第六十五話・『第二種異邦人』
この世界に来て、一体何日経過したのだろうか。
何も考えない時には、ふとそんなことが脳裏に浮かんでくる。確かに、それはこの身にとっては重要であり、重要でないことだ。知っていようがいまいが、何かが変わるわけでは無いのだから。
しかしどうしてもそんな考えは振り払えない。
ここに来てから、およそ十年か十一年経っただろうか。自分の時間間隔がまだ正常ならば、それほど月日は経っただろう。この肉体も、それ相応に成長はしている。
まず初めに思い返したのは、嬰児になっていた己が身体。勿論最初はまともに考えることなどできやしなかった。この感覚は何だ。異様な肌寒さと体に合わない服を着せられて無理やり動かされているような違和感に、俺は――――いや、この体では私と言った方が正しいのか。とにかく、そんな違和感に自分は反射的に悲鳴を上げた。だが聞こえたのは自分の物であるはずなのに聞き覚えが無い赤子の鳴き声。それに対し、その時の俺は何をどう思ったのか、いまだに理解していない。
少なくとも経験した中で一番混乱していたのは確信して言える。
目を開けるとまるで太陽を間近で見るようなまぶしさ。そして知覚した瞬間に全身を包んでくる小さい痛みと異常なほどの倦怠感。言ってしまえば理解の外の現象が立て続けに起こり過ぎたせいで、それすら超常現象と認識してしまった俺は、言葉を失った。だが鳴くことは止められなかった。
何だこれは。一体何が起こっている。そう思った矢先にそれなりに年老いた女性が視界に入る。しや、女性だったのかも今は覚えていない。恐らくそうであったのだろうという事しか覚えていない。記憶が混雑し、その時の記憶はぼやけ過ぎていたのだから。例えれば、白く濁ったガラス越しに物を見るような感覚。視覚が上手く機能していないせいで、記憶しているのもそんな曖昧な情報だけだ。
それから大体二、三年経ってようやく物事をはっきりと理解し始めることができた。幼児の脳では、複雑な思考などできもしなかったのだろう。
幼児の脳。そう認識した直後自分は何を言っているのだろうと思った。無意識に理解した事実を理性が拒否していたのだ。
手を伸ばせば自身の短い腕が見える。
嘘だろうとその時は恐怖した。せざるを得なかった。
齢二十五歳の男性の腕が、こんなに短いわけないだろう。
何度目かの混乱を過ぎて自身の体をゆっくりと見始める。
三歳ぐらいの幼児の体。
それが全てだった。
それが真実だった。
突き付けられた現象は冗談と笑い飛ばすことのできない何か。
自分の身に何が起こっているのかもさっぱりわからない。だが少なくとも自分が三歳児では無かったのだけははっきりと覚えている。そしてなぜこんなことになっているのか理由が一切わからないことも。
何かを言おうとしたが、舌が回らない。出るのは呻き声に似た鳴き声だけだ。
次に知覚したのは、二十一世紀にまだ存在していたとは思えないほど古めかしい修道服を着た修道女。その物が俺を抱き上げて木製のスプーンを向けている光景だった。
ありえない。そんな否定する声を悲鳴交じりで叫びたかった。だが動かない。あまりのショックで物も言えなくなっている。
「はいソフィちゃん。お口開けて」
誰だそいつは。
俺はそんな名前ではない。俺の名前は――――名前、は?
思い出せなかった。
確かにあったはずの自分の名前を。両親に付けてもらったはずの名を。
その両親の名前どころか顔も思い出せずに黙っていると、修道女は相変わらず笑顔で俺にもう一度言葉を投げかけてくる。
だがそんなことは耳に入らなかった。
周りを見れば、電化製品の一つも存在しない空間。明りはあれど、見たことも無い電球の様な何かだった。電線の一つも見当たらない電球が微かに光っていた。そんな異常な光景。
そう思っていると、いつの間にか無理やり口を開けさせられる。
「好き嫌いはいけませんよ~」
流れ込んできたのは冷めたスープ。味覚は正常なのか、幸い味は認識できた。
味は玉ねぎに似ていたのは覚えている。
しかしそれがどうした。
彼女が名前を呼び、スープを食べさせたのは「ソフィ」。俺はそんな名前じゃない。じゃあどうして味が感じられる。
修道女の行動は、俺により一層混乱を引き起こすだけだった。
口が動かず、しかし叫んだ。心の中ではこの言葉しか反響していなかった。
何がどうなっている、と。
そんな現象を経験して早八年。ほとんど認識もできずに過ぎ去った日々は激烈を極めるものだった。
まず俺がいた教会はまともな生活環境さえ整えられていなかった。周りは枯れた大地。昼は強烈な日差しで地面が焼かれ、夜は極寒の地とも錯覚しそうな低温が身を包む。
つまりは砂漠地帯の様な物だった。
五歳になってようやくそれに気づいた俺がとった行動は単純。教会の中にこもる、だ。
俺の生まれた場所でもある教会は孤児院の様な役割を持っていたらしい。離れた町で募金をもらい、最低限の生活環境で身寄りのない子供を育てていく。働いていた修道女が仕事をしていてもかなりギリギリな生活だったらしい。
住んでいた子供は五人。名前も顔も今は覚えていない。いや、確か耳に狐の様な耳が生えた少女がいたのをおぼている。最初はアクセサリーだと思ったが、その予想は正面から裏切られて――――言い得て妙だが――――本物であった。そのときhあ自分は幻覚でも見ているのではないだろうかと本気で一日を無駄に浪費した。
そもそもその可能性を考慮するならなぜ自分は男では無く女なのか。潜在的な自分の性癖が目覚めたのかと予想した瞬間、その可能性はとりあえず破棄した。
六歳になってようやく認識能力が正常になり、すぐさま自分の体と顔を見つめ直した。
人形の様に整った顔。色が薄く、暗がりではほぼ正確な色彩がわからないであろう灰色の虹彩。小さく華奢で、栄養が不足していることが一目でわかる痩せ細った手足。そして小さく、六歳の子供なら確かに相応の大きさだろう身体。
――――そして、毛も何も生えていない無垢で未熟な女性の陰部。
一瞬自分が何を見ているのかわからなかった。脳が理解することを放棄したのだろう。
男でありながら女児の体になってしまった。創作物でしかお目にかかれないであろう貴重な経験をありがとう神様ファッキューと高らかに叫びたい気持であったのはまだ記憶に鮮明に残っている。
それからは転がるように人生のレールを転がる。
七歳、一年かけてこの世界の『システム』を理解した。この世界が、例えればゲームの様な物だという事を。レベル、スキル、それらの人間の能力を具体的に数値で表すと言う画期的な構造だ。関心した、かったがそれ以上になぜこんなことになってしまったんだと言う気持ちの方が強かった。――――その際に「ゲーム」とは一体何だったか、という壁にぶち当たったのは未だ頭に残っている。
八歳、教会の図鑑から食べれる草と食べれない草、薬にできる薬草と毒草などを学び取った。その時見たことも無い字が読めたのが不思議でならなかったが、それ以前に日本語に聞こえるはずなのに口の動き方が全く違うと言う事実に気付いたので考えるのをやめた。おそらく『そういうもの』だと無理に納得したのだろう。
九歳、体を鍛えるために一年かけて近くの町を利用しパルクールし始めた。理由は単純。徘徊していた『モンスター』に殺されかけたせいで、身体能力の不足に悩まされたからだ。その時は神父は助けに来てくれたから九死に一生を得たが、とりあえず世界はそんなに甘くないと言う現実をようやく理解した。なぜそんな異形の怪物が存在しているかはもう慣れたので考えなかった。
十歳になってようやく人生の転換期が訪れる。因みに包み隠さず言うと悪い意味で。
協会が強盗に襲われて大炎上。神父の修道女は皆孤児を助ける時に焼け死に、助けた孤児(俺含む)は強盗につかまりみんな仲良く奴隷市場に売り飛ばされた。それからは『最悪』と断言できるほどの生活が始まる。
具体的には肉体労働。売り飛ばされるまで荷物運びなどの労働力、憂さ晴らしのための道具扱い、食事は最低限で良くても腐って二日経ったパンが出てくる、終いには性欲処理のための便器になったりもした。俺はどうにか回避したが、孤児は俺を除き一人を残して全員散々に扱われた挙句腹が肥えた金持ちや異常性癖持ち、拷問官に売り飛ばされた。
そして一年経って現在、周りには俺と共に毒牙から逃れた孤児一人を残して子供一人いない。一年前は四十人近くいたはずだが、もう二人だけになってしまった。運がいいのか悪いのか、大陸横断までしている。
ある意味では逃げるには絶好の機会とも言えた。見張りの話ではこの大陸は『中央大陸』。俺の住んでいた『極南大陸』とは違い、自然は割と豊富らしい。
ならば逃げて生き残れる可能性は、砂漠地帯よりかはあるだろう。
そのため今日の今日まで肉体を鍛え続けたのだ。見張りを締め上げる計画はすでに立て終えている。
あとは時間を待つだけ。ここに居て売り飛ばされて汚い奴らの玩具にされるぐらいなら――――
「喜べ『欠陥品』ども。飼い主が現れたそうだ」
死刑宣告が下された。
寄りにもよってこのタイミングで。恐らく最悪に近いだろうこの瞬間に。
いやまだだ。まだ終わったわけでは無い。
自分を買ったやつをぶちのめせばまだ希望は見えてくるという物。ならば忍耐だ。ここはどうあがこうがこちらが殴り倒される未来しか見えてこない。
我慢すれば、きっと機会は訪れるはず。
――――――
舌打ちをしそうになるが自制する。
奴隷が保管されているであろう港の倉庫の地下に来て、合言葉を言って通してもらった場所は薄汚い地下空間だった。ろくに清掃もされておらず、まるで鼠が住み着くにふさわしいほど埃臭い空間。
一刻も早く出たかったが、ここでしくじればかなり不味い。今後を左右するのだから、私的な理由で未来をへし折るわけにもいかないだろう。スカーフェイスも我慢しているのだ、俺も耐えねば見せる顔が無い。
「うちは合言葉さえ知っていれば紹介人も名前も事情も聞きやしねぇ。感謝してくれよ。旦那みたいな怪しい奴を受け入れるのは、恐らく内ぐらいしかないだろうからよ」
「……本題だ。此処で獣人の奴隷を保管しているか?」
まともな生活を送ってこなかったと誰でもわかるほど手入れのされていない男の顔は油だらけで、正直言うと見るのも拒否したい気分だった。ついでに言えば与太話も聞きたくないが故、金の入った袋を素早く取り出す。
相手はそれを見て「きひひ」と嫌な笑いを漏らす。勘弁してほしい。
「確かに、後一匹いるよ。子供だがね。後、もう一人だけ人間のガキがいるが、どうだ?」
「…………値段は?」
「どっちもまだ未使用だからねぇ……一人あたり金貨五枚。二人で十枚だよ。……ああ、いけねぇ。片方は『問題あり』だから、金貨八枚だ」
一々言葉選びで俺を不快にさせるような言い方をしてくる。まさかワザとじゃないだろうなと、苛立ちを抑えるため奥歯をかみしめながら袋から指定された金額を取り出し卓上に叩き付ける。
「表面を削っても?」
「それの価値を下げたいのならば好きにしろ。……さっさと連れてこい」
「よろしい。……おい! 残り全部持ってこい。今すぐ」
近くにいた用心棒と推察していた人物は、男のいう事を聞いて奥の部屋へと入っていく。
用心棒兼従業員というところか。どちらにしろクソヤロウという事実はゆるぎない。
金貨を一つ一つしまっていく男はこちらを見て気持ち悪い笑みを浮かべる。まるで得物を定めたハイエナだ。実に気色悪い。金のためならば何でもするような人種はこれだから嫌いだ。
「所でお客さん、名前をうかがっても?」
「聞いてどうする」
「なに、お得意様になるかもしれないですし? ならだ少しの関係でも結んでいいかなと思いましてね」
先程と打って変わって丁寧口調に変わった男はニタッと、下心丸見えの笑顔を見せつけた。
恐らく『今は騒ぎを起こさない』という自制と誓約をあらかじめ自分に刻んでおかなかったら、今すぐにでもここを焼き尽くしてこの男を炭に変えていただろう。
それでも軽い頭痛に見舞われ、痛む頭を抑える。
「諦めろ。もうここに来るつもりはない」
「へぇ、じゃあどうして奴隷なんでもんを買おうとしたんだい? 肉体労働目的なら子供は選ばんだろうし、下の世話を任せるためにしてもアンタからは『そんな気』は一切感じられない。理由がわからないねぇ」
「……観察眼は優れている様だな」
「何年こんな汚れ仕事をやってきたと思っているんだい」
交渉相手を間違っただろうか。非常に厄介な相手である。
だがしかし、こいつに事情を話す理由はない。それに先ほどこいつ自身も言ったように、こちらの事情を検索しないだろう。今の言葉はおそらく俺を量るための物。
塵風情がとは口に出さずに無言を貫き通す。
「…………成程、口は重そうだね」
「アンタよりは軽いだろうよ」
嫌味を呟く。
無言で数分待つと、奥の部屋に続く扉が開き――――獣人の子供と人間の子供が体中痣だらけの姿で現れた。衣類も薄い布を荒く縫い合わせた様な奴隷衣装。そして一番目立つ首と手首にある金属の首輪と手錠。そこから鎖が伸びていて、重たそうな鉄球に繋がれている。
それを見て一瞬だけ苦い表情をする。こういう奴は、文字や写真では見たことがあるが現実で生のまま直視したことは一度も無い。日本でも麻薬や銃器が流通していたとはいえ、流石に奴隷までもが作られているわけではなかった。風浴がそれに近い物かもしれんが。
「今からこいつ等はアンタの所有物だよ旦那。細かい手続きは必要ねぇ。首輪に付いている呪符に自分の名前を書けばそれば契約完了ってわけさ。じゃ、もう用は済んだかい?」
「ああ。すぐに出て行く。……尾行はするなよ」
「わかっているよ旦那。無駄だっているのは肌でよくわかる」
一応情報漏洩を避けるために釘を刺しておく。
否定の言葉が出てきたが、正直信憑性は薄いと言っていいだろう。この町を出て行くまでは警戒レベルは上げておくことを肝に銘じる。
鉄球に繋がれて移動制限をされた少女二人をみる。
灰色の髪を小さな頭から生やした人形のような少女は、まるで両親の敵でも見るような目で俺を見つめている。目に光は無いが、なかなか意志の強そうな瞳だった。
対してその隣にいたピンク色の髪に隠れては得tあ狐の耳を持つ獣人の少女は完全に目が死んでいた。何らかの出来事がきっかけで、PTSD――――心的外傷を抱えているのだろう。対応が面倒だが、見返りはその分大きいだろう。無理に言えば、利用するにはこれ以上ないほどの適任だった。
「それじゃあ旦那、また会えることを祈っているぜ」
「二度と来るか。糞が」
捨て台詞を吐きながら、スカーフェイスに視線を送って灰髪の少女を鉄球ごと抱きかかえる。少女本人以外はそれにたいして驚きもせず、自分の仕事へと戻っていく。忌々しいほどのビジネス精神だ。スカーフェイスも俺と同じように獣人の少女を抱きかかえて、ともにこの地下空間を出る。
息苦しさはまだ纏わりついているが、先程の地下よりはマシだ。倉庫の扉を蹴って開け、海風の運ぶ塩気のある空気を肺一杯に取り込む。
「……はぁぁぁぁあああああ」
「きつかったか?」
「すまんな。どうもこういうのは、慣れない」
素の状態ならばなんとかなっただろうが、『椎名結城』としての自分ではかなりキツイ。
心理状態まで猫被るのも中々至難の業なのだ。たまには素の状態に戻っていいかもしれないな、と誰にも聞こえない音量で呟き、借りておいた格安の宿の方へと俺たちは歩き出す。
周囲にいた人間はこちらを見て驚き、何かに納得したような顔で通り去っていく。何とも不快な反応だが、無理もないのだから我慢するほかない。
何も言わずに淡々と歩いていると、抱きかかえていた少女がこちらを睨んで口を開く。
「……お……私、で……何をする、つもり」
「さぁ。自分で考えてみろ」
と、少しだけ意地悪が働いてそんなことを行ってしまう。
当然、直後になって「しまった」という後悔が襲ってきた。
「……うぅがぁっ!」
「おっと」
何を想像したのか、少女がいきなり暴れ出す。
俺の顔を形の崩れた爪で引っかいたり、首の肉を噛んだりして俺に痛みを与えようとする。だが、なんでだろうか痛くない。まぁ、五十近いレベル差があるのだから、受ける方がどうかしているのだが。
いやしかし、失敗した。
右腕と顔右半分が真っ黒な超怪しい人物が「お前の未来を考えてみろ」と言って見れば、どんな想像をするかは大体皆目見当がつく。実験材料か、はたまた拷問試験の生贄か、魔術的な触媒にでもされるのかとでも考えたのだろう。因みに俺にそっちの趣味は無い。愛でる趣味はあるが。
治療腕の力で締め上げてもよかったのだが、それではかなり危険だ。怪我をしてもどうせ後で治癒魔法をかけるので問題はないが、変に警戒心を抱かれても後々困る。それにこいつは俺の計画には本来含まれない異端分子。その場の情けと同情で購入したに過ぎない。
つまり変に反発心抱かせたら予定を滅茶苦茶にされるかもしれないのだ。要するに爆薬だ。扱いを間違えれば何もかもが吹っ飛び粉々になる。
我ながらその場の精神で動いてしまったな、と後悔する。
「『就寝』」
「っぐあ……」
魔法を唱えて指先で少女の額を叩く。
効果は十分だったのか、少女はまるで麻酔でも打ちこまれたかのようにその場で眠りこけた。暴れていた手足はようやく静かになる。
雑魚に使う予定も無い緊急用の対人用魔法だったが、まさか役に立つとは。二百ぐらい変な魔法を覚えてしまっていたが、これならば今後役に立つ機会があるかもしれない。
色々問題はあったものの、無事安宿にたどり着く。古い木造の部屋に足を踏み入れると、床の木材がかなり腐っているのかギシギシと五月蠅く鳴る。これはもう少し高い宿を使った方が良かったか。
とはいう物の、ここでも銀貨二枚ほどだ。これが安宿というならば、ヴァルハラに会った一番安い銅貨十五枚の宿はこれ以上の快適さを持っているのは確かだ。ぼったくりもいいところだが、他の宿はこれの二、三倍もの値段なのだから全くこの町も終わっているとしかいう他ない。
野宿もありだったが、流石にこの町の近くでそれを行えば寝込みを襲われるのは確実だしモンスターも何匹か徘徊している。どちらが面倒かは言うまでもない。
ここにいるやつが雑魚で助かった。
「スカーフェイス。首輪を外せる方法は?」
「えーと……確か専門の店に行って金を払えば――――」
「よし、わかった。『起床』」
「――っぷはぁ!?」
魔法による突然の気付けに体が拒否反応を起こしたのか、寝ていた少女は咳き込みながら苦しそうに起き上がる。これは申し訳ないことをしたなと内心謝りながら無理やり立たせる。
傍から見たら外道その物だろうな、と下らないことを頭のよそで考えながら獣人の少女の隣に灰髪の少女を立たせた。灰髪の少女は不満、というより憎悪の視線をこちらに向けて来るので、何とも発言がしにくい。別に危害を加えたつもりは一切ない。むしろこっちが引っかかれたり噛まれたりしたのだが。効果は無かったけど。
「……ロリコンが」
「ロリっ――――違うわ!?」
灰髪の少女からいきなりドギツイ言葉を貰う。
こいつを買ったのは失敗だったかな。何というか、子供のくせに妙に大人びてやがる。
奴隷を経験して、悪い方向に急成長したのだろうか。ある意味妥当であり、世界の闇の被害者とも呼べなくないが、なんでだろうかこいつは生まれた時からこんな感じであるのだろう、と本能がささやいている。
ある意味同種同族であるか。歪んだ方向はこちらの方が酷いが。少女が歪んだ電車のレールだと言うなら俺は百八十度の曲がった『レールとも呼べない何か』だろうし。
「ジッとしていろ。変に動いたら死ぬぞ」
「え――――」
返事を待たずに劣化ウーツ鋼の長剣を異空間から引っ張り出しそのまま振りぬく。振り切った瞬間手首を回転させて斬り上げ。最後に少女らの手首に向けて二閃。この動作を大体一秒で済ませ、長剣を異空間に戻し近くに置いてあったボロイ木の椅子に腰を落とす。
直後、少女らを縛っていた金属製の拘束具は全て切り落とされる。文字通り、全てだ。
何が起こったか理解していない灰髪の少女は目をぱちくりさせるが、隣の獣人の少女は一切リアクションを起こさない。
これはかなり重症らしい。
「まだ終わっていない。動くな。……回復魔法は魔力制御が苦手なんだよな、ったく――――『完全回復』」
上位回復魔法を行使し、二人の痣だらけの体を癒す。
これを覚えるのに一体どれだけの練習をしたか。入院中に練習したものなのだから、あまり発動確立は高い物と言えなかったが、今回はどうやら問題なく使用できたらしい。
証拠に二人の傷はすでに跡形もなく癒えていた。本来の菅田であろう綺麗で整えられた傷一つない体、将来性が大いに期待できる顔など。かなり大物を引き当てたのかもしれない。性格は最悪だがな!
「さてと、風呂に入れてあげたいが残念ながらこの宿にはシャワーなどという物は存在しない。すまんな、もうちょっと我慢してくれ」
「……お前は、一体」
……この幼女は随分とまぁ勇ましい口調な事だ。どちらかというと少年の物だろう。
まさかこいつ男じゃないか、という疑問が脳裏を光の速度で通過する。そうだ、確かにその可能性はある。体躯や顔つきは女児のそれだが、実は中身は男だったりするかもしれない。性同一性障害なんだろうかこいつ。
性別を確かめる方法は――――はっきり言って服を剥いで下を見る方が確実だが――――どうせながら『心眼(偽)』の強化をするために性別判定を試してみよう。
目を細めて、性別不明の幼児を凝視する。
「な、何だ……?」
そんな声が聞こえるが無視。
見る。見る、ただひたすらに――――見えた!!
【ステータス】
名前 ソフィ・フルーフ・エイヴィヒカイト HP160/160 MP715/715 性別:女
レベル6
クラス ■■■
筋力4.01 敏捷5.69 技量3.25 生命力4.88 知力12.07 精神力6.30 運■■■■ 素質■■■■
状態 正常
経験値13/3400
装備 劣化した奴隷衣装
習得済魔法 『応急手当』
スキル 高速詠唱??.?? 超高速詠唱??.?? 適正無視??.?? 地形無視??.?? 魔力視覚化??.?? 超精密魔力制御??.?? 全状態異常無効化??.?? 幻獣召喚??.?? 賢者叡智??.?? ――――【ERROR】
「…………は?」
一瞬網膜に表示されたステータスを見て、言葉を失った。
何だこれは。読み取れない? いや、それ以前に――――なんだこいつのスキルは。
【『技能解析』を習得しました。知力が2.00上昇しました】
一か月の数週間ぶりのスキル習得を見ても、無反応になってしまった。
それだけ目の前で起こった『異物』の発見は衝撃そのものだったからだ。
『高速詠唱』
・一定文字数以下の詠唱を破棄しても術の精度・威力・消費魔力量が変化しない
・一定文字数以上の詠唱を唱える時詠唱加速
『超高速詠唱』
・超高位魔法の使用時詠唱を高速化可能
・最低位~最高位の魔法の詠唱を破棄可能(第十二階級魔法相当またはそれ以上の場合グレードが二段階下がる)及び質のブースト可能
・デメリットとして精神力を消費
『適正無視』
・自身の魔法属性適正を完全無視し『全魔法』『全神法』習得可能
・適正さによる術の完成度低下を無効化
『地形無視』
・どんな地形であっても自由行動可能
・地形によるデメリットを一切無効化
『魔力視覚化』
・魔力の流れを目で『視る』ことができる
・副次的に大気中の第五元素を視認可能
・任意で起動・解除可能
『超精密魔力制御』
・魔力を扱う現象発現を行うとき『絶対』に失敗しなくなる
『全状態異常無効化』
・すべての状態異常を受け付けない。
『幻獣召喚』
・第一位階から第十位階までの幻獣を召喚可能
・デメリットとして一週間に一度しか行使できない
・幻獣が一定確率で暴走
『賢者叡智』
・【あなたは全てを知っている】
「冗談だろ…………?」
頭がどうにかなりそうだった。
なんだこいつは。
ふざけているのか。
少女は頭を抱えている俺を見て、変なものを見るような顔をする。
ああ、自覚が全くない。
その少女は、自分が『異常』の存在であるという自覚すら存在していなかった。
何なんだ。
こいつは一体、何をしてこうなった。
どう考えても『先天的』や『偶然』、『奇跡』などという言葉で片づけられる存在ではなかった。
――――始まったか。
頭の中で、自分の物ではない声がはっきりと聞こえてくる。
それが耳から入ってきた情報ではない。
頭の中から唐突に生まれた『悪魔』の声だった。
――――ヴァイスめ、こんな奴を送り込んできてどういうつもりだ。
『悪魔』は、ルキナは何かを知っているような口ぶりでそう呟いた。
なんだ。何を知っている。
――――気を付けろよ小僧。そいつは味方じゃない。
忌々しい物を見た後のような苛立った声音で、ルキナは舌打ち交じりの宣言をした。
――――善神からのお使いだ。悪神の触覚である私達とは対極に位置する、絶対敵対種だよ。
俺はルキナが何を言ったのか、しばらく理解できなかった。
我を取り戻した後も、理解をすることが不可能だった。
予定に無いキャラをぶち込んだらこの始末。どう収拾付ける気だ私は。
いや、できると言えばできるのだが、話数が二桁単位で増えた気がするのは気のせいであってほしい。
次回の投稿が少々遅れるかもしれません。理由は、何というか、ゲームやってたらストックが切れ(ry




