用意が整った悪ガキのような笑みで、綾斗は笑うのを堪えてその場で急に止まる。

 そしてゆっくりと振り返り、自分以外誰も見えないはずなのに何かが見えているように一点に視線を集中する。


「出てきていいんじゃないか?」


 短い一言が綾斗の口から出る。

 返事は無く――――ただ何もなかった空間に突如執事服を着た者が現れる。

 リーシャの世話係を自称している、エウロス・カイム・エヴェリントス。彼はただ無言で殺気化籠った視線を綾斗に向けたまま、腰の細剣を抜く。


「何やら汚い鼠が嗅ぎまわっていると思いましたが、貴方でしたか」

「鼠とは失礼な。まぁ、間違っちゃいないがな。……んで、俺を尾行していた理由は、これか?」


 綾斗がスーツの内ポケットから一冊の革製手帳を取り出す。

 表紙には何も書いておらず、ただの手帳かと傍目ではそう思われる。

 だが違う。

 確かにただのメモ帳ではあるが――――中身は想像を絶する物であった。

 ただの手帳でも、見てはいけない内容を書き記していた『魔導書』とでも呼べてしまうような代物だったのである。


「……それをどこで?」

「何処でも何も、船長の個人部屋でだよ。ちっと怪しいと思って、軽く忍び込んで調べてみたら……案の定真っ黒だ」

「窃盗ですか。やはり無理をしてでもあなたを招くことはしなければよかった」

「その様子じゃお前、これの存在を容認してるってことだろ。――――どの口が言ってんだ屑が」


 今までのふざけた態度から一変し――――綾斗はまるで殺気立った結城と同質の空気を醸し出す。

 近づいただけで逃げおおせたくなるような、不気味で凶悪で嫌悪感を抱くことさえ自然と思えるそれ。エウロスは自然と顔を顰める。


「『完全理想郷計画ユートピアプロジェクト・アルヴヘイム』――――テメェら本気でこいつを実行するつもりかよ」


 その問いにエウロスは答えない。

 答えてはならない。

 国家の最重要機密をそう簡単に喋る輩が何処にいると言うのだ。


「どうなんだよ。おい…………腹違いの兄が人間だったせいで虐められたことがそんなにご不満か?」

「ッ――――貴様それをどこでッ!!!」

「情報収集は大得意なんでな。ちょいと経歴を盗み見させてもらった。……それで、なんだよ。お前ら、本気で『完全理想郷計画ユートピアプロジェクト・アルヴヘイム』や『王族輪廻転生計画ロードブラッド・リヴァイヴ・ライヴ』なんて下らんモン実行するために――――あいつを、リーシャを呼び寄せたってのか?」


 この声は紛れもなく怒気を孕んでいた。

 友人を、下らない計画に利用されるという事実を突きつけられて、流石に綾斗も黙って見ているわけにはいかないのだろう。事実――――これは絶対に見逃してはいけない物でもあった。

 だがどこかで綾斗は「やはりな」とも思っていた。


「最初から怪しいとは思っていた。なぜ今、突然リーシャを連れ戻しに来たのかな。どうでもいいことに、敵対心を持つ種族に関しては敏感なお前らの事だ、『帝国残滓エンパイアリービング』の事もどうせ把握済みだったんだろ。……で、問題は、なんで襲撃が行われる前に連れ戻しに来なかった、ってとこだ。……――――斬り捨てようとしたな、混血ハーフっていう理由だけでッ!!!!」


 確かな敵意を込めて、綾斗は強く床を踏みつける。

 完全に頭に血が上っていた。判断力はまだ冷静ながらも、これだけは譲れなかった。


「幼少のころから閉じ込めておいて、小さな我が儘も受け入れず、少し成長して家出したら今度は放置。挙句の果てには間引きだと? ざっけてんのかテメェら……!! あいつを、リーシャを何だと思っている。生きているんだぞ……混血ハーフっていう理由だけでテメェらはあいつを見殺しにしようとしていたのか? 運良く生き残って、都合がいいから回収して今度は生贄扱い? ――――ふざけるなよ塵どもがァッ!! 何が『人間風情』だとんがり耳どもがッ!! 自分の種族がそんなに大好きか? 他の種族はどうでもいいっていうのかよ!! どっちが塵だこの糞野郎ども、結局どっちも糞溜めじゃねぇかよオイ!!」


 まるで我を忘れたように綾斗は感情を吐き続ける。

 散々利用された挙句に切り捨てられた彼だからこそ、リーシャの今の境遇には思うところがあるからか。

 努力したにもかかわらず最後に何も言われず捨てられる苦しみが誰よりも理解できる彼だからこそ、ここでエウロスに罵詈雑言を吐きかけることができたのだろう。


「何が高貴な種族だ……! どっちも変わんねぇよ、差別主義者の屑が」

「――――手帳を返してもらいます」

「――――質問に答える気はないってか。ハッ、ホントよくできた屑野郎だ」


 綾とは手帳を放り投げ、取り出したナイフを投擲し命中させる。

 直後爆発。刺さっていたナイフに仕込まれていた高性能爆薬により、手帳は一片残らず燃え尽きる。


「…………どういうつもりです」

「テメェら屑ども全員死ねってことだよ……っ」


 綾斗は徐に踵を返し、廊下を進む。

 エウロスは追いかけてこなかった。例えそうしたとしても、もう意味が無いだろうと言うことを悟ったのだろう。下手な尾行では綾斗相手では即座に気付かれてしまうのが落ちだ。

 絶えず溢れ出る怒りを修めながら、綾斗は足早にこの場を立ち去る。

 妖精王国アルヴヘイムの機密計画への対抗策を練るために。


「絶対にこんな糞みたいな計画潰してやる……!」


 まるで親の仇にでも向けているような濃い憎悪がこもった言葉を、綾斗は人知れずに口にした。




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