第六十七話・『選択を間違えたのだろうか』
早朝。
荷物をまとめて直ぐに俺たちは町を出た。
ルージュからの連絡により、もう町にいる意味は消えたと言っていい。この瞬間を何度待ち焦がれたことか。
幸い町の奴らも俺たちに関わる気はなさそうで、案外あっさりと出ることができた。
昨日暴れたのがそこそこ効果を出したのだろう。誰だって敵意を向けないライオンに襲い掛かって返り討ちに遭いたいとは思わないだろう。
町を出て徒歩三十分ほどで屋敷の近くにまでたどり着く。昨日よりは、なんだか空気がサッパリしていた。十中八九リザかルージュが『処理』したのだろう。気が利く。
「スカーフェイス。ちゃんとその二人の世話しろよ」
「……は?」
「いや、子守りは任せると言っただけだ」
後ろのスカーフェイスに命令を飛ばして、後ろを確認しないまま一人で前に出る。
屋敷を囲んでいる囲いは良い色合いの赤レンガであった。高級素材、とまではいかなくても職人が一つ一つ作り上げたものだとわかる。それに正門はかなり硬質な黒鋼――――炭素を大量に含んだこの世界特有の合金――――を製錬したものであり、雑魚の腕力ではびくともしないだろう。半端な熱で溶かすこともできない。
防御は、しっかりしている。
ただ、格上相手を想定していないのがかなりの減点対象だが。
「まぁ、いいか――――ルージュ? 準備はいいか?」
『――――これ、一人で動かすのキッツイんだけど』
「何とかしろ。こっちのお荷物三個を乗せてくれれば後はこちらで片づける」
『……やってはみるわよ』
覇気のない返事を受け取った直ぐ後に、飛行船らしき物が一隻浮かび上がる。船体下部に設置された緊急浮上用のブースターが火を噴き、やがては船体が青い光の膜に包まれ光は消える。
船体コアに埋め込まれた大規模な『飛行』術式だろう。ここまで巨大な物を持ち上げるにはかなりの魔力が必要らしいが、そこは魔力生成エンジンという代物で何とかしているらしい。
ある意味魔法と科学の産物とも言えなくもないか。
飛行船はゆっくりとした動きでこちらの上空にたどり着き、少しだけ船体が下降する。そして船体横の貨物搬入出用ハッチが降りて、地面に触れるかどうかの高さまで降りると、入船の入り口が出来上がった。割かなので少々上りにくいだろうが、贅沢は罪だと言うだろう。
『さっさと入れなさい。これ結構きついのよ』
「ちなみにどうやって浮かばせてんだ?」
『知らないわよ! マニュアル読みながら操作するのも限界だから早く代わって! てちょっ、リザ煩い! あっち行ってなさい!!』
「あー……わかったよ。ほら、三人ともさっさと乗れ」
半ば押し込むように三人を上げる。スカーフェイスは何か不満げだったが、文句は後で聞こう。
ウォーミングアップついでの花火大会だ。
盛大に尻を蹴ってやろう。
「褒美は地獄への片道切符だがな」
ここしばらく腕が訛り気味だから、ちょうどよかった。遠慮せずに全力をぶつけられる案山子が沢山だ。
悪い方で世話になった町の奴らへの褒美の代わりだ。
快く受け取ってもらおう。強制的にだが――――まぁ、貿易制限が帳消しになるんだから良いだろう。
無言で集中し、右手に魔力を集約させる。黒い右手の血管が浮き、沸騰するように蠢きながら爆発的な力を手の内に凝縮させていく。同時に左手を前方の地面に翳し、地表を隆起させる。
右手を紅蓮の炎が包み、左手は地中で生成された三メートル近い『柄』握る。左腕を全力で振り上げると、地面の中に隠れていた十五メートル近い大刀と呼べる代物が地面を割りながら姿を現した。
すると向こうがなんだか騒がしくなる。いや、こんなのを見たらそりゃ騒ぐか。
関係ないが。
「『紅蓮の魂揺ら揺らと揺れ暗き人の踏む大地照らし出し』」
仲間の乗った飛行船がかなり離れて行ったのを横目で確認し、呪文を宣言しながら右手の炎を左手で握る大刀に叩き込む。
「『其の魂の炎深き大地に眠りし鋼を鍛え上げる姿神見たり』」
大刀に叩き込んだ炎は内部を食い貪るように暴れ、構成していたであろう金属を変質させていく。
地中深くに眠る貴金属を無理やり掘り起こして圧縮した大刀。見境なく集めて凝縮したために多種類の金属が混じり合っている。が、それ故に鍛え上げれば強力。
超高熱で熱せられた貴金属の大刀は融合と変質を繰り返し、やがては炎を放つ『魔大刀』とも評せる何かへと変貌する。魔法の力で限界まで強化しているためかもはや『大刀』としての役目はどこかに捨ててきている。
それにこれは斬るための大刀ではない。
「『神なる者己の炎を貸したり』」
これは溶かし尽すための大刀だ。
「『炙られる一振りの大刀やいと美しい紅蓮の輝き見せたり』」
大刀の柄を両手で握り、大上段に構える。
「『其の光何物をも焼き熔かす畏怖されし神の力なりや人の手に余る如き灼熱の神刀』」
雇われの傭兵らしきものが何人も姿を見せたが――――もう遅い。
こちらの準備はすでに完了していた。
全員を『抹消』する準備が。
「『人の子よ――――焔の威光を思い出せ』」
一歩だけ踏み出し――――超高速の大上段振り下ろしが繰り出された。
「『焔神之剣・火之迦具土神之神威』」
俺が入院していた間に生み出して研究の産物。『火』と『土』の合成技術。
大刀が振り下ろされると、直線上に居たすべての物質が解けるほどの熱波が放たれた。
触れた地面は当然、帯状に放たれた業火に触れた物は例外なく溶解し蒸発する。副次的に発生した熱も摂氏一万度を軽く超えると言う異常を叩き出し、周囲にいた生物は全て炭化。地面が割かれ、周りにあった地面も熱により溶け始める。
人間の所業ではないそれを起こした当人、俺はそれを見て薬と微笑する。
「何も残さねぇよ……!」
もう一度大刀を握り直し、今度は中腰に構える。
意思に応えて大刀を包んでいた炎がより一層強い物へと変化する。擦れただけで空気がプラズマ化を開始し、周囲に花火が無数に散る。
思わず顔をにやけてしまう。
「ああ、これだよ。これを望んでいたんだよ」
何もかもを壊し尽す圧倒的な力。
理不尽を理不尽でねじ伏せられる、そんな力を。
「あ、っは」
薙ぎ払う。
大熱波がそれに続く様に地面を薙ぎ、周囲一帯を溶かす。液状化し飛び散った溶岩は無事な植物や木々に触れ徐々にその火を広げ始める。しかしさすがにそれは困るので、手を軽く払って発生した火をすべて消化する。
結果は上々。効果は十二分すぎるものだった。
「あははははははははははっ!! あっはっはっはははははははははははは!!」
嬉しかった。
どれほど、どれほどこんな力を手に入れる時を待っていたことか。
これさえあれば――――いや、
「もっとだ」
果て無き力への欲望が漏れ出す。
そうだ、まだ足りない。
己の身を襲う世界の不条理を叩き潰すためには、これ以上の力が必要だ。
世界を滅ぼせるほどの力を。
「…………残っているのは、水を除けば風、光、闇、月、太陽だったか。二つだけでこれなんだから、全部集めたら一体どうなるんだろうな」
それこそ、世界を滅ぼせるのではないか。
我ながら幼稚な事を思ったと自覚するが、それでも笑みは止まらない。
「……行くか」
とにかく今は、自分の為すべきことをやろう。
まだ、それを行うときではないのだから。
俺は一旦心を落ち着かせ、久しぶりに背中に炎の翼を生成して空に飛び上がった。
――――――
それだけ暴れて早一時間。
冷たい汗をだらだらと流しながら、俺は船長席の周囲に展開された単独精密操縦用演算装置に何万もの数字を叩き込んでいた。いや、何万で済ませられる程度の物ではなかった。
何せ人工知能もクソも無い、制御用AIも存在しないこの船。ではなんで数字など入力しているのか。
簡単だ。これはただのワープロと言っていい。いや、メモ。周囲の気流や気候状況、更には燃料の残量や船内気圧、目的地の環境、軌道計算、エンジン出力調整、ブースター方向調節、万が一のためのトラブル対策などなど――――ほぼあらゆる情報をかき集め様々な状況を数字に変換して、計算しているのである。
操縦自体はそんなに難しくはない。何せ操縦桿を握り推進装置出力調整のレバーを押したり引いたりするだけだ。だが、話はそう簡単には収まらない。
確かにゲームなどなら物理法則なども糞喰らえなので特に気にする必要はないだろう。普通の飛行機でも飛ばすだけならば免許を取った者なら誰にでもできる。俺も戦闘機ぐらいは操縦可能だ。
だが――――仮にもこの飛行船、俺達の世界での『飛行船』とは形状が全く異なる。要するにファンタジーで海賊が乗っているような船にロケット付けて飛ばしているような代物。空気抵抗など有る筈も無く、また付与される魔法である『飛行』も重量軽減の効果しか望めない。より高度な魔法ならそれ単体で飛べるだろうが、ここにはない。無い物ねだりをしても仕方ないだろう。
それに俺とリーシャが乗った豪華客船、十六基もの魔力生成エンジンを束ねた超大型エンジンを八つも使っていた代物だったそうだ。確かにあれだけ巨大な物を浮かすのにはそれぐらい必要だろう。だがどうあがいてもこの世界の飛行船は三人ないし多数で運用する者だ。単独で運用できるのは二人乗りの簡易飛行船程度。このような貨物用飛行船は一人で運用するには手に余ると言う者だった。
そして何よりの問題。
なぜ俺が一人で操縦しているのだ、という疑問だが――――
『ぐぅ~…………すぅ~………んむ』
『探検、探検……リースのところに行っちゃだめ?』
『忙しいんだから放っておいてあげなさい。さ、私と散歩でもしましょ』
『なんで俺はなんで俺はこんな、こんな…………』
『ァあ~……う、あぁ~』
『だぁぁぁぁあああありぃぃぃいいいいいいいん!!! 開けてぇぇぇぇぇぇええ!! その股間についてる極太ソーセージを私の下で○○○○――――――――!!!!』
アウローラとルージュと獣人の少女以外全員死ね。
そんな本音が漏れる一歩手前の状態を、一時間も続けている。
良識人であるスカーフェイスは現在就寝中。いや、旅の疲れもあるだろうし昨日はまともな環境で寝れなかったからある意味妥当だし、俺にとってもまだ許容範囲だ。許せる。だが少しぐらい遠慮して助けるそぶりぐらい見せていいんじゃないかな。せめて操縦室のドアの向こうで絶叫しながら放送禁止単語叫んでいるアホを抑えるぐらいしておけよ。なんだよ極太ソーセージって。勃たねぇって言ってんだろうが。素の状態でも八センチ前後だっつーに。
それに元奴隷二人組は部屋に閉じこもって何かしていた。灰髪の方は意味不明な独り言を延々と続けているし、獣人の少女は呻き声を上げながら自分の相棒(仮)にじゃれついている。ほほえましく思えばいいのかこれは。
アウローラとルージュについては特になし。あえて言うなら抱き枕にしたいです。心身セラピーって意味で。
「……あああああ糞がッ!!!」
自分でも感情の発起を抑えられなくなる。
重度なるストレスの影響か、それとも――――仲間の死をという経験を経て、感情のストッパーが外れやすくなったからか。
どちらにしろ理性で頭を掻き毟る行為を止めることは不可能になっていた。
爪が肉を裂き、抉り、血を噴き出させるまで頭をひたすら掻き毟る。
「無駄、無駄、無駄!! なんだこのシステムは、欠陥だらけじゃねぇかッ!! こんなもん一人で操縦しろっている方が無理難題だろクソがッ!! あーもう、くそぉぉぉっ!!」
操縦桿が設置されているデスクを蹴り飛ばした頃には、少しだけ冷静さを取り戻していた。
「あぁ、畜生……疲れてるのかな」
泣きそうな声で、人知れず呟く。
確かにこの頃色々考え込み過ぎて、頭が痛かった覚えがある。しかしそれは助けられなかったセリアと姉を見殺しにしてしまったファールの妹への罪悪感から主に来ていたものだった。
それだけならば耐えていただろう。いや、耐えられなければ途中で放り出していた。
だが、今は他の奴らを死なせてはならないという呪いにも近い使命感と、残してきた仲間たちへの心配で精神が押しつぶされそうになっている。
正直このままでは数日持たずに軽い精神疾患状態になるのは目に見えている。
どうにか心を誤魔化せる何かが無ければ。
「……抱くか?」
真っ先に思い付くのは性的行為によるストレスの発散。相手は流石にリザに限られるが、それもアリと言えばアリである。……だが問題は俺自身にある。
何せED一歩手前の精神状態だ。別にそういう経験が無いわけでもないが、本番などやったことも無いし、というかここ最近勃起した記憶すらない。紗雪によれば寝ているときはちゃんと機能しているらしいが、慰めの言葉という可能性もある。
今後そう言った行為が必要になるかもしれないし、練習しておくのもいいだろう。幸か不幸か相手はヤる気満々のようだし。
だが、これはできれば最後の手段にした。
肉体関係を持っている状態で男女関係の厄介事を持ち込まれたら昼ドラ撮影でもするかのような空気に陥ってしまう。面倒事を避けたいならば、これは切り札でいいだろう。
「……バイオレンス、いっつぁぐっどあいでぃぃぃ…………あー」
暴力行為による発散。
だがどこに向ける。仲間など論外、この飛行船にしても壊して飛べなくなったら海上不時着待ったなしだ。つまり、不可能――――ではないが。
先程から高速航行している飛行船の周囲を飛び回っているキマイラバード(推定レベル88)の群れに対して振るうのもいい。だが、そうなったら誰が操縦する。
そんなことを延々と考えていると激しい頭痛がする。無意識に頭をデスクに打ち付け、気づいた時にはデスクは血だらけになっていた。
かなり深刻だった。
「優理ぃぃぃぃ……………ぁぁぁぁあああああ、優里ぃぃぃぃぃぃ…………声だけでもいいから、聞かせてくれ……お兄ちゃん、死ぬ」
そんな甘えるような言葉が無意識のうちに外に出てしまう。
そう、この状況を一発で打破できる最強のワイルドカード、椎奈優理改め志乃七優理。恐らく俺の抱えたストレスを一気にゼロにし幸福度をカンストさせられる最高にして最強のメンタルセラピー。トランプで言うジョーカー。逆転勝ちを狙える、俺の保有していた至高のカードであった。
だが、消失。
唯さえ使命感と罪悪感によるストレスに良識人である『椎名結城』の精神意地さえ苦行の極地を極めていると言うのに、そんな切り札を損失。
詰みもいいところだ。
例えれば最終決戦で最強装備を紛失し初期装備に戻った感覚だろう。
「い、や、耐えろ。堪えるんだっ…………――――っお」
ふと、右腕が脈打っていることに気付く。
それを見て、自分でも訳も分からず顔をにやけてしまう。
「ああ、そうだ。これがあったな――――――アッハハハッハッハ!!!! アッヒャヒャハハハハハ!!!」
自分の声は思えないほど奇怪な笑い声が船長室に響き渡る。
『……ダーリン?』
だが返事は返さない。
リザの言葉など、すでに聞こえなくなっていた。
「『侵セ、犯セ、冒セ。黒キ堕液、器ニ満チシ負ノ根源。厄ヨ、海ヲ汚セ、大地ヲ穢セ、蒼穹ヲ壊セ』」
デスクを黒い腕で叩く。
叩いた場所が黒く染まると――――瞬間でそれは室内全てに広がった。
リザの悲鳴らしき声が聞こえるが、心配はない。生物はすでに対象外にしてある。
さて、好きにやらせてもらうか。
「『残り少ない時間でどれほど足掻けるのか、楽しみに待っているよ。ユウキ』」
ああ、くそ。
選択、間違えちまった。
――――――
「はっ!!!」
「え?」
「今、誰かが、呼んだような……」
「いや、気のせいじゃないっすか? 流石に暗殺中に『誰かが呼んだ』なんて洒落になんねぇんっすけど」
豪華に彩られた一室、きっと集会場でもかなりの地位を持つであろう者のプライベートルーム内。
そんな場所の真ん中で、優理は困ったような顔で、頭蓋骨を粉々にされている死体の首を掴みながら苦笑する。
彼女自身、半分気のせいだと思っているのだ。流石にこの状況で『兄が自分の名前を呼んだ』などと、あり得ないだろう。そもそも兄はこの世界にいないのだから、そんな道理はない。
半ばあきらめたように優理は暗殺を終えた者の死体を手放す。
「しかし、何というか……素手で頭蓋骨を握りつぶす方法を使う暗殺者なんて初めて見たっすよ」
もはや出る言葉も無い、と言った感じでカール・ナーハフォルガーが呻いていた。
別に暗殺者たる者静かに殺せ、などと説教する気はない。方法自体はさほど問題ではないし、暗殺者にとっては『殺した』という結果さえ持ち帰れば後はどうとでもなる。
それでも『頭蓋骨を素手で砕く』というのは、流石に暗殺者としてはどうだろうと言う疑問が浮かぶのは必然だと言える。この行為自体行える者がいないわけでもないし、少ないわけでもないのだが、少なくとも暗殺に使う技ではない。やっていたとしても見せしめ用の死体を作るときぐらいだろう。
しかし今回は違う。
誰にも気づかせずに、不正な取引を行っていた商人百三十人の暗殺するという依頼であり、見せしめ用の死体を作る必要は皆無と言っていい。
依頼人から殺害方法を自由にしていいとは言われているものの、これは、あまりにも酷過ぎる。
「せめて、人間の形を保ったまま逝かせる気はないのですかい……」
「死んだら皆同じだよ。タンパク質の塊。……いや、それは生きている生物もだね。死体の欠損なんて、些細な違いだと思うけど」
「死んだ奴にも、それなりに慈悲をかけてあげてください。って言ってるんですが」
「……なんで?」
駄目だこりゃ、とカールは頭を抱える。
価値観が違いすぎて話がまともに通じない。例えカールが『同じ人なら人らしく葬れ』と言っても、優里は『必要性が見当たらない』というだろう。つまり、典型的――――とは言い難いが、明らかに精神に異常をきたしている者だ。しかし優理の場合はそれが彼女にとっての『普通』という事だ。個人個人の認識の違いで『普通』という概念自体が転がり続ける以上、カールにそれを責め立てる資格は無いし文句を言う筋合いも無い。
それにカールと優理の関係もただの『仕事のパートナー』程度なのだ。自分の仕事を手伝い合う関係で相手の手口にとやかく言うのはトラブル発生の原因の一つでもあることは、カールも重々理解している。
最も、一番の原因はカールの人間性が暗殺者に向いていないという事なのだが。
実質今回の依頼でカールが殺害したのはたったの十五名前後。後は全て優理が殺害している。護衛含めれば優理が殺した人間の数は三百程度では済まされない数だろう。
以来の関係上護衛も一緒に葬らなければいけない。だがカールはそれを躊躇した。その結果殆どの者を優理に殺させることになってしまった。
それならば、カールに優理を責める資格がないのは道理でもある。
それで大量虐殺が許されるかと言えば、それはまた違う話になっていくのだが。それは優理が暗殺者という仕事についている以上避けられない問題なのだろうが。
「さてっと、これでここ一ヶ月分の仕事は終わったね」
「ええ。あとはもう依頼主から報酬をもらって帰るだけっす。死体の処理は――――ま、あっちが適当に処分してくれるでしょうから、心配はいりませんね」
「……そういや依頼主って誰だっけ」
「ああ、会っていませんでしたっけ」
優理の役割は、どちらかというと『実行部隊』に近い。交渉や密談などは、彼女の特性――――魔法が使えないという体質上かなり不利になってしまうのだ。相手から幻覚魔法などの類のものを掛けられれば冗談抜きで不味いことになるし、こちらの隠していることや貴重な情報の漏洩を防ぐことは難しい。
本人自体の魔法抵抗力は測定不能の領域なので、幻覚魔法や虚偽情報を刷り込ませる精神操作魔法などは特に心配ないのだが、とにかく交渉自体は慣れているカールに一任させてもらったのである。
だから優理は依頼主に会わず、ただ言われたことだけを遂行した。
「ランゲルト・マイヤーズ。僕たちが今処分した商人集団の被害に遭ったやつで、かなりの額を奪われたそうで。で、被害者をかき集めて報酬を用意して俺らみたいな汚れ仕事専門の奴らを雇ったそうです」
「ふーん……報酬って、いくら?」
「金貨にして大体三千枚。これでも騙し取られた額の十分の一程度だそうで、俺達とは別に動いている別動隊が回収した商人集団の資産倉庫から回収したモンを本来払う報酬に上乗せして譲ってくれるそうです」
「大丈夫なの、それ」
「ま、楽な仕事に比べて大盤振る舞いな報酬っすよ。いいじゃないですかね」
「いや、そうじゃなくて」
優理が何かを察したような顔でカールに問い詰めてくる。その真意がわからず少々困惑するカールだったが、次に飛び出した優理の言葉で青ざめて硬直してしまう。
「……流石に報酬が多すぎるよ、今回の仕事。これは、私の兄から言われた言葉なんだけど――――『甘い言葉を使い奴は碌でもない奴だ。特に人に何かを頼むとき大金を積み上げる奴は他人の利益など考慮していない自分の利益しか求めない愚図だ』……って」
「い、いや……流石に、考え過ぎ……いや、ちょっと待て」
カールは考えを巡らせる。
よく考えてみれば、可笑しい点がいくつかある。
何故『回収班』などという別動隊を用意した。奪われた資産を回収するならこちらに同時に依頼した方が雇うべき人数も少なくて済んだはずだ。しかもこちらは第三級暗殺者と第二級暗殺者。手練れであり、今まで十分な成果を上げてきたならば裏切る可能性も少ないはずだ。大金の回収と言えど一人や二人で回収できる量には限界があるし、少なくとも今回支払われる報酬よりは確実に少ないはずだ。一人で金貨千枚など持ってみろ。重さはともかく目立ちすぎて捕まるのは目に見えている。
ならば何故別動隊を雇った。
それにわざわざ商人たちの『殺害』を命じた意図。資金回収だけならば盗むだけで済む。報復ならば社会的に殺せばいい。――――なら何故殺しを命じた。
そう考えると、嫌な予感がカールの脳裏を過る。
「――――まさか!!」
ほぼ確定であろう結論に達したカールは思わずそう叫ぶ。同時に――――部屋の窓や扉から最新鋭の銃器で武装した集団が銃口を向けながら踏み込んできた。
「――――身代わりをやらせるつもりかァッ!!!!」
激怒しながらカールは腰の小太刀を抜き放ち、一番近くに立っていた者の首をヘルメットとボディーアーマーの隙間を縫って斬り飛ばす。優理もまた正面から集団の一角に拳を叩き込み一瞬にして数人を空を舞わせる。
(油断していた……!! クソッ、早く気付いていれば!!)
後悔を胸にカールは何人もの人間の首を斬り飛ばしていく。
報酬に吊られてみればこの様だった。暗殺者の地位や立場を地に落とすための巧妙な作戦。『不意打ちで金品目当てに商人二百名を虐殺』などと言う記事が立ってみれば暗殺者の立場は丸つぶれ。最悪『ニア』が探索者たちの討伐対象にされかねない。
つまりこれは敵組織――――暗殺者という存在自体を快く思っていない人間たちが仕込んだシナリオ発動機。
まんまとそれにかかってしまった気分の未熟さを恨む。
「ユーリ、今すぐ脱出を――――」
「あー、とりあえず、カール、頭を護っていてね」
「って、は!?」
優理はカールにそう警告し、飛びついてきた敵を蹴り飛ばし爆発四散させながら右手で握りこぶしを作る。何かをやるつもりなのだろうが、何をどうやったら『頭を護れ』という警告を言うのかカールにはわからなかった。
「天震――――地脈崩」
優理が右拳を床に振り下ろす。
その速度は尋常なものではなく、成長したカールであっても完全に見切れないほどの早さだった。
拳が床に触れた途端、建物全体が、いや、地表が震えた。まるで地震の様に大きく震え、その動きは短断激しい物へと変わっていく。殆どの者はまともに立つこともできず、また耐震補強もまともに施されていない石造りの建築物などもまるで根元を崩したジェンガの様に崩れていく。
「転換――――地表崩落」
止めとばかりに優理は右拳を床に付けたまま一回転させる。
瞬間大量の爆薬が一気に爆発したような音が、真下から大きく響きわたる。何が起こったのか、恐らく優理以外に理解できるものはいなかっただろう。
当然だ。理解する前に、地面が崩落したのだから。
何もかもが無かったはずの、地下空間に、虚空に呑まれていく。地面に罅が入り地下にできた巨大な空洞に墜ちていく。まるで脆いジオラマの底を引っ張ったように、冗談の様に何もかもが。
「うわぁぁああああああああああああああああああああっ!?!?」
カールは何が起こったのか理解することは不可能と断定し、優里に言われた通り頭を押さえ体を丸める。
そしていつか体のどこからか強い衝撃は――――来なかった。
代わりに何かに抱きかかえられたような感覚。恐怖を振り払い瞼を開けると、カールの目の前には優理の顔があった。
「……へ?」
「ごめんなさいカールさん。ちょっと、面倒だったもので」
「な、なにを?」
疑問を伴う質問しかできなかった。
というよりお姫様抱っこされている自分に対して何を思えばいいのやら。
優理は何度か落ちてくる瓦礫を足場代わりにして跳躍し、生み出された空洞の縁部分に到着する。いや、崩落を起こさなかった部分と言った方が正しいか。
カールは優理に降ろされながら、惨状を見る。自分たちを襲おうとして待機していた何十人もの完全武装集団が無ざまにも抵抗もできず落ちていくのが見える。
幻覚でも見ているのかと我が目を疑ってしまう。
「元の世界では、最大でも半径二十メートルが限界だったのに……この世界の地脈は随分と大きいんですね。まさか半径二キロを奈落に変えるとは」
「ユーリ、一体何を、したんっすか?」
「地脈に拳を叩き込んで、ちょっと力を逆流させて暴走させただけですよ。後は暴走した力に指向性を付けて真下で爆発させれば、ほら」
優理は笑顔で、夜のせいか底が見えないほど深い空洞を指さす。推定でも深さは二百メートルは越えている。
ふざけるなとカールは呟く。
前述した通り、優理は魔法が使えない。原因は不明だが、才能が無い者でも使えるはずの初心者の基礎の基礎用魔法でも、呪文を唱えても、術式や方陣を書き込んだ巻物でも発動できなかったのだ。
文字通り魔法適正が『ゼロ』だった。
だから――――これは『魔法』により引き起こされたものではない。ただの技術で引き起こされた事象だ。
魔法を使わずに、大魔法でもできるかどうかの現象を、あっさりと。
「嘘だろ……」
局地的な地震に加えて地脈操作、およびエネルギーを人力で操作できる技術。
身体能力が出鱈目なだけならまだ理解できた。そういった『才能』を持って生まれたのだろうという事は、ギリギリ許容できた。
だが――――これは、あまりにも酷過ぎる。
神は二物を与えずと言うが、どう見ても二物程度で済まされるものではなかった。
「ユーリ、君は一体……」
「ほら、さっさと依頼人絞めに行きましょう」
自分の疑問など耳にも入れず、早々と歩き出した優理の背中をカールは無言で見つめる。
見た目は、ただの少女だ。
中身は、ただの狂った人間だ。
カールはそう思っていた。しかし、違った。
「魔人、なのか。本当に」
誰もいない、味方だと断言できる存在がいない中で、カールは不安げにそう呟いてしまう。
数秒悩みカールは唇を噛み、痛みで気を紛らわしながら優理の後ろを着いて行く。
きっと、彼女が味方で居続けてくれるだろうという儚い気休めの希望を、心の奥深くで思いながら。
次回投稿予定・十月三十一日十七時。




